INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 報道、記録、文化のために

「RIZIN 借金」でXを検索してみる、ということ。


※注目度順
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※最新順
x.com






これは2020年、コロナ禍に立ち向かうためのファンド。ちゃんと予定の利子を付けて完済したのだからすばらしいのひとこと

RIZINファンド2020年

【総合】『明鏡止水 戦国の武』放送…はされたから、配信をご覧ください

ブログで紹介している、いま放送中だが、間もなく終わるだろう その後は配信で

【総合】 8月19日(水)22:00 『明鏡止水 戦国の武』 放送決定!


www.nhk.jp


「明鏡止水 戦国の武」 総合 8月19日 (水) 22:00~

今回は、「武術の王道」に回帰!
大河ドラマ『豊臣兄弟!』の物語が天下統一にむけてダイナミックに進んでいくタイミングに合わせ、「豊臣兄弟の時代」の戦い方を徹底解剖していきます。
戦国武術を骨太にとことん味わい尽くす至福の45分間。
ぜひ、ご覧ください!

【MC】 岡田 准一、ケンドーコバヤシ
【ゲスト】 太田博久(ジャングルポケット)
【武術家】 小山隆秀(卜傳流剣術)、前原一教(佐分利流槍術)、宮内一(笹森順造直伝兵法 神夢想林崎流)、横山雅始(日本甲冑合戦之会)

※編成の都合により、放送日時や内容が変更となる場合があります。

UFC 330「マハチェフ vs.ガリー」配信中!最強、最大、最高の団体UFCを見られるのはU-Nextだけ!!!

タイトルは応援の意味でつけた(笑)

https://video.unext.jp/genre/martial?lc=LIV0000015388

8月16日(日) 6:00配信開始
ライブ配信中

UFC 330:マハチェフ vs. マシャド・ガリー

見放題
見逃しあり|追いかけ再生
2階級制覇王者マハチェフに1位ガリーが挑むウェルター級頂上決戦!
ライブ配信を視聴

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ライブ開催日時
8月16日(日)
6:00 配信開始|6:30 開演予定
見逃し配信期間
見逃し配信準備完了次第〜9月15日 23:59
注意
・対戦カードは直前まで変更する場合があります。
ご確認ください
ご利用の端末やネットワーク環境によっては、ライブ配信及び見逃し配信の視聴ができない場合があります。テスト動画が問題なく再生できるかを事前にご確認ください。
テスト動画再生
お知らせ
大会情報及び対戦カード
詳細は公式サイトをご確認ください。
作品情報
メインイベントは、P4Pトップに君臨する絶対王者イスラム・マハチェフと、アイルランドの超新星のランキング1位イアン・マシャド・ガリーによるウェルター級タイトルマッチ。圧倒的なレスリング能力と無慈悲なパウンド、そして磨き抜かれたグラップリングで階級を支配するマハチェフに対し、ガリーは長いリーチを活かした精妙な打撃と高レベルな距離感で防衛戦に臨みます。
テイクダウンを奪ってグラウンドで圧倒したいマハチェフと、間合いを保ち立ち技で仕留めたいガリー。組ませずに距離を支配できるか、それとも王者が組み伏せるか。互いの得意領域がはっきりと分かれた、一瞬の隙も許されない緊迫した攻防から目が離せません。フィラデルフィアの地で王座防衛か、新王者の誕生か、激闘必至の一戦です。
セミメインでは女子ストロー級王者マッケンジー・ダーンに、グラップリングの名手ジリアン・ロバートソンが挑むストロー級タイトルマッチが開催。世界最高峰の柔術テクニックを持つ両者による、一瞬のスキも許されない高度な寝技合戦は必見です。

靖国神社が1年で一番話題になる日だが、105年前の「アド・サンテルvs講道館柔道」観戦記を文字起こし

別にこの日に便乗した訳でもなく、数日前にふとAIの技術的限界(旧字できれいでもない過去のコピー記事を、AIはどこまで読み込めるか)を試みてみた結果。

試合から、105年周年であります。



事件の経緯はここで読んでもらおうか

一方の当事者は
ja.wikipedia.org
ja.wikipedia.org


元の記事画像はここにある
m-dojo.hatenadiary.com



勿論、これははなはだ不完全なテキスト化ですが、ささやかながら著作権消滅のフリーコンテンツである、と再確認させていただきます。また、今後もきちんと構成していけば、AIの読み取りミスなども多数発見できるでしょうけど暫定的に。読んでもこの部分が意味が通じないなー、とか「誤字じゃないか?」と思ったら、お手数ですが上のリンクの元画像を一生懸命解読していただければ。


日米他流試合を観て

佐々木指月

元来、ライト、ヘヴヰウェイト、チャンピオン、レスラー、アド、サンテルが、日本へ来ると云ふ話は、久しい前からあつた。

そのうちに、サンテルの支配人、増子と云ふ人が、米国から頻りに、日本の各方面の有力者へ交渉してゐると云ふことが、私の耳へ、はいつた。それは丁度去年の十一月末だつた。私はその時、ははあ、サンテルも、愈々日本へやつて来るなと思つてゐた。

すると、本年初二月頃になつて、米国から私によこした友人・の手紙のうちに、サンテルが日本へ行くので、在留の日本人が訪れのために、応酬金を仰いでゐると云ふことが書いてあつた。

さうして間もなく、東京の新聞は、訪れが横浜へ上陸したといふことを知らせた。そのうちに、都下の各新聞は、訪れがいよいよ大◯相撲組織内に於て、日本の柔道家と試合をするといふことを告げた。

私はその時、ははあ、いよいよ、サンテル対、日本の柔道家の仕合か、いづれ、まあ、講道館の連中が応戦することだらうが、これは少し、日本柔道家にとつては、苦手だつたなと思つてゐた。

なぜなら私は米国にゐて、日本の柔道家がサンテルに、ひね

りつぶされたところを見てゐたからである。

然し私、大きな今度は心配した。何しろこれは、日本古来の武道、生道の名誉にかかはることであるから。

そこで、サンテル対、講道館選手との仕合があつた、日五月三日。何はともあれ見ずにはゐるべからずと思つて私は見に行つた。

その日は、おひにいいお天気だつた。芝の上の電車から降りると、もう靖国神社の庭には、その行枯楊の数より多く、人がぞろぞろと、つながつてやつてくる。

場所は境内の相撲場で、正福相の周囲に、紅白の幕だ。なかへ這入つて見ると、二萬人も、はいれさうな、大きな小屋掛け。地面は盃のやうに自然と中央が低くなつてゐて、その一番低いところに四本の太い柱があつて、その太い柱の上へ二十尺高さの庇を吊り、委員の上へ厚い帆布が偏つてある。上から四方にしきつた二た筋の太い縄は、床から一尺五寸、二尺の高さに張りまはされて、四本柱にからんでゐる。天井の眉形の下には雪の灯がしげられ、日常の看板がそこに交支されてゐる。境内の柱はすべて、紅白のんだら巻き、観衆席はすべて、正面の一番広いところは招待席で、椅子が並んでゐる。

