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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

朝鮮学校生徒に、金正日死去の感想を取材することの可否、そしてその理由付けについて

最近の、はてなホットエントリのひとつです。
金正日総書記の死と恥
http://d.hatena.ne.jp/fut573/20111219/1324304454
ここから、同ブログの引用するツイートを孫引きさせてもらう。

h_hyonee そろそろ下校時間、各地の朝鮮学校に張りついて子どものコメント取ろうとしてる記者は恥を知れ。 link

h_hyonee 友人の子どもが学校まわりでうるさい記者に頭に来て泣きながら帰ってきたそうです。RT @miiin3: 恥が何なのかも知らないかと… RT @h_hyonee: そろそろ下校時間、各地の朝鮮学校に張りついて子どものコメント取ろうとしてる記者は恥を知れ。 link

jejudog85 金正日総書記死去のニュースを受け、朝鮮学校の先生や保護者の方々が「学校や子どもに何か危害が加えられませんように」となぜ神経をすり減らさないといけないか、これがどれ程異様なことかわかりますか。故人のことを考える間もなく朝鮮半島をめぐる政治的な不安にかられるのがどれ程おかしなことか。 link

motogao 朝鮮学校が日本という国家そのものから差別され弾圧され続けたこの二年間の間の学生の気持ちには全く無関心だったくせに、金正日総書記が死んだ途端にこぞってコメントを取りにいく日本のマスコミを心の底から軽蔑する。今この瞬間お前らほどゲスな存在はいない。 link

BeneVerba 金正日死去ですかさず朝鮮学校のコメントをとるメディアの神経を疑う。昭和天皇の死去に際して、自分たちがどういう対応を取っていたか思い出して見ろ。 lin

実はこの直後、このツイートのいくつかに対して、自分はリプライいりでツイートしている。
あそこに採録されてないのは、もちろんリツイートとかされてないのでまったく目立たないからだ(笑)。

140字に切り詰めたので、できればもっと長文で補足したいけど、それはあとにして誤字・てにおは修正と括弧と※の注釈のみのみで。

gryphonjapan
いや記憶している限り、(※昭和天皇崩御した年の)89年はカナダかどこかの日本人学校に普通に取材あり、普通に生徒答えてましたよ?翻訳記事ありましたから。しかし(続く)"@BeneVerba: 金正日死去ですかさず朝鮮学校のコメントとるメディアの神経を疑う。昭和天皇の死去に際して、

gryphonjapan
しかし朝鮮学校生に配慮を、という理由もわかります。それは、「その国の学校にその国の重要人物の死の感想を聞く」だけに留まるには、余りにも同校は総連、そして金体制と一体化し過ぎているから。余りにも一体の存在だからこそ、生徒たちには配慮しなければ "@BeneVerba:

gryphonjapan
なぜ朝鮮学校の生徒には、(カナダのメディアが日本人学校昭和天皇の死の感想を聞いたような)取材は配慮を、と@h_hyonee @@miiin3 さんらが言うのかも、前記の「余りの学校、総連と現体制の一体さ」ゆえだと考えると分かりやすいかと。


骨子自体はだいたい、言い尽くしているな。だがやはり140字やはてなブックマークの100字では足りません。
展開して再論しよう。
こちらもにぎわっている、上記「情報の海の漂流者」ブクマの自分のコメントを。

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/fut573/20111219/1324304454

gryphon
取材を控えるべき理由は違うロジックと思う/沖縄高校生に基地への意見取材/朝鮮学校生にW杯予選の感想取材/など別のシチュでは如何。/ツイート主にもリプライしたが昭和天皇時カナダで普通に日本学校へ取材有と記憶。

100字に無理やり詰め込んだ感じありあり(笑)
もっと書きたかった太字部分を検証しよう。

【ア】またも発生した基地駐留米兵による、酒気帯びひき逃げ事件に、沖縄各地で怒りの声が相次いだ。会社員・植川幸治さん(47)は「沖縄はまだアメリカが占領中だ、とでも思っているのだろうか」と語気を強めた。那覇夏風高校2年の田中一子さん(17)は「安心して暮らせる、登校できる環境がほしい。本当に基地で平和が守られているのか。ここではそんな実感はまったく持てない」と不安を訴えた。

