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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「創価学会は原点に返れ!」今思い出す、或る「三つの忠告」…/「忠誠」という古くて新しい問題

そんな訳で創価学会公明党集団的自衛権解釈変更に関する議論は一通り収束し、「天文法華の乱」に続く「平成法華の乱」は終わりを告げました。
ここで組織が分裂するとか、そういうこともなさそうですね。

この議論の中で「政教分離」の話が出てきた。
で、そこで…35年前、1980年にも公明党創価学会の「政教分離」問題が議論になったことがあるのだけど、この時の文章が…以前うろ覚えで紹介したが、実にロックというか原理主義というか、アポカリプスナウ、な感じでいいのです。
実際のところ、政教分離とか宗教と世俗、国家ということを突き詰めていくとこうなるしかない。
探していたところようやく発見できたので、実際の文章を紹介させてもらいます。

仲のよい友人がぶらりと来て「創価学会の人が秘かに相談に来ましてネ」と言う。「ヘェー、あなたの所へ! あなたの所も教敵じゃないんですか。また何で……」と言うと、「今回のスキャンダル問題にどう対処したらよいかという相談に…」ということでした。
 
「で、何て返事をしたんです」
 
「別に心配はない。スキャンダルで崩壊するならカソリック教会などはとうの昔に消えている。問題はそんなことじゃないでしょう、と言いました」
 
 なるほど、これは塩野七生さんの専門ですが、ルネッサンス法皇アレクサンドル6世やその子のチェザーレ・ボルジアのスキャンダルなどに比べれば、今回のこと(※この当時の創価学会スキャンダルについては各自調査)は確かに、象と蟻ぐらいの違いでしょう。
 
「じゃ、問題は何なんです」
 
「私が言いましたのは三点です。まず国立戒壇憲法違反云々のとき、『教義が憲法に違反して何で悪い、われわれにとって法華経が絶対である』と言わなかったのか。こう言わなければ信教の自由が犯されるでしょ。
 第二に公明党との関係ですがそのとき宗教政党で何で悪い』となぜ言わなかったのか。こう言わなければ結社の自由が犯されるでしょ。
 第三に本山との問題ですが、これは解釈権の問題、いわば教義問題。発展すれば正統・異端問題でしょ。なぜ自らの解釈権の正統性を主張しなかったのか
 まあこれだけですね。この基本をあやふやにしたら、教会はとうの昔に消えていたでしょう」
 
「ウーム、だけどそれはヨーロッパの論理ですなあ。日本はヨーロッパではないから、そんなこと言ったら、開きなおりだなんて、また非難されるでしょうな」
 
「だけど、日本も民主主義のお国」
 
「ウーム、しかし使徒パウロが『外なる人』『内なる人』を峻別して以来の、二千年の伝統はないからなあ。これが民主主義の基礎なんだろうけど…」

がははは。読んだ当時も爆笑したあと、こちらも「ウーム」と考えさせられたが、今読み直しても面白いわあ。
 

「『教義が憲法に違反して何で悪い、われわれにとって法華経が絶対である』こう言わなければ信教の自由が犯されるでしょ。」
 

まさにこれは民主主義、そして政治と宗教をめぐる至言であり、そしてパラドックスなのだ…たとえば「闘う民主主義」のスタンスに立てば『日本国憲法より法華経が絶対であるい』とするものがいて、後者(法華経)の主張が前者(憲法)に反するなら、それを「民主主義の敵」として対峙し、排除するということもあり得るわねえ。


この本に収録されている。

のちに、別の対談で、この「仲のよい友人」が小室直樹氏であることを知ったのだった。

山本七平全対話 (4) 日本教の社会学

山本七平全対話 (4) 日本教の社会学


この問題は「忠誠」の問題である。

佐藤優氏と手嶋龍一氏の対談本−3冊目になる―のこれで、佐藤氏が非常に重大な発言をしている。

日本の外務省の場合は、創価学会員のリストを作っています。人事課にそのファイルが存在する。作った当人から直接聞きましたが、これもやはり二重忠誠を心配してのことです。国益に関わる事態になったとき、日本国より創価学会の言うことに従うんじゃないかと。外務人事当局の発想は、二重忠誠を忌避するという外交やインテリジェンスの根深い習性から来ているんです。それは同時に国家の本性でもあります。

知の武装: 救国のインテリジェンス (新潮新書 551)

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