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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

鈴木宗男の有罪確定、収監へ

どこかのtwitterで見たネタ。

鈴木宗男(ムショ属)

それはネタなのでどうでもいいんだけど、以前も書いたように、鈴木宗男佐藤優という奇才を配下に持っていたおかげで、最後の最後まで、そして今でも稀有の”政治的生存”をし得た。自民党を離党したあと、政治的には独特の嗅覚で、徹底的にリベラリズムに迎合(ホンネだとは全く思わない)したことも大きな要因だろうけど、結局何よりも佐藤優の書いた迫力あるノンフィクションによって、読書人が多数を占める「物語」の世界で勝利したことが、生き残りの要因なのでしょう。
「実際の政治で負けても、物語の中で勝つ」ということの重要性を、あとであらためて考えてみたいと思うのでした。
プラス。
今回は裁判・司法の世界では、異議申し立てが終われば完全決着なのですけど、結局在野の人たちは「それでも司法の判断が間違っている。彼は無罪だと思う」というのは当然自由に言えるのですね。
逆に、無罪判決が出た人や不起訴になった人に対しても「それでも司法の判断は間違っている。彼は有罪(起訴されるべきだ)と思う」という主張は、第三者の論評としては在り得るのですね。
 
「検察が不起訴の判断をした以上、彼には疑惑が無い」という論法をあんまり言ってると「有罪が三審で確定した以上、彼は罪を犯したのは確実」なんてことにもなっちゃわないかしら。


【コメント欄がワンテーマ(正確には2テーマ)に関してえらく長くなり、他のテーマで連続で読む人の利便の妨げになること、検索で探せる利便性の向上を狙って本文に移動した】

トロピカル 2010/09/09 10:10
や、
「ほんとは無罪のムネオを有罪にする力を司法権力は持ってるのに、その司法でさえ小沢を起訴できないんだから、小沢は完全に無罪」
って論法でしょ。

推定無罪の原則である以上、
「無罪」と「有罪」は対照性は持ち得ず、
グリフォンさんが言うよーな論理的逆転も出来ない。
( ´∀`) 2010/09/09 15:34
ウルトラマンエースの主題歌に「銀河連邦、遥かに超えて〜」ってのがあるけど、この銀河連邦ってのは、ミラーマン、ファイアーマン、ジャンボーグAなど円谷ヒーローをウルトラマンシリーズに出す為のヒーローの連邦って設定だったモナよ。結局、エースが商業的に失敗したんで、この企画も企画だけで終わったけどモナ
gryphon 2010/09/09 20:03
>推定無罪の原則である以上、「無罪」と「有罪」は対照性は
そーゆー議論をまれに聞きますが、まず原則でいうと推定無罪は「”司法手続きにおいて”推定無罪」なんすよ。そして、そもこのエントリの例とした鈴木宗男は確定した(する)わけだから推定無罪の適用で論を組み立てるとかばえない訳で。
するとやはり「報道・論評・評論の場では、裁判の判決と正反対を主張してもいい」という形を取るしかないんでね。プラス「政治家の政治的責任に対しては、推定無罪よりさらに厳しく追及可能」という議論もあって、米大統領の予備選で多くの候補が討ち死にするのも、みんな忘れてるけど(笑)自民党一党支配時に中曽根や竹下まで離党に追い込まれたのもその議論でじゃ無かったかな。もちろん「逮捕に至らなかったが、XX(中曽根、竹下、岸など)はカネをもらった筈だ」という論評も普通に存在しますし。
>司法でさえ小沢を起訴できない・・・小沢は完全に無罪
小沢支持者が検察の陰謀を前提にそのロジックを語ればまぁ一貫してるけど、逆にそういう陰謀説を肯定した上で小沢批判者も「検察は陰謀で動く。だから小沢は、本来起訴可能なのに検察(上層部)が裏取引して不起訴にしたんだ」と言えるんですよね。というかそういう議論が昨年実際ありました。

s_tropical 2010/09/10 00:12
>〜〜なんてことにもなっちゃわないかしら。

ってグリフォンさんが言うから、

「そんなことないよ、『小沢もムネオも無罪&司法権力は信用できない』とゆー立場の人なら、こーゆー論法を使うでしょ。」
とゆーだけで。


グリフォンさんは
「〜と言える」「〜と主張してもよい」「〜という議論もあって」
とかいろいろたくさん挙げてるけど、
そんなもん、誰でもいくらでもなんとでも言っていいわけで。
疑うのも自由だし、責任を追求するのも自由。
ただ、じゃ立場が対立する両者の言い分が対立したときに、立証責任はどっちにあるのか、とゆーことくらいはちゃんと認識しておかないと、
どーにもならんだろうと。

