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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

昔、わけもなく「親中」だった時代…「中国イメージ」変遷を追う「革命とパンダ」

ひとつ上の記事で『史実より「どう語られてきたか」の歴史が好きになってきた』と書いたけど、そういうイメージ変遷の話を追う本として、この前出たのが

革命とパンダ

革命とパンダ


この前、

60-70年代、中国(毛沢東)への「ものいえぬふいんき」…樋口恵子氏が証言 - 見えない道場本舗 (id:gryphon / @gryphonjapan) http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20160219/p2

つうのを書きましたね。ある意味、その話題の「続編」です。
毛沢東という、たしかに歴史を講談的に見れば、水滸伝的な”盗賊”から”皇帝”に成り上がった最後の伝奇ロマンの人物。・・・のみならず、必勝腐敗、いや必勝不敗の毛思想、ということで自由主義国家内でも一部でたいへん尊敬されておりました、なぜか(笑)。
しかし、その悪さがめくれちまったッ!ってことで、中国本国でもその失敗が指摘され、四人組が失脚しズタボロになって、文革はなかったことになり、
毛王朝は訒小平の「訒王朝」に易姓革命となった。(これは世界の歴史上、最終的な決算では非常にプラスだったと思います)



しかし!日本ではその毛王朝末期に日中国交回復がなされ、そしてパンダが来ます、パンダが。
そして、毛沢東の革命思想にシビレた人々とは別に、パンダに魅せられたような、薄く広い「親中ムード」が生まれ…その”空気”にはある種の呪縛がありました。
その時代を描くのが本書だ。


ただ、当時でもすでに時代遅れになりかけていた、全共闘の人たちのアジビラや文章が多数収録され…というか、図らずして「さらされて」いて、文章を読むとクスクス、ゲラゲラわらってしまう(笑)

地理学科闘争委員会は、革命的情熱と若い人間的感情のもとの9月大決戦とそれにつづく11日佐藤訪米阻止闘争…全組織と各自の全思想性、全人間性、全生命をかけて闘うであろう。世界はわれわれのものである・・・『ほんとうに強大な力を持っているのは反動派ではなくて、人民である』(毛沢東

こういう文章を書いた人は、いまどこで何をしているのかねえ。
そしてML派、である。
 
はっきりいっちゃうと、まあその、なんだ、当時のこういうバカの見本市、としても同書は使える(笑)
実はメインのパンダのイメージ変換は、正直多少のとっちらかりは否めない。ただそれは作者の責任というよりは、実際にパンダをもってきた日本の55年体制と、高度成長期のややアナーキーな日本の経済界やメディア界のイケイケぶり、そして今の情報や娯楽のあふれた社会からみればまだまだ「大衆の娯楽」も「かわいいもの」も絶対数や絶対水準が低く、そのぶんひとつのものには熱狂的に群がる時代の「パンダ」需要が、相当とっちらかっているから仕方ない、ともいえる。
それにもともと修士論文だったので、そこは少し許容範囲と考えたい。



その、欲望と打算の中に「かわいいパンダ」が投げ込まれる、ところが本書のみどころだ。
そしてその中で、黒柳徹子がぶれずに「戦前から」の!!パンダ好きであったというところが一服の清涼剤であったことy。



ただ、修士論文がもとというなら、そこに多少「わたしが図書館でこの記事を見たときは…」とか「ここで報じられた東大正門前に足を運んでみた。今では…」みたいな情景描写や、自分の体験談を入れたほうがよかったのではないか。ここに出てきた人物の、現在の姿なども追えれば。分量的には、そういう追記や補足も十分出来ただろう。


そして最後のまとめも少々強引だ。
・60-70年代の日本の中国観はステレオタイプだった
・革命中国、とかパンダのかわいい中国、とかは幻想だった
・いまでは「脅威」や「成金」のイメージがある
・それもステレオタイプ


だとしたら、どうしてそういう正反対の方向に行ったのか、をいわずに「根本的に同じ」といっても説得力に欠けることはいなめない。

そして著者は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)へ日米の不参加に関して、こう語る

さすがにこれは、「著者に別種のステレオタイプがあるのでは?」と感じますね(笑)。

最後はこう締めくくる。

・・・ハッと気づく瞬間が、その直後に突然やってくるかもしれない。
あの田舎くさくて乱暴で日本より劣っているように思っていた中国が、”いきなり”世界のリーダーになってしまったと驚く瞬間が―

いや、すでにして世界のリーダーだと思うけどねえ?核もあるし。
ただ、1986年生まれだから実感がないかもしれないので、前の世代から。
ソ連」は僕の子供時代、ずっと「世界のリーダー」でした。だけど、そのソ連がリーダーであることと、その他もろもろのマイナスな点は、ふつうに共存していました。
実はこのへんも視野に入れた分析が今後あれば、この「大国・隣国のイメージ史」もまたさらに新しい展開を見られるかもしれない。



あとひとつ、これは個人的好みだが、注釈を末尾に入れるのは好かんわ。スペースに余裕が無いときなら分かるが、スペースにあるときは横とか下とか上に、注釈は入れておくべし。これはかなりスペースに余裕をもったつくりなのだから、注釈は同じページに入れるべきだったと思いマス。