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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

権力者が病気・事故などの際、どう透明性と民主的正統性をもって権限を委譲すべきか【再論…翁長知事逝去を機に】

地方自治法第一五二条 普通地方公共団体の長に事故があるとき、又は長が欠けたときは、副知事又は副市町村長がその職務を代理する。この場合において副知事又は副市町村長が二人以上あるときは、あらかじめ当該普通地方公共団体の長が定めた順序、又はその定めがないときは席次の上下により、席次の上下が明らかでないときは年齢の多少により、年齢が同じであるときはくじにより定めた順序で、その職務を代理する。
《改正》平18法053
2 副知事若しくは副市町村長にも事故があるとき若しくは副知事若しくは副市町村長も欠けたとき又は副知事若しくは副市町村長を置かない普通地方公共団体において当該普通地方公共団体の長に事故があるとき若しくは当該普通地方公共団体の長が欠けたときは、その補助機関である職員のうちから当該普通地方公共団体の長の指定する職員がその職務を代理する。
《改正》平18法053
3 前項の場合において、同項の規定により普通地方公共団体の長の職務を代理する者がないときは、その補助機関である職員のうちから当該普通地方公共団体の規則で定めた上席の職員がその職務を代理する。
《改正》平18法053
第一五三条 普通地方公共団体の長は、その権限に属する事務の一部をその補助機関である職員に委任し、又はこれに臨時に代理させることができる。
http://www.houko.com/00/01/S22/067.HTM

沖縄のアメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設反対を訴えて国と激しく対立してきた沖縄県の翁長知事が、8日亡くなりました。67歳でした。

翁長知事は、那覇市出身で、那覇市議会議員や沖縄県議会議員を経て、平成12年から那覇市長を務めたあと、平成26年の県知事選挙に立候補し、保守系と革新系の勢力でつくる、いわゆる「オール沖縄」という勢力の支援を受けて、初当選しました。

そして、普天間基地の名護市辺野古への移設阻止を最重要課題に掲げて、移設を進める国と激しく対立し、平成27年には、前知事による辺野古の埋め立て承認を取り消して国と県が法廷で争う異例の事態になりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180808/k10011569791000.html

逝去の報に、あらためて、安らかなれとお祈り申し上げたい。
私も身内で膵臓癌だった人がいるが、病状の進行も早く、また治療も本当に困難であったろうと察せられる。




ところで、それとは別の話として気になったのは、故人の職務権限がどのように移行していったかという話です。

沖縄県翁長雄志(おながたけし)知事(67)が意識混濁の状態になっている、と謝花喜一郎(じゃはなきいちろう)副知事が8日記者会見し、発表した。7日から徐々に意思決定に支障を来す状況になっていたという。辞職は否定した。謝花副知事が12日まで職務代理を務め、13日からは富川盛武副知事が務める。
(略)
7月27日には、県庁で記者会見し、前知事による辺野古の埋め立て承認を撤回すると表明。手続きを進めていた。
 一方で、出席を予定していた北海道での全国知事会議や、今月1日からの東京での予算要請を体調を理由に取りやめていた。
https://www.asahi.com/articles/ASL885D5KL88TPOB001.html

この副知事会見の詳報がある。実に緊迫感の漂うやりとりだ。

https://www.sankei.com/politics/news/180808/plt1808080018-n1.html
「このたび翁長知事の病気療養のため、地方自治法第152条第1項の規定により、私、副知事・謝花喜一郎が平成30年8月8日から12日までの間、富川盛武副知事が8月13日から当分の間、知事の職務を代理することとなりましたのでお知らせします」

「翁長知事はかねてより、自らが意思決定できない状況になったならば、速やかに職務代理を置き、県政運営に万全を期すよう、われわれにも伝えており、主治医とも相談の上、職務代理を置くこととしたものであります」