元のマットの上に跨つてゐたが、それが搬せられると、フォアコートの人足氏が横顔をのべる。

午前一時五十分、ウエヴァ、対、増田二段の仕合がはじまる。

この時すでに観客はさしも広い小屋のなかに満ちてゐた。

さて、マットの上に現はれたウエヴァを見ると、ウエヴァは六尺もあるかと思ふ大男、黄色い髪を短かく刈つて、淡鼠色の目をしてゐる。体格はと云ふと、ヘダンの聖像が現はれ出たかと思ふやうな逞しさで、それに、ぴつたり合つた、羅技用の衣をはいて、ゴム底の運動服を穿つてゐる。さうして何だか不敵さうに、日本の柔道家を看てゐた。

増田二段はと云ふと、その丈も五尺そこそこで、筋肉も別に発達してはゐない。頭のひき締つた青年だつた。然し目には鋭い光があつた。

二人を較べて見て、私は悲観した。おやおやこれは駄目だぜと思つた。

勝負は、三番勝負、一番が二十分間、一番ごとに十分間の休憩と云ふきめである。

「始め!」の、声が鳴つて、日米選手は互に握手するとも早く


陸軍の宮川館長は、来会の国記を示して先づお触れをつけてみた。午前一時から開始と云ふ前提であつたが、一時半になつてもまだはじまらない。すこしずつ、同行に「ムネムネ、」と、怜戻り、一々「国技館技に時間と履行しないのは日本の恥辱だぞ、」と叫ぶ声が起る。その間に客はどんどん這入つて来た。

委員さんのにこやかな顔が、正福相の土俵の中央にあらはれる。元の太刀山が、二重廻しに包まれて、のこのこさいさいとやつて出た。まるで半が約十百作つて立つて出たやう。これには流石のサンテルも驚いたと見えて、はつか四斗ふの計りの秤に引きまはした畳の陰から、口をまるくして見てゐる。「ありや何だい?日本にも英語に大き奴がゐるねえい、。思つてらしい顔つきをしてゐた。わきにゐた日本人が何か説明すると、始めて日本の方士だと判つた親しく、トレーナのウエヴァと二人で口をあいて眺めてゐた。

そのうちに、対がついに乗る。梶山がやつてくる。サンテルと、この日の相手、永田三段が握手して写真を撮る。サンテルは、キャップに毛布の羽織つたいた体。永田三段は、黒のサテンの陣羽織と云ふいでたち。

どこかの小学校の生徒から、永田氏に贈つた花輪が、仕合

一歩さがつて、いよいよ戦闘状態となつつた。

背広服のブラウン氏と、練り袴用の山田四段が、東西にわかれて審判をする

最初の数分は増田二段からはじまつた。二段は足をあげてたまて身に行つたが、相手は何しろ大木だからたまらない。二段の膝がくづれるところをウエヴァは、上から乗つかかつて捻り倒した。

私は丁度その形を後ろから見てゐたが、まるで大人が子供をかへつてて寝かしつけてるやうだつた。

私はもう悲観した。これは勝負にならないと思つた。二人の審判官は、しきに増田の顔を見てゐる様子。今まで、増田!増田!、と声援してゐた見物も、唾をひそめてしまつた。

そのうちに、ウエヴァは縮めてゐた足をだんだん伸ばして、その大きな脚端は、増田二段を、全くマットの上に粘りつけてゐる。二段の片足だけは、ウエヴァの腹の下に、はいつてゐるが、他の片足は浮いてゐる。ウエヴァは何でも二段の頭を責めてゐるらしい。

二人は遂には、動かなくなつた。

なにしろ力が違うから仕方がない。増田はもうやられてしまつたと、誰もが思つた。

定判者は、組みついてゐる二人を分けた。が、この時、不思議なことには、勝つたはずの、ウエヴァが気できしてゐる。

おやおや、はて、勝つたとばかり思つたのは早ばかりでない。見ると、ウエヴァの顔は、紫色にかはつてゐる。目は開いたまゝ上つてゐる。あゝ、ウエヴァは落ちたなと気がついて、増田二段の方を見ると、二段は、にこにこしながら、マットの間に、ちょこなんと座つてゐる。

それ!増田二段が勝つたと知つた観客は、間の壁をあけた。喝采の気はしばらく止まなかつた。

ウエヴァはまだ息を吹き返さないらしい。目のまわりはもう青くなつて、唇には吐の泡がきしてゐた。私のねたところから少しはなれたところに見つてゐた西洋人の子供は、怯えながらその父親にすがりついてゐた。客観、私も見てゐて、あんまり気もちはよくなかつた。

日本側の審判官、山田四段が、うしろから胃のところを服して活を入れると、ウエヴァは、やつと気がついたらしく、ぼんやりとして、そこらをうろうろ見てゐる。

「はてな、これはことづけ。米国ではないらしい。さうさ、俺は日本へ来てたゞのたけだなあ」と思つたかどうかわからないが、何しろ先生、よつぽど不思議な感じがしたらしかつた。

さうして、第二回戦は、増田二段の負となった。

だがこの勝負は割り合ひに面白かつた。それは、小さい増田が、大きいウエヴァを、ぽんぽん投げたからである。巴投げとか、止れ刈りとか云ふ手で、何でも四五回投げつけた。

然し見ていると、これはつまらないことだ、米国のレスラーと云ふものは、倒れることが得意で、不生の実績のときにもマットについて、くるくる倒れることを稽古してゐる。丁度、西洋人が、その心算でいつでもあちこちへ倒れるやうな、倒れ方を、彼等は平気でやつてゐる。だから柔道家に投げ飛ばされた後のては、痛くとも何ともない。また投げ飛ばされたとて、なかなか肩につけられるやうな、そんな底は見せない。投げた方が疲れて動けなくなりものだ。

ウエヴァは一回戦に首を取られて懲りてから、今回は何を切つて、つ、足先を充分用いてゐる。田舎者の裸拳へ来て、巾着切りをされるやうな風情である。しきりに何かを気にしてゐる。されば当然、足がお留守になる。そこをねらつ、増田二段が、大外刈をかける。これから、流石の大男が、ぽたん、ぽたんと倒れる。

倒れると見物は、わいわい云ふ。私の目から見ると、増田二


段は、倒すために倒してゐるやうに見えた。趣をころばすのを、道楽にしてゐるやうに見えた。たゞころばすだけでは仕方がない。よせばいいと思つてゐるうちに、二段が掛けか損股の寝つたところを、ウエヴァすかさず、縄をつかみ、捻り込んでの胴。

仕合ひ時間は、二分三十八秒。また十分の休憩に入る。

三回目の前には、増田二段は、疲れてゐた。それに反してウエヴァは、あまりはじめめた。

ウエヴァは柔道の手を知らないから、たゞもう無芸荒芸に攻勢に出る。増田は、應戦に行つたけれども、もうきかない。敵は、一段の股を持つて、くるくると振りまはす。さうして出き上げては、マットの上へたゝきつける。けれども増田二段は、まるで梟のやうなもので、どう叩きつけられても起き上つて来る。二段は相手の首を直しながら、逃げまはる、敵はそれを追いかけて、引き回し、馬乗りになって首締めをかける。二段がきかない。ウエヴァは額の汗を手で拭ひながら、場内の景色を見る。「いはゞ今日は、芸はないばかりの様子である。」

