※ 追記 以下の記事は雑誌掲載の時にかいたものです。その後単行本が出ています
内容紹介
- 作者: 川原正敏
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/08/16
- メディア: コミック
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群雄割拠の戦乱の世に、“東国一”と呼ばれる一人の将がいた。
名を「本多忠勝」。名槍・蜻蛉切を操り、生涯無傷と伝うこの兵に
身一つで闘いを挑まんとする者が、戦場に姿を現す!
その修羅の名は、“陸奥”狛彦と云う‥‥‥。これは「織田信長編」に続く、双子の修羅の物語!!
「修羅の刻」最新の章が、月刊少年マガジン2019年6、7月号でお目見えした。
シリーズとしてはもう20〜30年ぐらいはやっているわけだし、ご存知の人は多いだろうが、分からん人のために解説すると
・格闘技漫画「修羅の門」は、現代で、異種格闘技戦を戦う不敗の古武術「陸奥圓明流」の伝承者・陸奥九十九が主人公であり、人気を博した。
・「修羅の刻」はその基本設定からのスピンオフ作品。
・不敗の古武術「陸奥圓明流」である以上、鎌倉時代、戦国時代、江戸時代、幕末、明治時代…どのときにも、この古武術の伝承者がいた(基本、同じ顔)。
・彼らは、その時代時代で、武芸者、猛将、弓や銃の使い手…として名高い豪傑たちと、その技を競ってきた!
……という設定で、宮本武蔵、柳生十兵衛、武蔵坊弁慶、土方歳三や沖田総司、前田光世……、といった連中と、そのときどきの「陸奥」が戦う、という話なんです。
ただ、作者がおそらく、こういう話を書きたくて描きたくてたまらなかったのだろう。別ジャンルでヒットした人が、満を持して歴史ものを書く…というと、コナン・ドイルみたいだけど、ドイルとちがって、あっぱれ「修羅の刻」は傑作がそろっており、質、人気とも本シリーズより上ではないか?と思う所です。
とくに、かなりの歴史リスペクトであろう作者は、史実や伝承と折り合いをつけるための工夫をけっこうしている。歴史的事実なんて無視したほうが描きやすいだろうけど、たとえば公式の歴史と違う時は、なぜ公式の歴史ではそのように伝わったか、みたいな言い訳をつけていましてね…それは伝奇ものを描く時、やはり無ければ減点するべきものではないが、あれば加点をすべき要素だと思うのです。(少なくとも俺基準では)
前置きが、ながくなった。
そういうことを踏まえて、やっと、今回の「修羅の刻」は、陸奥の相手は「本多平八郎忠勝」だよ…という話ができるのです。
東国無双編、相手の本多忠勝とは?
ぶっちゃけ、これまでの相手と比べると、知名度はやや劣るかな…。また、たしかに「日本の張飛」「古今まれな名槍『蜻蛉切』」「生涯、合戦でひとつの傷も負ったことがない」など、一武人的な逸話が豊富にある。…ではあるけれど、本来的には猛将といっても、優れた「指揮官」であり、無手の格闘家と闘っての強い弱い、を論ずべきものではない。
ただ、大したものなのは、そのツッコミ自体を、ストーリーの核心部分に取り入れているのですな。
本多忠勝の猛将(一武人としての戦闘力の高さ)を目の当たりにした陸奥狛彦(今回が初登場ではない。織田信長や鈴木孫市と絡んだ旧作がある)は、その戦いへの欲求の赴くままに、小牧・長久手の戦いで、圧倒的な秀吉軍を極少数で牽制している本多忠勝の前に出向き、決闘を始める。
忠勝は、もののふとしての誇りや、陸奥同様の正直な戦いへの欲求によって、その戦いを始めるが、一方で、武人である前に殿(徳川家康)をお守りする家来である、という意識の本多忠勝にとっては、その戦いにすべてを賭けるわけにはいかない。そのジレンマによって、闘いはいったん持ち越される。
そして、小牧長久手の戦はおわり、一度は徳川は豊臣に臣従ー。そして北条攻め、関東移封、関ヶ原となる。
この関が原では「妖怪首おいてけ」がゲスト出演したりするのだが、これはちょっと、ホントにゲスト出演(笑)。
