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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

”鬼の黒崎”こと黒崎健時氏に関する、公的な確認はできないものの注目すべき情報…粛然と。

ameblo.jp

永遠の黒崎先生は我が胸で生きる

黒崎健時先生の事を話そう。
黒崎先生は既にご逝去なされていたようです。
というのは、ご遺族より正式な死亡通知がなくいつ亡くなられて死因は何だったのかわからないので、ネットなどで色々と情報が出ていますが、中には的外れの事をさも見たかのように断言しているものもあるようなので、私は静観してきたのです。
あくまでこれは風聞また聞きですが、ご遺族は「父親の事は触れて欲しくない、今はそっとしておいて欲しい。」と仰られているというのです。

遺族のこのお気持ちを私は尊重したいと思います。…(略)私にとっては、永遠の恩師、黒崎健時先生。だからサヨナラは云わない、我が胸でいつまでも生きる永遠の人です。

どなたか…さらには著名な業績などを残された方の訃報は、ご遺族などがその取材に答えるか、答えないかは自由であるし、取材などでそれを尊重する要がある一方で/ その情報自体、事実自体は情報として公の関心事になる、という別立ての問題になる(たとえば、小室直樹氏の訃報はそれに近いし、最近のさまざまな事件事故でも似た話はある)。今回も前者のご意思(それもそもそも確認できていないのだが)を尊重しつつ、後者は後者で語ろう。


そしてこの場合、この書き手の人の経歴と、黒崎氏との関連の上で、ブログでああいう書き方をされたこと自体が、一種の信憑性の裏打ちとなるのだ。

舟木昭太郎 ふなき・しょうたろう
福島県生まれ。大学を卒業後、フリーライターを経て、’71年日本スポーツ出版社入社。「週刊ゴング」「ゴング格闘技」「ワールド・ボクシング」各編集長を歴任。
日本スポーツ出版社専務取締役、日本スポーツ映像株式会社代表取締役を務め、H14年9月独立のため退社。
「株式会社UPPER」を創立、代表取締役に。


その上で、しみじみと、その人のことに思いをはせる。


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さらば黒崎健時 男の星座
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さらば黒崎健時 四角いジャングル
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さらば黒崎健時 金儲けしらん 列伝
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さらば黒崎健時 格闘技界の影の首領 プロレススーパースター列伝 
四角いジャングル 1

四角いジャングル 1

プロレススーパースター列伝【デジタルリマスター】 9

プロレススーパースター列伝【デジタルリマスター】 9

男の星座7

男の星座7


どれもこれも、ぜんぶ梶原一騎経由(笑)…というと、要は「梶原ごのみ」のキャラクターとして、再構成され造形された人物像を描かれている、という部分も大いにあるだろう。そしてそういう人物としての使い勝手も非常によかったため、さまざまな作品の、いい場面で登場した。以前、同じような存在感のあるユセフ・トルコを「梶原漫画の助演男優賞」と書いたら、もうひとりの候補としてだれかが黒崎氏の名前を挙げたっけ。
※あ、ワッシュさんや。

id:washburn1975 "以前、同じような存在感のあるユセフ・トルコを「梶原漫画の助演男優賞」と書いたら、もうひとりの候補としてだれかが黒崎氏の名前を挙げたっけ" <ワスです。 格闘技 梶原一騎



とはいえ、スポーツ…格闘競技のど真ん中の基準で論じても、愛弟子が「ムエタイの中で、弟子がタイ王者を破り最初の外国人チャンピオンになった」という光輝く金字塔も持っている。
その弟子の育て方も、今では実行したら「裁判所で会おう」になるような話ばっかりなんだが、それでも「それゆえに育った」弟子も確実にいたであろうことは、矛盾をはらみつつ事実である。
ただ、いまや時代は「それであってもダメだ」ということと「それは、そういう育て方以外なら羽ばたいた出あろう99人の、ちゃんと才能ある人材を派手に肥料にした上で1人が育つ育て方だ」ということで、結論が出つつはある。


その最後のコンフリクト、格闘技界で注目されたのが、魔裟斗のライバルだった小比類巻が、ミスターストイックとして出直すときに選んだ師匠が黒崎氏で、まさに黒崎氏らしく「コンクリートの壁をけり続けろ」という指令を出した…という一件だ。
そもそも小比類巻は、練習熱心ではあったのだが、ミスターストイックというのはぶっちゃけTBSが魔裟斗との対比のために強調した、「間違いではないが十全に彼を表現している訳でもない」ニックネームで、彼が黒崎氏のそういう練習方法に心酔したか、というとちょっとね…そして、K-1ぐらいに高度の実力者がせめぎ合いをする場で、本当にコンクリートを延々ける練習方法が、魔裟斗を倒す方向に向かっていたのか??といえば、それもちょっと。