二十分の規定時間がだんだん、迫つて来るにつれて、ウエヴァは猛烈として最後の攻撃を開始した。最後の一分間と云ふ撃

おはりに、ヘンリー、ウエヴァは、日本へ来て、地獄の入り口をはやらうとは思いはなかつたらう。何んでも、あすこはこれの世の中ではないと、思つたに違ひない。それにしても米国と云ふ國は恐ろしい國だと、先生は思つたらう。

いや、ウエヴァが思ふばかりではない。見物はみんな「恐ろしい國が日本にあるもんだ」と思つた。

増田二段は組み敷かれながら、下から敵の襟を取つて、逆十字に絞り上げたのだと云ふ事である。

審判者ブラウン氏の報告によると、この勝負は、一分と六秒であつたさうな。

東芝陸の合奏が起つて、十分の休憩時間に入る。

ウエヴァは、此程、へこたれたと見えて、四本柱の一方によりかつて、足をなげ出して青い顔をつている。

増田二段は、その邊をまごまごしてゐたが靴下を引っかけてどこかへ行つてしまった。水でも呑みに行ったのか、それとも小用でもたしに行ったのか、選手ともあるべきものが、ああ、ちょっとちょこ動くやうでは仕方がないと私は思つた。もう十分の休み時間が、寝きかつてゐるのに、まだ来ない。見物は気をもんだ。

がかかつた時には、増田は、ウエヴァに襟をとられて、逆に兩腿の間へはさまれてゐたが、うまく逃げて時間となる。管長は引き分けとなった。

然し勝負が済んだあとでも、増田二段は、一寸立ち上ることが出来なかつたほど、疲労してゐた。もう二三分以長ければ、きつとウエヴァにやられたに違いないと思ふたやつた。

サンテル、対、永田の二回戦は、三時三十分をきっかけにはじまつた。

永田三段は、はじめから寝てかゝつた。寝ながらまだ笑ひ顔をしてる。私はその笑ひを見るのが厭だつた。

この十分の休みのうちにサンテルは、今度はどう云ふ手で行かうかと考へてゐるらしかった。マットの下に立つてゐたウエヴァとも相談してゐる様子だつた。

然し、その十分の間に永田三段は、笑ひ顔をして方々を見てゐた。私は西洋にねて随分色々な仕合ひを見たが、選手が休憩中に関ふやうなことは滅多にない。尤も、この時は、サンテルが永田三段の顔を見て一寸笑つたので、三段は、それに應酬するつもりで大袈裟に笑ひ返した。けれども、私には、なぜサンテルが、一寸笑つたか分つてゐる。私には西洋人の表情がよくわかる。サンテルの笑ひは、考へた末、何かに思い当つた笑ひだつた。

永田三段は何も関が、じゃれるやうに、手足をわなわなさせながら、仰向けに倒れてサンテルを持つてゐる。サンテルは、三段の、頭を目がけて、飛びかかつた。さうして一二蹴(※16)いどみ合つた。

サンテルの臍へ乗つて「あの子の手は…」と、日本語で云ひ出した。山田先生も一寸面白かつたものと見えて、サンテルに日本語を教え込んだところは言つてた。

流石のサンテルもこれには少々閉口したらしかつたが、結局米国側の審判者ブラウン氏と、山田四段との間の物貰ひとなった。

柔道家の方から云ふと、これは戦の目となる。ところが凡ての選手はこれまでに懇じてゐる。これは彼れは契約に書いてあると云ふので、日本審判官、互に契約書をポケットから出して見たが、それはなんでも、日本人の書いた英文がサンテルには判らなかつたとか云ふことで、サンテルはこれに唇を講じて勝負を糊することにした。

だが永田三段は、頸の骨が一ほきりと云つた、その次の瞬間から、もう弱気になつて、今しがたの遊び心はどうどこへやら、もう悲観してゐる。私はその時、同情も起つたが、然し、可笑しくもあった。三段の頭は、大分内傷を起してゐたらしかつた。

審判官、山田四段は、観客に向つて左のやうな報告をした。

「サンテル氏は、とのまい一鍵を以つて勝負を糊せうと云はるゝが、三段は、寝ずに出たい(※18)者ときと云ふのしあるし一匹」と云ふのもある。


永田の右手がうしろからサンテルの頸にかかつて大きく巻をつくと見ると、サンテルの左り手が、永田の頭に巻きついた。永田の頭はサンテルの左隅の上に乗つてゐた。

おつと思ふ間に、サンテルは腰を浮かして伸びた。

私は見てゐて、凍りとした。あの勢ひで鍛返しを打たせられたら、その上から骨へ込ままないまでも、頸骨なんかは折れてしまふ。あれはレスリングの力で有名な、ヘッドロック(※20)と云ふ手だ。永田三段もこれにかかつては溜るまい、と思つたのは一橅のことで、そのとつ国の前に、永田三段は手を打つてしまつた。

坂井四段が、米国で、サンテルにやられたのも、あの手だつた。

若しサンテルの全腕力で、永田三段の既まいたあの軸を、下に引いたならなる。三段の頭が「ぼきり」と、音がしたやうだつた。三段が手を打つたのは無理もない。

私はそれをお待ちで見てゐたのであるが、後から見てゐた人の話しによると、その時、サンテルの、右手のが、前から三段の股にかかつてゐたとも云ふ。さうして上下から押へつけたのださうな。

すると、日本側の審判官山田四段は顔色を變へた。さうして

「然し、選手を支へ出した方は、契約にはかゝはらず不言と云ふことに、初から約束してあつた。」「その通り。」と野次が云ふ。「故に、本来から云ふと、この勝負は、サンテル氏の負であるが、契(※24)護(※25)」

「委員規則の文句より云つた解答によれば、これまた止むを得ない。」「選手をつかまつて説明とは可笑さがえらい。」と、野次もなかくしゃれたことを云ふ。

「依て、我れ等に日本武士道の精神を以てこれをサンテル氏の痛に有す。」「怒り武士道の精華だ。」と、野次も武士道を賞讃する。

「なほまた、永田三段は頸部に内傷を起してゐるから、この上の立ち合ひは出来ない。故にこの勝負は、組み分けとする。」「宜しい、審判員苦労なし。」、野次もそれで満足した。

サンテル、対、永田三段の仕合ひは三分三十五秒だつた。フォアコートの山田先生はマットを下つた。

西洋では、凡て競技は、スポーチングである。つまり遊戯である。然るに武士道の国、日本では、武道の仕合ひは勝負である。セレヤ(※27)である、だから米国側の審判官は書面で、山田先生は、フォアコート/云ふことになる。これが平民主義

