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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

横浜誘致表明でカジノをめぐる過去記事の「再放送」

横浜市が「カジノ誘致」を表明したということで、2016-12-12の記事を「再放送」したい。1丁目1番地で『愚行権』をめぐる法哲学論議(あるいは、愚行権ギャンブル依存症という医学的事実は制限しうるか、も含めて)を議論してほしい。


以下、過去記事再掲載

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カジノをはじめ「ギャンブル」については、当ブログがけっこう書いてきた。
きのうきょう語り始めたおあにいさんとは、おあにいさんのできがちがうんでえ。



なぜにかちうと、自分でギャンブルをやってるからではなく(理由は後述)、やはり法哲学的な問題としていじくるとさまざまに面白いからと、それが直接的ではなく、間接的に自分の興味範囲と重なってくるからだろう。
この機会に、過去の議論もまとめて記事にしておきたい

まず、木曽崇氏の記事が面白いという話

http://blogos.com/blogger/takashikiso/article/
経歴その他はリンク先にある通りだが、以前からtwitterで「カジノ」「ギャンブル」について語っていて異彩を放っていた。
最近、当然ながらこの状況を受けて寄稿以来がひっきりなしだとか。

蓮舫代表、「息をするようにウソをつく。気持ちいいまでの忘れる力」を発揮する
共産党と鳥畑与一の間違い:ギャンブル依存症対策
カジノ法案に関してブーメランが飛び交いまくっている件
無責任にギャンブルを社会拡散する共産党が許せない
無責任にギャンブルを社会拡散する東京新聞が許せない
驚きの2日裁決、第二回カジノ法案審議
第二回カジノ法案審議:本日の注目点
初日から大波乱:第一回カジノ法案審議
カジノ法案の審議開始:本日の注目点

最近の記事のごく一部。適宜引用したりしますが、皆さんも興味あるものを拾い読みしてください。

一方で、小田嶋隆氏のコラムも非常に面白かった

カジノ法案という“増税策” http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/120800073/

これが面白いのは、ツッコミどころが多い、そういう点で「典型的」だからという面がある。少なくとも自分の興味の範囲に関しては…そこを書いていきたい。

愚行権」は、どこまで認められるべきなのか?

これがギャンブルの1丁目1番地。

あたしが、その記事につけたブクマなんですけど

http://b.hatena.ne.jp/entry/311699228/comment/gryphon
貴方、『私の間食に被害者はいない。強いていえば被害者は、罪を犯した当人である私自身だけ…自業自得の報いを…宿命として引き受け…私の罪と罰は自己完結している』と、1月15日のコラムに書いたのお忘れか(笑)

上の引用は字数制限があったから、より正確に引用しておこう。不倫を論じたコラムからだ。

ゲスの極みについて考える http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/011400027/ #日経ビジネスオンライン
 
良くないということと、それをやらないということは、別の文脈に属する話だ。
 人は良くないことでも、やってしまうことがある。さらに言うなら、人生の楽しみの少なからぬ部分は、良からぬことを為すことの中に埋もれている

 たとえば、私は、昨年の春に糖尿病が発覚して以来、間食をいましめられている
 間食は良くない

 よって、私は、普段の食事に気を配らねばならないことはもちろんだが、それ以上に、食間に摂るジャンクフードの類を根絶するべく、強く言い渡されている。というのも、間食のほとんどは炭水化物で、してみると、血糖値を低く保たねばならぬ糖尿病患者にとって、規定の時間外にイレギュラーな形で炭水化物を摂取することは、あらゆる意味でよろしくないしぐさだからだ。

 が、時に、私はクッキーを食べている。
 せんべいも食べる。
 仕事に行き詰まったタイミングでは、チョコレートに手を伸ばしてさえいる。
 無論、そうしたものを口にする度に、いけないことをしてしまったと、後悔する。
 反省もしている。
(略)
 私の過失は個人的なものだ。パパラッチの知ったことではない。
(略)
 私の間食に被害者はいない。強いていえば被害者は、罪を犯した当人である私自身だけだ。ということは、私は、天に向かってブーメランを投げた者の末路として、自然落下を上回る速度で、自業自得の報いを、自らの健康を損なう宿命として引き受けているわけで、この時点で、私の罪と罰は自己完結している

