小川寛大氏といえば12000人以上のフォロワーがいる人気twitterアカウントの持ち主であり、これまでも何度も紹介した。
https://twitter.com/grossherzigkeit
南北戦争研究家としてもしられていて、
日本の研究科フォーラムを運営、会報を出していることでも知られています。
で、この夏。
さて全日本南北戦争フォーラム会報7号、明日のコミケ、西ほ37aにて頒布であります。ところが内容は「リベリア構想」。それ何? 戦列歩兵は? リンカーンは? えーと、全然出てきません! ではなぜ本会の会報でリベリアか。 #nanboku pic.twitter.com/ikzICkZEwb
— OGAWA Kandai (@grossherzigkeit) 2016年8月13日
遅れて昼から現場に立ったら、リベリアのことばかり、びっしり字で書いてある100ページの“厚い本”が売り切れ寸前、あと3冊という状態にビビってる。 #nanboku pic.twitter.com/yNDsuPsJMK
— OGAWA Kandai (@grossherzigkeit) 2016年8月14日
さる事情から、全日本南北戦争フォーラム会報新刊、2冊のみ在庫復活! 欲しい方は急ぎコミケ西ほ37aまで。これを逃すと本当に、世界のどこでも売ってない本になります。 #nanboku pic.twitter.com/ijSgpIQ3X3
— OGAWA Kandai (@grossherzigkeit) 2016年8月14日
わたくし、ひょんなことから、全くありがたいことにこれを頂くことができましたことよ。
(混雑と暑さの中で直接購入された方には申し訳ないが…)
で、今回の「リベリア構想」の話はたいそう面白かったのです。
断片的には聞いていた話だが、こんなふうに登場人物や事件はつながってたのかー、と。
とくに、アメリカの解放奴隷が建国したリベリアの歴史は「抑圧された人々は真のやさしさを持ち、他人にも優しくできる」という話は幻想なのか、一片の真実を認めてもいいのか・・・と思わせる何かがあり、また「自由と約束の地を、勝手に作られても周囲が困る」という、一種の「早すぎたイスラエルのプロローグ」でもあり、面白かったです。
だが、このへんのリベリア構想の話は、さわり的に小川氏のツイートで概要を知ることができる。
そこでちょっと脇道の「ガーベイ主義」を打ち立てたガーベイの話、そこから脇にそれていった、エチオピア皇帝崇拝の話を紹介したい。
ガーベイさんとは
wikipedia:マーカス・ガーベイ にも項目が立っているぐらいの人。
だがウィキペディアも、今回の会報ほどにはくわしくない…のだが、さわりとしては十分な感じだ。
ガーベイはそもそもアメリカの奴隷階級ではなく、ジャマイカで、「上流のインテリではないが社会の底辺でもない」財産をある程度もった黒人の家で育ち、その後英国や米国で黒人解放運動にかかわったのだそうだ。
十分な知的訓練を経ていないため、議論や運動の進め方には粗雑なところがあったそうで、それらの弱点はだいぶあからさまなのだが、それをも飲み込むカリスマ性や迫力があったのだという。
で、そういう土着的な汗臭い思想は
・人種間には相違があり、一緒に暮らせるものではない
・黒人は「白人より優れている」
・だからアメリカの黒人はアフリカ(たとえばリベリア)に移住すべきだ・・・
などの、今から見るとポリコレから遠く離れた発想にいたり、結果的にKKKとガーベイが会談したうえで「同じではないという共通認識を確認した」りするのだった。
「黒人を解放する王がアフリカにやがて現れる!」(語り手、適当に)→「ハイエ・セラシエ様がエチオピアで即位なされた!彼こそ解放者だ!」(受け手が妄想)
予言者の勝利の条件は一にも二にも「できる限りあいまいに」なのだが、あいまいすぎると時として逆襲される。
たしかにガーベイは
「アフリカに新しい王が現れるとき、黒人解放の日は近い」とかハッタリをかましたのだが…
受け手はこうなる。
わははは。
で、自分は『情報、物語や「ごっこ遊び」が暴走したり、雪だるま式に肥大していって大事件を起こす』…みたいな話を、実話でもおフィクションでも好む。
ここにて一度、そういう作品のリストつくりをしたことがあった。
「擬似イベント」というか「情報の独り歩き」を描く作品集。このジャンルをなんと命名すべきか…(仮命名「心理・メディア操作もの」) - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20150817/p3
過激な運動家が適当なハッタリで言った「予言」が独り歩きし、とある一個人にとんでもない方向からの期待が集まる…っていうのは、実に皮肉ではないか。
