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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「青い目の日本研究…って僕の目、茶色だよ!」「お流れ頂戴、って何?」昭和の香り満載の回想記「政治と秋刀魚」(G・カーティス)

この本、読んだ。

政治と秋刀魚 日本と暮らして四五年

政治と秋刀魚 日本と暮らして四五年

タテ社会の崩壊による日本人の「変化」とその変化についていけない日本政治の現状を厳しく、かつ優しく分析したアメリカ人学者の日本観察記。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
カーティス,ジェラルド
1940年ニューヨーク生まれ。1962年ニュー・メキシコ大学卒業。1964年コロンビア大学修士課程修了。1969年同大学博士号取得、1968年からコロンビア大学で教鞭をとり、現在コロンビア大学政治学教授、早稲田大学客員教授。1973年から91年まで、コロンビア大学東アジア研究所長を12年間務める。慶応大学、政策研究大学院大学コレージュ・ド・フランスシンガポール大学などの客員教授を歴任。中日・東京新聞の客員及びコラムニストのほか、新聞、テレビなど内外のマスコミで活躍。三極委員会委員、米外交評会委員、米日財団理事。大平正芳記念賞中日新聞特別功労賞、国際交流基金賞を受賞、旭日重光章を受章(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出版されたのは民主党政権誕生直前、2008年です。



カーティスさんは小沢民主党への評価が辛く、その反発で毀誉褒貶がはげしい人であるけれども、自分は本宮ひろ志「やぶれかぶれ」でこの人の著作「代議士の誕生」を知ったのだから、とにかく古株の日本研究者ですね。

で、実のところ氏の日本政治の分析とかにさしたる興味はない。表題から、「あ、これって日本の生活体験を描いた肩の凝らない回想記じゃね?」と思ったのだ。
で、半分当たって半分外れた。たしかにメインコンセプトはそうなんだけど、そこからやぱり日本政治の特徴が浮かび上がる、のであります。

しかし、なんといっても、やっぱり日本に初めてやってきたのが昭和39年だというから、今ではすっかり失われた「ガイジンさん」へのリアクションや、外国人のがわでも準備万端いまでは知っている「これがジャパンの慣習ですネ?」な話にとまどうところが…実に昭和ショウワしていて、なつかし楽しい。

そこだけ抜き出して紹介。

日本では外国人が以前のように珍しくなくなったため、「外人」への表現がずいぶん変わってきた。
たとえば、30数年前、私にインタビューした新聞記事の見出しには、
『青い目が見る日本の政治』
というようなものが多かった。私の目は青ではなく、茶色。そういう記事が出た当初、どうして日本人には私の目が青く見えるのかと鏡を眺めて考えたこともある。(p8,9)

なんか…すんません!!!
ジョシュ・バーネットも「青い目のケンシロウ」と呼ばれているが、こっちは確認してあるんだろうな…



ま、カーティスさんも過剰反応することがあって

カレーの美味しい店があると聞き…食べに行った。カレーを頼むと、ボーイさんが…スプーンを持ってきた。
郷に入っては郷に従う主義の私は「外人だから端が使えないだろう」と思われていると勘違いして「お箸をください」と頼んだ。
ボーイさんは変な顔をしたが、しばらくして端を持ってきてくれた。
食べ始めると、カレーライスを箸で食べるのは容易なことではないとわかった。

これは、あんたが悪い。

「代議士の誕生」の誕生

この人が名を挙げたのは、アメリカ人の目で、日本独自の中選挙区制度下での「後援会」マシーンによる選挙に密着取材し、論文にまとめた「代議士の誕生」だ。

この経緯やエピソードが面白い。箇条書きにする。

・カーティス氏は、日本のグラスルーツ民主主義を研究したいと思い、米国大使館の広報官に相談する。
・「中曽根康弘の秘書を知っている。紹介する」⇒秘書と話していると「中曽根と直接話してみては」
・中曽根、要望を聞く「当選1、2回の新人で、選挙区に農村と都市の両方があり、しかも次の選挙では当選確率が高い男か…ふむ、君のヒヤリングのことを考えるとあんまり訛りのないところがいいな。大分2区の佐藤文生はどうだ?」
・佐藤氏も面食らったが、こころよく了承。ただ、夜行列車をカーティスが降りると、記者が集められており駅長室で即席の会見と握手写真。またも見出しは「青い目の日本研究」(笑)。佐藤氏は、自分が国際派で、世界が注目するホープであるというアピールに使おうと計算したようだった(笑)。


ここで引用者もうす。
中曽根はこのとき48歳だが、「ナショナリスト国際派」としてすでに有名だったそうだ。「日本のナショナリストはあまり外国人と接触したがらない。中曽根さんは国際政治に関心があり、外に出るタイプのナショナリスト」と著者は評す。外国メディアや記者に積極的に会ってくれる人、として知られており、ゆえにこんな話が来る。
こういう人脈が、政治家のパワーであることは間違いないし、また上のチョイスも結果的にはどんぴしゃだった。
今の政治家に、いるだろうか? また米国だけでなく、中国や韓国にもこういうチャンネルやネットワークを持つ人はいるだろうか?

