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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

【書評】古谷三敏「ボクの手塚治虫せんせい」~手塚治虫は「必ず映画を見るんだぞ」と言ってアシに千円のお小遣いをあげたという話

この前、twitter上で、漫画家の古谷三敏さんは手塚治虫の初期のアシスタントであり、その回想記が最近本になったという話を見つけてここでも紹介しましたよね。

ボクの手塚治虫せんせい

ボクの手塚治虫せんせい

購入して読んでみました。
データ的にいうと、古谷氏は昭和34年から4年半ほど手塚のアシスタントをしており、当時の手塚は「魔神ガロン」や「キャプテンken」などを連載、アニメでは「ある街角の物語」などを製作したという。


手塚治虫のエピソードに関しては、
(1)藤子不二雄氏らが「まんが道」で描いた様な、やさしさと心配りにあふれた人格者
という像があり、それと同時に
(2)己に厳しい求道家にして、アイデアとそれを支える技術(作画の早さなど)を持つ超人像。
そして最近、ってわけではないけど、
(3)それでも殺人的な締め切りに追われて逃げたり言い訳したり、それでもなんとか間に合わせたりという、喜劇的な編集者との攻防などの「畸人伝」的な話。
そして
(4)とにかく貪欲で全ての漫画家に勝ってやるというライバル意識、嫉妬深さを持ち続け、あの大御所がそういうライバル意識を後輩に持つこと自体がギャグになっている面


なんかがよく描かれます。少なくとも自分はそういう面に注目します。そして今回のこの本、1-4がすべて網羅されていて大変楽しく読めました。

いわゆる「黒手塚」について

とくに竹熊健太郎氏がブログに書いたりして注目を浴びている、「漫画の神様と言うより漫画の魔王」とか「黒手塚」(※”黒手塚”は一時期の「ブラックで劇画的な作風」という意味で使われるのが本来のようですが、敢えて少し意味をずらします)と呼ばれる、ライバル心についてのエピソード。と同時に、(1)の「人格者」という面にも関わってくるからあれなんだが…
黒手塚については「漫棚通信
http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_77ce.html

「手塚伝説」の検索結果
を参照。


高校時代の藤子不二雄がわざわざ夜行列車で上京し会いに行ったように、漫画家の崇拝者も当時から多かった手塚治虫。この日も少女マンガ家がアポを取って面会するというので、その人の漫画を古谷さんに持ってこさせます。
「へたくそだね」
「ストーリーもなってないね」
とさんざんな手塚先生の寸評だったのですが、彼女と母親が会いに来ると一転、さっきまでぼろくそだった漫画の名を挙げて「なかなか面白かったね」とホメます。


これを「ええかっこしいの偽善者」と取るか「若手を褒めて伸ばすサービス精神とやさしさ」と取るか、それはいろいろでしょう。
ただ、わらっちゃうのはその少女漫画家が帰って、ハナシは終わったんだから「つまらん」と思った漫画なんかほうりなげりゃイイのに「どこがおもしろいの?」「わからんな」「うーんわかんねえな」と、わざわざ読み直しては悩んでいるという(爆笑)。これが(4)の「あまりのライバル意識がギャグになっている」というやつです(笑)。
さらにこんなシーンも。

この表紙に「X」と書かれているのは、その本のタイトルが「X」というわけではなく、「作者や書名はとても書けません」ということです(笑)。上の少女マンガ家も実名は書かれていない。


以前の”手塚物語”の楽しみも倍増

また、藤子や石森章太郎赤塚不二夫が書いた手塚の思い出話を、逆方向から照射するところもみどころ。

手塚・赤塚両氏が自作の本を手塚に送ったことは聞いたことがあったけど、それを手塚がアシスタントに見せて「君たちにこれほどの情熱があるのかっ!」とお説教した、なんて話はとても面白いし、引用した「悲愴」の話(※なぜかチャイコフスキーの「悲愴」が「ベートーベン」となっているが、発言したアシスタントか作者の勘違いだろうか…【追記】だが、コメント欄で「ベートーベンの『悲愴』もあるからそっちでいいんじゃ?」との指摘も頂きました。ここについては後日考察させていただきます)は、「まんが道」でも、満賀道雄が手塚の「ジャングル大帝」最終回の手伝いをするという、作品の中でもクライマックスのひとつとなっている場面で登場する。
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20081106