「月曜日(6日)にですね、われわれ、朝から意見をこう集約しまして、その方向性について知事に報告をいただいて、知事の決裁をいただいたということであります」

−−知事が意識混濁している状況という発言があったが、どういう状況か。意思疎通はできないのか

 「先ほども申し上げましたけれども、徐々に意思決定に支障を来していると。意思確認に支障が生じている状態です。混濁の意味、医師混濁という意味合いをちょっと分かりづらい用語ですので、私なりにもネット等で調べてみましたけれども、周囲の状況に対して了解が低下しているというようなものもございました。基本、そういうような状態であると理解しております」



自分が、この種の問題について気にし始めたのは、1990年のソ連のクーデターだったと記憶している。最初、「ゴルバチョフが重病で、ヤナーエフ副大統領がトップとなった」というのがアナウンスだったのだよ。
そしてそこから数年後、宝島30という雑誌で、井上章一氏が「狂気と王権」という連載を始めた。その中のテーマの一つとして「困った王が出てきたとき(本当にダメダメなやつのこともあれば、英邁ゆえに、旧支配層にとっては「困った」な場合もある)、その人を「病気」「精神に異常をきたした」などとすれば、王の神聖さや絶対の忠誠が重んじられた時代でも合法的なクーデターを起こせる」ということが論じられたのですね。
実際に江戸時代は「主君押し込め」があり得た時代で、昭和天皇すらその可能性におびえた…

そんな話から、「病気などによる突然の政権トップ交代」が気になり…そしてその後、それが大テーマとなった「大統領失明す」というポリティカルフィクションを読んだのだっけ。

大統領失明す (上) (文春文庫 (275‐40))

大統領失明す (上) (文春文庫 (275‐40))

大統領失明す (下) (文春文庫 (275‐41))

大統領失明す (下) (文春文庫 (275‐41))



このテーマについて、何度か書いてる気がするのだが、もうこのブログ、自分で何を書いたかぜんぶは把握しきれない(笑)
検索したなかで見つかった関連過去記事

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120914/p3
…本来的には、政治家に対し、それも軍事や警察もふくめた最高責任者になる可能性が高い政治家に対しては「あなたは健康ですか?病気はありますか?激務に耐えられますか?」ということにはチェックが入るのは民主主義体制下では当然のことで、さらにはここで虚偽の説明をしたらそれだけで資格がない、となる。


日本では、これがすごく遅れていた。脳梗塞をわずらった鳩山一郎、舌がんを隠した池田隼人、倒れた後も深刻な心臓病であることを隠した大平正芳、そして記憶に新しいところでは側近政治家によって意識不明であることが隠された小渕恵三

とくに最後は、青木幹雄が首相代行になる根拠となった「首相が代行をわたしに命じた」という発言ができる状況ではなく、その発言は捏造だったという疑惑がいまも絶えない。もしそれが捏造だったら、ある意味戦後の民主主義体制の正統はここで断絶し、簒奪された・・・のかもしれない。ジオン・ダイクンからギレン・ザビへの権力継承のようなものですよ(へんな喩えするな)。

まあこれは緊急事態の法整備の問題で、ちょっとちがうか。


とにかく、日本の政治家に関していえば「病気を隠す」はそんなに悪徳扱い、責任問題扱いはされなかったという記憶がある。これは民主主義国家では、フランスがかなりそれに近い傾向があり・・・ミッテランの病状はみごとに隠し通された。

これは「病気はプライバシー」という考え方もあるから、それといろいろ絡み合っているのかもしれない。政治家の愛人、浮気、隠し子についてもフランスは寛容。日本との類似点も、相違点もいろいろあるかな。

で、自分の「頂点をめざす政治家に対しては、健康や病歴が公の関心事になって当然!」という考えのモデルになっているのは米国の、予備選挙をふくむ大統領選です。

アメリカも、ルーズベルトケネディの時代には、メディアと共犯関係を結んで秘密にしており、ルーズベルトなんか「車椅子」であることを隠したのだから極端だが…。

その後、こういうことを隠すのは問題だ、という意識になったとおぼしい。

心もふくめた健康状態が話題になったのはジョン・マケインやマイケル・デュカキスだったかな。あとレーガンジョン・ケリーも高齢とかがん経験が争点になった。

アメリカの大統領選挙、とくに予備選を限られた翻訳の報道でみるだけでも目からうろこがおちることが多いのだが「なるほど!公の候補者には、こんなことまで尋ねてもいいのか!!!」「こんな切り口があったのか?」という点では啓蒙されることが本当に多い。

