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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

岩波書店の安江良介氏が、そのまま美濃部都知事の特別秘書を務めたのは、同社の言論に禍根を残したのではないかな。

産経抄朝鮮大学校認可 小池百合子都知事は過去の知事の過ちを正すか 9月21日 - 産経ニュース http://www.sankei.com/politics/news/160921/plt1609210002-n1.html

 昭和42年、東京都知事に就任した美濃部亮吉氏は、後に岩波書店社長となる安江良介氏を特別秘書に指名する。朝鮮大学校各種学校として認可する問題について、早急に決着をつけるよう進言したのは、安江氏だった。

 ▼当時の文部省は難色を示した。「朝鮮大学校の教育内容は、北朝鮮系の在日朝鮮人の基幹教育を行う学校だ。料理、花嫁学校とは、おのずと性格が違う」。まっとうな理屈である。にもかかわらず、美濃部知事は「憲法に従って」、翌年認可に踏み切った。

 ▼これを機に、朝鮮学校を学校法人として認可し、補助金を支給する動きが全国に広がってしまう。美濃部氏は46年に平壌を訪問して、当時の金日成(キム・イルソン)首相と会談する。安江氏の訪朝は5回にも及ぶ。さぞかし、熱烈な歓迎を受けたことだろう。
(後略)

いつも思うんが、まずこれ自体が「政治と言論の距離」としてどうなんでしょう。ジャーナリストと政治家が一緒に寿司を会食するのはけしからん、どころじゃないじゃん。


その後、安江氏は岩波書店にも戻り権勢をふるい続け、社内権力の頂点に立った。
その後も、「ちびくろサンボ」を出版界から抹殺することを主張するなど健在?ぶりを示した。

じゃあ岩波書店は、当時もその後も、美濃部都政の功罪を冷静かつ公正に分析する、というわけにもいかないし、金日成を太祖とする「金王朝」に関する事実も書けなかっただろうね…「だろうね」、というか実際に書いてなかったわけだけど。
大家さんの義太夫に「ヘタですね」とは言えまい。

「いまはすべての国民が白米を食べられる」

…「いまはすべての国民が白米を食べられる」と主張したのを受け「この主席の言葉に対応した話を私はあらゆるところで聞いた。即ち『瓦の屋根の家に住み、絹の着物をきて、白米を食べたいというのが長年の私たちの憧れであった。いま私たちは、この三つとも自分たちの手にしている。昔の地主の生活と同じである(後略)』というのである。この言葉に嘘はないと私には思えた…




かつて「世界」に掲載された”T・K生”こと池明観氏の、のちの告白…

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060525/p2
私はね、北朝鮮が日本人の拉致をやっていることをうすうす知っていたんです。韓国人の拉致はしばしばでしたから。そこまでやるか、と思いました。ですから、東京で北系の人間と秘密裏に会った時、「将来、とんでもない問題になる。むちゃなことはするな」と忠告したんです。何も答えなかったですね。
70年代、北はのぼせ上がっていた。革命のためなら何をやってもいい。最後に勝利すればいい。工作員に日本語を教える必要がある、そのために日本人をさらっていく。そんな簡単な発想ですよ。手段を選ばない。
「通信」では北について論じませんで得した。できなかった。戦う相手を明確にするためです。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20150813/p2
「あれは闘いの書。事実を誇張し、民主化勢力を美化し過ぎた。後輩が研究し批判するなら、喜んで受け入れる」


池氏は90を超えて健在であり、あるがゆえに「死ぬ前に正直になりたい」と”告白”したが、安江氏は幽冥境を異にし、いち早く、歴史となった。
しかし、朝鮮大学校の現在のように、歴史はときどき、現在に復讐される・・・・・・・。


最近でも岩波書店は、会社として東京都知事選に直接かかわっているのではないか、という指摘がある。(澤藤統一郎氏のブログから)

http://article9.jp/wordpress/?p=1797
宇都宮君の法律事務所の一室で、会合があった。その席上、私は、熊谷伸一郎(岩波書店従業員)事務局長に質問した。

「あなたは、1か月も選対に詰めていたが、岩波からは有給休暇を取っていたのか」

既にこの頃は、私と他のメンバーとの亀裂は大きくなっていた。彼は、警戒してすぐには回答しようとしなかった。
「どうして、そんなことを聞くんですか」

私は、こう言った。
「たとえば、東電が自分の社員を猪瀬陣営の選挙運動に派遣して働かせたとする。有給休暇を取っての純粋なボランティアならともかく、給料を支払っての派遣であれば、まさに企業ぐるみ選挙。私たちは黙っていないだろう。それが味方の陣営であれば、あるいは岩波であれば許されると言うことにはならない」

このとき血相を変えんばかりの勢いで私を制したのが、高田健(許すな!憲法改悪・市民連絡会)さん。
「澤藤さん、そんなことを言うものじゃない。岩波と熊谷さんには、私たちがお願いして事務局長を引き受けてもらったんじゃないですか。その辺のところは、澤藤さんもご承知のはず。今ごろそんなことを言っちゃいけない」

助け船に勢いを得て、熊谷伸一郎事務局長(岩波)は「大丈夫ですよ。私は有給休暇をとっていましたから。それに、ウチはフレックス制ですから」と言っている。

思いがけずに、このとき続いて宇都宮君が発言した。その発言内容を明確に記憶している。
「えー澤藤さん。岩波が問題なら、ボクだっておんなじだ。ボクも、事務所の事務員を選対に派遣して選挙運動をお願いしたんだから」

これには驚いた。本当は、続けて発問したかった。いったい何人を派遣した? 誰を? いつからいつまで? 選挙運動って具体的にどんな仕事だったの? 賃金はいくら払ったの? 勤怠管理はどうしたの?…。しかし、制されて私は黙った。これ以上、彼らを刺激したら、大河(わたしの息子)と、とばっちりを受けたTさんの権利救済(名誉回復)の道は途絶えてしまうと考えてしまったからだ。

もちろん、私は、岩波書店従業員の熊谷伸一郎事務局長が、有給休暇をとって選挙運動にボランティアとして参加したとは考えていない…(略)岡本厚岩波書店現社長も、選対メンバーのひとりである