その結果、小比類巻は結局、比較的短時間で黒崎氏のもとを離れた…という顛末だったような、気がする。

あ、語ってるわ。
ch.nicovideo.jp
ch.nicovideo.jp

コヒ 黒崎道場での生活って、練習は5割だったんですよね。その練習メニューも本当にキツかったんですけど……。それをこなすだけの練習で対戦相手の研究することもなく。まず朝の練習で腕立て伏せ1000回ですから。
――腕立て伏せ1000回!(笑)。 昭和・新日道場じゃないんですから。
コヒ でも、ホントに1000回できるんですよ。自分でもビックリしました(笑)。そのあと8キロのダンベルでカール1000回やって、サイドステップ1時間。それが午前中の基礎体力練習。それから黒崎(建時)先生の昼ごはんをパンパンの腕で作って。
――その練習のあとだと料理するのもシンドいですねぇ。
コヒ それで先生と一緒の昼ごはんを食べて、15時から練習なんですけど、空いてる1時間半は「散歩してこい」と。犬の散歩なんですけどね(笑)。
――犬の散歩1時間半ってけっこう大変ですよ!
コヒ 散歩から戻ってきたら2階で壁蹴り、サンドバックを1~2時間。先生は下の階にいるんですけど、自分がサンドバックを叩いてる音を聞いてるんですよね。
――それは幻想的ですね……。
コヒ あとリュックもキツかったです。薪を背負うような感じで、コンクリートのブロックを重ねて塗り固めて作ったリュックがあるんです。150キロと80キロとそれぞれあって。
――そんなものを背負って何をするってんですか(笑)。
コヒ あるときは80キロのリュックを背負って、いつも走る10キロのコースを「歩いてこい!」と言われたんですけど。歩いて戻ったら夜の20時で。黒崎道場の食事は20時には終わるので「今日の食事は終わりだ!」と(笑)。

コヒ 根性と体力は付きましたけど、よく試合で闘えてたなあって思いますよね。スパーとか一切やらなかったですから。
――スパーなしですか!
コヒ だから試合のとき距離感がわからなかったんです。安廣(一哉)さんとやったときにダウンをもらって判定で負けたんですけど、ぜんぜん腑に落ちなくて。だって、そのときいちばんキツイことをやってるのは自分だと思ってたましたから。「こんなキツイ思いをしてるのに負けるなんておかしいっ!!」って(笑)。
――そこでミットやスパーの重要性には気づきますよね。

コヒ 「決勝の相手は魔裟斗」と言われたときは「やるしかない!」と思いましたね。
――1回戦は須藤元気選手のバックブローでダウンして、2回戦は壮絶な打ち合いで。小比類巻選手の試合で火が付いたところはありましたよね。
コヒ あのとき先生から「このメンバーだったらローキック一本で優勝しなかったらダメだな」って言われたんですよ。
――ローキックだけで! そういう伏線があったんですね。
コヒ ボクもその言葉をまともに受け止めたんですよね。「先生、わかりました。ローだけでいきます!」と。ホントは島田トレーナーにボクシングを習ってたし、ハイキックもあったんですけど。もうローだけで勝ってやろう!と。
――それであんなにボロボロになって闘ったんですねぇ。
コヒ でも、本当に痛い思いをしたのは、その大会のあとなんですよ。人生でもいちばん痛かったというか……。
――何があったんですか。
(「なにがあったのか」については略す。リンク先を(会員になって)ご覧ください)


・・・・・・・・・しかし、それもまた、梶原的世界観から格闘技が脱却する生みの苦しみだったかもしれない。




そして、まことに余談ながら、黒崎氏は元極真であり、されどそこから離れてキック、新格闘術、マーシャルアーツ・・・・などなどに携わった。
その経緯は、もちろん四角いジャングルなどで大いに語られてはいるのだが、当然、以前紹介した「極真鎮魂歌」などではね……そんな裏話も、歴史となっていくのだろう。

m-dojo.hatenadiary.com

大山倍達黒崎健時やキック関係者をディスる

「キックに関しては野口に騙されたようなものたよ。弟子をタイに連れて行っていい結果を出したらかなりの報酬をくれる約束だったが、黒崎があんな負け方するものたからギャラはゼロだという。黒崎はコーチで行ったのたから試合に出れば負けるのはわかっていたのに、勝手に試合に出てぶざまに負けた。それを理由に報酬ゼロと言う。そんな野口を信じられるはずないじゃないのよ。もし一緒にやるならば私が主導権を取るという約束でね、私は野口と組むことにした。そこにまた黒崎が口を出してきた。スポンサーを見つけるのが黒崎の仕事だったのに私の弟子たちを私が知らないところで引き抜いてキックの練習をやらせたりね。(略) 私のお人好しが全部裏目に出たということだね」


黒崎健時大山倍達ディスる

「大山さんのわがままさには呆れるしかなかった。最後はお決まりの金、金、金の連続だし、これについては野口さんに同情した。大山さんに失望して野口さんは、別のコネクションで日本キックボクシング協会を旗揚げした。 TBS テレビをスポンサーとしてブームを作った。大山さんは完全に出遅れた。小銭を惜しんで大金を逃したのだ」

ああ、思えばーー「この黒崎にトラの毛皮をプレゼントせんか」と、彼がおねだりしたウイリー・ウイリアムスの追悼文を書いたのがまだ昨年の6月だったとは!!
m-dojo.hatenadiary.com





添野義二 極真鎮魂歌: 大山倍達外伝

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  • 発売日: 2018/02/27
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サムライへの伝言―真の勇者に託された魂のメッセージ!

