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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

ちばてつやが遅刻の梶原一騎に代わり「あしたのジョー」舞台挨拶で先にマイクを握ったら…何が起こったか?(「梶原一騎伝」)

ひとつ前がちばてつや先生の記事なので…直接の縁はないんだけど、この話を紹介しよう。
元は最近出た「純情 梶原一騎正伝」と比較させる意味で、「梶原一騎伝 夕焼けを見ていた男」を再読したのでした。

1995年に初版が出た時読んだから、もう30年近く前。そりゃ細部を覚えている訳が無かった。

ちばてつや梶原一騎に関する記述はいろいろあり、例えば冒頭部分でドヤ街描写など、相当原作をいじってちば先生がオリジナル描写を加えたこと、そのころから「原作の一字一句の改変もゆるさず!」だった梶原一騎がどのように納得したか、
体格差のあるように描いてしまった力石徹が、その後永遠のライバルになったため「同じ階級にするために力石が死の減量をする」という展開になったこと、
白木葉子はジョーが好きなのか嫌いなのか、揺れ動いたこと、逆に紀子がジョーではなくマンモス鈴木と結ばれること
そしてラストシーン……他でも語られていたいろいろな伝説が過不足なくまとめられている。
ちば先生が今度の短編集に収録した最新作「グレてつ」でも一部描かれていた。


そして…へー、斎藤貴男氏、この話に特化した別のノンフィクションも本にしてたのね。

(※ただこの後、夏目房之介氏であったかな、紫電改のタカやハリスの旋風ですでに大人気漫画家だったちばてつや梶原一騎と五分か、或いは格上の存在であり、力関係に敏感な一騎は、最初から一目も二目も置いていたのではないか、と推測していた。)


しかし、その「ジョー」が不世出の人気を確立したあとの話・・・・・・・・梶原一騎が設立した映画会社「三協映画」が、あしたのジョーを映画アニメにする…。

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  • メディア: 単行本

……昭和五十六年七月、劇場用アニメ「あしたのジョー2」が、全国の東映系劇場で一斉公開された。制作は梶原の三協映画。前年、その十年前にヒットした「ジョー」のテレビアニメを劇場用に再編集して公開したのが当たったので、その続編というわけである。パート2にはちばてつやの「ちば企画」も出資した。パート2では、力石の死後からラストのホセ・メンドーサ戦までが描かれた。同時平行でテレビアニメ「ジョー2」の企画も進み、こちらが映画公開の頃にはすでに回を重ねているという連携作戦が当たって、試写会の人気も上々だった。

試写会後、東京・渋谷のパーティー会場。挨拶は原作者であり三協映画のトップでもある梶原、続いてちばの順に予定されていたのだが、梶原はここに来る途中で渋滞に巻き込まれ、到着がかなり遅れてしまった。仕方なく、ちばがマイクを握る。「皆さんすみません。梶原先生が遅れているようなので、私が先にご挨拶をさせていただきます―――」
せっかくのお客さんたちを、あまり待たせるわけにはいかない。舞台挨拶は無事進行したが、これが梶原の気を損ねた。
その晩は関係者たちと飲み明かしたちばが、翌日の早朝に帰宅して床につくと、一本の電話に叩き起こされた。初め父親が受話器を取り、本人が眠ったばかりであることを告げたが、どうしても本人を出せという。
電話の内容は、抗議であるようだった。昨日の挨拶は何だ、梶原先生を馬鹿にしたな、というのである。酔った寝入りばなのこととて、初めは相手が誰で、何のことを言っているのかもわからなかったちばは、やがて相手が自分も知っている、梶原にごく近い人物であることに気がついた。
「ああ、あなた○○さんでしたか」「誰だと思ってたんだ、このバカヤロー!」


その後もしばらくの間、梶原周辺からの同様の電話が続いた。ちばが知っている人からの場合も、そうでない場合もあった。「よく恐ろしくもなく、町ん中を走れるな。近くにウチの若い者が行ってないか?」
と、これはジョギングから帰ってきた時にかかってきた電話。梶原の秘書を名乗る男からの、こんな電話もあった。「今、周りの者がそちらに向かって行ったようなんです。知りませんか」
中には、「会いたい」と言ってきた男もいた。指定されたホテルのロビーに出向いたちばが、いったい何を要求されるのかと考えていると、やってきた男は頭を下げてきた。「ちば先生、申し訳ありません。みんな梶原に言われてやってることなんです。すぐ後ろで、梶原が私の足を蹴りながら見張ってるんです。そうでなければ、私だってあんなこと、したくないんです」