実を言うと、少なくとも私が見聞きした、ごく通俗的な倫理・法哲学の紹介書籍で「愚行権」が論じられるとき、
「賭博」
以外に
ボクシング・格闘技などの危険を伴うスポーツ
アルコール
そして糖尿病などを抱えた患者の「暴食」

が、よく登場するのですよ。…ぜんぶ小田嶋さん、好きだよね。(アルコールはガチの依存症になってしまい、禁酒されたそうだが)

コラムニスト・小田嶋隆氏、ボクシング王者メイヴェザーへの批判に物申す - Togetterまとめ http://togetter.com/li/565401

これほど熱く語っている。
ボクシングやその他の格闘技、プロレス、アメフットなどは、愛好者のひとりである自分も認めざるを得ないが、競技者が肉体的なダメ―ジを負う”リスクが高い”行動であるのは、おそらくギャンブル以上の確率でそうだろう。しかしこれらは、やる側にも見る側にも「人生の愉しみ」である。もちろん、ギャンブルと同様に格闘技を目の敵にして、潰そう、禁止しようという動きもある。
これに対抗するのが、「愚行権」なわけで。
そういえば「砂糖税」論や「甘味飲料規制論」などで、お菓子を目の敵にする運動もあったっけ。


そういう愚行権と、ギャンブルをわかつものはあるのか?
ある。
ギャンブル依存症」がそれだ。
小田嶋氏は上記のコラムで語る。

「全国民にカジノへの来場を強制するわけじゃあるまいし、自分の意思で賭博場にやってくる人間が、自己責任でカネを賭けて、己の才覚で負けることに、どうしていちいちお国が責任を負わなければいけないのか」
「それこそ自業自得じゃないか」

 という意見があることは承知している。
 私自身、大筋ではおっしゃる通りだと思っている。
(略)

博打は、自己責任の遊びだ。
 合法的な賭博で、どこの誰がいくら勝とうが負けようが、その結果は、基本的には本人が引き受けるべきものだとも考えている。

「ギャンブルで身を滅ぼすヤツってさ、仮にギャンブルが無くても、たとえば女に振られただけでヤケになって包丁振り回すとか、試験に落ちたから学校に火をつけるとか、要するにそういうヤツなわけだよね?」
「つまりアレだ。包丁が悪いんじゃなくて、包丁で人を切る人間が悪いというのと同じで、ギャンブルが悪いんじゃなくて、ギャンブルで身を滅ぼすヤツが悪いってことだろ?」


先回りしているな(笑)
だが…と持ち出してくるのが、「依存症」の問題だ。

(依存症の話)が理解してもらいにくい理由は、酒もギャンブルも、多数派の社会人にとっては致死的な害悪ではないというところにある。
 逆に言えば、多くの人々は、自己責任の範囲内で、酒やギャンブルのリスクと付き合えているということでもある。
 ということは、「少数の特別な人間だけがギャンブルで身を持ち崩し酒で身を滅ぼしている」ということでもあるわけで、これぞまさに「自己責任」の物語そのものに見える。

でも、実際に何人かに取材してみればわかることなのだが、酒にしてもギャンブルにしても薬物にしても、依存は、必ずしも人格や性格の弱さがもたらすものではない。むしろ「脳」の中にできる抵抗不能な回路が引き起こすものだ。そう理解するほかにどうしようもない

 依存が、脳にビルドアップされる「回路」である以上、どういう機序でそれができるのかはともかくとして、誰の中にでも、ある確率で発生するものだと考えなければならない。
 アルコールの場合は、依存に至る経路には、持って生まれたアルコール分解酵素の組み合わせが強く関連していると言われている。何らかの遺伝子がかかわっているとも言われている。ギャンブルの依存についても、脳内物質の分泌が作用していることはおそらく間違いない。


この件に関しては後述するが、小田嶋氏は「アレルギー」のことを反論としてシミュレートして、架空の反論者に語らせている。
それへの反論は、「蕎麦は栄養がある」論だが……

