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知を追うものの葛藤と夢―三谷幸喜がドラマ化する「風雲児たち 蘭学黎明編」とはこんな話だ!〜完全ネタバレ紹介※史実だから当たり前だ

ドラマに際しては「〜蘭学革命(れぼりゅうし)篇〜」とされるそうだ。『篇』なら、他にも作るんだろうな、アアン?



原作者・みなもと太郎さんより
拙著『風雲児たち』は私のマンガのなかでも愛着のある作品で、だからこそ30数年、飽きもせず描き続けています。私のギャグスピリットを最も良くご理解されている三谷幸喜氏の手でNHKでドラマ化されることを、大変うれしく楽しみにしております。

脚本・三谷幸喜さんより
僕の大学時代に連載が始まった、みなもと太郎さんの『風雲児たち』。僕はこの作品で、歴史の新しい見方を学びました。『風雲児たち』には、今の日本を築き上げた先人たちの感動的なエピソードがぎっしり詰まっています。今回、そのほんのちょっと一部分をドラマ化しました。歴史ファン、みなもとファンとしてこれ以上の喜びはありません。

さて、この衝撃&歓喜のニュース「三谷幸喜が、NHKで『風雲児たち』をドラマ化」について少し申し述べたい。
特に個人的にも思い入れのある「蘭学黎明編」だというから、ちょっと詳しく…詳しくというか、ネタバレするつもりだ(笑)
いやネタバレったって、杉田玄白前野良沢が蘭書を翻訳し、解体新書をものしたことはさすがにネタバレも何もないが、蘭学黎明編についてかなり詳しく語るので、ドラマを見るまで知りたくない!という人は目をそらしていただきたい。

風雲児たち (3) (SPコミックス)

風雲児たち (3) (SPコミックス)

風雲児たち (4) (SPコミックス)

風雲児たち (4) (SPコミックス)

風雲児たち 5巻 (SPコミックス)

風雲児たち 5巻 (SPコミックス)

風雲児たち (6) (SPコミックス)

風雲児たち (6) (SPコミックス)


風雲児たち」をあらためて俯瞰すると、もともと
「幕末を描くために、そのもとは関ヶ原だと描いておこう」
「しかし、幕末には会津が欠かせないな。会津藩を作った保科正之を…」
「水戸学や忠臣蔵が、思想的に大きな意味を…」と書いていたら、自然と38年目になった、と言われる。ただ…自分の評価としては、(潮社版での)1−3巻、関ケ原から大坂夏の陣までは、確かに幕末に直結し、そこからワープして…という作劇法もあり得たかもしれない。

しかし4巻の保科正之伝、そして5−8巻の「蘭学黎明編」で、幕末のプロローグとしての前史、ではなく、江戸時代を丸ごと描く準備が整ったのだと思ってます。それをみとめた編集部も偉かったが

あ、4巻の保科正之伝については、ちょっとこのへんでふいんきを味わってください

非認定(非実在?)NPO法人江戸城天守閣が『無い』という遺産を守る会」を結成。(心の中に) - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131206/p2


ただ、解体新書の物語っていうのは、非常にドラマチックなので、歴史漫画(通史)ではかなり取り上げられる割合が高い。
自分はムロタニツネ象、カゴ直利という、オールドファッションの二大歴史漫画の巨頭がともに漫画化しているのを見たので、ストーリー自体はおなじみ感があった。
蘭学黎明編」がすごいのは、解体新書&平賀源内伝を軸にしつつ、この時代の人々を力技も駆使して会わせたりして、重層的に描いたことかな。「田沼意次は源内や蘭学への理解者だが、敵も多い」が、その後の「幕府鳴動編」に繋がるし、ベニョヴスキーなんか完全に枝葉だが(笑)異様に面白い。
 

みなもと氏は「風雲児たち」作劇法の一つとして「資料通りでも、描き方次第でギャグになる」と以前語ってた。
翻訳での「蘭蘭辞典」の活用も、玄白と良沢が同じ本を持ってたのも事実なんだけど、実は蘭学事始では、同じ本があるからで逆に意気投合した、と描いてる。
それをこうギャグ化する。

 

ちなみに、「蘭学事始」はPDFのフリー現代語訳あり。
http://book.geocities.jp/kunio_suwa/rangaku.pdf

少し該当部分を、これから適宜引用していく

…そこで良沢が蘭書を一冊懐中からとり出し、開き示しながら、これはターヘル・アナトミアというオランダの解剖書で、先年長崎へ行った時に手に入れて、家にしまっておいたと言います。見ると、私がつい最近手に入れた蘭書とまさに同書同版です。これこそ奇遇だと、互いに手を打って感嘆し合いました。

