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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

名探偵の世界を、作者から奪え!―大著『<ホームズ>から <シャーロック>へ』は ”シャーロキアン”の軌跡を描く(上)

注釈も含めて500ページ近くなる大著が刊行された。
主たるテーマは、シャーロック・ホームズでもなく作者のコナン・ドイルでもなく、その世界一の名探偵をめぐる『現象』……そして、世間からシャーロキアンと呼ばれるファンたちの物語である。
監訳者としてベイカーストリートイレギュラーズ、日本SHクラブ会員の平山雄一氏が名を連ねている。
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書いている私自身も一応、 英検で言えば三級ぐらいは取れているシャーロキアンの端くれの端くれぐらいだとは思う(このブログをシャーロック・ホームズで参照してみてください)。だが考えれば考えるほどシャーロキアンと言う存在は、珍奇でけったいなものであるとは思う。とにかく…初歩の初歩から確認すると、シャーロック・ホームズというのはイギリスの医者が暇にあかせてつづった「おはなし=フィクション」なのである
そうわかっていながら、その登場人物を、さも実在したかのように扱い、考察していくというのが、ちょっと尋常ではないということは押さえておかねばならない。


しかし、その一方で、社会の発展に伴い「文化」ーーそれはサブカルチャーでもありカルチャーでもあり、或いはエンタテインメントともコンテンツともいう ーーも巨大に発達していく。
すると、シャーロキアンが行なっていた珍奇なお遊びが、普編的なものとして立ち上がるようになってきたのだ。


物語の背景に壮大な裏設定を用意する。ファンが物語の矛盾や説明不足を「謎」として考察し議論する、キャラクターを自分のものとして独自の物語をつくる「2次創作(シャーロキアン的にはパスティッシュと呼びたいのだが…)」が流行る。
それらすべての「先駆者」として、シャーロキアンは位置づけられるようになるのである。

もともと自分が子供の時にシャーロキアンに興味を持ち、憧れたのは「本当は実在しない『お話』のことなのに、その世界を、勝手に考えて広げていっていいんだ!」ということに知的な興奮を覚えた、という面が確実にある。
しかし、そんな壮大な実験が簡単に始まったわけではない。この一種の文化運動はどのようにしてなされていったのかそこにどのような暴走や反動があったのか、そんな光と影を膨大な調査のもとに記録したのがこの本なのだ。

コナン・ドイルと家族の伝記としても充実

…とはいえ、一般書であるから前半部分は普通に「コナン・ドイル伝」として大いに読ませる出来になっている。

恩師ベル教授が診察の時に見せる観察眼から着想し、まばらな患者を診療する合間に書き上げた探偵譚が、… 登場当初は人気の面で苦戦したものの、後に大ブームを引き起こす。
そして莫大な富や社会的な名声も富も得たものの、「本格的な文学」を描きたかったドイルは、やがてこの探偵を憎むようになり、物語上での”抹殺”を試みる。しかしそれに対して読者が”大反乱”を起こし、ついに大樽作者を追い詰めて粛清された探偵を復権させていく…

この辺の一連の経緯はいささかなりともホームズ好きだったら周知のことであるし、ファンでない人も、例えばこのまとめを読めば大体はわかる(笑)

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ドイル「あかん・・・金がない・・・どないしよ」

ドイル「しゃーない、とりあえず、もっと大衆的で金になるもん書くか・・・」

ドイル「売れる小説ゆーたら、そらキモオタ向けのラノベやろな。ほんまはそんなもん書くのはワイのプライドが許さんのやが・・・」

ドイル「クールイケメン天才の完璧超人を主人公にして俺TUEEEEやらしてっと・・・」

ドイル「主人公の引き立て役に間抜けな刑事と、お人よしの友人キャラを配置してマンセーマンセーっと・・・」

ドイル「・・・さすがにやりすぎやろか・・・書いてて死にたくなったで・・・」

ドイル「まあええか。アホな中学生くらいにはこんなもんでちょうどええやろ。」

ドイル「主人公の名前は・・・シャーロックホームズな。小遣い稼ぎになったら儲けもんや。」

だがこの本を読めば、そのドイルとホームズの、周辺にわたる様々なエピソード、小ネタが充実していて大いに知識を補うことができよう。
(そういう小ネタを追っているとキリがないので、あとで別立てで「補遺」を描きたい)

