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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「9.11コーラン焼却集会」秒読み。ニューズウィークの論評に見る限界

■「コーラン焼却」集会も言論の自由
http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2010/09/post-1591.php

ここ数週間、アフガニスタンの首都カブールにはピリピリしたムードが漂っている。9月6日、市内のあちこちでデモが発生、道路が占拠された。インターネットにアクセスできるアフガニスタン人たちが、あのニュースを広めているのだ。

 彼らの怒りに触れたのは、米フロリダ州ゲーンズビルのキリスト教会ダブ・ワールド・アウトリーチ・センターのテリー・ジョーンズ牧師。ジョーンズはアメリカで同時多発テロが起きた9月11日に、犠牲者を偲んでイスラム教の聖典コーランを燃やす集会に参加するよう呼び掛けている。

 この話がアフガニスタンに届くのに、そう時間はかからなかった。カブールの路上には、イスラム教への敵意丸出しのジョーンズを描いた風刺写真が散乱している…

この続報です。
■「コーランを焼こう」という催しがアメリカで企画。自由とは、寛容とは。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100802#p2
この話、さすが狂信者がプランを立てていることもあって、なあなあの寝技で収めることはできず、いくところまでいっちゃいそうな雰囲気。アメリカという「国全体が丸ごと思考実験」的なところではこういうことも在り得る。

NW誌面記事では、集会企画者ジョーンズ氏がブログに書いた「コーランを燃やすべき10の理由」と題する議論に対して反駁している文章があるのだが、これを読むとジョーンズの妄想・狂信っぷりがよく分かる。普通の議論なら、圧勝である。・・・…だが……これを「信仰」とみなすばあい、その信仰は「はぁ、それがあんたの信仰なんですね」と言えばそれ以上、それを崩すことができない部分があるのもまた事実なのである。


これは、前も書いたけどキモになる部分なので再度述べる。

『「他人にXXをさせない」は、「自分はXXをする」よりハードルが高いのが原則。』

上をもじっていえば、ジョーンズは「コーランを燃やすべき10の理由」を書き、それに対して記者は事実関係の上では論駁できた。
しかし「コーラン焼却集会を(強制的に)やめさせるべき理由」は、おそらくは”0”なのである(やるべきではない、と外から言うのは自由)。

……私は「市民の自由」の擁護者だ。だからアメリカをアメリカたらしめている自由の精神を押さえつけようとは夢にも思わない。そんな私が、この1カ月は無我夢中で友人の弁護士たちに訴え続けた。誰か頼むから何とかして、ジョーンズと彼の信奉者たちを止めてくれないかと。

「この国では憎悪に満ちた発言は禁止されていないのか」と嘆く私に、弁護士の友人はアメリカはカナダではないと言った。もしナチスや白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)がデモを行えるのなら、ジョーンズにも「イスラムは悪魔」と書かれたTシャツやマグカップを売る権利がある。「イスラムは悪魔」は、彼のお気に入りのフレーズだ。

 憎悪に満ちた発言を禁止できるのは、それが大きな犠牲につながる切迫した危険を伴っていると、確かな根拠を示せるときだけだ。

しかし、これが実際に行われたら、中東で、アジアで、ヨーロッパでイスラム圏の世論は沸騰し、流血沙汰が発生する可能性は限りなく高い。大げさにいうと−けっして肯定しないが−この牧師を不当逮捕するなり、非合法に拉致監禁でもして闇に葬ってしまえばその流血の自体は収束する可能性もある。
だが、そういうわけにはいかないのである。
そしてそれは「ザ・コーヴ」の上映などにも通じる、とは以前述べた通り。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100826#p4

原理原則から考えると守られるべきだが、
実務的には衝突と大被害必至の事例。
土壇場での回避はあるのか。