【イ】日朝両チームの激戦にファンも興奮。サポーターとして会場観戦してきたという東京の自営業・千田時政さん(38)は「今回は引き分けでいい試合。とはいえ、もっと積極的にシュートを狙ってほしかった」とやや結果には不満。福井朝鮮高級学校のサッカー部でキーパーをしているという安良哲君(18)はチームメイトらと部室のテレビで観戦したという。「どちらも頑張って、すごい試合になった。日本が後半になって運動量がやや落ちたこと、共和国が先手先手を取っていたことが大きかったのでは。このあとも、どっちも頑張ってほしい」と笑顔で話していた。

以上、架空記事の架空のコメントである(笑)まあ、ただ本気で探せばこういうのに類する記事を見つけることはできそうだな。
それはともかく、そういう架空記事を書いたのはわけがある。今回、金日成死去に関して生徒の取材をしたことに対して批判的な人のスタンスは、たとえば上記【ア】【イ】のようなものも含めて、学校に通っている子供(未成年全体?)に社会問題での?感想・コメントを聞くことを問題視しているのか、そうでないのか。このへんは明確にしないと、分かるものも分からない。id:fut573さん本人のスタンスも、率直にいうと読んでもわからんかった。

子供(未成年)に政治的なことに関わらせるな、という議論

「子供」いうても小学生から高校生まで幅広いので一概には言えないけど、ひとつのスタンスとしてあるわな。
子供の意見はまだ未成熟で、不確定で、知識も経験も不足しており、周囲の親や教師の影響を受けやすい。だから、そのひとたちの政治的意見はまだ成年と同等に扱われるに値しない〜〜という観点から、未成年にはそもそも選挙の投票権がない。(もちろんその一方で、児童の権利条約では12条〜15条などで、さまざまな「表現の自由」「良心の自由」などを認めている。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/zenbun.html )
その成れの果てが、とんがり帽子を老人に被せて腕をねじり上げる紅衛兵だと思えば、それにもある種の理がある。
これを「仮説1」とするが、こういう意味で「朝鮮学校の生徒に、金正日死亡の感想を尋ねてはいけない」ということならば、それはそれで納得がいく。ツイート主、ブログ主の見解は分からないが、少なくともブクマでは、このロジックから取材を否定していると思しき人は発見できる。
ただ、その適用範囲は広がる。


2010年2月、東京新聞の記者は東京朝鮮中高級学校をルポした。
http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20100228

高級部一年の?彰秀(チョウチャンス)君(一六)は「最初に聞いた時は、無償化すれば少し楽になるねって母親と話した。後から除外って、それはないんじゃないかって思った。悲しみもあります」と話した。「拉致問題では北朝鮮も悪いことをしたと思いますが、歴史的経緯があって僕たちはここにいるのだから除外しないでほしい」

この記者も、もし上記の仮説1によって今回「恥を知れ」ということになったのなら、まったく同様の理屈で「恥を知れ」だ。いや記事の内容についてはhttp://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100424/p3などに書いていて「70年代の北京ルポみたい(笑)」と感じたわけだが、それはそれとして、いくら学校側のOKが出て案内されたたぐいの取材であっても、こどもに政治的なアレコレを聞くなよ、となる。仮説1なら。


http://tamutamu2011.kuronowish.com/heiwanasimawokaesite.htm

私はごく普通の高校3年生です。
たいした言(こと)は言えないと思いますが、ただ思ったことを話します。
(略)
 きょう、普天間高校の生徒会は、バスの無料券を印刷して全生徒に配り、「みんなで行こう。考えよう」と、大会への参加を呼び掛けました。浦添高校の生徒会でも同じことが行われたそうです。
 そして、今ここにたくさんの高校生や大学生の人が集まっています。若い世代もこの問題について真剣に考えはじめているのです 。
(略)
私は戦争が嫌いです。
だから、人を殺すための道具が自分の周りにあるのも嫌です。
次の世代を担う、私たち高校生や大学生、若者の一人ひとりが本当に嫌だと思うことを口に出して、行動していくことが大事だと思います。
(略)
私たちに静かな沖縄を返してください。
軍隊のない、悲劇のない、平和な島を返してください 。

