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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 報道、記録、文化のために

国旗損壊罪で朝日新聞社説

これを起点に、いろいろ語れる。
基本的に賛同だが、違うだろうという点、つまりゴールは同じ所でも経路が違う、特に「その経路をたどってはいけない」というのもある。後日。
ほんとは各紙の社説を見たいところだが、
それは

(社説)国旗損壊罪の新設案 罰則で表現を抑え込む不条理

2026年5月22日 5時00分
www.asahi.com

選挙の演説会場で振られる日の丸=2026年1月27日午前10時、東京・秋葉原(記事とは関係ありません)



 国旗への忠誠を誓う言葉を唱和するよう公立学校に義務づける法案が米ミネソタ州議会に提出された。法案は2002年に議会を通過したが、当時の知事が拒否権を発動。理由を次のように説明した。

 賢明な政府は、市民からの忠誠と尊敬を勝ち取るが、政府はそれを強要すべきでない。愛国心は心の底から生まれる、自発的なものだ。いかなる法律も市民を愛国者に仕立てることはできない――。

 いま、高市早苗首相にこの言葉はどう響くだろう。

 自民党は、自国の国旗を傷つける行為を処罰する「国旗損壊罪」を新設する準備を進めている。

■窒息する表現の自由

 法案の骨子案によると、立法目的は「国旗を大切に思う一般的な国民の感情を保護」するためという。

 むろん、国旗を誇りに思う人や、国旗を粗末に扱う行為に不快感を覚える人も少なくないだろう。ただ、「自国の国旗を大切に思う」のが「一般的な国民の感情」と決めつけるのはいかがなものか。

 国旗に対する思いも、自国を大切に思っていることを示すありようも人それぞれだ。

 国旗は、権力の象徴でもある。国を思えばこその、国に対するやむにやまれぬ抗議や批判を、国旗へのアクションを通じて意思表示することは、政治的表現の最たるものだ。それを罰するとなれば、政治的表現自体を抑圧し、封じ込める象徴ともなろう。

 香港では、中国による支配に抗議して国旗を燃やしたり逆さまに掲げたりした学生や活動家らが、相次いで逮捕されている。このような社会のあり方が望ましいだろうか。

 思想や表現は多種多様なものだ。それに「一般的な感情」という包み紙をかぶせてしまえば、多数派が自らの考えを「一般的」だとして、少数派を強権的に排除していくことにつながりかねない。

 骨子案では、国旗を傷つける意図や目的は問わず、「著しく不快な感情を抱かせる方法で公然と損壊、除去、汚損する」行為や、それを自ら撮影した画像・動画をネット上に投稿する行為を対象に、「外形的・客観的に」適用を判断するという。「表現の自由を侵害しないよう」との趣旨とされるが、表現の自由が脅かされるのは間違いない。

 想像してほしい。現代美術家が、日の丸に政権への批判を寄せ書き風に重ねた作品を仕上げた。戦争を描く映像作家が、国旗が焼け落ちる動画を配信した――。こうした行為のどこまでが罪に当たり、誰が線を引くのだろうか。待っているのは、捜査機関が「著しく不快」と判断すれば罰されうる社会だ。表現は萎縮し、窒息していく。国家統制のため反政府的な言動を弾圧する道具となった治安維持法の歴史を思い起こしたい。

■刑罰で強制が適当か

 与党には、外国国旗を損壊すれば刑法の外国国章損壊罪で処罰されるのに、日本国旗に規定がないのはアンバランスだ、との意見がある。

 だが同罪は刑法の「国交に関する罪」の一部に置かれ、円滑な外交のための規定とする解釈が有力だ。日本国旗の損壊で国交上の不利益が生じる可能性は低く、主張は妥当ではないといえる。また、他人が所有する日本国旗の損壊であれば器物損壊罪が適用される可能性があり、現行法で一定の対応は可能だ。

 そもそも刑罰は、国家権力の最も強い行使で、必要最低限に留めなければならない。他の手段では利益を守れない時に限り、最終手段として用いるのが基本的な考え方だ。

 世界にはフランスやドイツ、イタリア、中国のように自国旗の損壊を罰する規定をもつ国もあれば、英国やカナダなどもたない国もある。処罰規定があっても、欧州では表現の自由を保障する人権条約があり、運用は限定的だ。

