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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

今年は南北戦争150年、ロシア農奴解放150年だよね?と突発的に気付いた。

何かの切っ掛けがあったとかは、まったくありません。ふと思いついた
http://ja.wikipedia.org/wiki/1861%E5%B9%B4
を見ると南部の独立宣言やリンカーン就任、戦争勃発などほとんどは上半期に発生し、もう過ぎているのだけどアメリカでは記念行事やテレビニュースの話題などになったのかな。
奴隷解放宣言が1862年9月22日、ゲスティバーグ演説が1863年11月19日、だからクライマックスはそっちの150年に設定されているのだろうか。くしくも、というかある種の必然というか、ケニア黒人の血をひくオバマ氏が大統領再選を目指すという状況の中で、何かの効果をもたらしたりするのだろうか。
南北戦争はそういえば、
「奴隷問題もあるけど、本当は自由貿易(南部)と保護貿易(北部)の政策対立だったくせに、一方的に悪のレッテルを張って…」
とか
「そもそも合衆国から平和的に離脱する権利があったはずなのに」
とかの異論。(※ちなみに、自分は高校時代、左派反戦平和系の文脈…つまり南北s戦争も悪だ!という文脈で世界史教師から聞かされた)
テリー・ゴディダグラス・ヘイズのフリーバーズでお馴染みの南部連合旗(って全然プロレスファン以外にはお馴染みじゃないよ!)の扱いなど、その後の第二次世界大戦の歴史論争にもつながる部分があってそういう点でも興味深い。

アレクサンドル二世の農奴解放令

http://www.uraken.net/rekishi/reki-ro06.html
その高校世界史で、同じ年号だから暗記したわけですよ。

イタリア統一

かててくわえて、この年はヘタリア、いや違ったイタリア統一も一応成し遂げられた。
http://blogs.yahoo.co.jp/signoresabu/35059281.html
イタリアのほうでは、ちゃんと今年は盛り上がっているみたいだね。


「ふーん、なんかこの年はおめでたいこと、人類の進歩が多かった年なんだねえ」と高校時代の自分は強く印象に残り、そして十数年後、このエントリを書くことにつながっている(笑)
南北戦争も上記のような話もあるし、農奴解放令も不十分さや、その改革がロシア・トルコ戦争につながっていること、イタリア統一だって統一(併合)される側から見てもめでたかったのかねえ、とかは当時も今も思った・・・のだが、そこはおおざっぱに捉えて「まあ四捨五入すりゃ、いいことだよな」ぐらいに。
だから自分はこの年の年号の語呂合わせ、当時オリジナルで作った。
「批判も無意味(1861) 南北戦争
そこから150年。


【おまけ集】

イタリア統一とガリバルディ

うちの資料集には「イタリア統一に努力した3人」の肖像画があり、ガリバルディは「義勇兵を集めて統一に乗り出した」とか「赤シャツ隊」とかが、ちょっと日本の歴史に慣れた人間からは異様で、印象に残っている。


だが、何度か紹介した「栄光のイタリア軍伝説」では・・・
http://2chart.fc2web.com/itaria.html

■相手の進行を止めるために大宴会

ガリバルディがローマ解放のために進軍を開始しようとした時の話。
ローマ解放が自分達の勢力にとって悪影響を与えると判断したイタリアの保守派マフィア”シチリアの伯父”のドン達は彼の侵攻を遅らせるために一計を案じた。
ガリバルディと彼の軍隊を招待し、大宴会を催したのである。
メユーは前菜の燻製ハムから始まってカジキマグロのアッジョッタ風、メルルーサメッシーナ風、ノロ鹿のすね肉、子羊の丸焼き、トリュフ詰めニワトリ等々、デザートのドーナツや焼きリンゴにいたるまで十二皿が出る非常に豪華なものであり、しかもこれが一週間の間ぶっ続けで続けられた。
これに目がくらんで足止めをされたガリバルディは政府軍に反撃の準備を整える時間を与えてしまって苦戦、結局和解をせざるを得なかった。

まあ上のリンク集はちょっとしたジョークのためのトリックがあって、要はイタリア統一の戦争って、どっちが勝っても負けても、負けた側にフォーカスすれば「弱い」んだけど、逆に言えば勝った側が強かったのかもしれないんだよね(笑)。でもそれはそれで面白い。

南北戦争は多くの軍歌を生んだ

らしい。けっこう日本で知られているものも。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1442076809

ベストアンサーに選ばれた回答

yu1542119さん

ディクシー・・・あっちでは今でも頻繁に歌われているメジャー中のメジャーの曲
http://www.youtube.com/watch?v=zzeLoa1gwCU
神よ南部に祝福あれ・・・1861年に作られた、アメリカ連合国では国歌の扱いを受けていた曲です。
http://www.youtube.com/watch?v=s3d4SBVjgEs&feature=related
アイルランドの船団・・・1865年に作られたアメリカ南部の軍歌
http://www.youtube.com/watch?v=-ot7amDyqbY&feature=related
南軍兵士の歌・・・その名のとうり南軍兵士を描いた歌である。ちなみに南軍兵士は英語で[jonny red]
http://www.youtube.com/watch?v=GJD0Eall4Dw&feature=related
テキサスの黄色いバラ・・・1858年に作られたテキサスの民謡
http://www.youtube.com/watch?v=AdmjbxMs7hg&feature=related
南部は勝利を得る(IF THE SOUTH WOULDA WON )
http://www.youtube.com/watch?v=OlDkgk3SMPg&feature=related
ボニーブルーの旗・・・1861年に作られたアメリカ南軍の行進曲
http://www.youtube.com/watch?v=A2F-drjUwNU&feature=related
我々は正しき反逆者
http://www.youtube.com/watch?v=YAfHigPsC_s

「我らは正しき反逆者」か。タイトルはロックンロールしてるな(笑)ただ映像がパねぇ。
もともとこの時代、音楽に「元ネタ」とか「オリジナル」の概念なんて無いに等しいので、別の歌詞で覚えている歌もありそう。