これは如何。
「彼女は100%自発的に、趣旨に賛同して自主的に意見を表明したのだから問題ない」との反論があるだろうか。
しかし、県民総決起集会の代表挨拶に、だれを選んで語ってもらうのかは大人が決めることだ(というか、そうでなくちゃいけない)。そこで、まだ当時、未成年の彼女に代表して意見を語ってもらう場を設けたのだ。それは是か非か。
もし是なら、金正日逝去に対して、朝鮮学校生にコメントを求めるのも特に非ではなかろう。
メディアを通じて、感じた何かを語りたい、世界に伝えたいと思う生徒もいるだろうし、それはマイクを、メモを手に、コメントを求められたときに語りたい人は語り、語りたくない人は語らなきゃいい。
「しつこかった、うるさかった」…、というのはすべて取材の「HOW」の話で、取材の可否ではないことにも注目。
 
そういえば上記ブログでは、東日本大震災を受けてデモを中止した人の話が載っているが、
そも、その時々を記録することをなりわいとする人が、同じように振舞ったらそれはコメディだ。
「黙祷の時間、カメラマンも黙祷していたのでこのときの映像はありません」って滑稽なわけでね。「ある国の重要人物が亡くなったとき、わが社はそれを深く悼んで『どう感じますか?』とだれにも尋ねませんでした」なんてのはほんとありえないわけで。

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しかし、そこには或る「限定」も存在すると考える。それは次で後述…


かといって「加害者の親族」などには配慮したほうがいい。その延長か?

心に傷を抱えた刑事と殺人犯の妹となった少女を通して描かれる、衝撃の社会派ヒューマンムービー!
(略)…『踊る大捜査線』シリース゛の脚本を手掛けてきた君塚良一。君塚が同シリース゛で警察取材を行う中で容疑者家族の保護に関心を持ち、ト゛ラマがスタートした97年から約10年間構想をあたためてきた企画。…第32回モントリオール世界映画祭コンヘ゜ティション部門に出品され、「容疑者家族の保護」という題材への挑戦と心に響くト゛ラマ性が高く評価され、見事<最優秀脚本賞>を受賞!エント゛ロールでは会場を埋め尽くす観客から盛大な拍手が沸き起こった。

ちなみにこの映画、ぜんぜんおもろないです。

犯罪加害者に喩えるのに不愉快、という人もいるだろうが、まあ我慢してつかあさい。
ある社会的大事件に対して「街の声」「関係者の声」を集めるというのは一般的ですよね。これはこれで後日、貴重な資料となったりするわけで、否定できない。しかしそれが過度になると「メディアスクラム」が生まれる。だからこれを防ぐために、或る程度の取り決めや遠慮が出てくるわけです。これも結局は「HOW」の範疇ですが。

ただ、上のツイートにもあったように、自分の記憶では昭和天皇(彼だって人、国によっては戦争犯罪者だ悪の象徴だと金正日以上に論評された)が激動の人生に終止符を打った1989年1月、カナダかどこかのメディアは普通に、同国内の日本人学校を取材し、生徒がその取材に答えていた、と記憶している。外形的には朝鮮学校生が取材されるのと変わらない。


ちなみに「嫌がらせや脅迫があるから」もHOWに属する話で、それで取材はけしからん、とはならんね。丁寧で安心安全な取材をこころがけましょう、で。



だが。
ここでツイートの繰り返しなのだが、
つまりは、北朝鮮政府(朝鮮労働党政権、”金王朝”)と朝鮮総連朝鮮学校はあまりに一体化している。あまりに影響を受けている。
菅直人政権(談)】

朝鮮総連朝鮮学校の関係に関する政府答弁(平成22年)
答弁書第一一九号
内閣参質一七六第一一九号

  平成二十二年十一月三十日
内閣総理大臣 菅   直  人 
       参議院議長 西岡武夫 殿
参議院議員義家弘介君提出朝鮮学校に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
 