「小沢が裏取引して不起訴にした」
って言うのは自由だけど、
それは「裏取引があった」と主張する側が、あったことを証明しなけりゃいけなくて。
「ない」という立場が「ない」ことを証明することは、基本できないんだから。
gryphon 2010/09/10 05:56
それ、「ある」の置き方で言い方代わってくるだけでス。
つまり今回のムネオ有罪確定に関しても、そもそも小沢が捜査対象になったことも「検察の陰謀」が”ある”と無罪派が証明しているのか、ちゅー話になるのデスヨ? (単に「この証拠では有罪とは思わない」という主張とは別に)
gryphon 2010/09/10 06:08
なぜ頂いたコメントや、一部言論が混乱してるかとゆーと、
>「立場が対立する両者の言い分が対立」
の”対立点”を「有罪/無罪」に置いているからで、本来この対立点は「司法の判断が出たら全面的に受け入れる/受け入れない」になるべきなんです
「どの裁判所もそう判断した以上、ムネオは犯罪者なんでしょう」。「検察が捜査の上不起訴とした以上、小沢さんは無実、マッシロなんでしょう」/その反対の「司法はムネオを有罪と判断したが…」「検察は小沢を不起訴としたが…」

同一の論者がこれに沿って言ってくれればすっきりするのだが、そこは政治状況に合わせて「ねじれ」が出たと。

s_tropical 2010/09/10 09:19
>本来この対立点は「司法の判断が出たら全面的に受け入れる/受け入れない」になるべきなんです

それは、グリフォンさんに都合のいい設定に過ぎなくて、
相手がとってる設定の主点はそこにはないんだから、しょーがないでしょ。

Aが「お前がやっただろ」と言い、
Bが「私はやってない」と言う。
この場合、基本的に立証責任があるのは「お前がやっただろ」と主張するAの側
Bの側に「説明責任」を求めるのは、(いわゆる悪魔の証明に近いので)そもそも無理な話。
だから推定無罪の原則なわけで。
で、Aが挙げる証拠とBの反論を、中立のCの立場の人間が吟味して判断すると。

ムネオなり、小沢なりの立場の人間はそもそも、
「AとCがくっついてる」と主張してるわけだから、
そんな人に「Cの判断は受け入れる」という対立点になるべきなんです
とか言ったって、そんなの通用するわけないじゃん。
gryphon 2010/09/10 20:37
価値判断の問題にまで到達したようなので、特にこの先は言うこともない(というか繰り返しとなる)けど、
>基本的に立証責任・・・
に関して「それ”司法手続き”内の話っしょ?議員・政治家への報道、論評、評論は別と違う?(米国大統領予備選や中曽根・竹下批判等を見よ)」という話は上で既に書いたのでそれを参照。
で、それは別にして「AとCがくっついてる」とゆーなら、無罪論者は単なる無罪主張ではなく、そこで検察の陰謀・腐敗、権力犯罪の追及側になるんだからその証明はいいの?と。
プラス、A-Cコネクション(バンドみたい)で信用できないという論者なら、当の当事者小沢氏が「検察が捜査して不起訴と判断した(から俺のシロは信用できる)」という論法は、明らかにCの権威を認めた上でのものと受け取られるのでブーイングを飛ばすべきちゃう?と。(実際、郷原氏はかなり怒ってた)
「違う、CはAと癒着して陥れようと一生懸命だが、それでもなお不起訴になるほど俺は潔白なんだ・・・という意味だ」とゆーなら、それを街頭演説や会見で堂々と言ってもらいたいデス。意外に、それぐらい反司法を打ち出したほうが反応いいかもしれないし。

