だから、女性蔑視を改めるために、オッサン蔑視の概念を持ち込んだって仕方がなくありませんか? それでは、蔑視のベクトルが変わるだけで、蔑視の対象を設定するという思考法は同じなんですよ。個を見ずに女性と十把一絡げにして論ずるのと、オッサンと十把一絡げにするのとには、なんの違いもない。 https://t.co/50jLBmtZql
— 松井計 (@matsuikei) March 8, 2021
平等な社会を目指すというのは、蔑視・被蔑視の対象を逆転させるということではない。それでは差別構造は温存されるわけですから。そこの部分は押さえておかないと、差別・蔑視問題の解決なんぞ望めないと思います。
— 松井計 (@matsuikei) March 8, 2021
そもそも〈逆差別〉という言葉がおかしい。男が女を差別しようが、女が男を差別しようが、差別は差別です。そこに〈逆〉などという概念が介入する余地はない。
— 松井計 (@matsuikei) March 8, 2021
偏見を含むものが蔑視です。森元事件以降、〈オッサン〉については、どのような偏見を持っても許されるというような状況になっており、私はそこに危惧を覚えます。何故ならば、それが差別を支える基本構造だからです。オッサンだから悪いのではない。森元発言が問題だったのです。
— 松井計 (@matsuikei) March 8, 2021
女だからこう、という考え方と、オッサンだからこう、という考え方には、1ミリの違いもありません。そういうものを偏見というのです。偏見こそが蔑視・差別の最も重要な要素であること、論をまちません。
— 松井計 (@matsuikei) March 8, 2021
このような思考法、論法を続ける限り、差別問題が解決することはありません。思考法、論法が差別構造を容認するものだからです。
— 松井計 (@matsuikei) 2021年3月8日
松井計氏…久々だな。以前、氏の名言をまとめたこの記事は、今でもアクセスが時々増える人気のあれだ。
これは、香山リカ氏批判でもあるな。