   参議院議員義家弘介君提出朝鮮学校に関する質問に対する答弁書
一から三までについて
 御指摘の国会答弁等で述べたとおり、朝鮮総聯は、朝鮮人学校と密接な関係にあり、同校の教育を重要視し、教育内容、人事及び財政に影響を及ぼしているものと認識している。


以下、推測を交える。
そして、金正日の死去に際し、政治的評価としては非常に批判的な報道がなされるであろう(なされて当然であろう)、と上にツイートやブログ、ブクマコメントを書いた人の多くは、予測したのではないか。その否定的な評価は、かの全体主義体制と一体化した朝鮮総連朝鮮学校(という”組織””体制”およびそれの”上層部指導者”)にもなされるであろうと予測したのではないか。
 
そして、ただ通学しているだけで、それに対して責任を負う立場にはもとより無い生徒学生たちが、そういう組織体制への批判的評価のとばっちりを受けないようにすることの一環として、

「ひとしなみに、朝鮮学校生徒への取材は避けるべきだ。コメントなどを求めるべきではない」という論にいたったのではないか。(仮説2)


上記映画のように、犯罪加害者の家族(映画ではまだ容疑者段階)に対し、その後の取材殺到などを予測し、それを避ける措置をほどこす・・・・そういうものだったと考えれば合点がいく。


というか、仮説1よりは仮説2のほうが、他の例と引き比べたとき、どう考えても矛盾点が少ないように思う。
もちろん「仮説1」も全否定されるのではなく、部分的には適用されるのでしょう。


まとめます。

■なぜ朝鮮学校生に、金日成国防委員長の死の感想を取材してはいけないか?(※昭和天皇の死の感想を、カナダの日本人学校生徒に聞けても)

(1)生徒は、まだ政治的意見を述べて、それが報道されるのには未成熟な、未成年だから。
 
(2)金正日はその独裁支配、抑圧体制によって否定的評価がなされる(であろう)人物で、朝鮮学校(という組織、団体、その指導者)は朝鮮総連を通じ、体制と一体化している面が大きいから。/(※逆に、もし単に南北コリアンが集って学ぶだけの、北体制や総連と無関係の学校であったなら、自由に聞けた。)
 
(3)学生個々人はまだ未成年で、その体制に責任を負う立場ではない。だが(2)の評価にのみ込まれるおそれがあるので、比喩的にいえば犯罪加害者、加害容疑者の家族に対し、取材者は取材の内容ではなく、接触自体に慎重さを要するのが最近の風潮。それに準じるような形で、朝鮮学校生徒に対しては接触自体に慎重さを要する。

この1〜3のコラボレートによって、「聞かないほうがいいんじゃないか」という今回の意見が生まれている、と考えるのだが、id:fut573さんとはどの部分が共通し、どの部分が違うのだろうか。


あ、ちなみにこれは「ほうがいいんじゃないか、had better」にとどまっています。そういう遠慮、自粛ををせずに、どんどんと接触を続け、最終的に了承を得たりして有益な情報をもたらした人もいるのだから。

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リビアカダフィが死亡したときの論調、および在日リビア人へのコメント取材

つい数ヶ月前の話なので、ネットでも、もしくは直接の紙面で調べられるだろう。時間が無いので、あとで調べたい。

これはコラムなのでまた別の話だが、当時紹介できなかったので。
編集手帳

10月22日付 読売新聞編集手帳

  墓碑銘には、その人の一生が凝縮されている。従わない者を次々と断頭台に送ったフランスの革命家、ロベスピエールに成り代わり、彼の墓碑銘を考えてやった人がいる◆〈すぎゆく人よ、わが死に涙をそそぐな/もし私が生きていれば、君は死ぬだろう――マクシミリアン・ド・ロベスピエールのための作者不明の墓碑銘〉(大修館書店『〈さようなら〉の事典』より)。古今東西、不満の声を容赦なく弾圧した暴君に応用できそうな墓碑銘である◆27歳でクーデターを指揮し、以来42年間にわたって憲法も議会もない国に君臨したリビアの元最高指導者ムアマル・カダフィ氏が、反カダフィ派に拘束されたのちに死亡した。(後略)

