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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

佐高信氏批判 市川房枝について

これまで書いていた「佐高信はなぜ愚かなのだろう?」の題で統一してもいいのだが、わかりやすくするために改題。
昔書いたコンテンツを引き継いでいる部分もあります

さて、汲めども尽きぬ愚論の泉である佐高氏、その前の週もくっだらないだけでなく根本のところで壮絶に自爆していたが、今週11.19号では市川房枝を批判している。
あれれ内ゲバか、といいたいところだが、「毎日新聞西山記者事件で記者を批判した」という理由で、それに加えて70年代に石原莞爾を賞賛していた、という点でもだ。それは、その範疇でいえば正しいのだが、何を言い出すかってんだ。

もともと市川房枝

戦争協力と婦人参政権実現
1930年代に大陸での戦争が激化すると、市川は国策への協力により婦人の発言力拡大を目指す方針をとり、1940年(昭和15)には婦選獲得同盟を解消して「婦人時局研究会」へ統合させた。太平洋戦争開始後の1942年(昭和17)には婦人団体が大日本婦人会へと統合され、大政翼賛会を中心とした翼賛体制の一員として組み込まれた。また、大日本報国言論会の理事ともなった (Wikipediaより)

ことなんか周知の事実だろうよ。「戦犯」概念をどんどん広げてもいいという佐高氏の論法(今週の週刊新潮参照)なら、広い意味では公職追放を受けた彼女も戦争犯罪人だな。
偶然ながら、今月の佐高氏は中西寛政の批判を「創」では書いている。
中西は元左翼だから、現在の忠誠ぶりや立場をアピールするために派手な保守的言動を振りまくのだ、という主張だ。何度聞いたことか(笑)。ならば、その論法を大政翼賛の一員だった市川らにも適用すれば彼の中では少なくとも丸くおさまるだろうに、不思議なもので佐高氏、右派から左派に転向するとその理論は適用しない。