梶原とその周辺は、荒みきっていた。それにしても、仕方なく先に挨拶しただけのことで、なぜこんなことをされなければならないのか、ちばには皆目見当がつかなかった。
ちばは当時、この話を誰にもしなかった。が、ちばプロダクションにも毎日大勢の人が出入りしている。梶原周辺の若い者が、自慢げに吹聴したかもしれない。
この話は漫画界で旗原の火のように広まり、編集者たちはそこここでこんな挨拶を交わした。「梶原さん、いよいよ駄目だよ」。
すでに、つのだじろうにまつわる一連の事件は漫画界の常識だった。松本零士の「宇宙戦艦ヤマト」が大ヒットした時も、梶原の周囲には息巻く者があったといわれる。
昭和三十年代、まだ漫画原作に手を染める前の梶原が、やはり戦艦大和が再生され、羽をつけて空を飛ぶというアイディアの少年小説を「おもしろブック」に発表したことがあるからである。もっともそれも、「昭和遊撃隊」で知られる戦前の児童文学者・平田晋策の「新戦艦高千穂」にヒントを得ていたのだが。「それまでの事件には、それなりに理解できる部分がありました。脅迫なんかいけないに決まってるけど、つのださんの件なんかは、梶原さんに分があるとも思います。だけど、このちばさんの一件だけはね。
それだけ、ちばさんはこの業界では人格者で通ってるんですよ。みんなに好かれている。そのちばさんを脅した。ついに、そこまでいっちゃったか......と、業界全体がなってしまったわけです」
今では役員クラスに昇進している、当時のある少年週刊誌の編集長の回想である。この年の秋、ちばの漫画家生活二十五周年を祝うパーティーが催されている。「あしたのジョー」で燃え尽きることのできた男は、なおこんなにも皆に愛されている。
燃え尽きることができなかった梶原の胸に残った燃えかすは、まだブスブスと不完全燃焼を続けていた。
梶原を新たに起用する編集部は、ほとんど談社系の出版社だけになった。「少年マガジン」では、昭和五十七年の一月から「悪役プルース」(峰岸とおる・画)が始まった。前後して「ヤングマガジン」で「女子レスラー紅子」(中城健)、「月刊少年マガジン」で「タイガーマスク=世」(宮田洋一)の連載が開始されている。いずれも当時の梶原のビジネスに連動した格闘技漫画であるという点で共通していた。大ヒットにはならなくても、格闘技界の黒幕が自ら書く情報漫画として、一定の読者層は見込めるという判断が、講談社側にあった。


梶原一騎の言動を「稚気愛すべし」「ガキ大将がそのまんま大人になったようで、憎めない」「悪人というより、コワモテの”悪役”を演じていた」……みたいな感じで弁護する向きもあるが、たしかにそういう面もあるにせよ、結局この一事件だけで、十分に「こういう人物とはかかわりあいを持ちたくない」と思わせるに足る。第一、挨拶の順番にこだわって、かつてのビジネスパートナーに対して取り巻きに脅迫させるなんて稚気というより陰湿な大人のふるまいだろう。


そして、そういう序列への意味のないこだわりなんて…ぶっちゃけ、そのへんの会社にも学校にも業界にも、石を投げれば当たるほど数多い。
梶原一騎、やっぱり弁護の余地ない巨悪だわ」の半面、逆に「悪にしても、そのへんに一山いくらでいる、平凡で凡庸な悪やなあ」感も。




そんな形で、マンガ業界では祭り上げられつつ敬遠された梶原一騎は、ますます格闘技や映画の世界にのめり込み、酒色におぼれ、取り巻きとのタテの人間関係のみになっていく…。
土田世紀編集王」のマンボ好塚は、このへんの業界伝説に尾ひれをつけてデフォルメしたんだろうな。




ただ、本人もそれを自覚していて、本質的にさびしがりやな彼は……、ごく少数の、梶原一騎にものおじしない漫画家とは、たまには温かい交流の場面も持つ。
矢口高雄原田久仁信氏が、それだ。

そこだけが、どんどん暗く転落していく梶原一騎の人生の、ときおりのセピア色の温かい場面として、この本では挿入されている。


残念ながら矢口高雄氏はこの前逝去されたが、ちばてつや原田久仁信氏も、このへんで「パートナー作画者から見た梶原一騎の一場面」を漫画で描いてくれないかなあ。上のような話を敢えて回避して、いい思い出だけでも構わないから……(了)