「一部の人間にとって有害だから禁止しろという理屈なら、蕎麦にだってアレルギーの持ち主はいるんだから蕎麦を禁止しろっていう話にならないか?」
「ギャンブルだってアルコールだって、普通の人間にとっては身を滅ぼすほど有害じゃないわけなんだから、要するに依存症の人間が近づかないようにすればそれで良いんじゃないのか?」
 たしかに、食物アレルギーをめぐるリスクの話と、薬物(およびギャンブル)依存の話はとても良く似ている。
「多数派にとって無害なものが少数者にとって有害である何か」
 というふうに分類すれば、ひとつの同じ問題の別のバリエーションに過ぎないようにさえ思える。
 しかし、
「多くの人々にとって、欠くべからざる栄養素であり、社会全体にとって有益かつ重要な産業の一部分である一方で、一部の人々にとって有害に作用する物質」
 である食物と、
「多くの人々にとっては、小さな害しかもたらさないが、一部の人々には甚大な被害をもたらす娯楽」
 であるギャンブルは、やはり別に扱った方が良い

ここ、主張が弱いと、たぶん当人も思っている。


しかし「依存症」が医学の問題であるなら「自由意志」や「権利」の上に立つこともあるだろう。

自分がこの問題をずっと追ってきたのは、まさにここに興味があるからだよ。
過去に書いた記事がいろいろある

■個性か病気か選択か。「新型うつ」「マインドコントール」「ギャンブル依存症」…etc(前編)http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120429/p3
■万引きは「病気」じゃないか、という話…からいろいろ話題は広がる。http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130110/p3 
オセロ中島氏を含め、やっぱり「マインドコントロール」って概念は使い方難しい&現在「弁護士のくず」でこのテーマ http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130405/p5
統一教会信者を脱会させる”説得”に賠償命令…マインドコントロールと自由意志のあいだに http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140129/p2
■「ギャンブル依存症」をどう考えるか〜木曽崇氏のツイートより/「自由意志」を考える(4) - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20141120/p5
■どこからを、どこまでを「依存症のせい」とその人の行為について考えるべきなのか? - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20160318/p3

自分は、「ギャンブル依存症」に似たもの、少なくとも同じカテゴリーで考えるべきものに「病的万引き」や「マインドコントロール」を考えている。

ぼくはこの件に関して”リベラル”(なのか?)であり、「病気ならしょうがない。罰しても意味は無い」という考え方なんです。だから、万引きが「窃盗癖」というなら司法は
「窃盗癖による万引きですか、じゃあ(責任能力が無いと考えて)無罪」
で、いーい気がするんですけどね…ただこれは緻密な法律論はなくて、シロート的な感情論として。しばしばシロートは「精神障害者の犯罪が無罪になったり軽い刑になることは納得できない」という主張に立つ、と言われていますが、うちは逆方面にシロート考えで「精神障害の犯行? じゃあ事故だ事故。隕石が当たったとき、隕石を刑務所には入れないべ?」みたいな単純思考です。
これは別に、万引きにとどまらない話で…

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120721/trl12072112010000-n1.htm
「私はギャンブル依存症」 大王製紙の東大卒御曹司が初めて語ったギャンブラーの心理と論理
2012.7.21 12:00 (1/5ページ)[法廷から]
 カジノ費用に充てるため子会社から計55億3千万円を無担保で借り入れ損害を与えたとして、会社法違反(特別背任)罪に問われた大王製紙前会長、井川意高(もとたか)被告(47)の公判が18日、東京地裁で開かれた。東証1部上場企業を襲った前代未聞の不祥事発覚から10カ月。創業家3代目として抜群の手腕を発揮していた東大卒の御曹司が沈黙を破り、「ギャンブル依存症」に陥るまでの顛末を語った。
(略)
井川被告は東京地検特捜部に逮捕される前の翌10月、精神科を受診したという。
 「診断書は抑鬱状態、アルコール依存症ギャンブル依存症とありました。物事を突き詰めて考えがちで強迫気質があるので、もっとリラックスして、切羽詰まらず生きるように言われました」