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ホントに身につく護身術―自己防衛の秘術

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  • 作者:黒崎 健時
  • 出版社/メーカー: 壮神社
  • 発売日: 2005/07
  • メディア: 単行本

東京マラソン一般参加中止。ではJリーグは…普通に開幕かな/RIZINも

headlines.yahoo.co.jp


mainichi.jp



そして海外、シンガポールだが、格闘技大会でこんな決定がくだされた。

yunta.hatenablog.com


集まる人数の規模、それの移動と接触、終わった後に参加者は風邪をひきやすいという結果がある…などの特殊事情で東京マラソンがこういう判断を取ったのには合理性があると思うけれども、またこのあと大観衆を集めて開かれる「興行・イベント」には『中止した方がいいのではないか?』という判断は常につきまとうのだろう。また日本の今の状況で、中止したほうがいいのかどうか、また判断が正直難しいところだ。

で、Jリーグ


www.jleague.jp


とくに変更はない。てか、すでに明治生命リーグとか普通に継続されている。

多少の論がある

www.mag2.com

headlines.yahoo.co.jp



シンガポールで無観客の試合興行を決定したONEは、総合格闘技団体だが、日本の格闘技団体は
jp.rizinff.com

こちらも別にウイルスがどうこうとかはなく、開催予定だ。


このあと、自分の興味あるもの、行く予定だった巨大イベントなどが次々と「新型肺炎蔓延をふせぐために開催を自粛すべきか」という問題に直面する。いまのところ少なくとも完全民間のイベントで、自粛の動きは広がらないみたいだ。


…、と、この前関連みたいな感じで書いたのがこれだ

m-dojo.hatenadiary.com

「アイアン・シークの記録映画」だけですごいのに「前田日明がトークし、ゲストにジョシュ・バーネット」ってなんだこれ。

2月19日のイベント。



いや、すごいというか
おかしい。

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WWE レジェンド・オブ・レスリング VOL.1 [DVD]

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アイアン・シーク。
あのね、はてなブログのユーザー何万人いるかしらんけど、10回以上ブログにこの名前書いたのうちだけだと思うよ(笑)
m-dojo.hatenadiary.com


そしてアイアン・シークをメインテーマにtogetterまとめを作ったのも俺だけだと思う(調べてないけど、そうだろ!)
togetter.com


語るべきことは多いんだよ。
もともと、イランの国技としてのレスリングの猛者。
だが、政教分離と近代化のパーレビ王朝時代のエリートは、イスラム革命後の祖国と相いれなかった。
そしてアメリカで「プロレス」という似ていながらまったく違う畑を耕すことになる。
その中で否応なく仲間たちの間でささやかれる「あいつはガチができる、リアルディールだぞ怒らせるな」「シュート野郎だぜ…」
その一方で、「悪役として稼ぎたいなら、あのホメイニの野郎、卑怯な大使館人質事件をやったイラン出身であることをアピールしろ!ソ連人と組んでアンチ・アメリカンズだ!」なんて、逆に捨てた祖国に接近遭遇…
最後はUWFインターに呼ばれて安生洋二と闘う…
こんな面白いやつは、やっぱりそういない。

最近はabemaTVの充実ぶりなどもあって格闘技の会場観戦もご無沙汰だが、むしろこういうのを見に行きたいよ。


で、前田日明だ。ジョシュ・バーネットだ。

このへんは、それを企画運営している人の人間関係とかコネが大いにモノをいったりするんだろうけど、やはりアイアンシークが「誰もが納得する、プロレス界のシュート猛者」であったことがトークの顔ぶれと関係してくるんだろうな。

それでも、「あれ?アイアンシークと前田日明ってどんな接点があるの?せいぜい、そういうプロレス界のデンジャラスなシューターつながり?」とちょっと違和感があるのだが…

どうも、我々があまり知らない、何かの接点があるみたいなのだよ。


そしてジョシュ・バーネット氏だが……

ぶっちゃけ、プロレス語りたがりマンである(笑)。UWFインターに関しては立派な「論文」を発表し、kamiproに翻訳掲載されたことがある。
アイアン・シークについて語ってくれ、と言われりゃ、絶対に語るだろうし、ネタはあるだろうさ。…ただ、「このために日本に来るのか」が気になる(笑)
…ああ、22日に試合をする愛弟子ビクター・ヘンリーのセコンド、コーチか。さすがに安心した。
jp.rizinff.com


そしてジョシュとマエダサンの接点だが…これは心配ないか、間にTKがいるから、どこかでとっくに面識はあるだろうし、少なくともジョシュのほうはマエダサンのキャリアをよく知っているはずだ(笑)
しかし、語りたがりの2人がどんなふうに化学反応を起こすかは、それは予想し難い(笑)。通訳に、堀内勇氏を呼べばいいのに(笑)

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ゴング格闘技2006年1月号カール・ゴッチジョシュ・バーネット

9日UFCはジョン・ジョーンズ登場!!…なんだけど、相手の計量がギリギリだったようで…


――JJはUFCの“パウンド・フォー・パウンド”ランキング1位と、まさに“最強の中の最強”ではありますが、2018年12月に復帰以降の戦いぶりに「ちょっと物足りない」との声も一部であります。高阪さんはどう感じていますか?

