INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

日本で3日、赤報隊25年。オランダで6日、フォルタイン党首暗殺10年。このふたつ、繋がるか繋がらないか。

ウィキペディアの「赤報隊事件」

赤報隊事件(せきほうたいじけん)とは1987年から1990年にかけて朝日新聞社支局などに対して起きたテロ事件である。指定番号から「警察庁広域重要指定116号事件」とも呼ばれる。未解決事件。
 

朝日新聞阪神支局襲撃事件

1987年5月3日の憲法記念日、午後8時15分、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に、散弾銃を持った男が侵入。2階編集室にいた29歳記者と42歳記者に向け発砲。29歳記者が翌5月4日に死亡[11](殉職により記者のまま次長待遇昇格)、42歳記者は右手の小指と薬指を失う。

ウィキペディアの「ピム・フォルタイン」

2002年以降は、オランダ国内で論争を巻き起こす発言を連発した。
イスラム教は時代遅れの宗教だ。イスラム教はゲイやレズビアンを受け入れない」と発言。
オランダが寛容の精神を重視している事をゲイである彼は誇りに思っていたともされる。その為、彼は他の政党からはポピュリストや極右というレッテルを貼られたが、本人も親族もそれを否認している。習合思想の一種と呼ばれる事もある。
 
2002年2月11日には政党ピム・フォルタイン党(w:Lijst Pim Fortuyn)を設立し、(略)同年3月ロッテルダム地方選では得票率35%を獲得。しかし国政選挙直前の2002年5月6日、ヒルバーサムの国営テレビ番組出演後、駐車場で動物愛護団体に所属する青年に射殺された。オランダ社会は騒動となり、5月15日を予定していた選挙は延期された。オランダにおける政治的暗殺事件は、1584年のヴィレム1世暗殺事件、17世紀後半のデ・ヴィット兄弟暗殺事件以来であった。

後者は、動機不明ではあるが、それを言ったら前者も「犯行声明は動機の偽装かも」という論議も成り立つ。動機はともあれ、また両方が同じカテゴリーに属するか?の議論のひとまず前に故人の冥福を祈り、…そして再び考えたい。