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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

中島敦「弟子」

書いているうちに勢いあまって(笑)つい上で作品を引用してしまったが、そのついでに再読してしまった(笑)。

これは実は、「昭和18年の少年ジャンプ」でもある。

つまりですね、俺の好きな「物語の因数分解」をやってみましょう

◆お山の大将を気取っていた乱暴ものの男が、ある男と出会い、その大きさに圧倒される


◆すっかり心服した男は、出会ったその男を師匠と呼び、絶対の忠誠をつくす


◆だけどこの男は生来の一本気とおっちょこちょいは治らず、行く先々で大騒動。師匠にも納得できないときは食ってかかる。


◆しかし師匠は、その愚直さを愛し、温かく見守る。また二番弟子・三番弟子も加わり、男は彼らのよき先輩としても振る舞う。


◆男は、師匠の名代みたいな立場になって別の場所に行き、師匠や弟弟子と分かれる


◆そこには強大な敵がいた。圧倒的なその敵に対し、師匠の名誉と自分の誇りのために男は一歩も引くことなく戦い、そして敗れる・・・

http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1738_16623.html

うむ、どこかで聞いたようなサーガではありませんか。
というか、ライトノベルファンとかでもこの世界、そして「キャラクター」を十分楽しめると思うのですけれども、それは贔屓目でしょうか。


ファースト・シーンから旨い。
男の大きさに、男が惚れて負ける・・・という、その後のエンターテインメントのパターンが、既にこの純文学で完成されているのだから。

・・・魯(ろ)の卞の游侠の徒、仲由(ちゅうゆう)、字(あざな)は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人(すうひと)孔丘(こうきゅう)を辱しめてくれようものと思い立った。似而非賢者何程のことやあらんと・・・

・・・・けたたましい動物の叫びと共に眼を瞋(いか)らして跳び込んで来た青年と、・・・・温顔の孔子との間に、問答が始まる。
「汝、何をか好む?」と孔子が聞く。
「我、長剣を好む。」と青年は昂然として言い放つ。

 孔子は思わずニコリとした。青年の声や態度の中に、余りに稚気満々たる誇負を見たからである・・・…しかし、どこか、愛すべき素直さがおのずと現れているように思われる。再び孔子が聞く。
「学はすなわちいかん?」
「学、豈(あに)、益あらんや。」もともとこれを言うのが目的なのだから、子路は勢込んで怒鳴るように答える。
 学の権威について云々されては微笑ってばかりもいられない。孔子は諄々として学の必要を説き始める。・・・…どうしても聴者を説得せずにはおかないものがある。青年の態度からは次第に反抗の色が消えて、ようやく謹聴(きんちょう)の様子に変って来る。

・・・・・・顔を赧らめ、しばらく孔子の前に突立ったまま何か考えている様子だったが、急にと豚とを抛り出し、頭を低)れて、「謹しんで教を受けん。」と降参した。単に言葉に窮したためではない。実は、室に入って孔子の容を見、その最初の一言を聞いた時、直ちに豚の場違いであることを感じ、己と余りにも懸絶した相手の大きさに圧倒されていたのである。
 即日、子路は師弟の礼を執(と)って孔子の門に入った。

高校時代の話だが、漢文教師がこの主人公・子路を一言で評した。

「寅さんみたいなやつ」。

その通りだ。この作品、なぜかまだ一度も映像化されていないはずだが、渥美清に演じてほしかった。または、七人の侍での「菊千代」のように・・・三船敏郎が演じてくれればよかったかな。
これ、あんまり制作費が掛かるとも思えないので、だれか映画化してほしいところ。

皇なつき女史とか、中国史をマイナーなものまで含めて漫画化できる才能というのも少女漫画方面にけっこういらっしゃるので、そちらのほうでの漫画化も期待したいのだが(著作権期限が死後50年でよかったろう…70年になったら、まだ切れてないよ)


ただ、「げんしけん」の荻上とかみたいなヒトは、「顔回は絶対に受けだよね」とか、そういうあれをアレするかもしれんのですが、それはまあほどほどならば、それはそれで面白い視点かもしれません。



紙で、本で読みたい人はまだこういうのも出ている。

李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)

李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)


【付記】いま、自分のエントリを読み直したが、UFCから中島敦に話が飛ぶブログは「これを空前とし、また絶後とする」(梶原一騎調)だろうなあ・・・