と武士道との相違だ。

ところが、此の仕合の済んだあとで、サンテルと、ウエヴァが、レスリングの提携仕合をはじめたと、日本人は仲た武士道を發揮した。それは、四海、三等度の見物人が、土俵を立つて特等席と、一等席へ雪崩込んだことだ。二萬からの群衆が、てんやわんやになつて、狂氣の如く押し合いへし合つてゐる。「真嶋野郎!」「縛れ!」「椅子をとれ!」と叫鳴る。わめく。雲脂の皮を揮る。審判のたべかけを押つける。なる程、武藝と柔術と心得てフォークコートの土俵の国はほつたものだと、私は大ひに感心してしまつた。

サンテルとウエヴァは、立ち鏡で日本人等の下駄が羅立てるをあびて、秘書に腹して戰つてゐた。私は氣の毒でたまらなかつた。

彼れ等は、大半は、この本式のレスリングを見ずに、踊りかけてゐる。彼れ等は、凡て競技と云ふものは勝ち負けを主要にしてゐるものであると知つてゐる。然らざれば武士道の精華か。なぜ、彼れ等は、その行に行くまで、力と術と体との真締を、また壮麗な強、行を見て楽しむことが出来ないだらう。要するに彼れ等には、また本當のスポーティングの意義は分つてゐないんだ。

元のうちで恐らくは三分間と身を得るものはないだらう。

たとへば若しサンテルが、柔道の稽古着か幛ないで出て来たと仮定すれば、日本の柔道家は、どうするか。

今度の勝負だも、七分以上は、サンテルの方がこちらの要求を容れて、殆んど柔道のルールで立合ひをしてゐるのだ。尤も、彼れは柔道着に二段のちからと力とを律する。然し日本柔道家が、彼れに、そんなハンディキャップをつけて置いて、勝つたとところで、大してこともない。

元来、講道館の柔道と云ふものは、練習に寝技を置いてねて敵を倒すと云ふことには重きを置いてない。体育のうちの重きだけで云ふ手は殆んど同じてある。

柔道の投げ手と云ふものは、足を下から上からぶちこまなかな有力なもので、あれが若し米の、アスファルトか、セメントコンクリートの敷き詰めてあるところで投げたとしたら、それでもう敵はなかなか立ち上れるてはゐる。また投げで磨いて蹴りを入れんとしたならば、それはもう直に他に對しての致命傷である。

だから、さう云ふ手は縛を使って、双方が若し素肌でやるとすれば、少しは見られる勝負が出米るだらうが、剛方の、特長を引いて投げて勝負(※36)では致し方がいわけだ。


あゝ、あゝ、東洋の…勝負は、まだ猛烈だあとに私は思つた、サンテルと、ウエヴァの勝負は、十五分五十五秒の後、ウエヴァは、サンテルのために、兩肩と頭とを平らに、胴さにマットへ当てられて負けた。レスリングの勝負は、この三つの點がマットにつけば、負けである。午後四時廿分に至つて閉場した。場内の入り口も出口もたつた一箇所だつた。私たちは、出るときにまた押し合つて、死ぬ思いをした。

その翌朝、私は、青山南町一丁目にゐる、坂井大師を訪れた。シアトルのオレゴンサントン体育場で倒れたぎり逢はなかつたから、その後どうしてゐるかと想つてゐたが、最近になつて住州がわかつたので、急に逢つて見たいと思つたせいである。坂井四段は門橋のの家に住んで、天下の凶色を顧者にしてゐた。

「どうだいサンテルが来たではないか。」と私が云ひ出すと、「やあ、観軍の、長を話ちうだ。」と、彼れは答へた。さうして、そろそろ彼れは語り出した。彼れの云ふところは以下だつた。

若し日本の柔道家が、サンテルの持ち出した條件を容れて、本當にレスリングのルールで仕合ひをしたならば、日本の柔道

が、が、サンテルは何ら世界一のチャンピオンと云ふのではない。まだまだ、米国には恐ろしいのがゐる。プレスティナなぞと云ふレスラーは體重二百二十パウンド。日本の約二十八貫六百目からある。一度、サンフランシスコで、プレスティナが、サンテルと靴をしたとき、プレスティナは、もし二十分間に内にサンテルを負かすことが出来なければ、自分の負けであると云ふ條件でやつた。その仕合ひでは、流石のサンテルも問題にならなかつた。

その外に、まだ、ステッカがゐる。ストランギュア、ルイスがゐる。デヴィス、コオトもゐる。みた、二百パウンド以上の眞正のヘヴイウェイトである。若し、さう云ふ連中が日本へ来たと、したならば、日本の柔道家はどうするつもりだ。

一度、プレスティナが、シアトルの柔道道場へ遊びに来たときに、某三段はプレスティナと立ち合つて見て見て胴に締められてしまつた。てんで相手ではなかつた。むも、言葉と云ふ通譯が、プレスティナの体からちよこざまであつて、後れを落したことがあるが、それは、決して、立ち合ひのつもりでやつてゐるのではなかつた。

兎も角も、日本の柔道家は、もつと地力とバカものに眼を惹かなければならない。それから鏡を保持することを一日も怠

つてはならない。米国ではレスラーでもボクサアでも、凡て、競技上の専門家たちは、なかなか講堂を重んじて、さうして、教養と云ふことに於て科学的に研究してゐる。

たとへば、レスリングをやるにしても、毎日、どのほどの位の息がほくとか、ポテートをたべればどの位のとか、牛乳ならばどれだけとか、その他の方の専門の医師をもつてゐる。大仕合の始まる前などには、四ヶ月も女を遠ざけてゐて、顔つきをたければ口も利かない。さうして毎日練習をかかさやうにしてゐる。向上の運動家が、運動と云ふものは何ら生活を預かつてゐるというところは、実際見上げたものである。

サンテルは、他のレスラーに比して割り合ひに試験がいい。それから柔道のよさをよく理解してゐる。けれども、あゝ何もかも封じられて、しまひには、国の話を封じられては、サンテルは手が出せないだらう。尤も、あのヘッドロックに引つかかるやうでは、柔道家の方もさう大したものではないのだ。今日はサンテルがここへ来ると云ふのだまだ来ない。多分、興奮んだあとで来るつもりだらう。

と、かゝう。彼れは、私に話した。それから私は、彼れとサンテルとが向ふでやつた勝負の其處に就て色々と聞いて見た。

勝負が新興の藝術家ならば、サンテルは凡ての藝術家である。勝負では講道館の武士道に傾倒するわけか?

