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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「連ちゃんパパ」の衝撃再び…「そのモデルだった」というあだち勉(あだち充氏の兄)描く作品

まず、あの衝撃を思い出してほしい。

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そして、これが話題になった時、すでにモデルはこの人、とはっきし名指しされていた。

……当時の漫画雑誌は、柱(ページ左右端の、コマが描かれていない余白の部分)に作家さんの住所が書いてあったんですよ。

――今ではちょっと考えられないですよね。

ありま すでに亡くなっていますが、その当時あだち勉さんっていう漫画家がいて、その人が僕が描きたい絵柄で住所も近かったんです。それで仕事の合間に描いた原稿を送りつけていたら、「遊びに来れば?」って言われて、真に受けて訪ねて行ったんです。16くらいの時です。で、このあだち勉さんっていうのは、あだち充さんのお兄さんなんですよ。
(略)
ありま とにかく勉さんはめちゃくちゃな人で。『連ちゃんパパ』について「これ、作者の体験談なんじゃないか」っていう書き込みもありましたけど、正直、進のモデルは勉さんなんです(笑)。
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・・・てな話から、「じゃあ連ちゃんパパのモデル・あだち勉さんとの交流を漫画にしてください」というオファーがくるのは、必然なようでもあり、おかしいことであるようでもあり。

でも、理屈はともかく、とにかく始まっていたんだ、そういう連載が。サンデーうぇぶりで昨年から。
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ブクマもこんなについていたのだが、なぜか自分は知らず、きのう始めて存在を知った。
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サンデーうぇぶりはある時期からリニューアルされて、以前はブラウザで全部見られたのに、いまは一部だけが見られて、メインはアプリをインストールしてないとみられない。
1-3話まで、ブラウザでも読める回。その続きはアプリで。そして10回目が、ブラウザのほうに最近アップされた
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※途中はアプリでのみ読めます……

第10話
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これを紹介すればとりあえずいいんだけど、あとで感想を追加します

感想

まず、そもそも連ちゃんパパが、小さな雑誌にさして注目もされずに描かれていた作品だったのに、ネット上でアマチュアがちょっと紹介した一文がきっかけになり、突然の大反響を呼んで大評価された、というあの経緯に、あらためて震える。
その結果として「あのパパにはモデルがいます!」⇒「その人の評伝漫画開始」って、やっぱりすごいことよ。あらためて、そこを押さえておきたい。


そして、あだち勉氏は、あだち充のマネージャーとして後年は知られたそうだけど、基本的なメインキャリアは、「自身もある程度の漫画家だった」、そしてそれ以上に「赤塚不二夫のフジオプロの『四天王』だった、チーフアシスタントだった」と。


赤塚不二夫は積極的にスタッフに仕事をわたし、実質的にはそのスタッフの仕事だが名義が赤塚不二夫、というのがかなり多かった。アイデアブレインストーミングを積極的に行う。だから本来的には、どこからどこまでが赤塚不二夫なのか、という研究も進める必要があるのかもしれない…だが、それはそれとして、結果的に「あだち勉伝」は「天才バカボン創作秘話」的な何かになっているのだ。
これは古谷三敏長谷邦夫氏の回想漫画も同様である。

たとえばここ

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あだち勉伝は、天才バカボン創作秘話でもある

バカボン赤塚ギャグが、ある時期「見開き漫画」などのシュールな作風になり、それが世間や業界を驚愕させた…ことは有名だが、裏舞台を見ると「こうでもしないと締め切りに間に合わん!」「早く銀座に飲みに行きたい」とかが理由だったと(笑)

しかし、どんな手抜きややっつけであっても、最終的には残るのは作品であり、それが大きな影響を与え、今なお漫画文化にそれが遺産となっていることも事実なのだ。


もうひとつは、この作品が赤塚不二夫周辺の「面白シャレ好き悪ふざけグループ」の功罪を描写しているという点である。
このグループには「あのタモリを生んだ」という形容詞もつくが…

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赤塚不二夫を中心(パトロン)に、東京でなんだかわからないけど面白い連中が集まってワイワイ騒いでいたら、そこから文化が生まれた」
というのは古き良きロマンにも見え、今ではもう起き得ない奇跡、伝説の世界の様にもみえる。その一方で、「これを参考に、意識的にこんな集団や環境を作れそう」にも見える。

そもそも赤塚不二夫は、若いころまさに「新漫画党」(トキワ荘)という、まさに伝説中の伝説たる面白集団、面白グループの中にいて、貧乏ながらもまさに楽しくて楽しくてたまらない青春時代を過ごした。
お金ができた自分の成熟期に、こういうグループに惜しみなくお金を注ぎ込んで、集団を作ったのは…「トキワ荘の夢を、もう一度みたい!!」という、そんな思いがあったんじゃないかな?…(後略)

しかし、やはりこういうものには光もあれば影もある。

よくある話だが、すべてが「シャレとマジ」を不即不離とするような集団になってしまい、悪ふざけやパワハラなのか、それとも小粋なジョークなのかが集団の中でけじめをつけられなくなってくるのである。
そこから独自の笑いの文化が生まれることも完全否定はしないが、エスカレートすると別の集団の例だが、ここまで行き着く。

以前読んだ本の中に、マムシさんと談志師匠のエピソードが書いてありました。お二人がホームで電車を待っていた時、電車が入ってきたタイミングで談志さんの背中をマムシさんがドン!と押したらしいのです。
談志さんはよろけて落ちそうになりながらもグイッ!っと踏みとどまり、烈火の如くマムシさんに怒鳴りました。
「あぶねーじゃねーか!この野郎!」
「シャレだよ」
「シャレだと?この野郎!もし落ちて死んだらどうすんだ!?」
「シャレのわからねえヤツだって言うさ」
毒蝮三太夫 立川談志を駅のホームから突き落とそうとした話を語る


ここまでではないが、赤塚不二夫のグループの「シャレ」も相当ひどい。
バカボンが「見開きギャグ」で大受けしたのに味を占めて、次に大半のページをベタで埋める「停電ギャグ」を思いつく。描くのもとてもラクだ。

さて、だが本当に描くと、アシスタントの仕事もさっさと終わってしまう。
そこで彼らは、あえて東京の都会風景を見開きでアシスタントに描かせ、それをベタで塗るという、よく意味の分からんことを「シャレ」で行うのだが・・・・・

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赤塚不二夫のぜんぶベタで塗る漫画に、あえて見開きを描かせる悪ふざけ(あだち勉伝)

これ、どうなの?
あえて論評はせず、提示だけしよう。描かれていない、彼らの日常の信頼関係にも関係してはくるのだが…

もうひとつの少女マンガ家のエピソードはさらに…

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あだち勉伝 飲み会の場に少女マンガ家を呼ぼう

ホステスやコンパニオンのお仕事と、少女漫画家をごっちゃにしている、と言われても仕方あるまい。というか、この後の展開があまりにも、である。実際に読んでみられよ。
https://www.sunday-webry.com/viewer.php?chapter_id=100384

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「シャレに怒っちゃダメ」が赤塚不二夫周辺のルール(あだち勉物語)

当人が当人に対しても含めてこういう意識であっただろうことも事実だし、
そこからブラックなユーモアが生まれることもあるだろう、たしかに…だが…。


……とまあ、こんな部分をも、考えさせられながらも、世間的には無名に等しいであろう、元漫画家でその後有名漫画家のスタッフになった一人の破天荒な男の生き方を、「連ちゃんパパ」の先生が描いている…ということを約1年後に知ったので、みなさんとシェアまで。