「たしかに、以前のように超アグレッシブに攻めるシーンは少なくなっていますね。大人の戦いをするようになったというか。ただ、要はポテンシャルがそもそも高いので、相手の攻撃を流しながら自分の距離やタイミングでしか攻撃を出さない、という戦い方をしても、そこまで攻め込まれることがないと思うんです」

――やや安全策をとっても、しっかり勝つことができている、と。

「例えば、アグレッシブに攻めることを信条としていた選手が“ちょっと俺は戦い方を変えた方がいいんじゃないかな?”と思って、ややディフェンシブな戦い方に変えると、大概やられるものなんですよ。でも、JJはそうなっていないということは、より無駄のない攻めができるようになっている。だから競技者目線からすると納得できるんです。それが昔のJJらしくないと言えば、そうなんですが(笑)」


gonkaku.jp


しかし、隙の無いJJに挑戦する立場の相手は…


だいじょぶかね。いまやってる「はじめの一歩」の木村みたくなるんじゃないか? 1R序盤からもうラッシュとかさ。

アリ側から見た”世紀の凡戦”の真実―『アリ対猪木』(ジョシュ・グロス著)

アリ対猪木――アメリカから見た世界格闘史の特異点

アリ対猪木――アメリカから見た世界格闘史の特異点

世界最高峰の舞台、UFCを産み落とした「禁断の果実」
歴史的一戦の裏側に迫る米国発のノンフィクション!!

なぜ、アリはレスラーと戦ったのか?
なぜ、米国マット界は団結したのか?
なぜ、シュートマッチになったのか?
なぜ、猪木は勝てなかったのか?
なぜ、MMAはその後繁栄したのか?

柳澤健氏推薦!!
「1976年のモハメド・アリ」とも言うべき作品だと思う。


この本が出ていたのは知っていたけれど「猪木対アリの話って、もう柳澤健が書いてるじゃん。あれで決定版みたいなもんじゃん。同じテーマで何冊読むほどでもないしなー」ということで触手(ではなく食指だとブクマで指摘いただいたが、面白いのでこのまま。なおこの文章、基本的に音声入力で書いた)が動かなかったんだよねはじめは。
だから実際に読んでみると、当たり前だけどアメリカ人が英語で取材し治療にあたって書いたものだから、基本的には「アリを中心としたアメリカの反応」及び「アメリカにおけるアリvs猪木前後のミックスドマッチの歴史」が深く描かれている。
梶原一騎によって「通俗的日本プロレス通史」を学んでいる世代にとっては、その通俗通史を破壊される楽しみと、通俗通史が、幹となる真実をどのように肉付けして行ったのか、そこを探るのが楽しいということがある。これは三国志好きや戦国時代好きがかなり辿った道に近い。
そういう点ではたいそうに面白いもので、 ちょっと読むのを遅れてしまったのを後悔しました。

だから「1976年のアントニオ猪木」を一種のペースにして、そのディティールを補給する読み方が面白いかと思う。

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)


例えば、モハメドアリをザ・グレイテストたらしめた、大口と相手の挑発とホラ話は、「プロレス仕草」であり、フレッドブラッシーやその前のゴージャス・ジョージから学んだものだというのは柳沢本にもある話だが、 その経緯がページを割いてさらに詳しく描かれている 。1961年初夏、同じ会場で二日連続でプロレスとボクシングの試合があり 、まだカシアス・クレイだったアリはゴージャス・ジョージの試合を見て心を奪われ「しゃべるのに遠慮は無用」ということを学んだのだそうだ。既に詩人であった彼が、その秘められた才能を遠慮せずに出すことを決めた時、この男はザ・グレイテストになった。

筆者はアリをこのように表現する。
「彼は常に磁石のような存在だった。両極のどっち側にいるかだけが問題なのだ」
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なんだこれ、「スポーツ界トラッシュトークランキング」って
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そしてまだアリの時代にはボクシング業界も、アメリカであっても「昭和」で(笑)、魑魅魍魎のプロモーターや業界人の蠢く百鬼夜行の世界だった。
ある女性プロモーター。…「ドラゴンクイーン」と呼ばれた女性はこのように語られる(この人が、スタントマン兼ガチプロレスラー、プレ総合格闘家ともいえるジーン・ラベールの母親だという)

「彼女が当時のボクシングを支配できたのは、ロサンゼルスのマフィアと繋がっていたからだ。ボクシングを力で牛耳っていた。負けるはずのない試合に負けた選手がいた。勝てるはずのない試合に勝った選手もいた。彼女は善人ではなかった。悪人でもなかった。ボクシング人だったんだ」