日本では、勝負を売り物にはしないとか、或いは講を見せて金を貰うなどと云ふやうな不思議な言ひぐさで遮るかも知れないが、全體にあたりでは、その人が、その人の持つてゐる藝術によつて生活するのは何も悪いことにしてゐる。彼れは他の事に一切をなげ打つて、勝負によつて活き、勝負によつて生れんとしてゐる。

日本に於ては、武道の師範など、段位から離れてゐて、金を売り物にし(※テキストかすれ)ないなどと不平を唱えたであらた。然し、此處に於ては自分に勝を貰うより外に、自分を活かして行く方法はない。日本武術家が段位をたなくしてから以来、その武士道を愛するのはあれはもういふわけだ。

なる程、日本柔道の恩人としては、武士道をはぎ出して、サンテルを商業人と離れれば、一寸人間いきがいやうである。然し、高、運、と云ふものの上に立つた世界から対へると、殆んど問題にならない。

たとへば、日本の力士が海外へ行つたとする。外国人は、あれは日本の相撲人だからと云つて其處にするか?一鍵には今の出羽の海、その前常陸山が渡米した。後では、大阪の朝日山一


この日の午後、私は、また九段の相撲場へ出掛けて、二日目の立ち合ひを見た。

この日の観衆は、日本側では記事を入れかへて、前日よりは幾分有力な連中を出しからしかつた。

本日の勝負のことに就て書いてある前日の新聞を見ると、日本側が少し憂勢だつたと書いてある。私は片腹痛かつた。どうしても日本人は、国民としての観念とはなれてかう云ふ論理的なゲームを観ることは出来ないのだと思つた。日本人が震災しなければならぬものは、武士道の精神ではない。形而上的な精神である。コスモポリタヌズムである。何と云つても、新聞までが、またまだ日本人をしてるる。

講道館にしたところさだ。サンテルは商人だから、武士道の精神を重んずる云うは筋違いなしい。したものは勝するか何とか、どつた事いふだらう。

サンテルは商人と云ふのは何の罪だらう?興行と云ふ意味からして見ると、俳優なども興行師だから武士道の精神に誇るわけだ。だから川を殺す?然し今では、日本の俳優も藝術のうちに伍入つてゐる。

行が渡米した。其中、豊島山の行つた折などは、時の大統領ローズベルトが親しく一行を白屋館に招じてゐるではないか。日本の武士道も、もう少し無理のない寛大の持ちれになつる。

二時になってから、ウエヴァ、対、清水四段の勝負は、はじまつた。

清水四段が昨二本取つて、面目躍如を示した。何しろ、ウエヴァは、昨日の二回で懲りてゐる。またあんた馬鹿の入り口などを見せられてはたまらないと思つてゐるものだから頗る用心してゐる。おまけにウエヴァの頸には、昨日等レスリングの傷のつけない柔道痕がよつてゐる。まるで頸を絞せるために、自分から鴨に頸をまきつけて勝負をしてるるやうなものである。こんな頸の悪い話はない。さうして自分は、柔道の手は、まるつきり知らない。のみならず、自分の方は得意の手はアームシルも、ヘッドロックも、フル・ネルソンも何んな封じられてゐる。それでは手の出しやうがない。あんまりウエヴァの負けるのを待つてるるより外には道はなかつた。

流石の日本人も、ウエヴァの間抜けた氣の毒だと思つたか、大いに「一等問に」の大相撲を応援して、ウエヴァに保護し

た「ウエヴァさん!どうしたんだい!」なぞと、ひやかす野次もあつた。

だが、清水四段も、たかくどうして強かつた。釣り込み腰だの、骨投げだので、敵を動さうとした。それに此人仕少しも怯らとらしい氣色などを作らぬのが私の氣に入つた。二回目に勝負だもで、清水四段は寝て待つと、ウエヴァさん、何となくきまりの悪い顔をした。さうして二度とも胸をとられた。初めの勝負は五分と十秒。後の勝負は、十三分と二秒。

次の三回戦は、サンテル、対、庄司四段の組みである。この勝負には、大きな大相撲を応援して、庄司四段は、サンテルを牢獄にしたぞと、書き立ててゐるが、手球にされたのはどうも庄司四段のやうだつた。

なぜならば、庄司四段は、少しもサンテルの得意の手を自ら得ない。サンテルの得意の手と云ふのは、寝取りを打つことである。

四段がなげると、サンテルはなげられる。付け込んで来た庄司四段を下から掴むと、すぐ、寝取りに打つて上になる。

それは実際、寝で防ぐより、もつと早い。なげられたはずみで、くるりと上になる。だから四段はいちいちサンテルをなげて上つてから、近眼鏡をようしくらむな。四段の目とは程遠いものになかつた。然し庄司は、その時には決死の風で防ぐはしてゐた。仕合ひの最中、サンテルはそのゴム底の靴で、庄司の膝の膕を蹴つて横から蹴つた。四段は一寸仕合ひを中止して、そこのところを揉んでゐたが、痛みを浮して、呈晴として、毅然としてサンテルにかかつて行つたところは、勇ましかつた。サンテルは四段の足をつかんで倒し、いいトホホホールドのチャンスがあるのに、それは禁じられてゐるからとることもならず、こうこうしてたが、とうとう、四段の、今度は左の胸をとつて、寝引きにかけた。私の方から見たのでは、サンテルの兩脚が、四段の上に伸びてねて、四段の首は、彼れの股にはさまれてるるやうに見えた。

庄司四段は、自分の手組を、自分の右の手で握つて懸命にサンテルの取引を紡いだ。四段の右がもし伸びて、一文字にサンテルの胸に当つたら、この勝負は、日本側の負けである。これはレスリングの方で云へばアームロックだ、サンテルは益々胸を詰めみのばし、庄司四段は必死になって防いでゐる。私は見てて、はらはらした。庄司四段の手は、どうしてもこれは伸びるかなと思つた。

そのうちに、仕分に経過して、この勝負は引き分けとなったが


もたげても、始終サンテルの下になってゐなければならない。

これはサンテルに限らず向ふのレスラアは誰れでもやる手だが、つまりサンテルは、これを意識的に、柔道の投げ手に對して用ひてゐるわけだ。これは彼れが、米国で日本人と戦ふ場合に、この手を始終用ひてゐた。

だが、サンテルも庄司には一寸てこずつた。彼れの上手な巴投げや、内股には、隨分氣勢を挫かれた。それからまた、サンテルが庄司の頸を攻めせうとすると、そこにきつと、一本、手筋がはさまつてゐる。腿で頸を締めやうとすると、庄司の手は二本ちゃんと這入つてゐる。「日本人は肝心の手が上手だ。」と、サンテルが思つたかどうかそこまではわからない。

また二回目の時には、庄司四段は、剛力を用いて、サンテルをさかさに釣る上げて、マットの上へ、彼れの頭を突かうとした。それは、三宅太郎がシアトルで彼れにやられたその時の手によく似てゐたが、サンテルも手を庄司の腿にからんで、自分の頭がマットの上につく前に、四段をうしろに倒した。

そのうちに、四段は、敵に右肘の關節をとられて、だいぶ苦悶の風に見えた。

三回目の勝負の時、サンテルが首深く庄司の左へ押し込んで、睨めつけながら押して行つた、その眼光は凄かつた。マットへ庄司四段は一寸、すぐに立ち上ることも出来なかつた。サンテルも四段の手を取つて引き起した「よくここの青年は防戰した。」と云はぬばかりの表情をしてゐた。「芳禮い!庄司四段!」と感謝の意を表してた野次もあった。