 日本では1999年の国旗国歌法制定時、国民に尊重するよう義務づける規定や損壊行為の処罰化は盛り込まれなかった。「国家の威信の保護の在り方として処罰をもって強制することが適当かという根本的な問題がある」との小渕恵三内閣の答弁書を、四半世紀たったいま確認したい。

 戦後80年が経過してなお、日の丸は侵略戦争の暗い影や、個人よりも国家が尊重される時代の記憶につながることも忘れてはならない。

 ■復古主義志向の中で

 国旗損壊罪の創設は、自民党にある復古的なものを志向する政策群の中の一つとして位置づけられ、高市氏が長年訴えてきた。1月のネット番組でも「日本の名誉を守る上でも必要な法律」と語った。しかし、刑罰による威嚇をもって国家の体面を保とうとするなら筋違いだし、そんな威嚇で得られた「敬意」に、どんな意味があるのだろうか。

 党内にも「立法は不要」「処罰は行き過ぎだ」との異論もある。今国会の成立をめざすというが、議論が熟したとはいいがたい。

 息苦しさを覚えたとき、失ったものの大きさに、はたと気づく。そんな事態は避けなければならない。国旗損壊罪創設に、反対する。


他紙にないかなーと思って探したが、22日段階では無い。23日付に出てくるかもな。


で、代わりにこういうのが

<主張>東大学園祭の中止 言論封殺「テロ」許されぬ
社説
2026/5/22 05:01
オピニオン
主張
www.sankei.com



東京大学の学園祭「五月祭」が安全管理上の理由で中止に。構内にいる学生らに学園祭中止の案内をする学生スタッフ=5月16日午後、東京都文京区の東京大学(読者提供)

言論と学問の自由が白昼堂々侵された深刻な事態である。

東京大の学園祭「五月祭」に爆破予告があり、16日午後に行われる予定だった参政党の神谷宗幣代表の講演会を含む全ての企画が中止された。五月祭のホームページ宛てに、神谷氏を殺害するとのメールも送付されていた。

大学の学園祭は、主張や立場の違いを超えて、さまざまな研究成果を発表しあう場だ。最も尊重すべき言論の自由を、テロに等しい卑劣な手段で奪うことは断じて許されない。

神谷氏の講演会は、16日正午から政治系の学生サークル主催で開かれることになっていた。爆破予告のメールが届いたのは同日午前で、キャンパスの各所に爆弾を仕掛けるなどして、神谷氏の殺害を予告する内容だったという。

同講演会を巡っては、神谷氏を「排外的な差別主義者」と批判する一部学生らが開催に強く反対し、当日も講演会に反対する人々が会場前に座り込んで通路を塞ぐなどの妨害行為を繰り広げていた。

抗議や批判は自由だが、こうした実力行使は暴力的で学問の場にふさわしくないばかりか、「爆破予告」を誘発した可能性もある。言論には言論で対抗できないようでは、学問や社会を論じる資格はない。

想起すべきは、大学紛争真っ盛りだった昭和44年、東大で行われた作家の三島由紀夫と全学共闘会議(全共闘)との討論会だ。全共闘の学生らは、主義主張がまったく異なる三島を招いて互いの主張をぶつけあい、「伝説の討論」と呼ばれた。

60年近くが過ぎたいま、言論空間は、SNSの登場によって過激で刹那的な言説が満ちあふれ、分断が進んでいる。考え方の異なる人々が、一堂に会して論議する場もほとんどない。


講演会の中止後、神谷氏は「意見が違うからといって、有形力の行使のようなことをするのは絶対に許されない」と述べた。選挙などでの政治家の演説への不当な妨害は、これまでも問題になってきたが、事態はますます深刻になっている。

警察が犯人を検挙し、動機や背後関係などを徹底的に解明するのは当然として、いかに言論の自由や学問の自由を守るかは国民的課題である。国会でも真剣な論議の必要がある。