―その天下を定めた合戦をへて、本多忠勝は何度も願い出ての隠居に、ようやく成功する。
しかし、それは主人家康をお守りする「三河武士」の拘束を外してついに、「一介のもののふ」として、陸奥との『私闘』に臨むことができる、という意味だった……
そして、彼の手に握られた蜻蛉切は、かつて見たときより少し柄が短い。これが、柄も含めて縦横にこの槍を武器にするための、「蜻蛉切・対陸奥圓明流バージョン」だった…
通読しての感想は「小味の効いた、円熟の中編を読ませていただいた」です。
ページ数をきちんとは勘定してないけど、「修羅の刻」シリーズでも、物語を描ききるにはコミックで上下巻ぐらいであったほうがいいと感じることが多い。また、修羅シリーズ以外でもだけど…以前も指摘したけど、結局、達人同士が激突することのモチベーションと喜びを「馬鹿だから」で説明し、そしてまた、闘うことを喜ぶ描写にあまりバリエーションを持っていないんだ、作者の川原氏は。
ただ、そこは歴史の重み、積み重ねというか……それを、一種の「修羅節」というか、その中での洗練と円熟を選んで、それに成功したと思っている。要は、どんなに決まった「型」であっても、そこに心地よさを感じることができるのだ。古くからの読者に、そう思わせたら、それは相手の勝ち、だろう(「ニイ」と笑う)。そういう点も含めて円熟の技だと思うし、そこにうまく歴史的な史実や伝承を混ぜ合わせる手際も、同様に円熟している。
このへんの作劇法は、大いに他の人のお手本になるんじゃないかと思うのです。
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次号から「西国無双編」です
双子の片割れが、あっちは立花宗茂と闘う。
司馬遼太郎は、本多忠勝をどう描写したか?
「合戦師」としか言いようのない平八郎は当然ながら謀将や智将のタイプには属しない。常に現場の男であった。
平八郎は入って武田軍の奔流を支えた。そのため彼の背負っている扇の指物は敵の形で半ば切り裂かれ、その黒具足には五筋の矢が突き刺さったが、結局は一兵を損ずることなく徳川軍を浜松城に収容した。それだけの戦闘をしながら、 平八郎はかすり傷ひとつ負っていない 。平八郎が負傷しなかったというのは、この男は戦場に呼吸のようなものがあることを体で知っていて、身動きが自然、その呼吸に合うように出来上がっていたのかもしれない。
彼は慶長15年、62歳で病死するのだが「一代手負ワズ」ということについては家康はさらに述懐して「 平八郎とは逆に、井伊直孝は常に重い具足を着用し、下の着込みには鎖を入れるほどに厚重ねしていたが、しかし合戦のあることに怪我をしていた。ああいうことは何とも不思議である 」
本多平八郎は例の、鹿の大角の兜をかぶり、馬のそばには徒歩の槍持ちを駆けさせている。彼の槍というのは 銘槍「蜻蛉切」で、東海では知らぬ者がない。 この蜻蛉切については 寄ルナ寄ルナ 槍ニハ寄ルナ 、という里謡があったと言うが下の句は残っていない。
秀吉の軍は後続の諸隊が追いついてきているため、本軍だけでも人数が38000に膨れ上がっていた。平八郎はそれに対し600の人数で擦りかかろうとしているのである。秀吉にとってこの光景は生涯忘れがたい印象になった。
「見たことがあるか」
と秀吉は口に出して己自身に言って聞かせた。秀吉の、 ときとして出る癖であった。
見たことがあるか、とはこういう光景をである。こんな人物も、かつて見たことがない 。
秀吉のいうところは
あの男、あれほどの小勢にて千に一つも勝つべきや。
勝つよりも死ぬために馬を出し、幾分にても主の働きを
寛げようとしているのである。
当人、死なんずる心なれば、わざわざ死なせる必要なし。捨て置け。
それよりも男ぶりを見物せよ
以上「覇王の家」より。
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