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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

社民党消滅か?の騒動を受けて、伝説のパロ「英霊の聲・社民党版」を紹介する(徳岡孝夫「紳士と淑女」より)

「あらっ これは、ずいぶん蝋燭が点いてますね」
「これがみんな政党の寿命だ」
「ははあ……党の一生はよく蝋燭の火のようだなんて話は聞いたことがありますが、たいしたもんですねぇまあ。長いのや短いのやいろんなのがある…(中略)で、その横のは? 暗くって短くって今にも消えそうなのがありますね……これ、これって、まさか……」
「そうだ、社民党の寿命だ。お前の寿命だよ。けえそうだ…けえる途端に命はない。もうじき死ぬよ。
(略)
「くくっ、気の毒に、もうじき死ぬよ」
「い、命が助かるならなんでもするから」
「……しようのねえ党だ。ここに灯しかけの民進党がある。これと、そのけえかかっている社民党のと繋げるんだ。上手く繋げれば、助かるかもしれん」
「早くしないと、けぇるよ。何を震える。震えるな。震えると、けえるよ。けえれば命がない。早くしな。早くしないと、けぇるよ。けぇるよ。……消えるよ。くくっ、あっ、消ェる…くくっ」
「待ってくれ、手が震えちまう」
「早くしな。消えるよ。ほらほらほら、くくっ、……ほーら、消えた……」
http://kotodama.xn--9oq386cb2a.com/%E6%AD%BB%E7%A5%9E/


てなわけで「平成元禄 社民心中」の一席でございます。


といっても、こうやって見守るだけですけど。

どうする、どうなる社民党? 民進党と合流か、野党統一名簿か、単独で参院選か…? - Togetterまとめ http://togetter.com/li/974452

そしてもうひとつ。
雑誌「諸君!」の巻頭を飾り続けた伝説のコラム「紳士と淑女」。のちに、作者は徳岡孝夫氏であると明かされ、単行本もこの名前で刊行された。
まあ、ベトナム経験や交友関係から、わたしは明かされるかなり前に見破っておったのがいさかかの自慢。

それはそれとして。
金日成の死に際してとか、昭和天皇崩御の時とか、いろいろ記憶に残る回があるんだけど、その中でも白眉だったのが、タイトルで紹介した「英霊の聲・社民党版」だった。
徳岡氏は三島由紀夫と本当に交遊が深く、遺書を託されたり、伝記を書いたりしている。

五衰の人 三島由紀夫私記 (文春学藝ライブラリー)

五衰の人 三島由紀夫私記 (文春学藝ライブラリー)


その人が、ここぞとばかりに書いた三島由紀夫のパロディとは……

例によって、こっちのほうが鮮明に読める。↓
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/g/gryphon/20160513/20160513100237_original.jpg?1463101385
あ!!! ちょっと膨大であきらめかけていたテキスト化をされていた方がいた!!!!
そちらを紹介させていただきますね。やはり画像よりはテキストデータのほうがいい。

http://blog.goo.ne.jp/furunokawamasanohiro2014_2014_/e/b1ca238d6adceb1d08ca50a85ecba59c

完本 紳士と淑女 1980‐2009 (文春新書)

完本 紳士と淑女 1980‐2009 (文春新書)

《紳士と淑女 徳岡孝夫 1980〜2009》
 十回目
 【1994年十月号・・・村山内閣】
 我らは、戦後日本の欺瞞と頽廃と偽善の中で敢然として革命のために闘い、極東の一角に崇高にして純潔なる理想国家を築かんと粉骨砕身、至純の闘争の中途に置いて不幸にも挫折した無産者の霊である。
 闘争は激しく長かったが、われらの身は常に仁慈なること神のごとき日本社会党によって、やさしく保護され支援されていた。歴代委員長の中には友好商社を通じてソ連から資金を貰ったり、国会審議そっちのけでゴルフに行ったり、「ダメなものはダメ」のセリフにより話し合いのルールを否定するなど逸脱は皆無ではなかったが、概して気高い方が多く、われらは現人神(あらひとがみ)として委員長を尊崇してきた。
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 社会党が「自衛隊は独占資本擁護の暴力組織である」(昭和39年)と宣言したとき、我らは我らは歓呼拍手した。
 防衛庁を廃止し自衛隊を解体する」と決めた「非武装・平和中立への道」(昭和43年)に喝采した。
そのうち「自衛隊違憲合法」と言い出した(昭和59年)のにはギクリとしたが、社会党はすぐに元の非常識に戻ってくれた。平成三年の「自衛隊の実態は違憲」(当改革のための基本方向)という確認に、われらは欣喜雀躍した。


 ああ、それなのに何ということか、われらが村山富市委員長は、総理の座を射止めるやいなや億面もなく国会で言い放ったのだ。「専守防衛に徹し自衛のための必要最小限度の実力組織である自衛隊は、憲法の認めるものであります」。戦後49年堅持してきた、我らの聖なる非常識はどうなったのか。
 我らの失望は、冥界にあって昭和天皇人間宣言を聞いた特攻隊員の霊の失望と全く同じだった。昭和天皇は聖戦が終わったあとで、「実は朕は人間だった」と言われた。それを三島由紀夫が『英霊の声』で怒った。村山トンちゃんは、非武装中立国家への長く聖なる闘いの後で「実はわしは常識的な人間だったのじゃよ」と言った。
 などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし。などてトンちゃんはにんげんとなりたまひし。非武装中立こそ、戦後われらが非常識を承知で守ってきた聖なる合言葉だった。だが、ああ、これもまた、委員長の「あれは冷戦構造下では日本の平和を守り、軽軍備で国民生活を大切にする政治の推進に大きな役割を果たした。しかし国際的に冷戦構造が崩壊した今日、その役割を終えた」によって裏切られた。非武装中立は絶対の真理であり、そんな状況的なものでなかったはずなのに。などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし。などてトンちゃんは人間となるたまひし。


 日米安保条約は、われらを「日中人民共通の敵」なるアメリカ帝国主義に結びつける悪の象徴だった。1960年、70年、アンポに反対する我らの同志は次々と官憲に捕らえられた。アンポ反対こそ、良心あるわれらの生きるあかしだった。しかるに委員長は「日米安保は我が国が引き続き安全を確保していくために必要である。日米安保体制を堅持しながら、幅広いパートナーシップをさらに、強化したい」と言った。ああ・・・・
 などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし。などてトンちゃんは人間となりたまひし。そして、ああ、日の丸、君が代に至っては・・・・。われらは党のやさしき支援を得て卒業式場の日の丸を引きずり下ろし、国歌斉唱に起立せず、われらの同志は全国に散って国歌・国旗を辱め、われらに反抗する校長や教育長を吊るし上げ、沖縄では引きずり下ろした日の丸に火をつけ、灰を踏みにじったのだ。
 それなのに委員長は「長年の慣行により、日の丸が国旗、君が代が国歌であるという認識は国民の間で定着しており、私自身も尊重したい」と言った。これが罪万死に値する裏切りでなくて何であろう。われら闘争に疲れ葬られし草莽は血を吐いて叫ぶ。などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし。などてトンちゃんは人間となりたまひし。


まあ、ここから「社民党」に看板をあらためて、そして20年以上の風雪を経てその看板を残し続けたのだから、もって瞑すべきことだと思う。
でも、亡くなるとさびしいもんですね。(※まだ亡くなると決まってません)