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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「海洋民主国家連合」とは何か?船橋洋一コラムより・・・李登輝翁訪日に際して(戦略論シリーズ)

一ヶ月ほど前、戦略論のことを書いていましたが、その流れです。とは言っても転載ですがね。
「自由と繁栄の孤」
価値観外交を推進する会」
「安全保障協力に関する日豪共同宣言」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/australia/visit/0703_ks.html


などに際し、それを先取りする形でいち早く伝えながら、その限界をも示した優れた文章だ。
台湾から李登輝氏が、おそらく年齢的に最後の訪日を行った日に、読み直してみてほしい、てな趣旨デス。
もう元のサイトでは読めないし。

船橋洋一の世界ブリーフィング   No.778 [ 週刊朝日2006年3月17日号 ]   「海洋民主主義連合」の落とし穴。海をアジア太平洋の地域主義発展に生かす戦略を構築するとき


 米国内で開かれた「日米関係とアジア」に関する二つの非公開セミナーをはしごして、米国の関心が早くも「小泉後」に移っていることを痛感した。

 その際、ポスト・コイズミ時代、日米主軸の海洋民主主義連合が台頭する可能性について、何人かが言及した。

「本質的に大陸国家である中国やロシアに対して、本来的に海洋国家である日本と米国の二つの勢力の葛藤が今後高まるだろう」

「日米は海洋民主主義国家として同様の国々とともに、民主主義を広げていく歴史的使命がある」

 海洋民主主義連合構想の戦略的重要性がそのように説かれた。

 ポスト・コイズミ時代、それが生命力のある戦略概念として登場するのか。

 コイズミ時代の遺産である日本のアイデンティティー(自分探し)政治の次の輪郭として立ち現れてくるのか。

 ▼米国、日本、オーストラリア、インドの連合。

 ▼それに台湾を加えた連合。

 ▼さらに、シンガポールを加えた連合。

 などが提唱されているようだ。(シンガポールの民主主義国度合いには異論もあるようだが)

 だが、そのいずれも中軸は日米印の3カ国である。

 日米同盟がその中核であることは間違いない。

 何しろ日本は中曽根元首相がつい口を滑らせたように、地政学的に米国の“不沈空母”であり、いまなおそうであり続けている。


 新趣向は、インドの登場だ。このこと自体、インドの国際政治におけるパワーアップを物語っている。

 先週のブッシュ米大統領のインド訪問は、米国がインドを21世紀の同盟国として位置づけようとし始めている姿を明瞭に指し示した。

 インドを一人前の核保有国として認める、その代わり核不拡散、とくにテロリストへの核拡散防止には全面的に協力してもらう、そして将来、もし、中国が脅威になった場合は組もうとの取引である。

 民主主義国であるインドは、中国とイスラム諸国に囲まれている。この二つは、米国にとって最大の潜在的脅威になりうる。インドの戦略的重要性は大きい。

 同時に、インドは、インド洋を抱える海洋国でもある。ペルシャ湾からインド洋、マラッカ海峡へと至るオイルロードの安全保障という観点からもインドの存在は重くなる一方で、アジア太平洋における日本の戦略的価値の大きさと見合う。

 とすれば、日本とインドをアジアにおける米国の21世紀同盟の二つの軸とし、それを土台にアジアの新秩序を志向しようという考え方が生まれてもおかしくはない。

 米日豪印の4カ国連合のような海洋民主主義連合構想もその延長線上に想定されているのだろう。


 それを頭から否定するつもりはない。日本自身、海洋戦略の立て直しが必要であり、その際、さまざまな連合(コアリション)を追求すべきである。

 しかし、海洋と民主主義をただ結びつけて、新たな国際秩序の土台に据えようとするのは少し無理がある。



 第一。中国を「大陸国家」と位置づけるだけでは中国の戦略的方向を十分に見据えたことにはならない。

 たしかに、中国は世界に冠たる大陸国家である。14カ国と国境を接し、その中には、ロシア、インド、パキスタンと核保有国が3カ国もある。中国の戦略において大陸経綸と大陸経営が今後とも大きな比重を占めることは間違いない。

 しかし、中国はまた巨大な海洋を中国世界に抱えている。沿海部を持つ省は9、直轄市(上海、天津)が2、ある。3万2千キロメートルの海岸線を持つ。7千近い島がある。沿海部の人口は4億人近い。しかも、この地域こそ、中国の中でいちばん世界経済との統合が進んでいるところである。将来、中国に民主化の動きが出てくるとすれば、この地域からと見て間違いない。

 つまり、中国の沿海部を世界により深く組み込むためにも中国を日本の海洋戦略の外に置くのではなく、中に組み入れることが肝心である。

 大陸勢力対海洋勢力、といった単純な図式で台頭する中国に迫ろうとすれば、中国のこわばった海洋観と重商主義的海洋戦略をさらに凝固させるだけだ。


 第二。東アジアは海洋文明圏であることを忘れてはならない。

 ASEAN+3(13カ国)のうち内陸国ラオスただ一国である。その他はみな長い沿海部を持っている。インドネシア、フィリピン、日本のような世界有数の島嶼(とうしょ)国家もある。海洋交流の歴史も長い。そうした海洋アジアを前に、日米豪印だけの海洋民主主義連合の形成は、あまりにも理念的かつ人工的すぎる。


 第三。海洋民主主義連合の提唱者たちは、2004年末のスマトラ沖地震による津波の救済人道支援に軍を派遣したのが日本、米国、インド、オーストラリア、シンガポールだったことを挙げ、民主主義国は「人間の安全保障」への取り組みがやはり違う、と主張する。まずは民主主義国が組むのが自然だと言うのである。

 そういう面はあるかもしれない。

 ただ、この種の「人間の安全保障」への多角的取り組みを、民主主義国の専有物にする必要はない。ASEANとも共同で災害救援部隊をつくるとか、「それほど民主主義国ではない国々」とも協調する契機を追求するのがよい。そういう協調行動(特に軍同士の)そのものが地域主義をつくり上げる上で役に立つ。


 第四。海洋民主主義連合の重要な役割と使命は、航海の自由と海洋の安全を保障する海洋レジームの形成であるはずだが、これも海洋強国が一方的に形成する時代ではない。

 たとえば、マラッカ海峡の航海の自由と安全などの面では、沿岸国であるインドネシア、マレーシア、シンガポールと協調しなければならない。それらの国々の主権を尊重しながら、国際的な共同パトロールをつくり上げていくのが筋であろう。


 第五。これからの海洋レジームづくりでは、海洋環境の保全が、大きな課題である。一国が海洋を汚染すればすべての沿岸国が迷惑する。海はみんなで護らなければならない。つまり、航海の自由も海洋環境の保全も、海洋を海洋国対大陸国といった“陣営”のような考え方で分かつことの愚かさを教えている。



 海はみんなのもの、そして、みんなで拓き、つなぎ、護るものである。

 もし、海が分かたれた場合、より大きく損するのは日本や米国のような海洋国のほうである。

 海を語るときは、海のようにおおらかな気持ちで接するのがよい。