まあ、この引用も、来年のドラマのネタバレっちゃあ、ネタバレだけどね(笑)


しかし、ギャグとしての「風雲児たち」の誇り、すごいところは、この解体新書翻訳作業を、”無茶苦茶”なオリジナルエピソードを”でっちあげて”描いているところだ(誉め言葉)


どういうのかというと
1:怒って歯をむき出しにした玄白や那珂川淳庵に思わず良沢が
「お前らはジョーズかっ」
ジョーズ…」
ジョーズ…? 本の図版を見ろ!  あったーー? じゃあその単語を、蘭蘭辞典で調べろ!」…と。

  

当ったり前だが、こんなの史実ではない…というか欄外に「どーしてオランダ語の本に英語が…」というセルフツッコミがある(笑)
しかし!間違いなく断言できるが、「事実でないが真実の描写」ではないか!
どういうふうに「櫓も舵もない小舟」と本人が自称した状態から翻訳をしたのか、嘘だから解る!

……良沢の家に集まり、前日のことを語り合い、先づ、かのターヘル・アナトミアの書に向ったものの、いわば艪も舵もない船で大海に乗り出したようなもので、茫洋として頼るべき根拠が何もなく、ただあきれて居るだけです
(略)
…眉(ウエィンブラーウ)というのは目の上に生えた毛だという一句もぼんやりしかわからず、長い春の一日かけても明確にならず、日暮れまで考へ詰め、互いににらみ合って、僅か一二寸ばかりの文章、一行も解釈できなかったりしました。


さて、徐々に翻訳は進むのだが、ここで蘭学黎明編はある構図を打ち出す。
それは良沢を「語学派/厳密派」玄白を「医学派/スピード派」とし、解体新書の翻訳と出版に際し、良沢は「まだ間違いが多い、精査すべきで出版は時期尚早」、玄白は「病を救うために大急ぎで出版を」で対立するという枠組みだ。
 
このへんは詳しい人に聞きたいのだけど、資料からは、そうは断言できないですよね?解体新書に、良沢の名前が出てないって話は、確か公には「良沢は若いころ、名声を求めぬと神社に誓いを立てたので名を載せなかった」で、自分が最初に触れたカゴ直利、ムロタニツネ象もその解釈だった筈。

で、これはまだ証拠が固まってない「見込み捜査」なんだけど、自分の中で浮上してる容疑者…良沢・玄白の「対立概念」を強調した人は(多少は玄白自身もかいてるけど)、
菊池寛
じゃなかろうか!
これが証拠だっ!!
http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/497_19867.html


ぶっちゃけ、「蘭学黎明編」のメインストーリーは、この菊池寛の小説に沿って展開する、といってもいいんじゃないだろうか?
菊池氏は良くも悪くも、史劇や伝統的な説話を近代的感覚、大正デモクラシーの時代の風潮に読み替えることに長けていた人。(恩讐の彼方に、とかさ)


https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/exhibition/blog/index.php?eid=176
から、「解体新書に前野良沢の名前が出てこない理由」部分を紹介。

……序でこの二人だけが取り上げられているのに、前野良沢の名前が本文に出てこないのは不思議ですが、小川鼎三は、1)翻訳が不備であっても一日も早く出版したいと考えていた玄白に対し、学究肌の良沢は正確な訳文とすることを念願し翻訳が不十分なままで出版することには賛成できなかったこと、2)洋書を勝手に翻訳して出版することが幕府の忌諱に触れるかもしれないという心配から、玄白が先輩の良沢にむりに名前を出すことを頼まなかったとも考えられること、3)良沢は太宰府天満宮に参拝して勉学の成就を祈り、それは自分の名前を挙げる了見ではないと神に約束したこと、がその理由ではないかと推測しています(『日本思想大系65 洋学 下』岩波書店、1972、および酒井シヅ訳『新装版解体新書』講談社学術文庫、1998のそれぞれの解説部分参照)。

だがまあ、元ネタが菊池寛だろうと、別の資料であろうと、それは枝葉の話。
良沢も玄白も極めて真摯であり、誠実であり、捨て身であり…

だからこそ対立せざるを得ない。
 
そういう思想劇として…山本おさむ「我が指のオーケストラ」という漫画の、ろう者を救う技術として手話と読唇術の対立を思い出したり。


ちなみに吉村昭「冬の鷹」も、やや俗的、政治的な杉田玄白と、学問第一のストイックな前野良沢という対比をしてますね。高山彦九郎前野良沢の交流の深さも、そういう点でのウマがあった、という解釈にしている。

