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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 報道、記録、文化のために

カーペンターズですら、身内から「政治的、反権力『じゃない』から恥ずかしい」と思われてた…反権力も一種の流行、おしゃれで、その流行が終わっただけ?


「カーペンターズ」の伝記本読んだら凄く面白かったのは、彼ら物凄く売れててレコード会社のドル箱だったのに、なんとレコード会社はそれが「恥ずかしかった」んだそうw彼らが育ちのいい中流家庭出のユニットで「反体制」「反権力」じゃなかったから。つまり当時の「反体制」「反権力」ってのはただの「流行」だったんですよ。そうでなきゃ、70年代中盤、あんなに一気に「そういうのもうダサい!」とかになるわけがなかった。
 
 


「カーペンターズ」の伝記本読んだら凄く面白かったのは、彼ら物凄く売れててレコード会社のドル箱だったのに、なんとレコード会社はそれが「恥ずかしかった」んだそうw彼らが育ちのいい中流家庭出のユニットで「反体制」「反権力」じゃなかったから。つまり当時の「反体制」「反権力」ってのはただの「流行」だったんですよ。そうでなきゃ、70年代中盤、あんなに一気に「そういうのもうダサい!」とかになるわけがなかった。
 
 
何度か書いた事があるんだけど、俺は世界から一斉に「メッセージソング的なものが消えた瞬間」をリアルタイムで経験してる。要するに「もうああいうのは古いんじゃね?」って世界中が言い出したタイミング。「あの」シカゴですら変わってしまった(「シカゴ」がどれほど強烈に「政治的なバンド」だったかは多分俺ら世代じゃないとピンと来ないのかもだけど)。ロックやフォークの核と思われた「反体制」「反権力」は、60年代から70年代にかけて巨大化した音楽市場のコマーシャリズムの中で、単なる「流行」として消費されてしまったんだ。ロックやフォークが培ってきたはずの様々な文脈の脆弱さ、儚さを思い知った。この凄まじいうねりがひと段落して再びポップス文化が多様性を取り戻すまでにはしばらく時間がかかった。この経験を通じて俺が理解したことは、「商業音楽」のいかなるメッセージもナラティヴも「天然ではなく作られたものだ」という事。それが「時代に乗るか乗らないか」という致命的脆弱さと常に共にある、という事。だから俺は「ロックはこうあるべきだ」という定義には拘泥しない。意味がないからだ。どうでもいいんだよそんなことは。そしてその上で、俺はやっぱり「反体制」「反権力」のロック、が好きだし、「FM東京腐ったラジオ!」と全国ネットで歌ってしまった清志郎さんや、「売れすぎちゃったから解散するぜ!あばよMTV!」と言ってバンド活動をやめてしまったRATMを心からリスペクトする者だ。



そして、僕はこう思った。

共産党の勢力伸長や創価学会台頭も「1950年代の”流行”」だとみなしたこともあって、ゆえに50年代に青春を送った層が高齢化すれば衰えるのは当然だし、良くここまで保った、とも言えるだろう、という話。

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共産党(あるいは創価学会、公明党)の弁護でもあって、現在の退潮局面は、制作や組織やトップの在り方がどうこうって面もあるけど、共産主義運動、創価学会運動(新宗教)の両方ともが、「1950年代に爆発的にブーム、流行となった『文化』」だと考えるべきであって、そんな1950年代の文化なら世代の交代によって衰退するし、それがここまで「持ちこたえた」のは十分にすごいことじゃないか?と思うのです。※宗教はそれでも、生活習慣の中に根付いて世代継承される力が段違いなので、共産党と創価学会では、同じ流行の退潮局面でも、後者のほうが勢力を維持できているということでしょう。

パラレル同窓会


藤子・F・不二雄は流行を、本当のビールスによって発生させて、それがあればどんなものでも「おしゃれ」扱いになる話を風刺的に書いたドラえもんもあった

流行性ネコシャクシビールス


大流行し、この人気は永遠だろう、と思われたものが、突然消えてしまうことがある。西部劇、視聴者参加クイズ番組…
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そもそも自分も、「政治的な歌」がとても好きで、自分のPCフォルダの音楽ファイルの一角は、それで埋まっている。
たとえばラジオの音楽で「この歌は●●●●年のXXXXXXXXXXXという事件について歌った歌で…」とか聞くとガバっと跳ね起きて題名をメモするぐらいだ。
まあ「軍歌、革命歌、反革命歌」というフォルダ名にしているぐらいで、その内容は問わないのが問題なのかもしれん。


その成果?が「紅白歌合戦ではなく『右左歌合戦』をやろう!」というこの記事だな
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