ではつづく。

「昭和の選挙」はこれだ!!!宴会、親分子分、世話人、婦人部………

佐藤氏はあけっぴろげな性格でもあり、また「外国でどう報じられても、結局日本には伝わらない」という昭和的安心感があったのだろう。
「隠してもしょうがない。何でも見ていってくれ」と秘書や選挙参謀、地域ボスとの相談の場に参加させてくれたという。

そこで…各地区の「世話人」ガ集まった食事会があり、カーティス氏は紹介される。大喜びの人もいれば、不信と不機嫌の目を向ける人も。
ここで佐藤氏は、著者に「俺の後をついて同じようにやってくれ」と頼む。

それが「お流れ頂戴します」だった。「初めて耳にするフレーズだった」
外国人のそれに大よろこびした先方が2、3杯と代議士より多めに飲ませ、最後はふらふらとなり、それを見て世話人たちは「やつは根性がある」と認める、というところまで、つくづく昭和!!アルハラという概念が存在しない昭和!!俺はのまんヤツは信用しねェ……


著者はいま「政治記者も含めて、お流れ頂戴します、を知らない、奇異な顔で聞く人が多い」と感じている。

「お流れ頂戴します」は日本のいわゆるタテ社会の面白い現象で、それが少なくなったのは、日本社会そのものが大きく変わってきたことを意味していると思う。「エライ人」がお流れをするというのは、…感謝している、また自分は謙虚な気持ちで相手を立てている、そういう複雑な人間関係を象徴する…

ちなみに、その後佐藤氏は、著者に「飲んだふりをして杯洗で酒を捨てる」ワザを教えてくれたそうである。
河野洋平氏は、その苦労分かる、分かる、と共感したそうだ。かつての政治家は「三カイの苦しみ」と呼んだそうだ。面会、紹介、それに宴会…これが政治家としてつらい三つ、だと。


また、佐藤氏を熱心に応援する支持者に「支持する理由」を聞いたところ「俺は佐藤なんか支持してないよ。俺が支持するのはこの県議で、彼が票をまとめろというからやってるだけ」
これがけっこう衝撃的だったという。
ついでにいうと、当時は「100円札3枚」を支持者に渡すのがフツーだったという。その理由がすごい。
「相手陣営にお金を渡したら、そりゃ買収だよ。だけど、こっちを初めから応援してくれる陣営に渡すんだから、感謝の気持ちの「お礼」なんだ」

ナンダソレハ。


しかしカーティス氏も、そんな後援会で、スピーチをしてくれと頼まれることもあった。なく子も黙る婦人部、の前である(笑)
はい、カーティスさんは冒頭、
「喋るのがめんどうしい(恥かしい)けんど」
と大分訛りを披露し、大好評。昭和!!!
そしてほっとして、宴会場の杉乃井ホテルの温泉に入ってほっとしていたら、はい婦人部の皆さんが入ってきましたー。ラノベと違うのが、みなご年配なことですね(笑)。
はい、あわてて逃げようとした「青い目の日本研究者」は見つかって、すっかり取り囲まれ…(略)ナムナム。





そんなこんなで仕上がった論文が評判をとった著者は、日米交流の世話人的な立場になる。
特に議員間の交流、相互の人脈養成の会議やシンポジウムのコーディネーター。ニューズウィーク日本語版たちあげにも関わった。

それをやっていると、アメリカの議員も、会議そのものでなく、支持者に東京から手紙を書いて、いかに自分が国際的に活躍するかのアピールに必死だったり、日米議員間で「支持者の陳情にどうこたえるか」で盛り上がったりで、まあ似たもの同士であると分かる効用もあるのだそうだ(笑)。
価値観を共有。

著者が感じる日本の強み

タクシードライバーに、それを感じるという。バブル後は「以前は何度も銀座で飲んだ」とか「建設会社の社長だった」というドライバーをしばしば見るのだが・・・

彼らと話をしているうちに、やはり日本には潜在的な力があるな、と思う。中年になって初めてタクシーを運転する人は、置かれている立場を前向きに考え、一生懸命良い仕事をしようとしている。弱音を言う人は極めて少ない。その勤勉さ、真面目さが非常に印象的である。(略)私が話すタクシードライバーはそろって「こういう運命だから、頑張るしかない」と前向きな姿勢の人ばかりだった。これこそが日本の強さである。

また、日本で育てた2人の娘が、学校でトイレ掃除をしたことに感心する。

これは日本人の価値観に関する非常に重要なこと・・・学校の清掃を手伝う…日本では当たり前のことであるが、アメリカではそうではない・・・責任感や清潔感、そしてコミュニティのものを大事にすることなどを自然と教え込んでいる。(P136)

昭和に来日した、けっこうビンボーな外国人の食べ物の話。くーねるじぇらるど。

この文章は味わい深い(あと疲れた)んで、こうやって画像で紹介させてください。



(一度押して画像を開いた後、さらに「オリジナルサイズを表示」を押すと、不自由のないクリアさで読めます)


とんかつ。おばちゃんのおすすめ。やきいも。カニコロッケ。秋刀魚、鯖。たまに自分で食べたくなるステーキ。のぼせる銭湯。カラオケで教えられる日本の流行歌……昭和昭和と言っていたけど、今の訪日外国人も、いや田舎から上京した人も体験するかもしれない、そんな日本、東京の風景。

そんな描写もされた本で、予想以上におもしろうございました。