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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

今更の話だが映画「ナウシカ」の結末ってご都合主義過ぎない?(鈴木敏夫の回想聞いて、あらためてそう思った)

きのうに続き、鈴木敏夫氏の発言を紹介する簡単なおしごとです。
動画自体は2013年だけど、この記事になったのが最近なので。

鈴木敏夫氏「庵野秀明ナウシカ2をやらせようとしたら、宮粼駿が激怒して…」 本当にあった、続編構想 http://logmi.jp/18867 @logmijpさんから

ラストシーン誕生秘話

朝井 映画と原作を見て思ったんですけど、やっぱり映画のラストシーンってすごい揉めたんじゃないかなと思って。どういう風にしてあのラストに決まったのかなってずっと気になってたんですけど。
鈴木 宮粼駿の絵コンテだと、王蟲が突進してきてあそこから飛び降りてきた時に、王蟲たちが急ブレーキですよ。ぶつからないんですよ。それでおしまい。
朝井 はぁ……(笑)。
鈴木 そりゃあねえ、高畑勲ならずとも、僕だってびっくりですよね。だってあっけないとかそういうのじゃない? 「映画としてなんでここで終われると思うの?」って。
(略)
鈴木 8時間ぐらい話し合ったんですよね。それで、高畑さんがいろいろ考えてくれて。その果てに、やっぱり宮さんのやりたいまま、それでいくのか。あるいは、死んじゃうっていうのがありますよね。それで伝説になる。しかし、死んで蘇るっていうのもあるんじゃないかって。
「娯楽映画として考えたらですよ」っていうことを前置きしたんだけど、高畑さんってそういう時、言葉を丁寧に言うんですけど……。「鈴木さん、どれがいいですか?」って。
朝井 うわぁ〜、怖い怖い(笑)。
鈴木 それをねぇ……、人に選ばせるんですよね。それでまあ、「死んで蘇るですかねぇ」って。(後略)


で、さあ。
自分はどうだったのかなあ…あ、たぶんコドモだったから、最初は別に疑問を持たなかった。

おそらくだが…のちに単行本になった現物も持ってたはずだが、今見つからないんだが、「そもそも映画版ナウシカは全般的に構成が破たんしている」と1990年代初頭に、若手評論家の佐藤健志氏が「諸君!」で指摘し、(あのオピニオン雑誌に本格アニメ評論が載る画期だった。)

ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義

ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義

そもそもナウシカクシャナは本来なら、対立する理由がないではないか(対立したということはクシャナが無能だということになる)、とかとか。

この作品では「おもひでぽろぽろ」批判もすごかった。


それで言われて、「ああ、そういえば、ヘンというかご都合主義やね? あのラストは特に!」と思ったんだよね。
だって、死んじゃうんだぜ。それが生き返るんだぜ。

王大人の死亡確認かっての。

ぐろうりやのぜずさまかよ。
うそだ!主はただおひとりだ、悪魔…


最近のゾンビブームで、とある人に「けっきょくナウシカはゾンビになったんじゃない?」と言われて、反論できなかったす。

ま、ことほどさように、
一度「死んだ!」で盛り上げて、はい復活しましたー、じゃ、週刊週刊で刊行されるジャンプならともかく、なあ…


しかし、それもこれも「苦肉の策」だったし、鈴木・高畑勲も「これでも、最初のハヤオのアイデアよりはましだろ?」と開き直る権利はある(笑)。


また、そもそも
「素晴らしく決まった、きれいなオチをつけた、面白い映画を作った」人が名監督なのか、「オチが矛盾やご都合主義だらけでグダグダだけど、それでも面白い映画を作った」人が名監督なのか…という、哲学的な問題にも直面する(笑)