個人的にはドイルも後年になって(経済的な恵みをもたらしてくれることが大きいのだろうが)、かつては憎んだ探偵ホームズと和解して、敬意をもって彼を遇するようになったことが嬉しかった。



そして「ピープルvsドイル(とその遺族)」

ホームズ物語はそして、激烈な大衆人気を獲得すると同時に無数のパロディや贋作??が作られていく。それに対して当然ながらドイルも出版社も抵抗するのだが‥…

ここからが大いなる問題が生まれる。「物語は、そして物語に登場するキャラクターは、はたして作者(だけ)のものなのか?」だ。

前にも書いたけど、スターウォーズを巡るファンとジョージ・ルーカスの葛藤がほぼ重なる…

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ここで自分は、唐突ながら「銀河英雄伝説」(またか)で、宇宙空間で宇宙艦隊が戦う戦術が古代や中世の用兵術に似たものになることを作中で説明する一節を思い出したのでした。

「ボタン戦争と称された一時代、レーダーと電子工学が奇形的に発達していた一時代をはぶいて、戦場における用兵にはつねに一定の法則がありました。兵力を集中すること。その兵力を高速で移動させること、この両者です」

今の常識とは合わない設定を、逆に「長い歴史から見れば今の方が不自然なのだ」という形で説明する力技。


だがホームズのさまざまなパロディ、設定考察、2次創作…が生まれた経緯は、これに当て嵌まるんじゃないか、と。
いかにドイルやその遺族(財団)が押しとどめようとしても、本来の所、優れた物語にはそういうものが生まれるていくが、物語の「一定の法則」 であり、それが一時期出来なかったのは「著作権や出版権が奇形的に発達していた一時代」の徒花ではないか、とも思うのです。



実際問題として、コナンドイルより一昔かふた昔ぐらい前から、出版という業界は隆盛期を迎え、本を書いた人の権利とか印税とかが整備されるようになり、その結果として「物語を書いて出版物に掲載され、そこから収入を得て生活する」職業作家が生まれるようになったのでした。

そして「海賊版」にも厳しい目が向けられたり、また「このキャラかっけー、いただきだぜ!!」みたいなものにも作者がNO!を言うようになってきた、そんな時代だったわけです。

なにしろ、コナン・ドイルと契約を結んだ著作権エージェントのA・P・ワットは、同書によると「世界ではじめての著作権エージェント」だったのだ。登場人物のホームズが「世界初の諮問探偵」とされていたのと同様に…(この人がホームズ物は「ストランド」に載せるのがいいだろう、と判断、大人気の火をつけることになった)

といっても著作権には、また微妙なところはあったようで、シャーロック・ホームズを名乗ったり、またもじった別名にしたり、「世界的探偵」といったほのめかしの名前で登場する『二次創作』について、コナンドイルは代理人には「訴訟を起こしてやりたい気持ち」と言いつつも、1990年9月に実際にデンマークで発表した声明文にはこのような記述にとどまった。

デンマーク及び各国で出版されているシャーロックホームズが登場する絵入りの安っぽい物語は私とは一切関係ないものである登場人物の名前をこうしたやり方で登用することの公正性については読者諸氏のご判断にお任せしたい」。

あっ、明確に反対してないや、しめしめ…


そしてもう一つ、二次創作とは別の場所で、ホームズは新たなモンスターたる「設定厨」「考察厨」を生み出す。
この出生の記録は明白だ。
当時のオックスフォード大学で論理学やギリシャ古典を教える講師だったロナルド・ノックスである。推理小説界には「ノックスの十戒」という遺産を残した。