實際、彼れは、日本柔道の名誉をおとしめず防戰したのだ、日本柔道の名誉の為に奮闘した庄司四段が、鳴米整理に殴られて場外へ引き出さうとすると、滑り場の方から、緑の小學校の制服を着た十二二年の男が出て来て、庄司四段の手についた。庄司四段は、しばらくは青年の顔をしてゐたが「おい」と云つたその聲は、ふるへてゐた。さうしてやがて、その小年の肩を抱いて、並んで滑り場の方へ歩いて行つた。

多分支配者であり、兄さん、外國のチャンピオンと晴れの勝負を、どんなにこの弟は、小さい胸を痛めながら見てゐたことであらう。また、あした急戦のあとに、かく可愛い弟に出迎へられた、四段の心はどうだらうと、觀客はとの兄弟の胸中を察して、皆、ほろりとした。

實際これは、この冠くれた、激戦のあとに起こつた一つの真髄である。

サンテル、対、庄司四段の仕合ひの後、また昨日の如く、ウ

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エヴァとサンテルのレスリングの仕合ひがあつた。丁度、十九分目で二人で揉み合うてゐた。

おてべ見ると、サンテルは、二日間にわたる激戦ののちに、まだ十九分戦つて、ウエヴァをひねつてゐる。最も、彼れは、米国でのこれまでの比合のレコードで見ると、二時間は、平気でやつてのけてゐた。若し山岡四段との戦ひが、もう二二分のびたら、どうなるだらう。私は一寸、市川四段には非常にあけびだる。

この日の仕合ひに、米国側の審判者となつた渡邊男次郎、私はその翌日の午前中にたつて、彼れと今話してゐる。有壁町の細引事務机に訪問した。

ここで一寸、彼れを紹介して置くが、彼れは、米国にねて、十四年間、個人の研究グループ、タフナマに習事してた。彼れの左の耳の叩きつぶれて、その鼻の骨は折れて少し左りに曲つてゐる。彼れは、米国に於ては、ウェルタア、ウエイトの専門家である。

彼れはこんなことを私に話した。

日本では、まだ、レスリングとボクシングの区別さえ知らならしい。今度の仕合ひなども「米国柔道対、日本柔道の仕合ひ」なぞと云ふ、記事を出してる新聞がある。サンテルのには、レスリングだ、米国にとは云ふ。柔道と云ふのなら、どうなつたかわからない。

それは、米国で一番最初にサンテルとやつた野口八段なぞは柔道と云ふ點に於ては、全く日本にあの位な人がないかも知れないが、何しろ、凡ての競技は場だちだちだからなあ。日本の柔道家なぞは、これから大ひに紅白といふものに覗きを置かなければならない。前ばかりでは収穫した勝負になつては行くものではない。

兎も何も、日本では既に學術など重利をやつてゐるらしいが、然し、日本柔道をして若し世界ののしたらしめやうとするならばやはり。この西洋のチャンピオンを作用ひ用ひなければならない。西洋人が、この技の変力を基調に研究してゐる技は、實に立派なもので、今では百萬圓の富を作つたウイリイ、ツチなぞと云ふ専門家は、八九年前までに實に資金で、私たちにも、よく金も貸せたとおもつたものだ。

それから日本の柔道家の段と云ふものは頗る妙なもので、年功とか、品行差とかで、段が上つてゆく。老年になつて弱くなつたにもかはらず段が下がらないのは頗るおかしい。震災中なぞは講道館四段だつたが、戦にしてから六段になつてゐる。死んでから段となると云ふのは変ぢやないか。

本當の力量で行くべきはつに球術の修練が。そんな成績には、富永昇四段の既説だ。日本の柔道にも芸術と云ふものはある。最も柔道家に、その芸身の研究はして居ない。だから隙だての手で實戦にたつて有校だかどうか誰も試みたものもない位なものである。

ことに柔道家の腕力は腰筋の方にあつて、伊勢のむにはない。突くと云ふところになると柔道家の手は伸びない。伸さうと思ふと肩のところが、ぎこちなくなつてしまう。

だがこちらは突き専門だ、何んでも急所へ手を取りて突くの烈し、また、それを防ぐことも研究してるる。欧米の各國どことでもこの手術をやらない國はないが、日本だけはまだやらない。古い、発達しない、相撲や柔道を墨守してそれでいいと思つてゐる。だから今度のやうにサンテルで来ると、引々の勝負は出来たいではないか。先方に有利な手は皆んなとめてしまふ。さうして、とうとう頸の塩まで止めてしまつた。

「今度は、都へ晴れに獅子をしる、と、日本人は云ひ出すご。」と、サンテルは云つてゐた。全く、あい何もかもに封じてしまつて仕合ひなんか出来るものではない。

尤も、サンテルも、今度は日本内地での試合ひだから。無理遠慮してゐるところもある。米国でやつた時には、なかくあるなもものではなかつた。あの胸の取引だちは、サンテルの余力見せるやうなことでは實感目だ。四段では柔道なぞの下手下手だわかれるものではない。

已に今度の経験をきつかけとして、専門道場をひらくつもりだ、と、彼れは云つてゐた。


二日目の比合が、すつかり済んだあとで私は、サンテルの宿へ這入り込んで行つた。聞がよくば、彼れと話すつもりであつたが、もう日本人が、そこへもまつりつめかけてゐて、サンテルは廊下へも出る出来ないやうな有様だつた。

彼れと、ウエヴァとは、何か話し合つてゐた。私は何か話し合つてるかと耳をすましたら何しろ野次がつめかけて四汁人ものひしめきうにねてゐるので聞こえない。

ウエヴァが、「アイ、ウオツ、ドンチュー何とかかんとか」云ふと、サンテルが、「アイ、何んとか、何んとかゼントルマンツト1」と云つた。それげ「私は、何んとかかんとか紳士的に公上意妹である。

何とか、かんとかは、野次馬の騒ぎで私の耳へは這入つて来なかつた部分である。残念なことをした。そのうちには私は野次どもに押し出されてしまつた。

彼れの今度の取り口が紳士的だつたことはそれの本譜にわたりて彼れの仕合ひを見たものみな肯ふところである。

三宅太郎と、四れとが、シアトルの、ヒッポドロームでやつた時には、彼れは、太郎の襟を左に掴み、右に太郎の股の間から、手を後ろへまはして雪を取り、太郎を倒さに引きあげて、そのままどんとう突いた。太郎は目玉を出した。坂井四段が行つて立ち入れて、太郎は息を吹き出したが、もう戦う力はなかつた。初めは太郎はサンテルにのしかかられて、頸をしめられたが、太郎が競技に行からとして、サンテルを痛してねて、なかなか、かからない。サンテルの手は長いから締めはよくきくろに、時の声を聞いた日本人の見物どもは「殺してしろ!殺してしろ!」と、思鳴つた。日本語で悲鳴つた。

あとで聞いたら、あゝでもないと、また締まらないかと思つてサンテルはもつと締めきるる。その時くのにはこちらのわざと、三宅は云つてゐた。然し聞いてる日本人の中になるとあんまり親身はひろくはなかつた。

