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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

中世欧州ではなぜ籠城戦が多いの?はしご、投石器、水の補給は?-『戦場の中世史―中世ヨーロッパの戦争観』

翻訳者のツイートがプチプチバズってる。










戦場の中世史─中世ヨーロッパの戦争観

戦場の中世史─中世ヨーロッパの戦争観

「現地」からの最新報告 城攻め、平地での会戦、町や村の略奪、野営地での休息……。人びとは何のために武器をとり、また戦火の下で、何を見つめ、何に気を取られていたのだろうか。年代記等の史料がふと漏らす一節に新たな光をあて、城壁の内外での虚々実々の駆け引きから、兵器のディテールに至るまで、中世の戦場の「リアル」な姿を再現してみせる画期的論考。図版多数。

著者について
イタリアの中世史家。元パヴィーア大学教授。専攻は中世イタリアの城郭史・軍事技術史。


翻訳者のかたが「傭兵」について講義するイベントが12月にあるとか

www.asahiculture.jp

…「傭兵」とは、報酬と引き換えに他国のために軍務に就く人々のことです。現在、ほぼ姿を消したこの職業は、近代までのヨーロッパでは長らく戦争の主役でした。特に中世では、傭兵は戦争だけでなく政治や文化の面でも重要な役割を果たしていました。しかし、なぜ傭兵がそれほど活躍したのでしょうか。それは当時のヨーロッパ社会の仕組みと密接に関わって……

あたくしが個人的に興味つなげるのは、塩野七生氏が本で書いた、この中世の攻城戦に関する記述との関連だな。

m-dojo.hatenadiary.com
…古代には 名将が数多く出たのに対し、なぜ中世に入ると名将が出なくなってしまうのか。

結論を先に言えば古代の戦争は、両軍が草原で相対した会戦が主であったのに対し、中世ではそれが城壁で守られている都市を外から攻める形の攻防戦が主になったからである。

古代の名将たちは、アレクサンダー大王でもハンニバルでもカエサルでも…会戦で勝利した人々であった。
広大な平原が戦場ならば 戦略と戦術を駆使できる。それが中世に入ると 会戦によって一気に勝負を決することが難しくなる。中世の都市は どこでも城壁を巡らせていたという事情、加えて兵は金で雇うのが普通だった時代。

 中世では一個軍団程度の兵力で戦う場合の方が多かった。会戦よりも城壁を挟んだ攻防戦が多くなってしまうのだった。西洋史上最高の名将 でも 都市を攻める戦いとなると 会戦のようには行かなかった。
守る側は屋根の下で眠れるのに、攻める側にはそれがゆるされない。
長期にわたる攻防戦を…

「乙女戦争」のあれこれの記述も、合わせて考えたい