彼は本職としては神学の研究者で、のちにカソリック大司教まで上り詰めた…、ある意味虚構の「おはなし」を突き詰めて考えるプロである。

実際、世間に知られた最初のシャーロキアン研究(オックスフォードで実際に公演を行いその後学生新聞に発表したと言う) は、キリスト教神学を基にした、一種のパロディ、暗喩(ある論争に関する当てこすり)を込めたものであり、読む人によってその構造ははっきり分かったというのである。

この、著名な物語世界を「研究」する論文は反響を呼び、ドイル本人も脱帽し、こんな手紙を送ったという。

「…このような題材にここまで骨身を惜しまず注力する人がいることにまずもって驚いております。間違いなくこの件に関しましては私より貴殿の方が詳しいことでしょう……(略) 貴殿が更なる矛盾点を踏みつけなかったことは,とりわけ日付に対しましてはただ喜ばしいと思うばかりです]


だがドイル本人はともかく、後にドイル財団を作りその中心人物になった息子の一人、エイドリアン・コナン・ドイルは、 そこから収入を得て暮らすボンクラ息子として、逆にこの手の二次創作に対して極めて厳しい態度を示す。さらに、そんなエイドリアンにぶらさがる、もっとろくでなしな兄弟デニスや、その妻ニーナたちがいた ……彼らはホームズ絡みの創作活動や出版・映像化企画にはすかさず首を突っ込み(もちろん、そうするのが正当なこともあるのだが)、権利金や創作物・研究書の内容に対して多くは余計な口を出して、大いに足を引っ張ってくれた。

テレビ局やラジオ局は「ホームズ物?遺族がうるさいんだよね」と二の足を踏み、エイドリアンから手紙が来れば「内容は分かっている(クレームに決まっている)」と書かれる始末。エイドリアンが飼っていた毒蛇に噛まれる事故が起きるとシャーロキアン団体の乾杯の音頭は「毒蛇に乾杯!願わくは今一度噛み付いてくれんことを!」となったという(笑)
…この大著の中盤は、悪役たる「コナン・ドイルの遺族たち」が、いかに不毛な形でファン達の想像力に愚かな「枷」をはめようとしたか、の記録でありそれに対する読者のレジスタンスの物語である。
もちろん読み手のスタンスひとつで、他人の書いた物語に勝手に便乗し、自分の好みで「原作レイプ」を行いながら金儲けする悪党と、それに立ち向かう英雄的遺族の物語、となるかもしれない。

実際、エイドリアンが亡くなり、サー・アーサー・コナン・ドイル直系の最後の子孫だったデイム・ジーン女史(法律の改正によって、大半のホームズ著作権は終了したものの「アメリカにおける一部作品の著作権」を相続した)は、シャーロキアン協会と常に友好関係を保ち、権利許諾にあたってはお金より品質や品格を重視した…だがそうであるからこそ許可に難色が示された2次創作なども、たくさんあったのだった。
自分はもちろん自分のポジションとして無制限なホームズ作品世界の拡大を望む側だが、客観的にはその善悪を判断するのはひょっとしたら難しいかもしれない。


時代時代の「ホームズ人気をよみがえらせたムーブメント」も紹介(あとで詳しくかきたい)

さてホームズ物語が百数十年の人気を保った理由は、演劇、映画、ドラマが創られ続け、そして時折エポックメイキング的な傑作によって大きなブームが到来したことにある。さらには市井の研究者やコレクターが本当に熱心な活動をしてきたことにある。
この本では時代時代の具体的な作品名や個人名を挙げて、それらのムーブメントを丁寧に紹介している。
特に時のブームの牽引になった作品の創作裏話は、個別の名前を知ってるので特に興味深い。1970年代のブームを牽引したのはニコラス・メイヤーパスティッシュシャーロック・ホームズの素敵な冒険」。


80年代のブームはイギリス・グラナダTVの作ったジェレミー・ブレッド主演のドラマシリーズ。


…こういうものの「創作秘話」が描かれているとなれば、さらに興味深いと思います。

ただそれを紹介するとこの記事が膨大になる。
可能かどうか分かりませんが、それは次回に譲ろう(第一部・完)。

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どんどん入れ替わっていくので、お早めにご覧ください。