私は傷心のどん底にいた。新聞協会賞を受賞し、ゴールデンタイムのテレビ番組にも出演し、編集局内で大手を振って歩いていたころは多くの同僚に取り巻かれていたのに、デスクを更迭されたとたん、彼らは蜘蛛の子を散らすように遠ざかっていった。社内を歩いていても、声をかけてくる人はほとんどいない。針のむしろだった。さらにネット上では「捏造記者」「売国奴」とバッシングされ、まさに奈落の底に突き落とされた気分だった。
みんな、悪気はない。とつぜん奈落の底に落ちた人に、どう声をかけていいのか、わからないだけだ。そうしたことに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。
うーん、リアルな風景かもしれないけど……こう描写された周りの人間からは、異論もあるんじゃないかな。
ほんとだったら、ちょっと酷いんじゃない?と思うもの。
また一方で、絶頂のころの「大手を振って歩く」とか「多くの同僚に取り巻かれる」とかも、あまり健全とは言えないんじゃないかな?と。
そして「与えられた仕事」がこれまたエグい
……与えられた仕事は、一日中パソコンの前に座ってネットサーフィンし、新聞社の記事の無断使用をひたすら探すという業務であった。情報が溢れかえるネットの世界で一人の社員が見つけ出せる「無断使用」などほんのわずかである。まずはネットの世界を知れというお達しと受け止め、私はツイッターをはじめとするSNSと1日中にらめっこすることにしたのである。
私はSNSというものをほとんど知らなかった。個人アカウントも持っていなかった。何とも旧態依然たる井の中の蛙の新聞記者だったのだ。初めて接するツイッターの世界から飛び込んできたのは、私の新聞社や私個人に対する罵詈雑言の数々だった。
ああ、「吉田調書」報道はこうしたネット世論によって打ち負かされたのだと実感したのである。私たちは私たちの「敵」をあまりに知らなさすぎたのだ。
当時のリベラル勢力はネット上で極めて弱小だった。私は新聞社の世界に閉じこもり、世間のことを何も知らなかったと大いに反省したのだった。これが私とツイッターの出会い……(後略)
いやこれ、結構というか相当にSNSに触れるのが遅いですよね。その一方で、この時に初めてSNS、ツイッターに接した……ということが分かれば、ああ、その後のふるまいのあれも、これも…と腑に落ちる面も。
- 作者:朝日新聞特別報道部
- 発売日: 2012/03/01
- メディア: 単行本