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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

オバマ死闘の末に勝利…の今こそかわぐちかいじ「イーグル」再読を

【書評十番勝負】

【※間を挟みつつ、6日夜に一応完結しました】

長い長い、異例の戦いの末に、米国の民主党大統領予備選は、黒人候補が大統領の座に王手をかける異例の結果となった。
もっともそうでなかったら、女性が王手をかける、いずれにしても異例の結果なのだが。

バラク・オバマは、今後はこれも共和党の異端児、ジョン・マケインとのマッチレースに挑むのだが…。そんな中でこそ、再読するべき漫画作品がかわぐちかいじ「イーグル」である。
何しろ、日系と黒人の違いはあれど、「有色人種がアメリカ大統領の座に就くことができるか?」という、今回の大きなテーマをそのまま掲げているのだから。



この作品はある意味、今後100年間の世界の流れを変えたかもしれない2000年の大統領選(ジョージ・ブッシュvsアル・ゴア)を下敷きにしながら、かわぐちならではのテイストを加えたものに仕上がっている。長さも単行本で11巻、長すぎず短すぎずだ。

かわぐちテイスト=知的な本宮ひろ志(笑)

じゃあその「かわぐちならではのテイスト」ってなんだよ、といわれると、私のザンテイ的な結論としては小見出しの通りであります(笑)。いや、本宮の知性だって相当なもんだとは思うが、作者本人じゃなくて作品というか登場人物というか。

逆に、何が共通しているかというと、これも以前書いたっけ、「どっちが大物、器がデッカいんだ?」というのを対決させる、変形の「バトルもの」だということです。

「大物度」を判定するジャッジポイントも得点制もないのだが、彼らの漫画の中では男と男が相対し、相手が男を見せると、主人公がそれを上回る、最上級の漢っぷりを見せ、相手がそれを察して軍門に下る。空気読んでるなあ。
それが本宮ひろ志だと「じゃかあしーい!!」になり、かわぐちのほうはもう少し多彩な演出をするという感じな気がする。まあ冷静沈着な海江田・草加的キャラが増えただけかもしれないが。イメージですイメージ。
破天荒な情熱系と、冷静沈着で底が知れない系の2人の対決に落とし込むのもかわぐちかいじの得意の作劇法。
だが、「イーグル」で、初の日系(東洋系)大統領候補としてアメリカの頂点に立とうとするケネス・ヤマオカは、かわぐち作品の中でもこの二つが面白い形で混合している。
それは、視点を提供する「語り部形主人公(ワトソン役)」が(非公式だが)ケネスの息子で「父」としての描かれ方をしていることにも通じていると思う。

清濁併せ呑んだ怪物政治家としてのケネス・ヤマオカ

山本夏彦がかつてこういうことを言っていた。

いいことをして悪いことをして、いいことをして悪いことをして、最後にいいことのほうにかけこめば、棺を蓋うて事定まるっていってそれがよき政治家なんじゃありませんか。


この言葉を具現化しているような存在が、ケネス・ヤマオカだ。
作中で、当選はおぼつかないが出馬すれば一定の黒人票を得て、本命や対抗馬の順位を左右するであろう黒人NY市長にヤマオカが「清濁併せ呑む存在」というが、実際のところ本人がそうなのである。
対立候補の女性スキャンダルを流すこともいとわないし、この黒人市長には、ケネスが議員になる前の弁護士時代、入札不正の疑惑追及と引き換えに裁判での譲歩と議員出馬の支援を勝ち取ったことがある。


これは大人漫画で政治家を主人公に書くとき「一方的なマンセー話にはしませんよ、暗い部分も描きますよ」という、かわぐちの照れやバランス感覚もあるのだろうが、ただ悪を成すにしても堂々とやりすぎていて無駄にかっこいいんだが(笑)そこもふくめてかわぐち流というか。


また、これも昔「鋼の錬金術師」や「踊る大捜査線」などを例に挙げて論じたことがあるが、要は「正しいことをするために偉くなるよ」な人物ですね。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050303#p1で書いたっけ

…彼(「ハガレン」のマスタング中佐)は、軍隊の中での地位上昇と、最後は頂点に立つことを狙う野心家だが、それは「自分の理想(それも悪役っぽいイデオロギーとかではなく、素朴な正義感)を実現するため」であるという、最近流行のキャラクターであります。

完全にこの種の人物が市民権を得たのは、「踊る大捜査線」の柳葉敏郎(明確に台詞でも「正しいことをしたかったら、偉くなれ」と言ってるね)かなあと思う


一種の「謀略合戦」として、ケネスは相手にスキャンダルを仕掛けたり、裏取引を持ちかけたり、その反対に女性スキャンダルをでっち上げられたりしている。だが、より以上の大きい問題として、さっき言ったワトソン役の記者がヤマオカの実子であるという秘密がある。それを報じて名を上げようという野心的なスキャンダル・ジャーナリストも出てくる。


、さらには記者の亡母−−現在の結婚前にヤマオカが心から愛した女性−−は、それをスキャンダル扱いされることを封じるために謀殺されたのではないか?というのが、より大きな疑惑・・・記者はヤマオカの器に魅了されながら、その疑惑を払拭できない・・・となって、この物語にミステリー風味の味付けを与えている。

政策、イメージ、討論、TV……大統領選のデティールが分かる勉強漫画にも

テレビ討論の重要性とか、家庭円満・女性問題が大きく結果を左右する、などは日本でも徐々にアメリカナイズされてきた部分はあるとおもうけど、それでもやっぱりアメリカ大統領選は、日本の首相選びとは質も思想もずいぶんとことなっていたりする。
またテレビ討論ひとつをとっても、政策論争のほか、説得力ある話し方だとかイメージを植えつけるワンフレーズとかネクタイの色とか、そういう点にも虚虚実実の駆け引きやセオリーがある。


