「カーペンターズ」の伝記本読んだら凄く面白かったのは、彼ら物凄く売れててレコード会社のドル箱だったのに、なんとレコード会社はそれが「恥ずかしかった」んだそうw彼らが育ちのいい中流家庭出のユニットで「反体制」「反権力」じゃなかったから。つまり当時の「反体制」「反権力」ってのはただの… https://t.co/wuK96Ax24a
— 福田裕彦 8歳720ヵ月 (@YasuhikoFK) April 13, 2026
「カーペンターズ」の伝記本読んだら凄く面白かったのは、彼ら物凄く売れててレコード会社のドル箱だったのに、なんとレコード会社はそれが「恥ずかしかった」んだそうw彼らが育ちのいい中流家庭出のユニットで「反体制」「反権力」じゃなかったから。つまり当時の「反体制」「反権力」ってのはただの「流行」だったんですよ。そうでなきゃ、70年代中盤、あんなに一気に「そういうのもうダサい!」とかになるわけがなかった。
何度か書いた事があるんだけど、俺は世界から一斉に「メッセージソング的なものが消えた瞬間」をリアルタイムで経験してる。要するに「もうああいうのは古いんじゃね?」って世界中が言い出したタイミング。「あの」シカゴですら変わってしまった(「シカゴ」がどれほど強烈に「政治的なバンド」だった… https://t.co/2oNKXzetBu
— 福田裕彦 8歳720ヵ月 (@YasuhikoFK) April 13, 2026
「カーペンターズ」の伝記本読んだら凄く面白かったのは、彼ら物凄く売れててレコード会社のドル箱だったのに、なんとレコード会社はそれが「恥ずかしかった」んだそうw彼らが育ちのいい中流家庭出のユニットで「反体制」「反権力」じゃなかったから。つまり当時の「反体制」「反権力」ってのはただの「流行」だったんですよ。そうでなきゃ、70年代中盤、あんなに一気に「そういうのもうダサい!」とかになるわけがなかった。
何度か書いた事があるんだけど、俺は世界から一斉に「メッセージソング的なものが消えた瞬間」をリアルタイムで経験してる。要するに「もうああいうのは古いんじゃね?」って世界中が言い出したタイミング。「あの」シカゴですら変わってしまった(「シカゴ」がどれほど強烈に「政治的なバンド」だったかは多分俺ら世代じゃないとピンと来ないのかもだけど)。ロックやフォークの核と思われた「反体制」「反権力」は、60年代から70年代にかけて巨大化した音楽市場のコマーシャリズムの中で、単なる「流行」として消費されてしまったんだ。ロックやフォークが培ってきたはずの様々な文脈の脆弱さ、儚さを思い知った。この凄まじいうねりがひと段落して再びポップス文化が多様性を取り戻すまでにはしばらく時間がかかった。この経験を通じて俺が理解したことは、「商業音楽」のいかなるメッセージもナラティヴも「天然ではなく作られたものだ」という事。それが「時代に乗るか乗らないか」という致命的脆弱さと常に共にある、という事。だから俺は「ロックはこうあるべきだ」という定義には拘泥しない。意味がないからだ。どうでもいいんだよそんなことは。そしてその上で、俺はやっぱり「反体制」「反権力」のロック、が好きだし、「FM東京腐ったラジオ!」と全国ネットで歌ってしまった清志郎さんや、「売れすぎちゃったから解散するぜ!あばよMTV!」と言ってバンド活動をやめてしまったRATMを心からリスペクトする者だ。
これです、爺さん婆さんの反権力ごっこにヘドが出るのは。連中は単に自分達の若い頃を過大評価して「一生青春」を追い求めてるだけでしょ?という。そんなもんに下の世代を付き合わせようとするのが本当に気持ち悪いし図々しい。爺婆だけでグループサウンズでも輪唱してたらいいんですよ。
— ueda sinshu (@kikakuno) 2026年4月13日
A&Mレコードが?
— tmrtmrtmr (@_tmr_tmr_) 2026年4月13日
創業者のハーブ・アルパートはロックとは違う路線のミュージシャンだし、後にピストルズと契約したら他の契約アーティストから猛反発食らって契約解除したという伝説が残ってる会社だが…(ピストルズも歌にしてる)
ハーブ・アルパートは所謂"時代の気分"のマーケティングが上手い人で、70年代のカーペンターズ、80年代のジャネット・ジャクソン、パンク期のポリス(あと御指摘のピストルズ)に目を付けて、自身も60年代にティファナプラス、79年には『ライズ』という曲で全米1位になった。まぁ何事も商売ですね。
— もりわきやすし (@molirinho) 2026年4月13日
何事も商売、といえば、某映画会社社長が一度は「実録共産党」の企画を進めたのに途中で制作中止。「政権の圧力ですか?」と関わった俳優が尋ねたら「創価の『映画人間革命』、学会員が見に来て大ヒットしたから、共産党でも同じの狙ったら、奴らケチで前売り変わへんねん」https://t.co/eHJxoSpNwb
— Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo) (@gryphonjapan) 2026年4月13日
そして、僕はこう思った。
・政治的なことを歌う歌も、ただの流行りやオシャレ感、それがカッコイイ感があったからそうなっただけ
— Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo) (@gryphonjapan) 2026年4月13日
・だけど自分は、その上でそういう歌が好き
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実に潔く、率直で感銘を受けた。https://t.co/yZRB6WeSRh
共産党の勢力伸長や創価学会台頭も「1950年代の”流行”」だとみなしたこともあって、ゆえに50年代に青春を送った層が高齢化すれば衰えるのは当然だし、良くここまで保った、とも言えるだろう、という話。
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共産党(あるいは創価学会、公明党)の弁護でもあって、現在の退潮局面は、制作や組織やトップの在り方がどうこうって面もあるけど、共産主義運動、創価学会運動(新宗教)の両方ともが、「1950年代に爆発的にブーム、流行となった『文化』」だと考えるべきであって、そんな1950年代の文化なら世代の交代によって衰退するし、それがここまで「持ちこたえた」のは十分にすごいことじゃないか?と思うのです。※宗教はそれでも、生活習慣の中に根付いて世代継承される力が段違いなので、共産党と創価学会では、同じ流行の退潮局面でも、後者のほうが勢力を維持できているということでしょう。

藤子・F・不二雄は流行を、本当のビールスによって発生させて、それがあればどんなものでも「おしゃれ」扱いになる話を風刺的に書いたドラえもんもあった

大流行し、この人気は永遠だろう、と思われたものが、突然消えてしまうことがある。西部劇、視聴者参加クイズ番組…
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そもそも自分も、「政治的な歌」がとても好きで、自分のPCフォルダの音楽ファイルの一角は、それで埋まっている。
たとえばラジオの音楽で「この歌は●●●●年のXXXXXXXXXXXという事件について歌った歌で…」とか聞くとガバっと跳ね起きて題名をメモするぐらいだ。
まあ「軍歌、革命歌、反革命歌」というフォルダ名にしているぐらいで、その内容は問わないのが問題なのかもしれん。
その成果?が「紅白歌合戦ではなく『右左歌合戦』をやろう!」というこの記事だな
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これを検索したら、関連して出てきた俺の過去記事も面白かった
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