予備選の候補者討論会なんか本当に参考になるよ。

 

ただ・・・「アメリカの大統領選挙は、そもそもやりすぎだよ。あれは特殊例で、マネをするに値するものじゃない」という批判も多くある。クリントンの女性問題とか、若いときに飲酒運転したか?ドラッグ吸ったか?とかね。


そのへんはあるのだが・・・でもやっぱり、ストレートに健康問題を尋ねて「うそは許されない」という風潮をつくるのはトータルではプラスがおおいと思う。

たとえば小沢一郎氏に対しても、現在数十人の政党を率いる党首なのだから「あなたの心臓病の程度を教えてください。ステント治療は行っているんですか?」と聞くのが失礼や非礼かというと違うでしょうね。

最近はアメリカでは候補者に「銀行・金融口座の預金残高、納税額を自主的に発表せよ」と要求する、というのもあったっけ。これも日本に輸入したらおもしろい(笑)

ここに書いたように、一番ひどかったのが小渕恵三首相が倒れた時の権力移譲であり、あそこで戦後民主主義の正統の系譜は断絶したんじゃないか、と強く思われる。




さらにいえば、現安倍晋三氏の最初の総理時代、最後は「退陣表明→入院→正式な内閣総辞職」までの期間、どういうふうに「病気で公務はできないながらも判断能力に問題ない」となったのか、ここは今でも不透明極まりない部分だ。

wikipedia:安倍晋三
退陣表明の翌日(9月13日)、慶應義塾大学病院に緊急入院。検査の結果、胃腸機能異常の所見が見られ、かなりの衰弱状態にあると医師団が発表した。

安倍内閣メールマガジンは9月20日配信分において「国家・国民のためには、今身を引くことが最善と判断した」とのメッセージの下、これをもって最終号を迎えた[31]。

なお、病院側は、安倍首相の容体は回復してきているものの退院できる状態ではないとした[注 4]。9月21日は安倍の53歳となる誕生日だが、病院で誕生日を迎えることになった[32]。このように安倍首相は退陣まで公務復帰できなかった状況だが、与謝野官房長官は「首相の判断力に支障はない」と内閣総理大臣臨時代理は置く予定はないという方針をとっていた[33]。20日官房長官会見では「首相は辞任と病気の関係を説明するべき」としていた[34][注 5]

9月24日17時、慶應義塾大学病院にて記者会見を行い、自身の健康状態及び退陣に至る経緯について「意志を貫くための基礎体力に限界を感じた」と釈明し、政府・与党、国会関係者並びに日本国民に対して「所信表明演説後の辞意表明という最悪のタイミングで国会を停滞させ、多大な迷惑を掛けたことを深くお詫び申し上げたい」と現在の心境を開陳、謝罪した[35]。さらに、首相としての公務に支障があったにも関わらず臨時代理を置かなかったことについては「法律にのっとって判断した」としたが、これについては、毎日新聞により、政府内でも批判の声があると報じられた[36]。

https://www.kantei.go.jp/jp/abespeech/2007/09/24press.html

…3点目は、やはり病状が非常に重いのではないかという見方もございます。臨時代理を置かずにここまで入院生活を送られているわけですけれども、実際、執務に問題はないのかどうなのか。そこら辺の現状もお聞かせください。

安倍総理
(略)
 また、臨時代理についてでございますが、臨時代理については法律にのっとって、職務にどの程度支障を来すかどうかという判断の上に、今回は臨時代理を置かなかったということになりました。

このへんは、7日の意識混濁に至って職務代理が置かれた沖縄県の事例とかぶっているな。
難しいところもあり、例えば判断力が病気で70%におちた長がいて、その一方で元気いっぱい100%の判断がくだせるNo,2がいるとしよう。
しかし、70%であっても正統性はやはり長にあるのだから、彼に判断を仰ぐべきだ、ともいえる。100%がいるのなら、70%に長が低下した時点で委譲すべきだ、ともいえる