そういえば小川氏は熊本のご出身だが、地震被害にあった熊本城をかつて攻撃した幕末明治のカリスマも「薩摩に新しい王が現れるとき、第二維新の日は近い」という崇拝者の妄想によってあのような最後を迎えたのではないかな…
ハイエ・セラシエ皇帝は小川氏評によると「よくいる強権的な専制君主に過ぎず」ということだが、ほぼ同時期を生きた、非ヨーロッパ皇帝として昭和天皇、戦前日本と交流があったり、皇室華族との婚礼に関係して大衆の興味を惹いたりと、ちょっとした存在感を昭和史に刻んでいる。
いちどtwitterで…、あ、このときのやりとりも小川氏とだった。
https://twitter.com/gryphonjapan/status/448405102265516032
OGAWA Kandai @grossherzigkeit 2014年3月25日
面白いのはこの1933年の朝日新聞において、「かくてドイツ共和制は…実質的に圧殺された」と、ナチに対して否定的な文言での報道になってる点だね。ムッソリーニに対しても、「日本と同じ有色君主制国家エチオピアを侵略する野蛮な独裁者」みたいな報道が当初は多かったらしいし。>RT
gryphonjapan
@gryphonjapan
山本七平の「昭和東京ものがたり」で「エチオピアって国も万世一系らしいぞ…」「しかも日本より古いらしいぞ…」と、エチオピアが話題になり、学校の先生にきいたらごまかされた、という思い出を山本氏が語ってました。当時皇族との婚姻話があったそうで。 @grossherzigkeit
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OGAWA Kandai @grossherzigkeit 2014年3月25日
@gryphonjapan King of Kings, Lord of Lords、生ける神Jah、ハイレ・セラシエですよね。善王とは呼べない人でしたが、マーカス・ガーベイの「アフリカに黒き王が現れたとき黒人は解放される」という予言のせいで担がれるという悲喜劇を生きた人でした。
gryphonjapan @gryphonjapan 2014年3月25日
へえ、そんな背景があったのか。昭和天皇は同世代の非白人皇帝同士として親しみがあり、失脚したり亡命先で客死したときはかなり衝撃を受けたそうですね。 @grossherzigkeit
ハイエ・セラシエの王朝は革命で断絶し、皇帝は亡命先で亡くなった。
そのとき、昭和天皇は追悼の御製を詠んだ。
永き年親しみまつりし皇帝の悲しきさたをききにけるかな
— 昭和天皇御製 (@showagyosei) 2013年8月12日
山形浩生氏が、彼の伝記を推奨している。
カプシチンスキー『皇帝ハイレ・セラシエ』:淡々とした側近の談話で紡がれる皇帝の晩年。おもしろさは太鼓判だが時代背景とその後の歴史は予習必須。 - 山形浩生の「経済のトリセツ」 http://cruel.hatenablog.com/entry/20120403/1333426847
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明治日本もイスラム知識人から「明治天皇が改宗されれば、カリフになるのだが…」とか勝手に期待されたり。
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日本人と我らのルーツは同じと主張するドルーズ教徒、
死期が迫る中でなおも日露戦争の最新ニュースをせがむチュルケスの老人、
逆にロシアが敗れるたびにミサを上げるギリシャ正教信者…などの様子をガートルード・ベルの「シリア縦断紀行」は記している、という。「アフガンの辺境で英軍に被害があると、ダマスカスの英人旅行者が馬鹿にされる」ほどの情報ネットワークのすごさにも彼女は驚いたという。
で、日本紹介の書もつぎつぎにエジプトやイランで発行された。
「昇る太陽」
「日本の乙女」
「ミカード・ナーメ(天皇の書)」
「日露戦争の物心の教訓ならびに日本勝利の原因」……。
そして
こうした気分のなかで、日本がイスラーム国家となれば天皇がカリフとなるのが至当だとか、天皇がすでにイスラームに入信して人前で苦も無くコーランを読んでみせたといった、荒唐無稽だが好意あふれる風聞が、オスマン帝国ばかりかイスラーム世界にひろく流布したのである。(単行本版405P)
しかし、明治天皇やハイエ・セラシエ皇帝に向けられたさして根拠のない期待や崇拝……こういうものの最後のしっぽ、いや尾てい骨が、60-70年代に最盛期を迎え、その後も名残が多く残った、日本の進歩主義陣営(いや、保守派も少なからずいたか)における毛沢東、金日成崇拝だったかもしれんなあ。
とまれ、そんなことを読んで、考えたのでした。
この会報がこんご手に入れることができるかどうかは、直接twitterで小川寛大氏@grossherzigkeit にお尋ねありたい。