だが三宅太郎だつて、決して弱い柔道家ではない。今は忙んだが、その頃のヘヴイウェイト、チャンピオン、レスラ、ガチが、横濱で、仕合の秘密に對し、俺と二時間相手になれるものがあつたり、五百圓やる」と云つた。然し、誰もそれ

眞護ドクトルなどは、ひどく心配して、早速講館を申まさして五段を自分の競技へ擣ぎ込んだ。

然し、その時、伊藤五段は二歳と有段なれば技の形、サンテルに對して答がひを申し込んで、出カシカ、ローサンゼルス市、ライオン、オブ、オーデトリアムにて、その大仕合は開始された。伊藤五段は、その頃、百七十パウンド、約二十貫からの體重をもつてゐた。

私はこの勝負は見たかつたが、何しろ不在の日本人は、その前こちらのときはその話しでもちきりで、私たちは、そこから二千哩もはなれたところに居ながら、何だか自分の一身にかかはる事のやうに気を揉んで、勝負の速報の来るの待ち居た。

實際内狀するが、日本に歸つてこそ、コスモポリタンの何んと、の、藝道を取りてゐるが、一足、外を外國へ踏み出すと、日本人の不名譽はつまり日本の不名譽である。日本の不名譽はすぐ自分の不名譽になつてくる。だから外國にゐる間は、どう、試合と云ふ觀念を捨てることが出来ない。日本へ帰れば「あれは商業会社を持つのだまらないやうな気がするが、まと」にいて矛盾した話だ。

かう云ふわけで、私たちは、有りも云へない不安心な恋に襲は


れに應ずるものはなかつた。すると三宅が驚窓から顔を出して出て来たので、観衆が「あの日本人は氣狂いか?」と思つた。「よせよせ、一分間たたないうちにひねり殺されるぞ」と云ふものもあつた。

ところが、三宅は、マットの上を、あっちへ逃げ、こっちへ逃げ、一寸ガッチの手がささるに、それを持つて、こっちへ逃げ、また、あっちへ逃げして、とうとう一時間投げ通して、五百圓貰つて、サンキュー」と云つて、また、もとの観覧席へ回つて来たと、云ふ利のものてある。

講館の伊藤五段が、三宅に仕合ひを申し込んだと云ふことだが、太郎は、五段を敬遠して、勝負には應じなかつた。

伊藤五段と、サンテルとの最初の仕合ひは桑港の、ドリムランドでやつた。

最初、五段はサンテルを搏撃の課事で大きくあげて、サンテルの後ろから、送り寝締に締め込んだ。サンテルの顔の色はだんだん變つて来たが、彼れの右の手が五段の足頭にかかると、彼れは左手をうしろにまはして、五段の頸にかけ、立つて、何お折れてゐるやうに、二た盛り三盛り體をゆすつて、後ろへどうと倒れた。五段は脳マットへ打ちつけて氣絶した。桑港に

れたがら、伊藤五段の審判や如何にと待ち詫び。友人のないには、「もうどうせ負けだ」と云つて、やけ酒を呑んでるのもあつた。

電報は来た。それは、夜の一時過ぎだつた「伊藤五段勝つた。寝締めで。」と、云ふことで、それだけは分つた。私たちはやつと胸をなでおろした。

あとで、二三日たつてから来た、日本、の新聞を読むと、その寝締も、甚だ危ないものだつた、がだともかくも勝つには勝つたのだ。

然し、伊藤氏と、スミスと云ふレスラアとシアトルで戦つた時などは、スミスは見ているうちに落ちてしまつて、スミスの花形は観覧席から、大足を出して、寝いた位だつた。その時、スミスは二度とも締められて、余症だつた。

伊藤五段、対、サンテルの鍵初の仕合ひの時に、五段は、気絶したとき、寝りへ抱き込まれたが、気がついてからあとで、「私はどうしましたか」と、脇に立つてた人に聞いたさうだ。サンテルに頭を打たれて負けたと云ふことを知つた時に「ああ、私が、サンテルに負けましたか?」とおつたさうだ。」そのくらい、サンテルの闇は、突撃に来たのである。との手のわざは、日本だつたらば、禁則物ひがつて、やつぱり封じ

られる手であらう。

坂井四段は「無冠の王座を譲り下、」と云ふのだから、私も、そのつもりで聴く気はない。

坂井、対、サンテルは、最初の仕合ひは引きわけで、第二回戦へ這入てから、四段の頸締はかなりのサンテルを苦しめた。だが云ふものだ、四段は手を放した。その時サンテルが起き上つて、ヘッドロックで、四段を参らした。

四段に云はせると、咽喉がきいたと思つたとき、鐘が鳴つた。それは仕合ひの終了だつたから手を放したのだが、それは十五分の知らせの鐘だつた。それあの時、敵を落して置かなかつたのは、こちらのぬかりだつた、と彼れは云つてゐた。

野口八段と云ふのは、五十ばかりの痩せこらけた先生で、シアトルの家にしかれて、後ろから頸をし「「へでもなはねば」と、くるりと首を出したと云ふ。腹のなし先生も。

日本人が街に自惚れて、力を軽くるからして、かう云ふ勝負に合よ。舌を出したらねで自分のあつたのは見つけものだ。

審判(柔道と云ふものは、初から仕合ひにならない。柔道は

性があるならば、改めて仕合をしやうと云ふことになつた。

その時、白亜館に宿つたものは、時の大統領をはじめとして日本大使、大使館付武官、米国々務卿、その他錦名の老士、一行の力士連、凡そ百名に及んだ。

或る晩は館内で大演説に行はれて、その時のワシントン、デー、ジー、での、震災国、アクテア、アダムスと云ふものの向ふことになつた。

常陸山は、腹を膨らせると云ふ約束で立ち合つた。「腹だけならばいくら突いてもいい。ほかはつかれては困る。」と云ふわけだつた。

向ふの拳闘家は手にグローヴを、はめて警上。グローヴは野良のヤアヤアヤアがはめるのよりも、もっと大きくて丈夫なものである。

常陸山に、立ち合つた。アダムスは、グローヴをはめた右の拳を出して銃で突き出して、呼吸をあつ(と引くごとく見えたが、全體の力を一気に込んで、一直接に常陸山の腹を目がけて突き出た。

常陸山の伝々たる腹の皮は、じりつとしたるてふだ。アダムスがその手口につきそつたかと思つた途端に、アダムスは、はねとばされて、口を打つてひっくりかへつた。


組まなければ勝負の出来ないもので、拳闘は組んでは勝負の出来ないものである。

如何な柔道の名人でも、向ふの、ジャック、デンプシイのやうな第一流のチャンピオンに下顎を一つ下からつき上げられたら、それでもう、花とさうして昏瞶だ。日本の軍法に直せば、お転倒である。

下顎を下からつき上のには、アッパーカットと云は、まつすぐに突くのが、ストライト。それから左右の横から加入るのがスウィンダ、どの手でもかまはない。一つ喰ったら、八段も九段もあつたものではない。