その一方で

wikipedia:ロナルド・レーガン
…1985年夏、レーガンの大腸にできていたポリープが生体組織検査の結果悪性であることが判明すると、レーガンは直ちにポリープ切除手術を受けることになった。手術は全身麻酔を必要とするという医師団の診断を受けて、大統領府では1947年の大統領継承法と1967年の合衆国憲法修正第25条の規定に依り、大統領権限の一時的移譲を初めて行うことを決定した。手術は7月13日の朝方から始まり、ブッシュ副大統領がこの間約8時間にわたって大統領権限を代行している。

1987年1月5日には前立腺癌の摘出手術も受けているが、この際は局所麻酔で済ませることができたため権限移譲は行われなかった。

こういうのはいいなあ、理想的だなあと思うのです。もっとも、レーガンが銃撃され緊急手術したときは「手術に際し大統領権限の一時的移譲手続きは行われなかった。事態はそれほど緊急を要していた(ウィキペ)」というから皮肉なものです。


しかし、なんだかんだと一種の「例外」にあたる権限移譲の制度を悪用されると、前述のような「クーデター」を呼び寄せる。
こういうこともあり得る(笑)

ジオン共和国初代首相であったダイクンが倒れ伏したそのとき、誰よりも素早く寄り添い、白々しくも次期首相に指名されたように一人芝居をうつ事で、2代目首相の地位を獲得。
https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%87%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%93

なんか書いても書いてもおわらんから、最後にまとめるけど
「あらかじめ、何かあった場合はXXXが代理を務める」はきちんと明示しておく(デギン・ザビ&青木幹夫防止!)
「本人がどのような状態であるため、代理をおくこと(おかないこと)にしたか」を明白にしておく

このふたつが重要だと思うのですよ。

そして最後に、これらの問題がすべて入ったまとめを紹介しておく

シン・ゴジラ関連】ほんとに政府首脳(或いは皇室…)が死亡や行方不明時の、政府・政治の法的継続性について https://togetter.com/li/1171058


あと「民主主義国家の政治家は病状を隠していいか(ミッテランなど)」の話と、皇室の話もしたかったが、体力の限界!!おしまい

八重山日報のコラム

https://www.yaeyama-nippo.com/2018/08/17/%E5%8D%B1%E6%A9%9F%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%81%AF%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AE%B6%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E3%81%AA%E8%81%B7%E5%8B%99%E3%81%A0%E3%81%8C-%E7%BF%81%E9%95%B7%E7%9C%8C%E6%94%BF/
17日 8月 2018
危機管理は政治家の重要な職務だが、翁長県政…
 危機管理は政治家の重要な職務だが、翁長県政に関しても検証が必要だ。膵がんで入院した翁長知事は、辺野古沿岸の「埋め立て承認撤回」を自らの手で行うことに執念を燃やしており、最期まで辞職することはなかった。自らが意思決定できない状況になれば職務代理者を置くよう指示しただけだったという◆その結果、県が副知事を職務代理者に指名したのは知事死去の当日だった。知事の意識混濁は前日から始まっていたというから、この間、県の最高意思決定者は事実上の不在だったのではないか◆翁長氏がどの程度病状を自覚していたのかは分からないが、5月のがん公表後も知事職にとどまった結果、県政史上初となる任期中の知事の死という事態になった。このために起こる混乱や不安を考えれば、早期に進退を見極めるべきではなかったか◆知事選で、県政与党は早々に翁長氏の擁立を決めていたが、翁長氏は最期まで再出馬を辞退することもなかった。突如として候補者を失った県政与党は、後継者選びに苦慮。既に候補者が決まった野党側に遅れを取っている。翁長氏がもう少し早く身を退いていれば避けられた問題だった◆しかし、翁長氏には「最期まで知事職を全うした」と、その責任感を高く評価する声もあることを言い添えておく。