これを聞いても
「ああ、ギャンブル依存症という病気だったのか。じゃあ55億円の損害を会社に与えても、無罪でいいんじゃない?」
と。
或いは……これも本当かどうかわからんが
「痴漢」「盗撮」 もっと重い「性犯罪」なども非常に再犯率が高く、これも一種の「病気」と位置づけるしかない……という論説も目にしたことがある。これが証明されているのか、ちょっと記憶があいまいなのだが「窃視症」というのはあったよね。

http://yuik.net/man/413.html
http://yuik.net/man/414.html
↑てか、これをソースにしていいのかは大いに悩むが、一応専門家の意見。(※初めて見るかたへ。信じられないかもしれませんが、上のリンクは専門病院の公式サイトに掲載されている、専門医が原作をした科学まんがです…)

これも、シロート考えでは
「病気でのぞきしたんですか、じゃあ無罪」
「痴漢は病気ですか、じゃあ無罪」……

という感じでもいいんじゃないか、とまで思っている。

ただ!!
これは逆に、【本来だったら「個人の自由、権利」の範囲であるものを、「それは依存症という病気だから」という医学・科学の視点で、その自由を奪うこと】なのである。「科学が民主主義の上に立つ」事例に、自分は以前から興味を持っているのだ。
ただ、「マインドコントロール」がそうであるように、認定は難しい
統一教会なんてカルトに入っているのは、お前がマインドコントロールされているからだ」
創価学会なんてカルトに入っているのは、お前がマインドコントロールされているからだ」
中核派なんて極左暴力集団に入っているのはお前がマインドコントロールされているからだ」
どこに違いがあるのか、見極めることができるだろうか?



当事者、近い支援者からも、実は「ギャンブル依存症は実際には、障害と個人の趣向の線引きがつかない」と語る人は出ているようだ。

http://onedaypt.jugem.jp/?eid=1003
ギャンブル依存はDSM-5で、物質依存と同列に扱われるようになりましたが、現実的には障害と個人の趣向の線引きが曖昧な病気(問題)です。
 身体的障害のように一律に扱えるのであれば、必要な支援は明確であり、行政機関で扱うことで、何の問題も生じないはずです。しかし、依存問題はそうではありません。
 個人差だけではなく、パチンコ台は時代により変化し、依存する人の傾向も社会の変化とともに変わっていきます。障害とカテゴライズされていても、個々の課題は時代の影響を受け、人生の悩みに近い問題と言えるのではないでしょうか。解決方法は一つであるわけがない
ギャンブル依存症」についての私たちの考え方
http://www5f.biglobe.ne.jp/~onedayport/hajimeni.html
 ご訪問いただきありがとうございます。
 近年、いわゆる「ギャンブル依存症」という言葉が知られるようになり、のめり込みに対する社会的な関心も高くなっています。
ワンデーポートは2000年からギャンブルに問題がある人の支援に取り組んでいますが、当初はいま社会で考えられているように「病気」であることや、医療機関や相互援助グループに行くことですべての人が回復できると考えていました。
しかし…
(略)
ギャンブルに依存している人には、個別的背景があり、「ギャンブル依存という現象」が起きているわけです。したがって依存という行動を「病気」としてとらえるのではなく、人生の課題や生活の課題として考え、それぞれの課題にあわせた支援をしていくことが必要だと考えるようになりました。

ギャンブル依存症が病気なら、その依存症患者の行動の規制には正当性が増すが…

木曽崇氏のブログからの孫引きだけど

http://blogos.com/article/201158/
排除プログラムは、既に日本の幾つかの自治体でも既存の賭博に対する抑止的な制度として類似する制度の導入検討が進んでいるワケですが、日本共産党は国内の幾つかの自治体がこの制度を先んじて条例化した時には「生活保護受給者のささやかな楽しみを管理するな」などという謎論法によってこれを猛烈に批判しています。

