INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

例えば「レインボーフラッグを焼く」行為は保護されるべきか、規制されるべきか?

基本、タイトル通りの話。

レインボー フラッグ 旗 大 虹色

レインボー フラッグ 旗 大 虹色

  • メディア: ウェア&シューズ

なるものがありますね。「LGBT」 の尊厳と LGBTの社会運動を象徴する意匠だ、と言われる。

で、たとえば、仮定の話である。
この旗に火を放ち、焼き捨てるパフォーマンスを、誰かが街頭で行ったとする。あ、もちろん他人のものなら器物破損とかです。自前の、自分で購入したか自作した旗です。


それについて、「評価」はいろいろとあるでしょう。否を言う人も多いでしょうが、賛のひともいるかもしれません。


ただ、それをする「権利」はあるか?
それは規制されるべきか?

選択肢は4つ。レインボーフラッグを焼くという行為は…

・道徳的にも正しく、法的にも規制されるべきではない。
・道徳的には間違っているが、法的には規制されるべきではない。
・道徳的には正しいが、法的には規制されるべきである。
・道徳的にも間違いであり、法的にも規制されるべきである。

・・・・・・という話。それを考えるもよし、考えぬもよし。ほかの問題に、敷衍して考えるもよし。




ああそうか、これが「反転可能性」ってやつか。





実をいうと、直近のこのブログでは、実はこのテーマと一番つながっている。

宗教的な批判や「宗教的象徴を傷つけられた」はヘイトとなるか(「ヘイトスピーチという危害」より)

m-dojo.hatenadiary.com


・著者はアメリカのティーパーティー運動を例に挙げこういう。
「私はティーパーティーの構成員の見解は多く馬鹿げており社会的に危険であると考えている。しかし Tea Party には公職に立候補し投票を行い投票を数えてもらう権利がある。これらの権利の否定は攻撃となる。しかし彼らの信念を攻撃したり嘲ったりすることは、私も彼らも同様に権利があり日常茶飯時である。この区別を宗教的生活の文脈でもできないと考える理由はない」


ヘイトスピーチ規制は、集団に対する名誉毀損禁止と 解釈される。しかし人々が宗教的名誉毀損について語る場合それはしばしば宗教ないしその教祖の名誉の毀損の意味である単にその宗教の支持者、信者の名誉を毀損することを意味しない。


・もし私たちがその宗教的集団の成員の個人としての存在から切り離された集団それ自体について問題にするのであれば名誉毀損の対象になるものは何もない。


・筆者は議論を要約する。
何百万というここのキリスト教徒たちが名誉毀損に対して保護される権利を持つ。しかしこのことはローマ教皇や聖人が、あるいは何らかの教義が保護されるべきだということを少しも意味しない。 同じように何百万人というムスリムたちが名誉毀損に対して保護される権利を持つ。そのことは預言者ムハンマドやその集団の教義上の信念が、名誉毀損から保護されるべきだということを意味しない。ある集団の成員の、市民としての尊厳は彼らの信仰の持つ地位とは切り離されて成り立つ。預言者に対する攻撃、あるいはコーランにさえ…それに対する攻撃がどれほど不快感をもたらすと思われたとしてもそうなのである。

ヘイト・スピーチという危害

ヘイト・スピーチという危害