マンガ「重版出来!」は、2012年に連載が始まった。2016年にはテレビドラマにもなった。
http://www.tbs.co.jp/juhan-shuttai/
この間、素晴らしいヒューマン・ストーリーを紡ぎながら、同時に出版業界、読書界の動きをリアルタイムで取り入れている。
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今回の話すら飛び越えちゃうじゃん。まあいいや、続けよう。
…そんな中で、最近の雑誌連載回を見ていて、「おそらく当初の構想を、現実が越えてきたのではないか?」と思わせる展開になってきた。
過去の作品例で例えると夢枕獏「餓狼伝」が、 連載初期は何しろアキレス腱固めやチキンウイングフェイスロックなどが決まり手となっていたのに、現実の世界で UFC をはじめとするリアルファイトが現実のものとなってしまい、仕方ないのでマウントポジションからのパウンド、ガードポジションなど柔術の概念や戦法を取り得ざる得なくなったこと…
いま手元に現物がないけど、谷口ジロー画による「餓狼伝」コミカライズの際の夢枕獏のあとがきだと、獏氏のほうから熱烈にラブコールしたそうな。その理由は
— gryphon(まとめ用RT多) (@gryphonjapan) February 11, 2017
「谷口ジローはプロレスラー、空手家、アマレスラーの肉体を描き分けられる。今、それができるのは彼しかいない。」 pic.twitter.com/GBFi7xsjML
あるいは「沈黙の艦隊」で、 本当に連載中に、ソビエト連邦が消滅し、ロシアが誕生したこと、それを無理やりでも作品中に盛り込んだこと…
そんなことを思い出す現象だ。
「重版出来!」でそれは何かと言うと、言うまでもない。
「電子書籍」の扱いだ。
最初の頃は確かに電子書籍のことも書いていた。
それだけでもぶっちゃけ、漫画家漫画、出版漫画としては画期的だったはずだ。
俺も読んでて、 踏み込んでるなと思ったもの。
だけど、その位置づけとしては・・・・
1巻だったか2巻だったか、こんなやり取りをしていたはずだ(下の画像ね)※ブクマで「1巻にはなかった」と報告あり
「まあすごく便利になったな、電子書籍も」
「そのうち 紙の雑誌はなくなりますね!」
(というのは、空気を読まない新人の失言、という扱いだった)
それに対して編集長が
「そうはさせねえから」とぼそっと、しかし頼もしげに呟く……
かこいいですね、そんなふうなのが本来的には、当初の「重版出来!」の電子書籍に対するスタンスだったはずだ。
その度 Web 掲載漫画に関しても
新人をスポイルするだけ
安易な作りと安易な企画ですぐに参入するがすぐに出て行く
契約がシビアで、実は作家を縛っている
一緒に考えてくれるパートナーとしての親密な編集者はいない
など非常にネガティブな所を強調したエピソードが出ていて・・・
これについては過去に数回書いたので過去記事をお読みください。
「WEB漫画サイト」の隆盛?と今後を考える(1)。「載せてやる」?「載せていただく」? - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20160506/p2
しかし、最近2回の新章がですね……率直に言うと「政権交代」を踏まえた内容になってる気がするのですよ。
紙の本から電子書籍への、あるいはリアル書店から電子書籍書店への、ね。
それは「来るべき」と形容すべきなのか「既に来た」とするべきなのかわからないが…
統計的には、まだ紙の書籍が電子書籍より 全然大きいけれど
漫画業界が、なぜか電子書籍へのレジームチェンジが進んでおり、その勢いについては明白だからね。
何しろ、今回の主要登場人物の一人は、 リアル書店の店員から電子書籍の配信会社の社員に転職した方で、最初に上司(経営者?)と思しき人から、過去に勤めていた大手書店が全店を閉店したという報道を知らされ「転職してよかったな!」といじられる。
その上司は、そして感慨深くこう独白する。
「電子書店に入社して早20年…色モノ扱いで版元に足蹴にされた日々にも耐え…意外と早く来た電子の時代!これからは電子書籍の時代よ!」
そして、その後は…もともと優れた作品であるから、決して「美味しんぼ」的プロパガンダ臭があるわけではないのだが、
だから逆に自然な形で「電子書籍がいかに優れているか」「いかに新しい優位性があるか」 ということを余すところなくナチュラルに語ってしまうのだ。
少なくとも読者の私が読み取った、この章での「電子書籍がすごいぞ」という点を箇条書きにしましょうか?
