【トンガ噴火お見舞】INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

御厨貴−−−−書評は読売新聞に移籍していた?

同新聞で、御厨貴氏が上杉隆氏の「官邸崩壊」を書評している。
上杉氏自身のブログで紹介していた(笑)
いや、サタカみたいでオクメンもないな、とかいうなかれ。プロのものかきブログは彼のようにすべからく、自分の書いたものや出演番組、寄せたコメント、どこかで書かれた自身への書評・・・などを書きとめておくべきなのだ。実際に読むほうも便利だよ。

http://www.uesugitakashi.com/archives/51143461.html

本日の読売新聞朝刊に載りました。
書評面です。
評者は、東京大学御厨貴教授です。

ありがとうございます、御厨さん。m(__)m

ただ、ちょっとおおごとなのは、少なくとも2005年まで御厨氏は毎日新聞の書評委員だったことだ。(小泉郵政解散の投開票日、彼は野中広務伝の書評を書いた。こっそりいうと、このブログに転載している)
書評委員は任期交代があり、他紙へ渡り歩くのはめずらしくないのだが、個人的に読売書評はあまり興味なく、目を通すのを怠りがちなのと、毎日新聞は一人の書けるスペースが大きくて、存在感が圧倒的なんだよな。だからちょっと残念だ。今回のだって、毎日だったら1.5倍ぐらいの文章量を書けたんじゃないか。
しかしまあ、紹介しておきます。
これも、いい指摘が多い。
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20071022bk04.htm

「官邸崩壊」−−“目に見える政治”の結末

 安倍政権のあり様は、この一冊でよくわかる。官邸崩壊の実態が、ここには見て来たように書かれている。見て来たようなウソではない。本当の話なのだ。どうしてそう言えるのか。それは安倍政権が、「チーム安倍」と呼ばれる“おともだち”側近グループにより、見事なばかりの可視化された状況を顕在化させたからだ。

 目に見える政治こそが、国民の目線にあった政治であると、「チーム安倍」の関係者は、無邪気なばかりに思い込んだのだ。彼等のはしゃぎようが、本書からは手にとるように伝わってくる。・・・・・・彼等はいずれも劇場型政治小泉政権の下で、政治とは何かを学習してきた。その結果が、政治を見えるように仕切るという意識を生み出した。

 戦後生まれ初の首相が率いる政治はかくあるべしとばかり、旧態依然、官僚依存、といったあり方を早急に否定してしまった。官僚を束ねる見えざるネットワークの中心たる官房副長官がいかに機能不全に陥ったか。的場順三という個性を通し、くり返しそれが眼前に浮上する。

 つまり安倍政権は、見えざる手とも言うべき政治の暗黙知をすべて放り出してしまったのだ。・・・…閣僚スキャンダルの露呈による支持率の低下という危機状況が訪れるや、ますますひどくなる。何か悪いことがおこれば、その対策に腐心するのではなく、公務員たたきや、サミットでの安倍イニシアチブの演出といった、別の目に見える政治によって解消しようとするのが常だったからだ。

 要するに複雑系としての政治にあまりに無知であり、いや知っていたとしてもそれは彼等の力に余ることだった。・・・安倍政権の“実態”は、政治とは何かを考えるための恰好(かっこう)の素材である

官邸崩壊 安倍政権迷走の一年

官邸崩壊 安倍政権迷走の一年


うーん、毎日書評と比べると分量がやっぱり足りないが、まあその愚痴はおいて、読売読書欄の「御厨」にもっと注目セナいかん、のであります。

御厨貴とオーラル・ヒストリー

御厨氏は、政治学の中でも、面白いことに歴史的なというか、オーラル・ヒストリー運動を、学問的に整備し、確立させるために実践している。普通のインタビューや聞き書きと何が違うのか、これが分かるようでよく分からない。

オーラル・ヒストリー―現代史のための口述記録 (中公新書)

オーラル・ヒストリー―現代史のための口述記録 (中公新書)

に書いてあるのかもしれないが未読だ。
実は最近出版された

私の後藤田正晴

私の後藤田正晴

という回想アンソロジーには御厨も参加しており、こういう学問的オーラル・ヒストリーの第一号に後藤田を選んだときの苦労談が載っている。普通のインタビューだと思っていた後藤田が、馴れた口調で新聞、週刊誌的なまとめ回想をしゃべると
「こちらでお願いしているのはそういう話じゃないんです」
「じゃあ、どんなんじゃい」
みたいなやり取りをやっていた・・・という話なんかがある。けっこう慎重だった後藤田がだんだんと協力的になり、過去の経緯をちょっと思い出せない後藤田が、その場からある人に電話し、当時の確認をする。
「警視総監に確認した。XXXだったよ」
なんて場面も(笑)。

これも一種の「黎明期」ものとして面白いです。短いから立ち読みも可能。

そして、こういうオーラル・ヒストリーを一生の仕事にしようとしたのは、なんと学問とはまったく別ジャンルの、沢木耕太郎ノンフィクションの影響だったというから縁は異なものだ。
ファイルから引っ張り出そう。

今週の本棚:
御厨貴・評 『1960』=沢木耕太郎・著 (文藝春秋・2000円)

 ◇構成の妙、歴史ノンフィクションの傑作

 息の長い“作家”の著作集を読むと、昔の自分と再会するような気分になって、えらく懐かしい。評者はまさに研究者としてかけ出しの時代に、沢木耕太郎の一九六〇年に焦点を合わせた「テロルの決算」と「危機の宰相」に出会った。実はこの二作品との遭遇こそが、その後の評者の歩みを決定的にした。何故なら、ノンフィクションという“新しい”手法に則れば現代史が描けるという確信めいたものを抱くに至ったからである・・・・・・


毎日新聞 2004年8月29日 東京朝刊

・・・という話を、3年前にもしてました(笑) http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20040901#p2
書いているうちに気付いていたんだが、こういうのはノリなので、ついでだから再論した次第。