冬の鷹 (新潮文庫)

冬の鷹 (新潮文庫)

  • 作者:昭, 吉村
  • 発売日: 2012/09/01
  • メディア: 文庫
http://www.shinchosha.co.jp/book/111705/
「…わずかな手掛りをもとに苦心惨憺、殆んど独力で訳出した「解体新書」だが、訳者前野良沢の名は記されなかった。出版に尽力した実務肌の相棒杉田玄白が世間の名声を博するのとは対照的に、彼は終始地道な訳業に専心、孤高の晩年を貫いて…」

そういえば三谷ドラマ版は彦九郎や林子平は出るのかな?
時間的に難しいか…


【ここから重要ネタバレ!OKの人だけどうぞ】

しかし、ここに作者は救済を与える。
深刻な思想的・政治的対立の末に、良沢の名前抜きで出された解体新書だが、恐る恐る差し出した玄白に良沢は
「できたな…」
「できたできたできた」
「できました〜〜」

コノ場面デ泣カザル者、士ニ非ズ。


もうひとつの救済が、前野良沢に翻訳事業に携わる時間と金銭の余裕を与えた彼の主君は、きちんと彼の業績を把握して称賛したという挿話を入れたことだ(たぶん創作だと思う)。
親しみを込め「オランダの化け物」と主君は呼び、それは彼の別の号「蘭化」になった。

この学問を切開く条件で天の助けは、良沢が天性多病と称して、この頃よりは常にじっと家にいて外出せず、むやみに人と交際もせず、この仕事だけを唯一の楽しみとして日を過ごした点があります。主君の昌鹿公も、良沢のこの態度と気持ちをよく承知し、彼は元来変わり者と咎めませんでした。本務を怠って勤務がいい加減だとの告げ口もありましたが、主君は「毎日の仕事を勤めるのも大事だが、一方で別の仕事に力を注ぎ、終には天下後世の人たちに有益なことをするのも、仕事を一生懸命に勤めていると同じだ。良沢はやりたいことがあるのだから、やりたいようにやらせるのがいい」と、それ以上は介入せず放置したそうです。
 
主君はその頃ポイセン(人名)著のプラクテーキという内科書を手に入れ、その紙端に御印章を押して、良沢に与えていたそうです。良沢は、元来楽山と号しましたが、高齢になって自ら蘭化とも称しています。昔、主君より頂いた名で、良沢はオランダ人の化身だとふざけて主君が述べたことから出た名前です。ともあれ、良沢に対する主君の寵遇はこれほど厚く、だからこそ良沢は心のままに学の修行が出来ました。


んで、あらためて「風雲児たち 蘭学黎明編」を読み直すと、解体新書の物語と、多芸の天才・平賀源内の話って同じぐらいの比重なのね。
ただ「ひとつのことに粘り続けて結果を出した」解体新書と「多芸多才すぎて、いろんなことをやりすぎて中途半端になってしまう」源内を対比させるところがミソ。
   



蘭学黎明編は前述の「彦九郎や林子平」ほか、
「江戸時代に”検索”で同好の士(杉田玄白)とメル友になった建部清庵
田沼意次松平定信の対立」
「良沢や玄白以外の蘭学者


…なども描かれ、この後の第三期「幕府鳴動編」に続くのだけど、ドラマでの省略は必至。むしろ原作を読む動機付けにしてほしい。
 


 資料集
■18世紀の「人力検索はてな」。建部清庵杉田玄白http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20070927#p5
松平定信−その功罪を、あらためて考える」https://togetter.com/li/614050
風雲児たちの定信像は(従来説の反動で)やや悪役過ぎる?という重要な問題提起


最後に。
風雲児たち」(今は幕末編との区別で「ワイド版風雲児たち」という)は、一部ためし読みができる巻があるが、解体新書の話にダイレクトにつながる部分が試し読みできるのは、6巻の「ソク読み!」サイト。
そこへのリンクを、紹介しておきます
http://sokuyomi.jp/product/waidobanfu_001/CO/6/

コメント欄より

ヒルネスキー

>竹とんぼは
>1 飛んでる平賀源内の独創
>2 ダ・ビンチなどの西洋文献から着想
>と思われていた。

>ところが竹トンボに類する郷土玩具は各国にあり、
>近年、奈良時代長屋王御用邸跡から古代中国伝来の竹とんぼが
>発見され、
>3 中国から伝来し日本で細々と継承されていた竹とんぼを平賀源内がリュニューアルした

>という説もでてきた。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8786733.html

ふーむ。

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竹・木製品が、よくぞ腐食せず残っていたねえ!