書きたいことが多いので以下、箇条書きします。自分のメモも兼ねる。

いくつかは時間あれば、独立した話にしたいと思います。

・この本の序文は推薦という形でバス・ルッテンが書いている。なぜバス・ルッテンかといえば、彼は引退後格闘技を語ったり喋ったりする解説者としては非常にステータスが高い人気者であるからだろうけど、2000年にプロレスラーとして新日本プロレスと接点があり、例のロス道場サンタモニカの猪木ジムを訪れた経験もあるからだ。ちょっとしたトリビアとして、 猪木はビールびんの「早飲み」が超得意で、酒豪という点では猪木以上のレスラーにも 、早飲みでは負けず、周囲からは「あの顎にはビールを貯める機能があるんじゃないか」と言われるぐらいだったそうだ。それにバス・ルッテンは挑戦し…


流智美氏とか那嵯涼介氏の本で断片的に読んでいたマーティン・バーンズ、エド・ストロングラー・ルイス、ジーン・ラベールといったプロレスラー達の、ボクサーとの接近遭遇が前史として語られている。”フィスト・オア・ツイスト(拳か、捻り=関節技か?)”という煽り文句が以前からあったように、 ボクシングとレスリングという二つのメジャー格闘技、実際に戦ったらどっちが…という思いは、それは永遠のボンクラたるオトコたち(もちろんオンナもだ!) が興味を持たないはずはないのである。ここら辺にも紹介した過ぎるエピソードがたくさんあるのだが略す。


・アリvs猪木は、 当然ながら世界中でビジネスになる一大イベントであった。では1976年当時、どのようにして極東の小国で行われたファイトの内容や映像を、「いち早く、より遠く」まで伝えられるだろうか?そのテクノロジーやビジネススキームの黎明期の話としても非常に面白いのです。クローズドサーキットで大儲けしようとする人たち…ヘンリー(ハンク)・R・シュワーツという人と、ビデオテクニクス社という組織が、その黎明期を支え膨大な富を産んだらしい。


ニューヨークタイムズ東京支局長は、リングサイド15列目に陣取りつつ、「NYの『口述録音機』が、きちんと自分の声を拾ってくれるのか」を心配していたという。 彼はこの勝負を真剣勝負と認定したが、取材としては「猪木またアリの脚の裏を蹴る」と報告するだけでうんざりしたと言う(笑)。それでも試合直後のアリや猪木にインタビューすることもできた。アリに対してはとても魅力的な人物と思う一方で、周囲に「詐欺師まがいやおべっか使い」が山ほどいるなと感じたそうだ。


・当時のWWF(現WWE)が、猪木アリの中継映像と、会場でのアンドレ・ザ・ジャイアント対チャック・ウェップナー(これもレスリング対ボクシング)、そして汚い手段でサンマルチノの首を負傷させたテキサスの大悪党スタン・ハンセンに、我らの人間発電所が復讐制裁を行うリターンマッチなどのライブを組み合わせたイベントをやったことも有名だ。ビンス・マクマホン・ジュニアがこの猪木vsアリに関わったという伝説を自分は時々聞いていて…、試合前にアリがレスリングをあまりに舐めてるのでマクマホン・ジュニアがアリを次々に極め、「ただの業界周辺にいるだけの素人の俺でもこれぐらいサブミッションができる!猪木はその何十倍のスキルがあるんだぞ」と脅したがゆえに、猪木の技は次々制限されたとかね…(笑)それはあまりにもあまりな話で、真実とはとても思えないけど、(※この本に載ってるわけではない。ただホテルで椅子やベッドを脇に寄せて空間をつくり、そこであっさりテイクダウンに成功して「真剣勝負なんてやめろ」と説得し…という話をビンス自身の言葉としてP174 で記しているが、別の関係者は否定的)父親シニアが「その試合はワークにしたらどうか」とアリ陣営に提案したという話や。ジュニアがアリvs猪木に合わせて訪日し、いろいろ根回ししていたことなどがここでは書かれている。ただ負けブックだったり、猪木の卑怯な手にアリは激怒!からアリvsアンドレにつなげたい、みたいな話なのでアリは拒否し、そして真剣勝負に至ったと…


・そこから80年代に入り、ジュニア陣頭指揮のもとエンタメ路線に振り切ったWWEだが、「最強の男はここにいる」「ボクシングだと?レスラーの方が強いに決まっている」という矜持の遺伝子、はどこかに確かに残っていて、 WWE の中でガチコンテストをやり、そこの最終勝者だったバート・ガンをバタービーンにぶつけるという試合を実際に組んでいる。だが、その結果が……(もっとも、映像で見るとボクシングマッチらしい?そっちの土俵じゃしゃあないか)。それでも、「そういう意識」がまったくないWWEより、そこにちょっと色気を見せて失敗するWWEのほうが愛らしくないかい?
www.youtube.com


