民主党政権とはなんだったのか - 読む国会 http://www.yomu-kokkai.com/entry/2017/04/16/150257
が最近、はてブで話題だった。
それに関連して・・・・・というわけじゃなくて、本来は3月11日前後に書きたかった文章を、そろそろ書いておかないといけない、ということでこれから書こう。
ただ、それは以下の続編となります。できれば、この記事を先に読んでおいてください
(そうでないと伝わらないところもあります)
この本からの引用です
官邸危機: 内閣官房参与として見た民主党政権 (ちくま新書)
- 作者: 松本健一
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2014/02/05
- メディア: 単行本
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前後を言うと
・松本健一という、論壇では名前の売れた評論家・近現代史研究家が、菅直人内閣時代に官邸参与になっていた
・しかし311大震災に直面し、各種の理由で中国外交に関わる
・まず直面したのは「311に対し中国は協力しようとしたのに、日本政府は消極的である。友好の意思が感じられない」と
・それに対し松本氏はいろいろ説得する、という話。
東日本大震災秘話。中国は震災時「病院船」派遣を申し出た(&日本政府が断った)…松本健一「官邸危機」より - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20170314/p4
冷戦構造が解体したのに、日本はまだ冷戦時代の日米同盟第一主義に固執しようとしている。たとえば、中国は東日本大震災と福島第一原発の事故に際して、日本の「再建・再興」に協力しようと、人民解放軍の「病院船」(医師、検査機器、医薬品、ベッドが整っている)を派遣しようと申し出た。しかし日本政府(在中国大使館)は一言「いらない」と答えた。これは日本に中国と友好・連携しようとする意思がないことを示しているのではないか、と。
(略)
「病院船」を派遣するという申し入れにも、東日本の海岸線の調査や海洋への汚染水の放出の影響調査なども含まれているにちがいなかった。
しかし、その「病院船」の派遣の拒否をも含めて、中国側が3.11後の日本政府の対応に非常な不満をいだいていることは、いろいろな筋からの情報でわかっていた。「病院船」以上に中国側が問題にしていたのは、胡錦濤国家主席の弔問外交と、温家宝首相の全人代報告のテレビ演説に対する、日本政府=外務省の無神経ぶりだった。
3・11のあと、胡錦濤国家主席は在北京の日本大使館を訪れ、今回の未曽有の出来事に対して弔意を示し、記帳した。弔問外交である。これに対して日本大使館は口頭で謝意をのべただけで、その後何の対応もとらなかった。ふつう外交儀礼としては、国家主席に対しては同等―中国側の「常識」とすれば天皇陛下、日本側の「常識」とすれば総理大臣―クラスの答礼をしなければならない。
しかし、20日たった3月末の時点でも、日本政府は何の反応もみせない。これが不満のひとつだった。(略)胡錦濤主席が日本大使館を訪れて、東日本大震災についての弔問外交をしたとき、大使館の隣の部屋では職員たちがテレビのバラエティ番組をみていて、ゲラゲラと笑い声がしていたと伝えられている。これに胡錦濤さんが非常に不愉快の思いをいだいたことは、間違いないところだろう。(p36-38)
(略)
「病院船」の派遣に関しては、東日本の港湾のほとんどが津波によって破壊されています。数百トン以上の船が入れる港の三十いくつかは、コンクリートの防波堤が壊され、どこに暗礁ができ、どこに自動車や漁船が沈んでいるかもわかっていません。陸上の道路はひび割れ、段差ができ、車にガソリンが補給できない状況です。東北新幹線もまだ開通していません。こういう状態では病院船が被災地に近づくことも、被災者を病院に送り込むこともできなかった。それゆえ「病院船」の申し出もお断りせざるを得なかったのです。(p44)
ざっくりいうと
上のようなやり取りがあり、
それを帰国して、松本氏は菅首相に「中国の軍や党や政府がカンカンだったので、とりあえずアドリブでこう対応しました」と報告しました、と。
すると・・・・・・・
菅さんがわたしの面前で電話をとりあげたとき、わたしは話が意外な方向に進む展開を感じ取った。(略)相手は、外務審議官だったと思われる。1分としないうちに、中年の男性が現れた。わたしは紹介もされていないし、名刺交換さえしていないから、誰だかはわからない。
菅さんが彼に向って、いま松本さんから報告を受けた。中国の政府や国民は3.11後の日本政府の対応に対して、カンカンに怒っていたというじゃないか。だから、おれがあのとき(胡錦濤主席の弔問や病院船派遣提案)に、すぐに電話をしてお礼を言ったほうがいいのではないか、と言ったのだ。それに対して、あなたたちは中国は文書の国ですから、いずれ正式の礼状を親書として出せばいい、と答えた。それじゃやっぱり駄目だったんだ、と大声で怒鳴った。
ひとの前でこんな怒鳴り方をされたら、普通の庶民以上にプライドをもっている官僚−いや、官僚の多くはプライドというより、その根底にある社会的地位で生きている人種かもしれないが――としては、こんな上司のために身を粉にして働くものか、と反駁するばかりだろう。(P52-53)
いや、しかしだ。
民主党政権は一に「官僚内閣制打倒」を目標にし
「次官会議」を廃止し
それに憤った官僚は民主党に対しサボタージュをした
ので、
”イラ菅”が官僚を怒鳴るのも、その意味では、仕方ないところもあった
と書いた松本氏も認めている。
だがそもそも、中国への謝意にふさわしいのは電話か、公式親書か…という話はどこまで松本氏の言う通りなのかもまた分らんところで、基本的に松本氏は「自分の手柄話」として書いている。
というかあの混乱の中で(これ、4月冒頭の話です)謝意が早いだのおそいだの電話がないの親書を出すなんて話、それで文句を言ってくるほうもどうなのか、という話でもある。何か国があの時支援を申し出てくれて、それに対して日本国の謝意はどういう形式であらわされたのか、というのも気になるし、中国は特別扱いだったのか、他と並んでいるのか。そういえば震災支援が極めて大規模だった台湾の扱いの話もあったな……
それでも、こういうののお礼は「謝意を過剰に示しすぎた」ってこともないのだから、どんどんやってってもいいのではなかったか。
外務省がチョンボをしたとも言っていいと思うし、それを総理とその周辺が咎めるというのはあり得るだろう。
に、しても、これはそんな話から離れても
「総理が松本から話を聞いた。即座に首相が外務省の中堅官僚?を呼び出し、まったくその官僚と相互に面識のない松本がの目の前で、松本の話をもとに怒鳴りつける」
というのは、やっぱり異様感を感じさせる話ではなかったろうか。
そもそも、「イラ菅」というニックネームは、まだミニ政党・社民連の幹部だった時代からその言動に対して言われている話で、さきがけで大臣になってからとか、首相になってからという話ではない。
どこかで表面的にでも、それを修正する機会みたいなのはなかったのか。
松本氏は、もともと官房長官の仙谷由人氏との関係で官邸入りしたこともあり、菅直人には特段の共感を持っているわけでなかった。
だからかなりの距離感をもって松本氏は菅直人氏の言動をこの本で記録している。その自己防衛の意味でも、松本氏の面前で官僚を呼びつけて怒鳴る意味があったとも思えないのだが(笑)