兵庫県の小野市の条例でありますけれども、ここは私は三つ問題があると思っています。それは、生活保護費だけではなくて、児童扶養手当とかその他福祉制度についての金銭給付についても対象になっている。もう一つは、パチンコ、競輪、競馬その他ということで、何か、範囲がどこまで広がるんだろうということ。そして三つ目が、市民に通報の責務を与えている。こうなるとさすがに、ささやかな楽しみどころか、パチンコをやる人は皆通報しなさいではないですけれども、そういう極端なことになってはならない。(出所:http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8088651.html

そう、「ギャンブル依存症は病気」「自己責任、自由意志での判断とは言えない」と考えるなら、ひと頃世をにぎわせた「小野市条例」も、世界的な”排除プログラム”の一環として、がぜん再評価されてしまうのだ(笑)。

http://blogos.com/article/201158/
世のカジノを楽しむ者がすべて多重債務に陥るような前提で語っている彼の論は全く正しくなくて、そのうちの95%は賭博をレジャーとして適正に楽しんでいる方々です。必要なのは5%程度の「賭博に参加すべきではない人達」をスクリーニングし、賭博から遠ざけさせ、そして適切な治療行為等を提供することなのであって、共産党の主張は少数の「問題のある人達」の立場に偏りすぎている。私はそう考えています。

そもそも共産党のギャンブルに対する主張は、私からしてみれば全く一貫性がなく、したり顔で「多重債務者が…」などと語っている大門議員の主張自体が非常に欺瞞に満ちているのですよ。

我が国では今年の3月、兵庫県小野市において全国初となる生活保護受給者の「公営賭博およびパチンコでの浪費を防止する条例」が施行されました。大前提として我々が認知すべきなのは、賭博というのは本来的に「無くなってしまっても構わない資金」を予め設定し、その範囲で楽しむべき一種の「贅沢行為」であるということ。生活保護受給者は、給金による宝飾品などの贅沢品の購買が禁じられているわけで、その他の贅沢品の購買と同様に賭博行為やそれに順ずるパチンコでの遊技行為を扱いましょうという小野市の条例は全国でも始めての試みです。私も含めて多くのカジノ合法化賛成派はこれら小野市のアクションに対して支持の立場にあります。

ところが、この小野市の条例成立にあたって市議会の中で唯一反対したのが日本共産党なのですよ。以下はそれを報じた産経ニュースからの転載。

生活保護費でパチンコはダメ」兵庫・小野市で“浪費”禁止条例を可決
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130327/lcl13032722560000-n1.htm

生活保護費や児童扶養手当をパチンコなどのギャンブルで浪費することを禁止し、市民に情報提供を求める兵庫県小野市の「市福祉給付制度適正化条例」案が27日、市議会本会議で原案通りに可決、成立した。病欠1人を除く市議15人のうち反対は共産1人だった。[...]

この日の本会議では、反対の共産議員が「受給者からささやかな楽しみを奪い、弱者への差別を助長する危険性もある」と指摘。


まあ、実際「ギャンブル依存症」への対策としては「そういう施設や制度を作らない」というより、「(区分できるなら)そういう依存症体質の人を特定し、彼らの権利を制限する」という方法が有効性という一点で見れば、そりゃより有効だろうとは思う。顔認証技術も、進歩している。それでもギャンブルをやる人間に罰則や、生活保護の現物化などもあり得るか?

2010年からその営業が始まったシンガポールで採用された排除プログラムですが、この制度はカジノへの入場を事前登録制とし、本人、家族、もしくは行政が指定する特定の人物を物理的にカジノそのものへの入場を防止するもの

競馬、競輪、競艇、パチンコなどにこれを応用するもよし。


国全体の話でいえば…大成功するとも思わんが、「本来なら海外に出かけてXX億使ってた」人(王子じゃなくて大王製紙の御曹司など)の金が国内にとどまるだけで成功なんじゃない?