・アリのコーチと言うかアドバイザーと言うか 武術指導をしていた存在に、韓国人武道家ジューン・リー(李俊九)という人間がいた。 彼はアリの「取り巻きやおべっか使い」ではなくきちんと指導者、コーチとして尊敬されていたそうだ。アリは 彼から習ったパンチを「アキュパンチ」と称した。 実はこのリーを通じて、朴正煕時代の韓国政府は猪木戦直後のアリを招聘。戦った後、本来は足のケアが必要だったアリが無理を押して韓国を回ったために怪我が悪化したらしい 。しかし70年代、まだ韓国が政治的にも経済的にも成長はし始めたが先進国には遠かった時代、アメリカでそれだけの地位を築いたジューン・リーという人はさぞかし伝説的な人物なのではないか。調べればいろんな資料があるかもしれないが、まだこの本の出版時(2016)にはご健在なかたなのでゴング格闘技辺りでインタビューして欲しいところ。
追記 2018年に逝去されておられたとか。残念!

アリ側から見た”世紀の凡戦”の真実―『アリ対猪木』(ジョシュ・グロス著) - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

ジューン・リーは2018年に亡くなりました→<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/Jhoon_Goo_Rhee" target="_blank" rel="noopener nofollow">https://en.wikipedia.org/wiki/Jhoon_Goo_Rhee</a>

2020/01/30 12:46
b.hatena.ne.jp



・アリが猪木戦後に負った深刻な足のダメージは、それだけで真剣勝負の有力な証拠ではある。ところでこの当時、そもそもローキックというもの自体がほとんど概念としてなかったようだ。手が2本、足が2本の人間が相手を倒そうといろいろ試みたら、 全ての技は数千年前に出尽くすんじゃないか …とはよく言われるところだけど、それでもやっぱり人間は「概念」に縛られる。格闘技はいかにローキックを発見したか、という歴史をこの本では 各種の武道やブルースリー などを引用して語っていく。そしてモーリス・スミスと、彼が MMA に目覚めて UFC 王者になるところに繋げるのがこの本の良いところだ(笑)


・そう、この本は「UFCの成功は、アリ・猪木戦の上にある」とまで明言し、1976年の、あの「世紀の凡戦」を1993年のデンバーの「何でもあり」につなげているのだ。多分、アメリカ本国ではもっと詳しいディープな「 UFC 創世記」の記録はたくさんあるんだけれども、ダイジェスト的にまとめたその一連の創世記がこの本では読めるのも魅力の一つです。



・後で単独のネタにしたいと思うので単語メモだけしておく。
ジョシュバーネットとカールゴッチ
バタービーンとバートガン
鈴木健想
ティラ・トゥリ
石坂徳州
あ、最後の人、3年前に紹介してた
m-dojo.hatenadiary.com


・エピローグでは、アリが猪木戦後、 明らかに全盛期を過ぎているのに不必要とも言える試合ー5年で7試合だ―――を重ねたことを、同情をこめて描いている。
一番親身にアリのことを心配したと言われるトレーナーが言う。
「もっといい作品にできると言って、絵筆を手にモナリザに歩み寄るようなものだ」

猪木は猪木でアリのスタイルに大きな影響を受けながら、政治家となり、1990年の湾岸危機に際してイラクを訪れ、人質解放の交渉に当たった 。実はこのとき、アリはアリで独自のイラクと交渉し、アメリカの人質を救出。その数年後には北朝鮮で会うのだな。
そして、猪木の引退式、アリは東京ドームに…

(とりあえずの了)

おまけ アリ対猪木で検索したらアマゾンで出てくるもろもろ

ゴング 14号 (Town Mook)

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  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2016/05/30
  • メディア: ムック

本日、朝日新聞有料記事が無料で読める(午後6時まで) 相撲の読み物とかどうでしょう


ほかのジャンルでもいいのだけど、格闘技ブログでもあるここでは、相撲記事を紹介しよう

www.asahi.com

この中で、錠前マークのついている有料記事を読んでみるといいのでは。

記事一覧
大関豪栄道が関脇に転落 8敗目で2場所連続負け越し(1/23)
国技館の焼き鳥、五輪のボクシングで販売へ 大相撲名物(1/20)
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白鵬、横審の前でかちあげ 九州場所後に批判受けたが(1/6)
関取最軽量「令和の牛若丸」 ゆで卵ぱくり、上位定着へ(1/1)有料会員限定記事
秋田)相撲一筋に 秋田の誇り 豪風関引退振り返る(12/30)有料記事