そういえば「確定しましたが、それでもなおムネオは無実だと思いますか?」この質問を菅・小沢両氏に今だれか聞いてもらえないかな。その両者の答えと、支持層およびアンチの反応は予想がつかず、興味深い。

s_tropical 2010/09/11 00:06
>「AとCがくっついてる」とゆーなら、無罪論者は単なる無罪主張ではなく、
>そこで検察の陰謀・腐敗、権力犯罪の追及側になるんだからその証明はいいの?と。

その証明の妥当性の判断は、誰がやるの?
Dがいればいいけど、いないでしょ?
プラス、
Aが持っている捜査権とかいった力を、Bは持っていないわけでさ。
だから、「AとBは対称じゃない。そんなに簡単に交換可能なもんじゃないよ」と、
僕は最初から言ってるわけで。
s_tropical 2010/09/11 00:22
>基本的に立証責任・・・
>に関して「それ”司法手続き”内の話っしょ?議員・政治家への報道、論評、評論は別と違う?(米国大統領予備選や中曽根・竹下批判等を見よ)」
>という話は上で既に書いたのでそれを参照。

もちろん、報道・論評・評論が、
司法が出した結論にしばられず、それより深く踏み込んで追及することは、ありですよ。
(そのいっぽう、司法の場で有罪判決が出ているにも関わらず、選挙を通って当選したら政治の場で活動することもあるわけで。)

ただ、司法の場が、報道の場に移ったとしても
「やってない人間が、『自分はやってない』とゆーことを証明することは、基本いわゆる悪魔の証明になるから困難」
とゆー事情は変わらないわけで。
やってないと主張する人間に「説明責任」をひたすら求めることの不毛さくらいは、共有されてしかるべきだとは思うけれど。
gryphon 2010/09/11 01:03
>その証明の妥当性の判断は、誰がやるの?
そー、実際問題この種の議論は「無罪なのに陰謀で…」も「有罪なのに裏取引で…」も言いっぱなしでしょ。(広い意味の)陰謀論だからそういう限界が出るのですね。
>やってないと主張する人間に「説明責任」をひたすら求めることの不毛さ
やってないと主張し、「そして自ら選挙に出馬し議員や総理になろうとしない人間に」と付け加えたいですね。
1999年でしたか、米大統領予備選の時
質問者「ブッシュ候補に聞きます。パキスタンの指導者名は?インド首相は?台湾の総統はご存知ですか?」
ブッシュ「……君だってメキシコの副大統領の名前は知らないだろ?」
質問者「はい、そうです。でも私は大統領選に出馬しません」
s_tropical 2010/09/11 02:33
>〜そういう限界が出るのですね。

だから、そーゆー限界があるんだから非対称だっつってんじゃん。
そーゆー非対称な現実があるのに、

>「どの裁判所もそう判断した以上、ムネオは犯罪者なんでしょう」。「検察が捜査の上不起訴とした以上、小沢さんは無実、マッシロなんでしょう」
>/その反対の「司法はムネオを有罪と判断したが…」「検察は小沢を不起訴としたが…」

って対称的な論理立てしか認めないのは、矛盾してるって、
ずっと言っている。
s_tropical 2010/09/11 02:37
>やってないと主張し、「そして自ら選挙に出馬し議員や総理になろうとしない人間に」と付け加えたいですね。