突いてくる手を取つてるうちには、他の手で水汚ちでも突かられてそれでぎゃふんだ。尤も昔、或る柔道家は、へちやめちやに突かれたが、とうとう敵にしがみついて、しがみついたと思つたら底を締めつてたと云ふ話しがあるが、その敵は多分あんまり強い敵ではなかつたらうと云ふことだ。

先年、常陸山一行が、米國を巡廻したとき米國のレスラアもボクサアも、立ち合ひを申し込んだ。

その時、常陸山は、丁度白亜館に宿せられてゐたので、そこで、他親同心の下で稽古をつけて見て、若し仕合ひの出来る可能

アダムスの手が、常陸山の腹の皮にぶつかる拍子に、常陸山の腹はその全分の力で、ぴんと張つたからである。ぶつかるのと、膨らむのと同時にからたまらない。アダムスは昏瞶にひっくり返つた。

「もう一度やるか?」と常陸山が云つたらば、アダムスは「もうこりごりだ。」と云つたさうだ。

大相頭はこれを見て大面白かつた。それ以外の、大統領をはじめ、顎、頭のグッディの寄るところで、よしそれならば俺が行つて突いてやらうだ、。立ち上るところ。時の図利事務ノックスが、「一國の大統領ともあるものが、それではあまり軽率である。」と云つてとめだたさうだ。

レスラアと常陸山との立ち合ひは、常陸山が、トオ、即ち足の指を取られて、「あ痛!痛!そんな狂暴な手があるものか」と云つて負けたさうだ。

米国人は、日本の力士が下褌を締めてゐるのを見て、皆、女だと思つたさうだ。日本には恐ろしい女があるなあと思つて、眉をつぶしたさうだ。

それから、常陸山が西海岸の桑港へ這入ると、海が母と呼ばれてしまつて一満もなくなる。ところが、あれは動物だから、ちゃんと褌で大きさがまるめてゐる。いくら注意したところで、一


※申し訳ない!!最後のページだけ画像が壊れていて再現できません!!(未完)

RIZINのU-NEXT離脱に関する論評・感想・推測・情報集(随時更新、追加)

m-dojo.hatenadiary.com
からの続き


アレキサンドロス3世
@Eds5JKXTZJbS7Bz
·
8月13日
U-NEXTは担当者の格闘技リテラシーが高いので安心して観れました。
 しかし🌹がAbemaと組むのは進む円安&高騰するファイトマネーや諸経費を賄う更にライト層獲得と海外進出を目指す必要が有るのでしょう。マニアックで自社コンテンツの制作能力が低いU-NEXTは足枷と判断したのでは。
侍MMA-レンノカ1231
@Rennoka
·
8月13日
確かにU-NEXTのコアなファン層だけではいつか限界が来ると考えたのでしょうか…海外進出やライト層の獲得を狙うためにABEMAの拡散力や資金力が必要だったというRIZIN側のシビアな戦略の切り替えなのですかね…








RIZINのABEMAとの新権利契約には感情的な要素があったとしても、紙面上ではこの契約はあまりにも理にかなっています。

RIZINは絶頂期にあり、大阪ドームのイベントが1ヶ月後に迫っている今、製品を明確に信じているマネジメントを持つ長期のパートナーと提携して最大限に活用するのが最善です。

マネーだ プロレススーパースター列伝 

本日「人生最高レストラン」に那須川天心出演(TVer配信もあり)そうか来月、井上と再選か

8月15日(土) よる11:30から
www.tbs.co.jp


www.youtube.com

天心

大会の熱を吹っ飛ばすRIZINの「脱U-NEXTショック」……数日前に「ふと」思ってた悪夢が現実になった





ほんの数日前・・・・・・・実はふとU-NEXTと、abemaTVについて考える機会があった。
それをテキスト化しなかったのだが…してたら大予言とか、内部情報漏れたか?と疑うことになってたよ。


ふと思ったこととは、まずこういうこと

・にしてもU-NEXTさんは、よくもUFC、RIZIN,ONE、DEEP、パンクラス、PFLを自身のコンテンツとしてまとめたなあ。ここを押さえておけば…ぜいたくを言えば修斗をLeminoから引っぺがして傘下にすれば完璧だけど、それは無い物ねだりだろう。RIZINナンバーシリーズをPPVにする以外はぜんぶ定額見放題なのだから圧倒的…感謝


・しかし、これはほんの一瞬の奇跡に過ぎないのではないか。
ONEとかがそうだったように、条件次第でコンテンツはプラットフォームを動いていく。どこかが条件の良いところに行って、ばらばらに契約しなければならない、かつての苦境が復活するかも・・・・・・

こういうのはままあることで「バスケットボール日本代表の試合だけ●●でしか見られないからそっちと契約しなきゃいけない」「井上尚弥のためだけにLemino」とか、「チ。」「片田舎のおっさん、剣聖になる。」がabemaTVだAmazonだとかの独占だとか、そういうことになるわけで。

一般的に、コンテンツがプラットフォームで泣き別れして複数契約してみなきゃいけないってことは「覚悟すべきこと」だとも言えば言える。
スカパー時代、GAORAとサムライTVとスカイAを網羅しないと格闘技は全部見られなかったのだからね。


U-NEXTの格闘技聖地化もRIZIN LANDMARKの成績に同社がびっくりして拡大を進めてきたものだ。歴史自体も浅いし、RIZINにしてみれば「貸しは有っても借りはない」てなもんだろうよ……



アメリカで先んじてWWE、UFCが独自のプラットフォームでのPPV販売から、巨大プラットフォームに一括契約し、どこの契約者が全てのコンテンツを見られるという戦略になることもあった。
新日本プロレスワールドはそうなっていくのだろうか…?


変わったことでどうなるのか

実はPPVをそのつど買う、ということでいえば、abemaTVに移ったとてそんなに変わらない。実際自分はabemaTVでPPVを見たことも多い。

ただ、反応にもあるけど

・U-Nextは月1200円、有効期限2カ月のポイントをおまけでくれるが、使い道のない人が結構いる。このポイントはRIZINにぶち込む人が多く、そのぶんだけ実質値引きされていた。
(これはRIZIN側から見れば離脱の理由かもな……)


・おそらく今回、RIZINのそのつど値引き(キャッシュバック)と、abemaTVプライム会員になる会費がトントンになる仕組みがあるんじゃないか
(わかりにくいかね。abemaTVの有料会員が月1000円の会費で、RIZINが「有料会員さんは1000円引き!」と設定、同じことなら会員になるか、と促すパターンだ)


・U-next独自のRIZIN番組があったような無かったような(あんまり見てない)


・入場曲が流れる流れないはそのプラットフォームの契約で、abemaTVはちょっとしょぼかった記憶がある。

 

次のabemaTVでのRIZIN観戦料金に伊藤裕樹が漏らしたホンネが話題に

CEOの目にうかぶ殺意。

全く関係のない連想

エンコ詰めだけは許してやって 男の星座 梶原一騎