あと個人的には「土俵 時を超えて」が好きです
sitesearch.asahi.com

紙面掲載記事//www.asahicom.jp/articles/images/AS20190112000101_commL.jpg
(土俵 時を超えて)特別な日、強かった霧島 大相撲(2019/01/12)有料会員限定記事
 ■「天覧相撲」負けなしの14連勝 天皇陛下が大相撲を観戦する「天覧相撲」。昭和天皇は戦前戦後を通じて51度、今の天皇陛下は22度観戦している。昭和の終わりから平成のはじめ、その特別な日にめっぽう強かったのが霧島(現・陸奥親方)だ。 ■36歳、衰え見えても 1996年初場所。「和製ヘラクレス」と呼ばれた筋肉質の体も、36歳を過ぎて衰えは明らかだった。すでに大関から転落し、前頭13枚目で迎えたこの場
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(土俵 時を超えて)小錦初V、涙のワケは 大相撲(2018/11/10)有料会員限定記事
 ■平成最初の九州場所 平成最後の九州場所を迎えるにあたり、1989年の平成最初はどうだったか振り返っておこう。賜杯(しはい)を抱いたのは、西張出大関小錦(米ハワイ州出身)だった。82年名古屋場所初土俵を踏んで以来、悲願の初優勝。外国人力士としては、やはりハワイが故郷の高見山に次いで17年ぶり2人目のことだった(2人はのちに日本国籍取得)。 ■悔しさがあふれて 千秋楽で関脇琴ケ梅を寄り切って1
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(土俵 時を超えて)隆の里、新横綱場所の輝き 大相撲(2018/09/08)有料会員限定記事
 ■83年 全勝優勝、初の快挙 稀勢の里横綱として初めて迎えた昨年春場所、左腕に大けがを負いながら、千秋楽に逆転優勝を果たした。7年前に急逝した先代師匠、隆の里(元鳴戸親方)も新横綱場所で輝きを放った。1983年秋場所。千秋楽、同じく無敗の千代の富士と「横綱全勝対決」となった。 ■千代の富士に完勝 9月25日、蔵前国技館。両横綱による結びは、互いの右が深く入る展開に。隆の里の浅い左上手を巧みに切
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(土俵 時を超えて)寺尾と阿炎、師弟が歩む同じ道 大相撲(2018/07/07)有料会員限定記事
 1989年の名古屋場所を足がかりに、ひとりの人気力士が全盛期を迎えた。平成最後の名古屋場所を前に、あの熱い7月を振り返る。 優勝したのは昭和の大横綱千代の富士。弟弟子の横綱北勝海との優勝決定戦を制し、28度目の賜杯(しはい)を抱いた。だが西前頭3枚目にいた寺尾(現錣山〈しころやま〉親方)の勇ましい突っ張りも、ファンの脳裏に焼き付いた。当時26歳。「そう、あの頃。力が一番みなぎっていたね」 初日
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(土俵 時を超えて)栃若時代、最高潮で迎えた大一番 大相撲(2018/03/10)有料会員限定記事
 ■史上初の千秋楽全勝対決 大阪での春場所開催が定着してから65年。浪速の地では数多くの名勝負が生まれてきた。そのなかでも歴史的な一番として語り継がれているのが、1960年の栃錦と初代若乃花による史上初の千秋楽全勝対決だ。 時代は高度経済成長期の入り口。テレビが普及し、栃若対決は日本中の視線を集める関心事だった。そうしたなかで、全勝の横綱同士が楽日に雌雄を決するという過去に例のない一戦。満員の大阪
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(土俵 時を超えて)キラリ輝く、業師は「先生」 大相撲(2017/11/11)有料会員限定記事
 ■智乃花(現・玉垣親方) 内定していた和歌山県庁から一転プロへ=御嶽海。日本で相撲を始める前、モンゴルでホテルマンを目指していた=玉鷲。豪州へ語学留学し、相撲への思いを再認識=石浦――。何かの拍子で人生の道筋が変わってしまう。それをいうなら、かつて元高校教師の力士がいた。「先生」と親しまれた智乃花(熊本県出身)だ。 精彩を放ったのは1993年の九州場所。入門2年目、29歳の年(当時智ノ花)だった
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小兵の価値、「技のデパート」が磨いた 系譜は今も脈々(2017/09/09)
■土俵 時を超えて 2カ月前の名古屋場所、初金星を挙げた25歳の宇良が万雷の拍手を浴びた。力士の大型化が進む土俵で、小柄な力士の活躍は映える。「技のデパート」と呼ばれた小兵の第一人者、舞の海秀平さん(49)が幕内デビューしたのは1991年秋場所だった。 当時平均体重が150キロ台だった幕内で、新入幕の舞の海さんは最も軽い90キロ余。軽やかな動きから内無双、足取り、切り返しとさまざまな技を繰り出し、8勝を挙げた
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(土俵 時を超えて)小兵の系譜、いまも脈々と 大相撲(2017/09/09)
 ■「技のデパート舞の海さん 2カ月前の名古屋場所、初金星を挙げた25歳の宇良が万雷の拍手を浴びた。力士の大型化が進む土俵で、小柄な力士の活躍は映える。「技のデパート」と呼ばれた小兵の第一人者、舞の海秀平さん(49)が幕内デビューしたのは1991年秋場所だった。 ■新入幕で技能賞 当時平均体重が150キロ台だった幕内で、新入幕の舞の海さんは最も軽い90キロ余。軽やかな動きから内無双、足取り、切り