これは一人の死に対して敬意を書いた物言いか、政治的・軍事的権力者だった人間に対しての優れた風刺、論評か。



ちなみに自分は「金正日逝去」に際しては

こう書きました。一応再掲載しときます
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20111219/p1

(略)…先ずは1人の人間の死であるから、政治的評価や断罪とは別の部分で追悼し、その霊の平安を祈る。彼が無神論者であったのかどうかはともかく、これもまた「みなしの自由」の一種だ。

そして、政治的評価に入る。
生き残り術に長けた人物であると同時に、最悪の愚か者であった。…(後略)

毛沢東が死んだとき

あのとき、死者を悼むのとは別に、政治的評価には賞賛も批判も出たろう。その論評が歴史に耐えたかは、今は相当に明らかになっている。




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【夜に追記】関連?togetter紹介/生徒からコメント取る時「大人と相談」「教職員が指導・立会い」すべきか。

(1)タイトルの一字が誤字でした、すいません。いまは修正済み
 
 
(2)子供と意見表明、ってことでああ、あれがあった!!と思い出したのがこれ

■子連れデモと見えない敵と愚者の杖
http://togetter.com/li/68764

もっと関連が何本かあったような気がするが(原発関連デモなど)、「デモ 子連れ togetter」で検索して見つかった一本として。ここでの「子供」はベビーカーに乗る年齢。
こちらは特に、その是非に関しての議論はない。

■4/30渋谷代々木脱原発デモに子連れ参加してみた
http://togetter.com/li/130116

あ、関連がもうひとつあった

■デモに行くまでと、行った後に考えた事 by noiehoieさん
http://togetter.com/li/192480
『息子がデモについていきたがっている。俺は子供がデモに参加するのが嫌いなので、「ぜてー連れて行かない」って言い張ってるのだが、泣いてしがみついて、「一緒に行きたい」とせがみやがる。困ったもんだ。』


(3)この記事前半部分(【夜に追記】の前)を読んでいただき、エントリを書いていただいた。有難うございます。
この記事で、先方が考えている「問題点」がかなり具体的にわかります。
http://d.hatena.ne.jp/fut573/20111221/1324444180

通常学校を取材する場合教職員が立ち会う

殆どの生徒は保護者と一度も話し合ってない状態であった

日頃から取材を続けて交流があった記者が、子供の心が落ち着いた頃に改めて、先生立会の上で取材させてくださいと申し込み、学校側から許可を得た上で報道していたとしたら、これほどの批判は浴びなかった

子供の年齢にもよるが、「保護者と話し合う」「教職員が立ち会う」”ほうがいい”場合もあること、−−−特に精神面においては−−−、それは事実でしょう。

ただ、今回のこともまさにそうだし、一般論、他の例でもそれに該当する例はかなり広いと思うのですが・・・
「生徒への取材は、すべて教職員の立会いのもとで行うというルールなら、学校に都合の悪いこと、学校の方針に批判的な見解を持っている生徒はそれを発言しにくくなるのでは?」
ということです。
80〜90年代の「校則問題」や校門圧死事件、学力テスト問題、援助交際問題・・・・「教職員を間に挟まないで取材したからこそ本音が聞け、実態がわかった」という例はかなりあると思います。
そして朝鮮学校が「総聯と密接な関係にあり、教育内容、人事及び財政に影響を及ぼされている」(日本政府見解より。2010年)ものである以上……とくに教職員立会いのものとでは、仮に本当は北朝鮮政府や総連、または亡くなった金正日氏に批判的でも、そういうコメントが取れないのではないでしょうか?
2012年は日本の学校で武道が必修化されるのですが、たとえばそれについての批判的な感想や「危険な場面があったよ」という情報提供も、教職員がいては難しいのでは。
本当に今後、各種の問題に関して子供たちからコメントを取るときに「保護者」「教職員」などがかんでいないとあかん、となるなら、かなりの大きな影響を与えるでしょう。
 