■『ジャングル大帝』:藤子A先生が『ジャングル大帝』の最終回を手伝ったエピソードを披露。「手伝いながら泣きました」

というか自分もラジオなどで「悲愴」がかかると、「ああジャングル大帝のね」と思っちゃう。当然漫画の画面からこの音楽は流れるはずもないのだが(笑)。というかジャングル大帝読んでない。
 
ああ、手塚先生は重要人物が死ぬときにはこれを流していたのか、という情報は、「まんが道」などの作品にも重層的な楽しみをもたらしてくれる。


ようやく本題。「映画をみろ」とアシにお小遣いをあげた話

表題にうたったのにようやく本題に入る。

手塚は月刊誌の仕事をすべて終えた月末、宝塚に帰宅。アシスタントには1週間の休みを与える。
で、休み前には1000円の「お小遣い」をアシに与えるのだが、この時は「かならず映画を見ること」という約束があったのだという。
この千円で、当時の娯楽の王様であった映画をみながらちょっぴりぜいたくを味わう、若き日の古谷三敏……そのうきうきした感じ、楽しそうな感じがこっちにも伝わってきて、まるで自分も昭和三十年代の東京の繁華街を楽しんでいるような気分になる。

もともと古谷氏、こういうのが得意だものね。食べ物もお酒も、決してリアルなタッチで描いているわけではないのにね。


当時の物価は、同書によると

ロードショウ 大人350円
レストランのランチ 120円
カレー、ハヤシライス、クジラカツ定食 50円
ラーメン 35円
トリスバーのハイボール 50円

だったそうな。ロードショー基準だと現在の物価は6倍、ラーメン基準だと20倍だな。

そこから古谷氏は、帰宅を一日遅らせて映画を見た手塚とばったり映画館で会った話や、映画の感想を語り合ってご満悦になったり、映画の一場面を漫画にこっそり引用したり(しかもそれを指摘されると嬉しい)する手塚の思い出を描いていく。ちなみにアシは休日明けには、映画の「感想文」を書くのもノルマだったという(笑)。


俺が言ってもなんだけど、今の売れっ子漫画家たちを並べて、これを見せながら「いま、キミたちはこうやってアシスタントを育てようという情熱があるのか!」と説教をかましたい気がする(笑)
いや、時代も変わり娯楽もライフスタイルも多種多様になった。センセイとアシスタントの関係も、むかしの徒弟制度の時代じゃあないし、休日にお小遣い渡して「必ずXXしなさい」なんていうのが本質的にいいのか悪いのかはよくわからない。
ただ「かつてこんな時代があり、こんな師弟関係があった
ということであります。

この回想記、雑誌の休刊で終了したとのこと。続編を熱望。

あとがきより

本書には、月刊「アクションZERO」に連載した9作品に描き下ろしの1作品を収めました。本来はもっと連載を続ける予定でしたが、雑誌が休刊しては、いかんともしがたいところです

各出版社へ。
「いかんともしがたい」と作者に言わせちゃいけませんよ。こういう作品が載っている雑誌が休刊したら、ハゲタカ外資よろしく乗り込んでいって「ウチで続きを!」と抑えなきゃ。
まあ私もこうやって本になるまで知らなかったんですから、大きいことはいえませんけど、コミックビームでも電撃大王でも、どんな場違いな雑誌に載せてもいいからさ。(文芸春秋とかそういう雑誌でも十分載せられる品のよさとノスタルジックな味わいだ)
あとがきで
古谷氏は

記憶違いや誤りは排除したつもりですが…70歳を超えた耄碌爺のやることだと笑ってご容赦くださればありがたい。

もう「昭和34年の手塚治虫」を直接知っている人は、そういう年代になっている。歴史への証言が、どこかの場で刻まれることを。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/622_14497.html

書洩(かきも)らしは? と歴史家が聞く。

 書洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ。