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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

法案可決で注目の「ギャンブル依存症」。でも薬でも食物でもなく「賭け」が中毒になるって結構すごくね?人間の脳の営みは。

カジノ含むIR整備推進の議員立法が成立 | NHKニュース http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161215/k10010807281000.html


15日午前1時前から法案の審議が行われ、民進党共産党が反対の立場から討論を行ったあと、採決が行われ、カジノを含む統合型リゾート施設の整備推進法は、自民党日本維新の会などの賛成多数で可決されて、成立しました。


……「統合型リゾート施設」を、カジノや会議場、それにホテルなど、観光振興につながる施設が一体的に整備された区域と定義し、適切な国の監視と管理の下、民間事業者が運営するとしています。

そして、施設を整備できる区域は、地方自治体からの申請に基づいて国が認定するとしています。

そのうえで、国に対し、推進法の施行後1年以内をめどに、カジノの運営業者に対する規制やギャンブル依存症の対策などの具体的な措置を盛り込んだ法整備を行うよう求めています。

成立記念。(藤子・F・不二雄 「征地球論」より)



カジノ法、ギャンブルについては数日前

カジノ議論が孕む諸問題。「愚行権」「自由意志」「病気」「国富」「品格」…もろもろが面白い - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20161212/p2

で、たっぷり書いたのだけど、ボリュームの関係で「ギャンブル依存症」については書ききれなかった。

自分はとくにギャンブル依存症というのには、この法律の成立や是非とは関係なく興味を持っていた。
というのは…これも何度も書いたし、読んでくださってる方には「またか」な話であるが
・人間の、あなたの行動は「自由意志」なのか
・それとも病気や中毒や「マインドコントロール」など、外部の力によって操作されたものなのか
・その時、他者はその人の行動を強制的に制限、制約することができるのか…

といった話題に繋がるからこそ、興味を持ってきたのだ。



というのふうな興味を持った時期は、特定できるな。90年代、まだ元気かつあやしげな活動をしていた栗本慎一郎は、「現代思想」にほとんど興味なかった自分でも、それなりに著作に目を通すほどには有名人だった。
初期の代表作
「パンツをはいたサル」
の続編というか二番煎じというかの「パンツを捨てるサル」
も、実にいまとなっては信憑性に「?」がつくような「ウイルス進化論」とか、そういうのを盛り込んでいたんだけど(ただ、そういうところで断片的に用語を知っていたことが、正確な科学知識の需要にも役立ったりする皮肉もある。そういえば俺、「恐竜には毛や羽毛が生えていた」という、今では定着した説を、あすかあきおによって教わっていたんだ(笑))その中の一つに
「人間の『快感』は脳内で作られる物質であるドーパミンによって制御される。人間の行動というのは突き詰めれば、このドーパミン放出による”快楽”を求める行為なのだ」

みたいな章があったと記憶している(だいぶ昔なので、ちょっとごっちゃになっている感はあるが)



こういう話が一般の啓蒙書や、フィクションで提供されたのと、実際の研究成果が出たのにはどれぐらいのタイムラグがあったのだろう?
かなり並走していたような気がする。
で、「ギャンブル依存症」というのもかなり、最近の概念じゃなかったかな? もちろんギャンブルがやめられないのは心の病、という考え方は以前からあったようだけど、WTOが認定したのが何年だ、とか見ていけば特定できるのか…たぶん、近年のはずだ。


「Medicine Note」というサイトにある、この人のコラムが興味深いのだけど

村井 俊哉先生
京都大学大学院医学研究科 教授 脳病態生理学講座 精神医学教室
https://medicalnote.jp/doctors/150526-000005-ZKSUEZ

この中に、そういう話がある。

https://medicalnote.jp/contents/150622-000007-XXWDIV

依存症の歴史―物質依存症から行為・過程に対する依存症まで

まず、もともとの依存症の歴史をたどってみましょう。
元来、依存症とは物質に対する依存症のみを指す言葉でした。精神医学において、病名は慎重につけなくてはいけません。ひとつ方向性を間違えると、人生に関連するもの全てを病気にしてしまうからです。だからこそ、シリアスに考えないといけない状態だけを病気と考えるのです。
物質依存症以外で病名に含まれているのが「ギャンブル依存症」である、ということは前回お話ししました。このギャンブル依存症は、アルコールやコカインに対する依存症とその特徴が似ており、なおかつ社会的な問題も大きいため、行為・過程依存症の中で特にギャンブル依存症のみが、物質依存症と関わりの深い病気として考えられるようになったのです。診断基準上、物質依存症と同じ章にギャンブル依存症が含まれることになったのは、2013年に出版されたDSM-5(米国精神医学会が定めた診断基準)以来のことです。ですから、ほんの数年前のことなのです。

どこまでが依存? ギャンブル? インターネットゲーム?

DSM-5を作成する際、この中にインターネットゲーム依存症を病名として登録するかどうかという議論がありました。しかし最終的には、病名としては認定されませんでした。インターネットゲーム依存と同様に、買い物依存も診断基準に含まれていません。このように、病気とみなすかみなさないかの「線引き」が問題となる行為は、時代が変わり私たちが利用可能な技術が変わり、そして私たちの生活が変わると、次々に登場してきます。
そしてその都度、「どの状態を病名として登録してどの状態は登録しないか」は、ある程度恣意的な決定とならざるをえません。なお、パチンコ依存症ギャンブル依存症に含まれますので、現在の診断基準でも精神疾患ということになります。
では、インターネットでのゲーム依存症のほうがギャンブル依存症よりも病態として軽いのかというと、それはそうともいえません


ほうら出てきた、「何が病気かは、技術や生活が変わると変わる」「何を病気とするかは、ある程度恣意的な決定をするしかない」
僕なんかは、けっこう素朴な科学信者だから、「何が病気かは恣意的に決めました」なんて言われると
「アスルラーン王太子殿下は、実はパルス王家の血をひいておらぬのじゃ」と聞かされた保守派将軍みたいな感覚になるよ(笑)。…って、喩えがいまいち伝わりにくいんじゃゃないんとちゃうか?


それはさておき…。
だけれども、王家の血をひかずともアルスラーンの人格と徳は王の中の王にふさわしかったように、「ギャンブル依存症」…つまり、植木等が歌うように

ねらった大穴 見事にはずれ
頭かっときて 最終レース
気がつきゃ ボーナスァすっからかんのカラカラ……

この「頭かっと来て最終レース」が、脳内に麻薬物質がドバドバと分泌されている状態だ…というのは、自分の乏しい経験でも実感がわく。だからWTOも、そう決めたのかな(笑)。
「わかっちゃいるけど やめられない」と、植木も歌っている。
依存症を美化(とはいわんが、笑い話のように矮小化)する歌だ!として、ポリコレ的に自粛される未来が見えました。


ま、とにかく「ギャンブル依存症」というものが、医学的なお墨付きを得たのが最近の概念なんだよなー、というのに納得がいった。ドーパミンとかの研究は、いつごろ進んだのだろう…

http://www.news-medical.net/health/What-is-Dopamine-(Japanese).aspx
ドーパミンの歴史
ドーパミンはジョージ Barger およびロンドン、イギリスの Wellcome の実験室のジェームス Ewens によって 1910 年に最初に総合されました。

1958 年に、 Arvid Carlsson およびスウェーデンの各国用の中心の協会の化学薬理学のための実験室の Nils-Åke Hillarp は、神経伝達物質として、ドーパミンの機能を検出しました。 Arvid Carlsson は生理学の 2000 年のノーベル賞か、ドーパミンノルアドレナリンのちょうど前駆物質およびアドレナリンしかし神経伝達物質ではないことをまた示すための薬与えられました。

ランナーズ・ハイ」という現象が話題になり始めたのも…記憶が曖昧だが、そう昔からの話ではない、と思う。

http://number.bunshun.jp/articles/-/772433
昨年6月、あるドキュメント番組で日本を代表するトレイルランナーである山本健一がレースの終盤、幻覚を見ながら走るシーンが放映され話題となった。

道ばたの岩がフクロウに見えた現象をどう説明する?

 それはレース開始から24時間以上が経過した朝のシーンで、徹夜で駆け続ける山本が次々に出くわす道ばたの岩を指さしながら、「フクロウ? あれはフクロウ?」と同伴するテレビクルーに繰り返し尋ねるという衝撃的な映像だった。

 現役のアスリートがレース中にいわゆるランナーズハイの状態に突入した瞬間を記録した、おそらくスポーツ科学的にも貴重な映像であると思われるのだが、ではランナーズハイとは何か? というと実は定義はむずかしい。「山本健一が体験していたような現象」というしかないのだ。

 もちろん脳機能学や脳生理学の専門書をひもとけばランナーズハイについての項目があって、モルヒネに似た強い脳内麻薬物質であるエンドルフィンが分泌することで起きる生理現象とある。

 そしてこの脳内ホルモン「エンドルフィン」は長距離走のような強い負荷を肉体にかければ放出され、脳の受容体に作用して肉体が悲鳴を上げる痛みを緩和し、多幸感さえ作り出す─―などと説明されている。

 これはこれで実験で確認された事実であり、科学的な説明にはなっているのだが、人間の身体と運動を生理・心理・物理の観点から総合的に研究している関西大学の小田伸午先生(人間健康学部教授)は、「ランナーズハイが起きるのは脳内でエンドルフィンが作用しているからだという定説は、山本さんに起きた現象を説明するための一つの手段であって、これですべてが説明できているわけではない」と

で、こんな話を突き詰めていくと、栗本慎一郎が語りかけてた(断言までは至ってなかったと思う)
「すべての人間の行動原理は『快感』(脳内麻薬物質)であり、たとえば道徳も不道徳も、ある人にとっては”道徳”を守るのが快楽、ある人にはそれを破るのが”快楽”であるにすぎない」という哲学的な相対化にも足を踏み込むことになる。
たとえばマザー・テレサマハトマ・ガンジー、或いは聖者高僧のような徹底的な献身や質素さ、敬虔な信仰や深い瞑想も「そうすることで脳内麻薬による快楽が得られたのだろう」となる…んかな?


話をわきにそらしちゃうけど、自分、こどものころ「ロードス島戦記」を読んで、その物語内で創作された「暗黒神ファリス」の教義というのを読んだとき、強烈に違和感があった。その教義は、暗黒神だから「なんじ、己の欲することをなせ」という、ピッコロ大魔王の布告みたいなアレだったんだけど、子供心に「実際の歴史では、全世界の中でひとつも、『何でも好きなことをやっていいぞよ』なんて教義の宗教は無いっしょ。設定にリアリティがないなあ」と思ったのですよ。


ただ、この「脳内麻薬物質論」「全ての行動原理は快感論」は、それに近い部分があるのではないか…
現に、この前完結した森恒二自殺島」のラスボス的悪役・サワダはこう語る。
http://rei-box.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-29f8.html



「急にインテリ入ってキャラクター属性が崩れてる」とかはさておき(笑)、ハリウッド映画などに先行事例があったのかもしれませんが、面白い悪役の類型、悪の哲学のひとつだろう。


さらにいうと、ドラえもんではこれに先立ち「いやなことをしなければならないなら、意図的にその”いやなこと”の『中毒』になってしまえば、積極的にそれをやりたがるんじゃないのか?」という考え方に基づいてヤメラレンという薬を飲んで「人工的に中毒になり」、その結果、誰もが嫌がるジャイアンの歌にすら!!熱狂するようになったという、なんとも象徴的なエピソードがある。
というか、実に哲学的だ…。

この道具では、タバコをやめたくてもやめられないニコチン中毒のパパを「チューインガム中毒」にしてしまい、ガムを噛みながらタバコは吸えないから、結果的にタバコを止められる、という副次エピソードもある。ガムはひっきりなしにかんでも確かに健康被害はタバコより格段に少ないから、これはこれで解決なのだ。(作品中では、それも問題だ、というオチだったが。)
アニメ版のエピソード紹介があった

http://blogs.yahoo.co.jp/suersoya/13773072.html

ドラえもんは「ヤメラレン」を出す。この道具をやってるもの、食べてる時に使うと、それがやめられなくなるという道具。つまり「ガム」を食べてる時に「ヤメラレン」を使えば「ガム中毒」に、「野球やってる」時に「ヤメラレン」を使えば「野球中毒」になるのだ。それを使ってドラえもんのび太を「勉強中毒」にしようとするがのび太は…

僕が、ギャンブル依存症とか に興味があったのは、日本にカジノができるかできないかとかより、こういうふうな話でした…という個人史

余談 「何を依存症にするか」なのだが

ネット依存症は、これは認定されているようだけど、もっとピンポイントに「はてなブログ更新依存症」「はてブ更新依存症」「togetterまとめ依存症」とかがWTOに認定されると、白衣の男たちに両腕を抱えられる危険が当方にかなり出てくる(笑)。
まあ、それはともかくとして、20代ぐらいで、まだ生計定職も持たない若者が、「バイト代ほとんど、スマホのゲームの課金に使っちゃいましたーー」みたいな話は、リアルに見聞きする。現金の見返りがないのだから法的にはギャンブルじゃないのだろうけど、そりゃ胴元?がプロ野球球団を持てるわけだよ……
しかしこれも脳内麻薬がどうこう、という検証から、依存症と定義されることは今後は十分ありそう……ってことでいいのかね??

そもそも「賭け」が楽しいのか?「賭けに勝って、カネが儲かる」のが楽しいのか?

少なくとも僕は、圧倒的に後者ですね(笑)。自分がギャンブル依存症には絶対成り得ないだろう、と思うのは、勝って儲ける喜びと、負けて悔しくてたまらないという悲しみでは、後者を圧倒的に感じるからです。

だからPRIDEのPPVを一室に集まって集団観戦し、一本勝ち・判定勝ちか、決まるのは何ラウンド目かを予想する大会に『参加料』を払い、その当たり方が点数化され、優勝者が『賞金』が得られる……などという「予想大会」が、もしあったとしたら、そんなのは楽しくなかったと思いますっ。


ただ、この前羽鳥のモーニングショーを見ていたら、どこかのデイサービスで、、疑似通貨を使って疑似カジノを展開し、それでおじいちゃんおばあちゃん生き生き…というのをやっていた。ああ、ここじゃ。

http://las-vegas.jp/

…本場ラスベガスのカジノにも日中は高齢者が多いとの話を聞きつけ、実際に見に行ってみると、高齢者の方々が 大いに盛り上がりハイタッチして喜ぶ姿があった。どれだけ大勝したのかと見てみると1ドルの賭けに勝ったの だと言う。
高齢者の笑顔が脳裏に焼き付き、衝撃を受けたまま日本に帰るとすぐ「人生をエンジョイするアメリカの高齢者 介護の考え方を日本に持ち込みたい」と、方法を考えた。
過去にデイサービスに行きたがらない利用者さんに数々出会ってきたことが思い出された。
孤独死という言葉ある。誰にも看取られず、孤独のうちに自宅でひっそりと亡くなっていってしまうという社会問題だ。特に単身の男性の方に多い。
・リハビリ以前の問題である。まずはサービスを提供させて頂けなければ私達は何もできない。まずはお越し頂かなければ始まらない。
その為には「行きたい」と思えるモチベーションがなくてはならない。学校でも会社でも習い事でもフィットネ スジムでも全て同じだ。 何らかのモチベーションがなければ、それは苦痛でしか無く、継続するのが困難になる

身体機能向上と合わせ、高齢者がより健康的に生活する上で必要な要素が、 認知機能の向上と脳機能の活性化です。自ら考え判断し、計算や記憶を行うために ラスベガスではゲーミングの要素を取り入れ、利用者様に楽しくゲームを行いながら 各種機能の向上に努めてもらっています。
レクリエーションが単なる休憩時間ではなく、自ら考え行動できる時間となることで、 脳機能の活性化にもつながりますし、ルールの遵守やゲーム通しての交流などで自然と 利用者様同士のコミュニケーションも行われます。勝つ、負けるといった感情に 刺激を与えることができるため、楽しみながら脳機能を活性化することができます。


ギャンブル依存症というと、実は自分がかなりの頻度で思い出すのが
星新一のSS「四で割って」なのだ。

http://kakopipe.blog38.fc2.com/blog-entry-834.html
※↑星新一のSSをオチまでAA化でネットに載せることの是非はあろうなので、まあ自己選択で。


ギャンブルが好きで好きでどうしようもない4人組は、何でも即席に賭けにできる「四で割って」ゲームをいつもやっていた
ABCDの4人が、交通事故の死者数から、親父の余命まで、何でも「四で割って」割り切れる、1あまり、2あまり、3あまり…の四つに賭ける。たとえ死んでも、刑務所に行っても、地獄に落ちても…だ。


で、ほんとにそういうふうに、ギャンブル依存症なら「賭け金1円」で賭けをやり続けて、それで満足できないんですかね??(笑)
それならみんなハッピー、いいことづくめ、なのだが……そうはならないわけで、やっぱり「賭け」が快楽なのだけじゃなくて「賭けに勝って、大金を掴む」ことが快楽なのかしらねえ。

動物をギャンブル依存症にできるのか?

なにかレバーをひいたら餌か電流の二者択一にして、そこでサルだかマウスだかを…という実験の記録を読んだ記憶があるが、忘れた。

検索したらあったのだけど、何かちょっと怪しげ…

ボタンを押すとエサが出てくる装置をサルに与え、「ボタンを押すとエサが出てくる」とまず印象づけます。(連続強化)しかし、ずっとエサが出てくるのがわかると、サルはこれに興味を示さなくなります。そして、次にそのうちボタンを押しても出るときと出ないときを設定します。(部分強化)すると、サルは一日中ボタンを押し続けるようになります。そして、ボタンを押してもエサが全く出ないように設定しても、サルは必死にボタンを押し続けます。怖いですね。これは心理学の実験なのだそうですが、「連続強化」よりも「部分強化」のほうが行動が定着しやすいのです。