自分がIR(カジノ)法案に賛成か反対か、の二択で言えば、この観点から、カジノは限定的な形ででも日本国内にあったほうがいいと思っている。

「芸者と花札論」ってご存知ですか? 
検索したら…自分のブログにあったよ、2006年!!ほんと、きのうきょうカジノ問題を考え出したおあにいさんとは(略)

ラスベガスから・・・・「カジノ」是か非か? - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20061024/p2


私自身は、ルーレットとか何とかが本当に面白いのかいな、という考えはあるが、同時に「栄光なき天才たち鈴木商店編のある一節を思い出す。
鈴木商店とは第一次世界大戦の好況により、海外にも商売の手を広げて一時は財閥にも匹敵する規模を誇った商社だが、そこの大番頭・金子直吉は、海外貿易を手がける理由を

「日本だけで商売するというのは、芸者と花札やるようなもんだ!」

と説明していた。「海外から外貨を稼がないと豊かになれない」というのはやや古い考え方ではあるが、正しくないわけではない。
さて、エンターテインメントとの複合地域であるラスベガスに及ぶのはなかなか不可能だとして、マカオ・香港、韓国、台湾?タイ?など、アジア各地にカジノがあり、そこでは日本人がたくさんたくさんお金を落としている
日本にカジノができれば、そこを目当てに海外旅行者がやってくる、ってことはないだろうけど、そういう連中を「囲い込み」、外貨流出を防ぐという防衛機能がありませんかね。むかしは鷹揚に構えていたかも知れんけど、今やアジア諸国は互角の競争相手。カネは奪い合う時代なのだ
ただもちろん、反対論も根強い。美濃部亮吉時代に東京は競輪競馬も追放したしな。
と同時に、カジノなら基本的に売り上げを把握でき、そこから10%を確実に国庫に入れられる。現在の(実質)ギャンブル施設のパチンコ、パチスロが本当に透明に納税しているのか?ってな論点もある。そこでパチンコを圧迫していけば北朝鮮制裁にもなるとかならぬとか(笑)って議論も…(後略)

同じ博打なら、税金が確実に入るほうを選ぼう、という点では競馬競輪宝くじなどの公営ギャンブルはよく出来ていて、本来ならこことパチンコがもっと協力して、パチンコをいじめ続ければよかったのだがな。まあ、パチンコの「収益の把握の難しさ」は圧倒的で、ここの規制は元より、別のものにとってかえることができれば、よりマシに越したことはない。

僕は「カジノ排除してた(昔の)日本SUGEEEE!」論には組みしません(笑)

小田嶋氏はカジノ反対論として、「諸外国より日本は凄かったのだ!その素晴らしい日本を、とりもどせ!」とナショナリズムを煽っているが(笑)

30年前の日本であれば、こんな法律が国会を通過することはあり得なかった。
というよりも、検討すらされなかったはずだ。

 というのも、わが国の経済が成長過程にあり、国民と企業が、自分たちの国の成長と繁栄を信じていた時代なら、賭博場のもたらすであろう利益や海外の賭博系企業による資本投下をあてにするまでもなく、自分たちの自前の力で遊休地の開発を立案し、独自に投資を募って、新しいプランを実行することができたに違いないからだ。
(略)

れらがカジノ議連は、中核にカジノを誘致することと引き換えに、海外の賭博資本からの投資を引き入れるプランを立案したのである。なんともなさけない投資計画ではないか。

「いや、賭博客が外国人なら自国の経済にはマイナスにならない」

 という計算の目論見は、あるいは成立するかもしれない。
 しかしながら、外国人観光客のバクチの負け分を外資として計上するみたいな経済運営が、少子化とはいえこれだけの人口を持つ大きな国を、長い目で見て繁栄させるものなのだろうか。
私は、疑問だと思う。
 でなくても、外国人の負け分で国民を食わせるみたいな絵図を描く政治家を、私は尊敬しない。

カジノに投資した海外資本の振る舞い方も考慮に入れなければならない。
 彼らとて、投資をする以上、利益の回収を考えていないはずはない。

 というよりも、胴元は、確実な利益が見込めると考えたからこそ、投資を申し出たわけで、そう考えれば、カジノから上がる収益のかなりの部分は、カジノの開帳に一枚噛むことになる海外のカジノ業者が持って行くはずだと考えなければならない。