1:従来の書店の強みだった「読書家の書店員さんが、自分の個性で並べたりおすすめしたりする棚を作る」というのは既に難しくなってきている。ところが逆に、電子書籍なら逆に本好きの人が自分のこだわりで、無名作品をピックアップしたり、一つのテーマに沿って紹介することが自由にできる余地がリアル書店以上にある。
2:うっかり買い忘れたあの巻! もう書店のどこを探してもないや…という時にも、とりあえずワンクリックで入手できちゃう!
3:雑誌という入れ物で、 雑誌ブランドの作品をパッケージとして読ませるのではなく、面白い作品がすべて並列的に並んでいる。新旧も関係なく(これが一つ困ると言う人もあるのだが…後述)
4:熱心な固定ファンだけじゃなく、ふわふわとネットを回遊している人が面白そうじゃんと買うことが多い。
5:バナー広告で印象的なコマをピックアップして、 そこから動くことも多い(これが煽情的なところを選んでトラウマになる、と悪名高い部分でもあるが……)
6:「途中までの巻を無料!」「一巻は無料!」というやり方にすると、おやおや動かなかった古典や過去のシリーズが動き出し、ネットでも話題になり、 相乗効果が出てくるよ………
……と、 電子書籍の利点を、アドバンテージをこれでもかとばかり強調している。先ほども言ったように、あからさまなプロパガンダではなく、自然なストーリー、優れたストーリーの中でこれをかたっているのだ。
うーーーん、 これは私の見立てだけど、やっぱり重版出来!において、電子書籍がこんな風なエピソードとして語られるというのは、 少なくとも当初のプランではなかったと思う。
この作品が現在進行形の「出版のリアル、漫画のリアル」を追う中で、「こういう現状を書かざるを得ない」ところに状況が来ているということなんでしょうね。
ただもちろん、この作品は一番高い水準ではあるけども、最終的には「護教論マンガ」である。いわばザビエルやフロイスだ。
彼らは素晴らしい知性や誠実さ などの美徳を持っていても、最終的にはキリストの教えを護る、広めるため(だけ)にそれを活用する。
それと同じように「重版出来!」も最終的には「やっぱり紙の漫画も素晴らしい!書店もすばらしい! どれも同じぐらい重要だよね」という話に帰着させなければならない。
たぶんこの後の展開では、そうなると思うし(笑)、それは結局まだ自分も「紙の書籍派」である以上、ありがたい存在だ。
だが、逆に言うと「紙の書籍派」こそ、ここ最近の「重版出来!」を読み、電子書籍の勢いの良さ、新たな強み…こういうものを知った上で「それでもなお、我らは紙の書籍を選ぶ」となるべきなのだと思います。
※正確にいえば、自分は電子書籍と紙の書籍に関して、こう考えています
電子書籍大評定!〜キンドル買うか、買わないか脳内会議【読書週間特集】 - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20161031/p1
電子書籍によって、 漫画のスタイル(こま割り)も変わってくるか
この作品の中の一番の人気作家が、それに気づき、驚愕と危機感を持ち、 その上でそれに対応しようとしているというエピソードが出てきます。
スクロールで読みやすいコマと、普通の見開きの駒は違う!
なら、どっちでも迫力あるのを描いてやる!と。
これは以前書いたけど、一種の先祖返りでもある。
手塚治虫からトキワ荘世代に至るまで、元々は
「映画の迫力を漫画で再現したかった」
「だが現実として、紙のページとスクリーンは物理的に違う」
「そこで、「コマ割り」に創意工夫を様々に詰め込んだ」
という流れであります。
この漫画の中では電子書籍の一つの手法である「縦スクロール」に対応しているわけだけど、実は韓国の漫画サイトにそういうのがあるらしいんだが…
「一画面に1コマずつ表示していく」という形式の電子書籍、ネット漫画もあるらしいのね。
実はこの方が「同じ大きさのスクリーンにどんどん画面が変わっていく」 という映画のスタイルに似ているのである。というか同じである。
もしこの方式が今後使われるなら?今後の漫画は「コマ割り」に頭を使う必要がなくなり、映画やアニメと同じくコンテ、場面転換の撮影技術「のみ」が求められることになりますね。
(この話、以前ブログで過去記事を書いたんだが自分でもどこに書いたかよく覚えてないなあ…)
その辺のことも気になっている次第です。