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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

日露戦争秘話「戦場の握手」(江藤淳の著書より)

ドラマ「坂の上の雲」は予定の第一部・全五回が終了した(DVD1枚に収まるのがありがたい)。
前に書いたときに期待していた「丁汝昌提督の壮烈な”戦死”」は残念ながらシーンとしては描写されず、一言せりふとして処理されただけだった。では、その補遺としてこの部分を…とやりたいところだが、ちょっとそのコピーを忘れた。実家には元本があるので、後日紹介しよう。

その代わりに、第二部か第三部かで描かれるであろう、旅順攻防戦の一こまである。

何年かあとに、当時の雑誌に出征兵士の回想記として掲載されたという。
”戦場の握手”と題されている。(かな表記とか読めない字は適当に直したり推測のまま書いたりもします)

           戦場の握手



12月2日もやがて正午にならうという時、我攻略頭に赤十字旗は掲げられて死体収容の意が示された。此処は敵塁を距る僅かに四五十米突に過ぎぬ。
大約二十分赤十字旗を振っていたらう、すると敵塁から一人の露兵が走り出て片言交じりの日本語で「死体取るよろしい、オロスキー撃たない」と叫んだ。担架卒はすぐに攻路を離れて敵塁下に前進した。
同時に彼は近づいて何事か頻りに話しかけて居る、こうなっては担架卒にのみ任せては置かれぬと思つて自分は急に攻路を駆け上がつて彼と談の口を切つた。


察するに彼は日本に居たのであらう、頗る得意の然れども頗る怪しい日本語で「ここ取るよろしい、あれ取るよろしい、アナタお話し、日兵(ニーベン)撃ついけません、アナタこれお話し、撃ついけない」と喋々する。
我右翼の歩哨はここに赤十字旗を立てたのが見えないので、ボツボツ射撃をして居る。それを止めて呉れといふのであると察して自分は敵塁下を横ぎりて右翼歩哨の位置に赴き其射撃中止を命じた。


まもなく敵の砲台内から二人三人づつ将校が出て来て次第に其数を増し十二三名となった。
彼の服装はまちまちで無腰の者もあるが帯剣の者もある。御丁寧にもピストル携帯の者も居る、自分は攻路を出る時に丸腰となって居たので非常に安心したらしく相共に握手して彼の日本語のわかる露兵を介し打ちとけて斜堤上に語り合った。彼は少しの疑惑も抱いてはおらぬらしい。


露の将校は甚だ快活に「どうだ一杯やらうぢゃないか」と手付で示すから伝令を飛してブランを取り寄せる、彼も無色透明の露酒を携え来て互いに杯を交換し且つ飲み且つ男児双方微醺を帯びて談は益佳境に入った。
通弁の憲兵も大分酩酊して「戦争長いいけません。短いよろしい。神様一ツ、アナタ私し皆友達」と繰り返した。


彼の将校の一人は「生きたオロスキーの隻影も砲台も無くなった時日兵旅順占領出来ます」と負惜しみをいふ。我は透さず「日兵一人も残らず討死すれば其の時囲解け始めて戦争も止むだらう」とやり返した。すると彼は黙り込んで苦笑して居た。

併もこうお互に威張って見ても席は白ける処ではない、話は酒と共に益々で、自分は露兵の勇敢に残塁を死守することを誉ると敵の一将校は微笑を浮べて「日兵の攻撃は其猛烈殊に驚くべきではあるが前進するにちとかたまり過ぎる」といふ。


こんな罪の無いことを云つて居るうちに二時間は経過して死体の収容も終わつたので互いに健康を祈り親しく握手して彼は砲台内へわれは攻路内へさらばと計り別れた。
かくて再び射撃の交換を始めたのは握手の暖かみまだ冷めやらぬうちであつた。
(中略)
別れに臨んで敵の一将校は恋人へ送る手紙を託した。「日本の勇士によりてこれを我、愛するそなたに呈す」云々とあると後に通訳官は語って居た。探りても見まほしき、あの手紙の行方である。

コピーの紙を基にしたので、江藤淳の著書で紹介されていたことは確実なのだが、確実な出典ははわかりません。
ただ、推定的に著者は死亡し50年経過しているとおぼしきものですので、著作権的にはフリーで自由に転載どうぞ。いくつか漢字を推測交じりに直した部分はあるが(笑)。


戦場における騎士道的な物語は、田中芳樹が書いたように「どこまでいっても偽善に過ぎない。しかし、確実に在ったほうがいい偽善だ」ということなのだろう。その、小さなエピソードでありました。