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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

芦辺拓「真説ルパン対ホームズ」…パリ万博で若き怪盗、ベテラン探偵に挑戦す

twitterとのダブル投稿。ひとつづきの長文に修整。

【ミステリー特集】
10月7日「ミステリー記念日」に、ブログで推理小説特集をしたかったのだが、忙しくてできなかった。
少し遅れて、本日やりたいのだが、まず最初にtwitterでやっていくなり。
最初に芦辺拓氏@ashibetaku の「真説ルパン対ホームズ」を。

内容(「BOOK」データベースより)
一九〇〇年、十一年ぶりの万博に沸き返るパリ。身に覚えのない窃盗の罪を着せられた若き日のアルセーヌ・ルパンは、己が名誉を守るべく真犯人を捜し出す決心をする。時同じくしてパリを訪れたのは、かの偉大なるシャーロック・ホームズ!怪盗と名探偵が密室から消失した仏像の謎と盗まれたフィルムの行方に迫る。古今東西の名探偵が難事件に挑む、傑作揃いのパスティーシュ集。
 
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
芦辺/拓
1958年大阪府生まれ。同志社大学卒。86年「異類五種」で第2回幻想文学新人賞に佳作入選し、90年には『殺人喜劇の13人』で第1回鮎川哲也賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

なぜ「真説」かというとハーロック・ホームズ(エルロック・ショルメス)は「別人」との史観に基づいてるからだ。
その上で、正真正銘のイギリスの名探偵シャーロック・ホームズとの邂逅があった、という物語ね。(僕の少年時代は、全部ホームズと書き換える翻訳が主流だったが今はどうかなあ)
 
舞台は1900年、ベルエポックにして19世紀最後の年の万国博覧会
森田崇氏@TAK_MORITA の旧「アバンチュリエ」(愛蔵版上巻)でも、ちょっとお遊びでこの舞台や、見学している広瀬、秋山などが登場してる。


この1900年という時代における、ルパンとホームズの2人は…
「真説」「アバンチュリエ」ともに共通する、まず大きな部分でのイメージ修整の必要性なのだが、どうにも昔の児童読み物の大胆な翻案が原風景にあると、鹿撃ち帽にパイプをくわえた名探偵と、シルクハットに片眼鏡の怪盗は「同年代の互角のライバル」と感じやすい。
だが …
原作的にも明確だが、ルパンとホームズは「向こう見ずな若者」と「老いの兆しは見えれど、なお盛んなベテラン」の対決、とするべきなのだ。ガス灯&馬車vs電灯&自動車。これは森田氏のビジュアル化で、相当に旧来のイメージが刷新されたと思うが。
 

で、ビジュアル的には大いに違うが、ドラマ「独眼竜政宗」でのカツシン秀吉vsケンワタナベ政宗の演技合戦を、ちょっと参考にすれば、なんとなくホームズvsルパンの風景も見えてくるんじゃないかな。最近でた漫画「カツシン」2巻が参考になる。

カツシン ~さみしがりやの天才~ 2 (BUNCH COMICS)

カツシン ~さみしがりやの天才~ 2 (BUNCH COMICS)


本題に入ると、万国博が舞台なのは理由がある。この1900年万国博が舞台なことで、東洋の小国、日本が絡んでくるのだ。
ウィキペより。

wikipedia:パリ万国博覧会
日本政府は法隆寺金堂風の日本館を建設し、御物を含む古美術品を出展
海外公演中の川上音二郎貞奴夫妻はこの万博にも来演し大人気。
夏目漱石はロンドン留学の途上、この万博会場を訪問している

 

作中に登場するのは、川上音二郎貞奴
川上は「♪権利幸福嫌いな人に 自由湯(党)をば飲ませたい…」のオッペケペ節が教科書にも載ってるが、劇団を率いて海外を回った人でもあった。妻の貞奴はどこでも大人気のアイドル。
NHK大河ドラマにもなった。

http://www.nhk-ondemand.jp/program/P201200100700000/
 
川上音二郎貞奴のドラマ「春の波濤」の映像資料


このマダム貞奴に仏国の金持ちから贈られ、舞台で彼女が着けた首飾りが忽然と紛失する所から物語は動き出す。それは金持ちが派遣し、急きょ舞台に加わった剣士役の仕業…いや、正確には、本物の剣士役は事件後、縛られた状態で舞台裏から見つかる。

つまり…「ばっかもーん、そいつがルパンだ!」


で、いろいろ、紆余曲折あって、ルパンはこの成功にも心晴れないのだが、同時に、同じ日本がらみでもっと奇怪な事件が発生する。
巨大な仏像が忽然と消え、そして間もなく訪れる新世紀の主役となるであろう「シネマトグラフ(映画)」のフィルムまで紛失するのだ。
近代映画の父たるリミュエール兄弟(実在)は、警察捜査とは別に一手を打つ。
ドーバー海峡を越えた電信は、ついに「彼」を呼び寄せる。お待たせ、シャーロック・ホームズだ。
ちなみに原作「ルパンの逮捕」に先立って、この事件でガニマールとルパンは対面。また、ほんのちょっとのカメオ出演としてピカソやドビッシー、夏目漱石も登場。



さて、ホームズとルパン、注目の初遭遇だが…非常にタチの悪い(笑)仕掛けが用意されている。これは両作の愛好者ほど、地団太を踏む筈で、こういうのを思いつく推理作家というのは、よほど性格が悪いのでは、と言わざるを得ぬ(笑)。
新規読者には「探偵は先入観を捨てよ」とだけ忠告しとく。



デビルマンvsマジンガー」以来の伝統…というわけでもないが(笑)、ルパンとホームズは完全に敵味方に分かれるわけではない(某事件のルパンの容疑は冤罪なので、真相を追うとそうならざるを得ないのだ)。
この後、作品のトリックばらしをかわしつつ紹介するのは至難の業。

ゆえに…小説紹介としてはここで筆を置くが、最後にいうなら、背景に司馬遼太郎が「坂の上の雲」や「明治という国家」、福田恆存が「乃木大将と旅順攻略戦」で描いたように、「圧倒的な西洋近代に対して、日本が無理にでも背伸びをせざるを得なかった時代」という背景が、花のパリを舞台に描かれている。

「明治」という国家〔上〕 (NHKブックス)

「明治」という国家〔上〕 (NHKブックス)

「明治」という国家〔下〕 (NHKブックス)

「明治」という国家〔下〕 (NHKブックス)

そんな時代を、
二人のフィクションの英雄を縦横に動かすというルールの制約を受けながらも書き込んだところに、こういうパスティッシュ、二次創作の可能性というのを感じた次第であります。

(了)