別に付け加えようがどうしようが、
「やってない」人間が、自分で「やってない」とゆーことを証明することは、基本できないんだよ。
そもそも出来ないことを相手に求めといて、
「お前、出来ないから資格なし」って、
どんな論理だろと。
gryphon 2010/09/11 02:44
じゃ、ないのよ。
陰謀論による言いぱなしOKなら、ユーザイ派だって「不起訴は裏取引のためだ!」といいぱなしに出来るという点では対称になると(言論面の話よ)。
/捜査側は捜査権がある、という法手続きの面でなら、そも刑事裁判の決まりとしては仮に有罪主張が無罪主張より信憑性がかなり高くとも「合理的な疑いの残らない」までの立証を求められるという、例えば民事と比べての非対称性もあるわけです。その非対称性は刑事裁判の法手続きとしては十分合理的です。ただ、それはそれだけの話。
OJシンプソン裁判か、刑事と民事でそういう違いが出たのは。
gryphon 2010/09/11 02:54
>「やってない」人間が、自分で「やってない」とゆーことを証明することは、基本できない
アメリカで長年、大統領の有力候補だったエドワード・ケネディは「チャパキディック事件」というスキャンダルに巻き込まれました。(詳細はどこかで見て。アメリカ版・押尾学事件って感じですかね) 結果的には執行猶予付きの微罪のみという決着でしたが、テディはもっと大きな罪状や不倫の背景などがあったのでは?という疑惑をずっと掛けられ、説得力ある説明もできず大統領になれずじまい。
法的には「悪魔の証明をさせられて気の毒」という人もいるでしょうが「そんな不透明さがつきまとう以上、やはり彼が批判され続け、大統領になれなかったのは仕方ない」というのにも説得力はあるのでは。
s_tropical 2010/09/11 14:13
別に「言論面の話」で対称になったとしても、
それこそ「ただ、それはそれだけの話」でしょ。

現実にはムネオも小沢も刑事事件であって、
それは非対称な手続きで行われるんだから、その非対称な場の場の中で、
「ほんとは無罪のムネオを有罪にする力を司法権力は持ってるのに、その司法でさえ小沢を起訴できないんだから、小沢は完全に無罪」
って論法を提示したとして、
それを否定する根拠は無いわけで。


で、
いっぽうで現実のアメリカの大統領選の一例を持ち出してるけど、
んなの、
「そんな不透明さがつきまとう以上〜仕方ない」
って人間の数がその時点で多かった、ってだけで、
逆に「悪魔の証明をさせられて気の毒」って人が多かったら、
選挙で選ばれて大統領にでもなれただろう。
2審まで有罪判決出てても選挙で選ばれて国会議員になったケースもあるんだし、
どっちが正しいとかどっちが説得力あるとか、そーゆー問題ではない。
その時点での国民とか有権者の意識によって、いくらでも変わるもので。

でも、「疑惑をずっと掛けられ、説得力ある説明もできず〜」
ってのについて「やってない人間は、疑惑をかけられたところで、やってないとゆーことを証明できない」
とゆーことは、いつでもどこでも変わりなく存在する1つの真理なわけで。
gryphon 2010/09/11 20:27
「だから<法手続きの範囲で>保護される」とつづく。
gryphon 2010/09/11 20:47
んで、おっしゃる選挙ニヒリズムは全く正しく、選挙なんてものは公民権停止を伴わない限りは真っ黒疑惑者、グレー者、無実のリチャードキンブル、逮捕は陰謀と唱える陰謀論者、開き直って犯罪何悪い、と言い出すもの…だれであろうと票を集めて多数派になればそれは勝利。選挙の正義は他の正義とは別に存在する。

同時にあんたチャパキディックどーしたの?と言われ続けたり、政治とカネの説明責任を果たしてない、と言われ続けて敗者になれば、それはそれで選挙の中ではそーゆーこともあるね、これもまた選挙。s_tropical のいう、そーゆーさばけた選挙ニヒリズムはありえます
s_tropical 2010/09/12 10:12
別に「ニヒリズム」じゃねーし。
世の中にいろんな人がいて、いろんな考えの人がいて、その中で何がしかを採用する必要があるんだったら、
選挙なりナンなりの手段で選ぶのは当然のことで。
それによって、また別の考えが採用されないことに虚無を感じるんだったら、
例えば判決なんて「法律的ニヒリズム」に過ぎないし、
ブログで自分の考えを言い放ったあげく、他の考えを「価値判断」で済ませて終わりにするんだったら、それは「ブログ的ニヒリズム」に過ぎないだろ。
他の考え方をする人と、どーやってつきあってゆくが、が全ての問題なんだから。
gryphon 2010/09/13 07:41
価値判断の部分は価値判断とした上で、データや例を出して議論できる部分は議論しているつもりですが・・・「ニヒリズム」にご不満ならゼロ年代らしく「選挙決断主義」とでも呼びますかね。

あ、ゼロ年代すぎてた。