この「イーグル」はその点を十分わきまえて、かなり念入りなスタッフによる調査、資料集めを行っているようにシロート的には感じられる。やっぱり、他国の政治制度のオモテやウラをこれだけ・・・実際にホントかどうかは分からないが、ホントっぽい感じで描けるのはなまかな才能と努力では不可能だと思う。
それに銃器規制問題や、副大統領選び、環境保護政策などに関して、この作品で疑似体験した上で新聞を読めば間違いなく理解度も、興味の持ち方も格段に向上するだろう。例えばはてな読者だったら、町山智浩ブログの時事ネタの理解度だって上がるのは間違いない。
職場や友人との話題だって、このレベルでディテールを知っていれば十分教養と見なされる、そういうお勉強マンガとしての有益性も確実にある。

フィクションの中での「政策」の難しさ

ただ、正直いって、ヤマオカがかかげる「政策」というものの評価は、やっぱり日本人向けという部分は大きいと思う。
実はこの「政治家マンガ」のヒッジョーに難しいところは、「べしゃり暮らし」などの漫才漫画の難しさとかなり似通っているところがある。漫才漫画で、登場人物のコンビが「すっげー面白い、会場大爆笑の笑い」を再現するのがむつかしいように、政治家を主人公にして「XXさん、アンタこそ本当の政治家だ!俺は命がけでアンタを支持するぜ!!」と有権者を熱狂させる「素晴らしい政策」というものを作品中でも、それらしく提示するというのは、昔のよくも悪くも素朴な漫画ならともかく、今、リアルな形でやるのはねえ。


私が知っている限りで、架空の「素晴らしい政治家」がそれっぽい政策を打ち出すといえば「大と大」「ヨシイエ童話(世直し源さん)」「加治隆介の議」「マーダーライセンス牙」など・・・…一部余計なものも入ったが(笑)、それもこれも「ん〜〜〜これ以上の政策ってのも思いつかないけど、これが真の政治家のスタンスだ!って断言されてもなあ」という感じだったよ。
ああ、「ゴジラ1984」で、非核三原則をとうとうと米ソの首脳に説教する日本国首相、というのも子供心に違和感というか居心地の悪さを感じたもんだった。

「リアル」はこの部分にあるか

ヤマオカの政策というのも銃器規制強化とか、国連軍への大幅な権限委譲とか、日本人から見た「米国のベスト政策」という面は否めず、1980年以来、共和党民主党の大統領選で5勝2敗という結果を呼んだアメリカ人のエートスを汲み取り切れてはいないのだろう(その証拠に、この作品中ではキリスト教原理主義運動とその支持者はほとんど登場しない)。まあ、そこをリアルに描いたら、ヤマオカ勝利までのストーリーラインはそもそも作れなかったかもしれないが。

日本で言っちゃうと、韓国で、日本の理想主義的なヒーロー政治家が首相に成るまでの漫画があって、その政治家が「竹島は韓国に譲ろう」とか「北朝鮮に戦後の償いを」「韓国をサミットの一員に」とかいう主張をして、それへの反対派が悪役扱いだったら(笑)、少々「いい気なもんだなあ」と感じるでしょうな。(保守的)アメリカ人がこの作品を読んだら、そう感じるかもしれない。


このへん、今後の話にも続くが、それは少し予定を変更。稿を改め、別の話としたほうがいいだろうな。例の「中国」というのはここから関連してくる


そして「人種のガラスの天井」へ。現実は漫画を模倣するか

最終盤、いよいよマッチレースとなり、ヤマオカ当選の現実味が出てきた時、有色人種のヤマオカを大統領にするな!という反動の力がアメリカの暗部からわきあがっていく。それは露骨な白人至上主義者の、粗野な言動だけではない。
一見リベラル・・・いや、心の底から自分をリベラルだと思っていた層から、迷いや戸惑いの中で、そんな思いが生まれてくるのだ。
この下で引用したコマは、その典型的な二つであります。
そして、暗殺の危機も迫る。


ただ、かわぐちかいじがさすがなのは、今のアメリカ社会で、こんな心情が形となった時には、それへの衝撃や自省、それはいけないんだというコンセンサスも即座に出てくる。本音と建前というが、タテマエのほうが最終的には強くなる可能性もありえるのだ。
ケネス・ヤマオカも、実際にこの反動の反動(差別は良くないということで、自分に追い風が吹く)をうまく利用しようとする。


このへんは、やっぱり相当な、一面的ではない”リアリティ”を描いていると思う。
バラク・オバマが、今後ジョン・マケインと本選を戦う際の予想としても、かなりの示唆を得られるのではないだろうか。


予告していた「中国との関連」は後日

膨大になり過ぎたので分けます、すいません。

ところで本選ではオバマかマケインか。

あくまでも現在の段階ですが。
まずひとつは、イラク情勢から経済政策にアメリカ国民の興味が移ったといわれる中、なんでか詳細は知らないが「経済政策が信頼できる」という項目でオバマのほうがマケインを上回っているそうなのだよ。


マケイン優位説は、今回の長引いた抗争の中で「オバマに投票するぐらいならマケインのほうがマシだ」という層が、ヒラリー支持だった「白人貧困層」「ヒスパニック」にかなりいるとの説、そもそも共和党vs民主党は、どっちかに揺れる「スイング・ステート」州を制したほうが勝ちであり、そこではかなりヒラリーが勝利していた・・・とされる。


だがあとひとつ、最後の最後でイラク。中東で、イスラム反米勢力は「自分の犠牲をいとわなければ」好きな場所で好きなときにテロを放つことができるはず。おそらく、一番その影響を与えられる時に彼らは行うだろう。
それをどのように防ぐか、あるいは防げないか。