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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「いだてん」に出てる徳三宝って、アド・サンテルの講道館挑戦時の迎撃候補だったんだよな

「いだてん」思わぬ出演俳優のトラブルで、今後どんなふうになるか。
というところで雑談知識の披露ね。

あそこに徳三宝が出てくる…





で、まだ「ブログ」より「ホームページ」をホームページビルダーで作るのが主流だった時代…

こんな記事を書く機会があった。
不思議なご縁でありました。アウトルックのメールはパソコン代替わりの時の移転が難しく、このへんの古いメールは見られない…今もご健在でいらっしゃるだろうか。
ほんの前半部分だけ転載しておく。興味ある人はリンク先で全部読んでみてください。

実際にアド・サンテルと戦ったのが庄司彦男、
それより格上で、「あの人が出てくれば楽に勝っただろう」と言われてる、ヒクソングレイシーみたいな存在が徳三宝だ、っちゅうわけ。

www20.tok2.com

靖国決戦」でアド・サンテルと死闘を展開した庄司彦男さんのご子息に話を聞く機会がありました。
以後はそのやり取りです。といっても一部記憶に頼ったところなどもありますのでご注意を。文責は筆者にあります。


【庄司とその仲間達】

(当時の新聞や資料をお見せする)

          • 庄司彦男さんといえば、サンテル戦との死闘の後、米国留学でレスリングを日本に導入。

その後は国会議員としても活躍など波乱万丈の人生を送られた方ですが、その辺をお伺いしたいと思います。

「サンテルというのは、興行主が日本に呼んだわけですね。ただ、呼んだのは石黒敬七さんじゃないか、という話がうちには伝わってましてね」

    • 趣味人として『とんち教室』などで人気を取った方ですね。柔道家としても一流で。

「で、呼んだんだけど自分ではやらなかった(笑)。それで揉めた末に父が出たと」

      • そのへんのゴタゴタが、ここで描かれてます(少年ジャンプに70年代短期連載された「プロレスvs柔道」のコピーを見せる)。お父上も出演していますよ。

「いやあ、この顔は全然似てないなあ・・・(苦笑)。徳三宝も出てますね」

      • いただいたメールでは、庄司彦男はよく「徳三宝ならサンテルに勝てた」と言っていたとか。

「別格だったみたいですね。徳三宝が、姿三四郎のモデルだとも言ってました」

彼と三宝を合わせたのが姿三四郎に似ているんです。山嵐も、徳三宝は非常な使い手でしたしね。
彼の写真というのはほとんど残ってないんですが、一部は講道館資料室に複写して残っています。これも・・・
(と写真を見せる)このへんの写真は、だれがだれだか分からないんのもあるんですよね」

(後略。詳しくはリンク先へ)

その後、少年ジャンプで短期連載された「柔道vsプロレス」という実録漫画を読む機会があり…早稲田のマンガ図書館で、コピーもしたのだが、今は実家のどこにあるかなあ。いまならマンガ図書館Zに収録されてしかるべき作品なのだが。原作桜井康雄、作画竜崎遼児(闘翔ボーイの人)なのだよ。


この作品では、たしかアド・サンテルと戦う気まんまんだった徳三宝が、「恩人」とあおぐ支援者から「お前はあんなプロレスとの他流試合なんかしてはならん」との意向をうけ、悔し涙を流しながら対戦を断念する…みたいな話だったと記憶しているが、保証の限りではない。

アド・サンテルについては、「戦極」旗揚げ時の吉田英彦vsジョシュ・バーネットのときに、試合日が同じということもあって因縁を煽ったのだっけ(笑)
m-dojo.hatenadiary.com

ここに、ささやかな資料を保存している(最初に書いた通り、ブログ以前の時代の手作りHPだ…)
庄司彦男vsサンテル表紙

そしてこういう本。

講道館柔道対プロレス初対決―大正十年・サンテル事件

講道館柔道対プロレス初対決―大正十年・サンテル事件