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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「認知症患者JR事故」家族の賠償責任無しの判決、自分がその「被害者」になる可能性も含め”覚悟”しよう。

Reading:認知症事故賠償訴訟 JRが敗訴 NHKニュース http://nhk.jp/N4Nx4NGF

に僕がつけたブクマ。

今回は相手がJRなので判官贔屓みたいになるけど、われわれ一般の民間人が認知症の方が起こした事故の被害者になり、そして賠償が取れないことも覚悟しないといけない(一応した)

そのブクマでは、こんな記事にもリンクが貼られている。

http://digital.asahi.com/articles/ASJ2R34BLJ2RUBQU003.html
…不安に押しつぶされそうだった時、広告で道路地図を見た。「私が運転すれば、今ならまだ行ける」。無性にほしくなり、通信販売で注文した。

 火事の日は、夫を朝から病院に連れて行き、帰宅して薬を飲ませた。外出中に来ていた郵便局の不在通知を見つけて、「地図が届いた」と心が弾んだ。声をかけると、夫はテレビを見ながら「行っといで」と答えた。穏やかな夕方。だが、地図の包みを手に家に戻ると、一変していた。

 3階建ての家は焼け、消防車が消火作業にあたっていた。翌日には隣家から修繕費の見積もりが届いた。夫は警察に聴かれたが、説明ははっきりせず、2カ月間の措置入院の後は、食欲がなくなっていき、14年11月に亡くなった。

 隣家の所有者には100万円の見舞金を払ったが、隣家は女性に200万円の損害賠償を求めて提訴した。昨年5月、大阪地裁は夫がライターで紙に火を付けて布団に投げたのが原因と認定。夫の「監督義務者」として43万円の賠償を命じた判決文は、「夫婦は互いに協力し、扶助する義務を負う」という民法752条の規定を引用していた。

 「義務なんてわざわざ言われなくても、この人の幸せが私の幸せ。ずっと協力し合ってきた」。施設への入居を勧められたこともあったが、「ずっと一緒にいたい」という思いが揺らいだことはなかった。「私は、夫婦の義務を果たさなかったのか」。夫との日々を否定された気がした。

この「隣家」は血も涙もない丸太ン棒か? 強欲非道のあさましい餓鬼か? こんなのは「ご災難でしたね、うちのことは気にしないで」というの当たり前か? ……といえば、もちろん違うわけで…



自分はいま現在、机上の空論として、「認知症患者が(その症状ゆえに)加害者となり、自分や家族が被害にあっても、まあ覚悟しえる」というのは、以前から自分は、粗暴犯だろうと万引きだろうと性犯罪だろうとギャンブルのために会社の金を横領しようと……まあ、もちろんこっちも自分が直接の被害者でないという机上の空論なのだが、個人的感情の範囲なら

「病気が原因じゃあしょうがない。隕石が落っこちて被害にあっても、隕石を罰するやつはいないだろ?」
(一例 万引きは「病気」じゃないか、という話…からいろいろ話題は広がる。 - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130110/p3


という意識がけっこう強いから、その延長線上で考えてる、という傾向が強い。ただ、そういう感覚をもてない人も多いだろう。たぶんそっちが多数派だと思う。

今回の判決への受け止め方で一番よくないのは、今回は「JRという巨大組織が、一個人を訴える」という構図だから「血も涙もないわねー。認めないのが当然だよね、よかったよかった」だけで終わって、『自分や家族も含めた民間一個人が、認知症患者による事件・事故の”被害者”となり、さてその賠償をその認知症患者の家族に求めますか』ということに考えがいたらないこと。
これだけは、一瞬でも、私と同様に「机上の空論」でもいい。
この機会に自らに問うことは意義があるだろう、と思います。