 してみると、カジノ法案は、わが国の土地を海外の賭博開帳業者に売り渡すための法律だったということになりかねない。

 当然、土地の仲介をした業者はカスリを取るのだろうし、渡りをつけたビジネスマンや関係者にも権益のうちのいくらかは渡るはずだ。が、国民経済が潤うのかどうかはわからない。
 結局、めぐりめぐった取引の果てに、いわゆるひとつの“売国”という作業が果たされるだけなのかもしれない。


いやあ、トランプもびっくりの話ばっかりだ。
まず、「外資」に対する敵視がすごい。いや、その理屈は分からんでもない。ガイシは国の利益と富を国外に持っていく連中だと。
私が上に書いた「外国のカジノで大金をスるぐらいなら、日本のカジノでスってくれたたほうがいい」というのは似ている…が、こっちは論理的に正しいのに対し、外資が国内で産業開発に加わるのは雇用や仕事に結びつくのじゃないですかね?

やはりサムスン現代自動車より国産を買うべきでしょうか。
Amazonより楽天でしょうか。
ついでに「売国」はリベラル派?も使うという実例を、またひとつ頂きました(笑)コレクションしてるのよ。


まあこの「カジノは国内企業となるべきであって、外資は排除されるべきである」というという議論は一聴の価値があります。
ここは議論されるべき。

しかし外資の投資は
「確実な利益が見込めると考えたからこそ、投資を申し出たわけ」
だから
「収益のかなりの部分は、海外が持って行く」
という外資反対論、応用が効くから「小田嶋隆氏がいうには…」ということで今後みなさん、応用しなさい(笑)

わが国の経済が成長過程にあり、国民と企業が、自分たちの国の成長と繁栄を信じていた時代なら、賭博場のもたらすであろう利益や海外の賭博系企業による資本投下をあてにするまでもなく、自分たちの自前の力で遊休地の開発を立案

外国人観光客のバクチの負け分を外資として計上するみたいな経済運営が、少子化とはいえこれだけの人口を持つ大きな国を、長い目で見て繁栄させるものなのだろうか。
私は、疑問だと思う。
 でなくても、外国人の負け分で国民を食わせるみたいな絵図を描く政治家を、私は尊敬しない

小田嶋さん、「プロジェクトX」が大好きなんか?(笑)
海外企業を当てにせず、自分たちで開発しろ、とか、「私は尊敬しない。」というなんかもうナショナリスティックな感情に訴えてきてるわね。
ほんとにこれもトランプ現象の一環ではないか。
というか、そもそも「政治家を尊敬したい」、という発想や欲望が私にはあまり無いので、あまり伝わらなかった。

このあとちょっと書きたいことがあるが、別立てにします

なにしろ、今の時点で十分に長いものね(笑)


とはいえ「ギャンブル依存症」という概念自体がすごく面白かった。いつから生まれたんだろう?

この歴史とか、いろいろ書いてみたいのだが、すでに膨大なので、ここで読み切りといたします。いつか続編をかきますわ

そのとき、ここの記事がすごく参考になる、とメモしておく

依存症とは(1)―「依存症」という言葉、その定義
https://medicalnote.jp/contents/150622-000006-CHIUUJ
(そこからリンクあり)
記事1:依存症とは(1)―「依存症」という言葉、その定義
記事2:依存症とは(2)―依存症の歴史、どこまでが依存症か?
記事3:依存症とは(3)―社会生活と依存症の関係
記事4:依存症とは(4)―技術や文化とともに変化する依存症
記事5:依存症とは(5)―依存症の6つの特徴を紐解く
記事6:依存症とは(6)―依存症の患者さんにおける脳の働き
記事7:依存症とは(7)―ギャンブルとインターネットゲームの違い
記事8:ギャンブル依存症(行為・過程に対する依存症)への診断と治療
記事9:反社会的行動サイコパス
記事10:これからの精神医学のあり方(1)―病気と行動
記事11:これからの精神医学のあり方(2)―精神医学に必要とされる観点とは

その他過去記事リンク

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この記事のこの画像も再掲載。


ちょっと画像がぼやけたように見える人は
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/g/gryphon/20180708/20180708092752_original.jpg
をご覧ください。