上で引用した東京新聞のルポを、氏はこう評している。

内容的にも学校の監督下にある子供を許可を得た上で取材している

まったくそうだと思います。そして、そういう取材によって結果的に、いわゆるミニ版の

退屈な迷宮―「北朝鮮」とは何だったのか (新潮文庫)

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が生まれる危険性があるのではないでしょうか。
70年代に多くの取材者・知識人が中国へわたった。北朝鮮にわたった。そこで北京を見た。平壌を見た。
しかし、そこで「許可を得た」取材者に、語った人の言葉は。


とすると、教職員立会いや親との相談なしの声を直接聞こうという取材方法には、せいぜい悪く言っても「メリットもデメリットも両方ある」、ぐらいでは。
「だれかと話して考えをまとめる時間がない」状態での子供のコメント…これも「動揺せずちゃんと考えた意見がきけていい」ともいえるかもしれないですが「生の実感、そのときの素直な気持ちが消されている」とも言えるかと。

それに、ちょっと重箱の隅をつつきますが

高級部一年の?彰秀(チョウチャンス)君(一六)は「最初に聞いた時は、無償化すれば少し楽になるねって母親と話した。後から除外って、それはないんじゃないかって思った。悲しみもあります」と話した。「拉致問題では北朝鮮も悪いことをしたと思いますが、歴史的経緯があって僕たちはここにいるのだから除外しないでほしい」

で、氏は「母親と話した」ということを強調しておられますが、その前は「最初に聞いた時は」とありますよね。その後の展開に関して、母親と話したという記述は無い。というか、昔彼が母親と話したとしても、この日のルポは記者もさすがにアドリブでだれかを選んで話を聞こうとしたんじゃないですかね?だとしたらチョウ君はやっぱり「いきなり聞かれた」んじゃないかと思いますし。もし「この日、東京新聞の記者さんが来て、話を聞くからな。準備しておけ」てなものだったら…上にも書いたことの言い換えですが「よりよい準備ができた」と「お仕着せショーウインドー」は紙一重

さらに、あくまでも記事の文面から判断するなら「金民愛」さんは保護者と話し合って考えをまとめる時間があったという記述は無いようです。
それに「最初に聞いたとき(つまり、以前)に母親と対話した」ことで考えがまとまるなら、今回の生徒さんたちも「死去については突然なので何とも言えませんが、金正日という人に対しては以前オモニとこんな会話を…」という部分を語れたのでは。いままで一度も金正日について考えをまとめていないなら突然ということになりますが。
 
 
(4)あの当時はライブマンか。数シリーズ前のバイオマンでいったん頂点を極め、その後は下り坂になっていったというのが個人的な主張だが、まあこういうのは世代ごとの差がある。おまけにまったく関係がない(笑)。
 
で、ライブマンの中断がいやな思い出だから、
下校中の生徒へのコメント取材はよくない行為だ、
とそういう世代の人が感じるとしたら「それはあくまでもムード的、感覚的な感想で一般性も普遍性も、論理としての正否を問うものでもないですよね」というツッコミあると思います。


ちなみに個人的な感覚でいうと、自分はただの放送事故の「しばらくお待ちください」も含め、テレビのそういうハプニング性は大好きでした。当事者にとっては不謹慎だから具体的にはいいませんが、「大ニュースによる急な特番」の発生はどんなジャンルであってもどこかに”わくわく感”が生まれ、だからどんなお気に入りの番組が吹っ飛ぼうとも気にしなかった覚えがあります。もちろん一般性もないし、敷衍もできない話です。
 
 
(5)

そういう人達にとって偉い人の死が子供の日常生活(下校)を乱すことを許さないというのは、原点であり他人ごとではない

「ちょっとコメントいいですか?」は確かに非日常っちゃ非日常ですが、それって「コメントを取る人は恥を知れ」となるほどのものでしょうか。それに「全然興味ないですねー。うちらニュースとかあんまり見ないし、偉い人のことはよく知りません」とかるーく答えて、「ウソこれ、テレビに出るの?マジ?メールしなきゃ!!」っていうってのも、「日常」といえば日常では。