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新時代幕開けの名勝負 74年、北の湖が最年少横綱に(2017/07/08)
■土俵 時を超えて〈1974年名古屋場所〉 60回目を迎える名古屋場所。地方場所の中で最も歴史の浅いこの地で、初めて横綱昇進を決めたのが北の湖だ。43年前。21歳2カ月の最年少記録は、いまも破られていない。 名古屋市熱田区にある白鳥山法持寺。仁王門をくぐると、すぐ、高さ1メートルを超す石碑が目に入る。 うん ほんまに横綱になったんや 母ちゃん 1974年7月24日、横綱昇進を決めた北の湖の言葉が刻んである
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(土俵 時を超えて)碑に刻まれた北の湖の言葉 大相撲(2017/07/08)
 ■1974年名古屋場所、最年少で横綱に 60回目を迎える名古屋場所。地方場所の中で最も歴史の浅いこの地で、初めて横綱昇進を決めたのが北の湖だ。43年前。21歳2カ月の最年少記録は、いまも破られていない。 名古屋市熱田区にある白鳥山法持寺。仁王門をくぐると、すぐ、高さ1メートルを超す石碑が目に入る。 うん ほんまに横綱になったんや 母ちゃん 1974年7月24日、横綱昇進を決めた北の湖の言葉が刻ん
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熱い大相撲名勝負 85年、ウルフの全勝阻んだ若嶋津(2017/05/13)
■土俵 時を超えて〈1985年夏場所14日目〉 初、夏、秋と3度本場所が行われる東京・両国の国技館で、年45日間、一度も負けなかった関取はいない。横綱千代の富士が最も惜しかった。こけら落としを迎えたこの年、計44勝1敗。唯一土をつけたのが、夏場所14日目に相まみえた大関若嶋津だった。 優勝はすでに、13日目まで白星を連ねた千代の富士に決まっていた。この場所にかかっていた若嶋津の綱とりも消えていた。それでも名勝負に数えられるのは、若嶋津が不利の予想を覆したから
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(土俵 時を超えて)ウルフの「全勝」阻んだ若嶋津 大相撲(2017/05/13)
 ■1985年夏場所14日目 初、夏、秋と3度本場所が行われる東京・両国の国技館で、年45日間、一度も負けなかった関取はいない。横綱千代の富士が最も惜しかった。こけら落としを迎えたこの年、計44勝1敗。唯一土をつけたのが、夏場所14日目に相まみえた大関若嶋津だった。 優勝はすでに、13日目まで白星を連ねた千代の富士に決まっていた。この場所にかかっていた若嶋津の綱とりも消えていた。それでも名勝負に数
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(土俵 時を超えて)50年、ジェシーの足跡 大相撲(2017/03/11)
 ちょうど50年前の春場所で、ハワイから来た高見山が外国出身力士として初めて関取になった。彼が切り開いた道をいま、力士を志す世界中の若者が歩んでいる。久々の日本出身横綱が注目される春場所を前に、元高見山渡辺大五郎さん(72)に思いを聞いた。 「稀勢の里横綱になれてよかったね。毎日テレビでやってた。相撲が人気あると、私もうれしいです」 192センチ、最高で200キロを超えた巨体で、愛称はジェシー
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(土俵 時を超えて)「ヒョーショージョー」脈々と 故デビッド・ジョーンズさん 大相撲(2017/01/07)
 ■優勝トロフィー贈呈30年 大相撲の本場所の締めに執り行われる表彰式でかつて、優勝力士以上に注目を集めた人がいた。 ハプニングが起きたのは1973年の初場所。幕内優勝した当時大関琴桜パンアメリカン航空賞を贈呈するために土俵に上がった小柄な米国人が、トロフィーの重さに耐えかね、ひっくり返ってしまった。 笑いに包まれる会場で琴桜に抱え起こされた袴(はかま)姿の人物は、パンアメリカン航空の極東地区
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(土俵 時を超えて)「F1相撲」琴錦の復活劇 大相撲(2016/11/12)
 ■1998年九州場所、2度目の平幕V 九州場所が1957年、本場所に格上げされ、今年で60回目を迎える。第1回は、「荒法師」こと東前頭14枚目の玉乃海が大暴れ。平幕が全勝優勝と波乱の幕開けだった。もう1人、歴代優勝者を並べると、その歴史を彩る平幕がいた。こちらはめっぽう攻め口が速く、「F1相撲」と呼ばれた琴錦(最高位関脇、朝日山親方)。98年、西前頭12枚目で史上初となる2度目の平幕優勝を果たし
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(土俵 時を超えて)白いウルフ、益荒雄旋風 大相撲(2016/03/12)
 ■1987年3月 春場所 大相撲ファンの熱い視線が1人の新小結に向けられた。「白いウルフ」と呼ばれた益荒雄(ますらお)(現・阿武松〈おうのまつ〉親方)だ。当時の番付には千代の富士双羽黒の両横綱を筆頭に5大関がいる時代。その7人と初日から次々対戦し、6勝1敗。中盤まで優勝争いの首位を走り、「荒れる春場所」に旋風を巻き起こした。 ■2横綱大関に土 右を差しての速攻。思い切りのいい投げと足技。上位

「リアル火ノ丸相撲」炎鵬、”片足タックル”で勝ち越し決める



綺麗なタックルですよね。完全に相手を宙に浮かせていた。


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