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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「人物の関係性重視」からBLを再論…そして浅羽通明氏と「どっちがBL向きの青空文庫作品か」対決(笑)

そうだ、上の青空文庫トークでこの話を思い出したねん。

12月23日、東京・池袋サンシャインビルわきの公園は”聖地”になっていた…すなわち、東條英機A級戦犯の処刑日に。 - 見えない道場本舗 (id:gryphon / @gryphonjapan) http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131225/p2

「この日あたくし、東京都豊島区の南大塚に用事があったのでした」云々と言うのは、定期的に開かれている

☆★浅羽通明辻説法・再起動☆★第五回☆★
http://school-market.net/archive/42/
★ヤバイ現在を語れ★2013年最後の第五回★天長節を期して開催!

に行ったのでした。
(これ↓はそのひとつ前の回の動画)


で、本論とはちょっと離れていたのだが、メインテーマの講義が終わった後、最近の新書などから朱子学論語の話となった。
そしてそこの「弟子の群像」のことが語られ、その流れで中島敦「弟子」も紹介された。

中島敦「弟子」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1738_16623.html

…それは通常の話なのだが、
その後に開かれた忘年会的懇親会にて。
最近、自分もその中島敦「弟子」を再読して、発見したことをどや顔で氏に語った。


「浅羽先生、あれですね。あの中島敦『弟子』っていうのは、登場人物を無理やり若い美形と設定を変更して…どうせなら儒学の代わりに魔法や魔術の教団という設定にでもして漫画化すれば、BLっぽい話として女性に受けるんじゃないですかね?わははは」

といいつつ、自分は本当にBLってのがどんなもんか研究したり、UP TO DATEな知識を持ってるわけじゃない。
でもなぜ、こんなに夜郎自大にBLについて物申したかというと

■なぜ「BL」という文化・フィクションが好まれるのか?を徒手空拳でゼロから考えてみる。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110127/p3

という考察をして…表題にあるように「徒手空拳でゼロから考えて」何か分かったような気になったという根拠なき自信が大きい。もう3年前の記事であり、いろいろ世の中も進化してるだろうに。


ま、それはさておき、あっしがこういうふうにどや顔で話を振ると……
あっちはまさに昨年の流行語「倍がえし」のどや顔でこう言い放った。

「いやあ、ボーイズラブにそのまま変換できる、青空文庫で読める作品といったら…太宰治の『駆込み訴え』だよ」
 
!!!!!!!!!!!!

太宰治の『駆込み訴え』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/277_33098.html

いや、まさに海原雄山に「至高のメニュー」を後から出されて、顔面蒼白になる「究極のメニュー」の山岡士郎状態……(笑)。

たしかにあの作品、
そういうふうに読めば
そういうファンがよろこぶこと、
想像に難くない・・・。


だが!!2週間近く経過して考えてみれば「いや?そうでもないんじゃないか?結構互角に戦えるんじゃないか?」と、思わないんでもないんだよね。

ただ会場には山岡士郎海原雄山はいても、実際に食べて判定する京極はんがいなかった(笑)。

ということで、興味のある人はジャッジになっていただきたい。


どちらがそれっぽい挿絵イラストを付けたり、漫画化したりした時BLっぽいか?対決

中島敦「弟子」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1738_16623.html
魯の卞の游侠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱しめてくれようものと思い立った。似而非賢者何程のことやあらんと、蓬頭突鬢・垂冠・短後の衣という服装で、左手におんどり、右手に牡豚を引提げ、勢猛に、孔丘が家を指して出掛ける。…けたたましい動物の叫びと共に眼を瞋して跳び込こんで来た青年と……温顔の孔子との間に、問答が始まる。
「汝、何をか好む?」と孔子が聞く。
「我、長剣を好む。」と青年は昂然として言い放つ。
 孔子は思わずニコリとした。青年の声や態度の中に、余りに稚気満々たる…(後略)

太宰治「駆込み訴え」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/277_33098.html
申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
 はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども……(後略)

その後の追加

たられば @tarareba722
https://twitter.com/tarareba722/status/190036604574892032
今日、後輩腐女子が鼻血を出した。原因聞いたら「芥川龍之介×谷崎潤一郎ってカップリングがあると聞いて、で、検索したら芥川が書いた谷崎と一緒にカフェに行った時の随筆が出てきてそれ読んでたらなんかもうなんかもう……」。探して読んだ。これは分かる。http://bit.ly/IsemRt

谷崎潤一郎氏  芥川龍之介
 
僕は或初夏の午後、谷崎氏と神田をひやかしに出かけた。谷崎氏はその日も黒背広に赤い襟飾りを結んでゐた。僕はこの壮大なる襟飾りに、象徴せられたるロマンティシズムを感じた。尤もこれは僕ばかりではない。往来の人も…(後略)

八崎節子 @SetsukoY
https://twitter.com/SetsukoY/status/599716211492917248

@gryphonjapan おはようございます。青空文庫BL向き作品、久生十蘭「黒い手帳」をそういう視点で読み終えた事を思い出しました……。

 

 

BLの本丸、本質は『「キャラクターの関係性」を重視、注目する読み方だ』という指摘。創作側のプロすら脱帽

なんで自分が、中島敦とそういうのを結び付けたかというとさらに前段があるのだ。
自分は2011年の、上リンク記事での「徒手空拳での考察」でそれなりにこの現象を位置づけることができた、という安心感はあったが、その後、スルーできない指摘があったのだな。

昨年5月にコメント欄で寄せられた指摘か。

id:gaikichi 2013/05/03 13:34
(略)個人的には、BLというのはある意味で、主従、戦友、ライバル等々の「関係性萌え」であって、その関係性の形が男女より男同士間の方がバリエーションも豊富だから、という説を採りますね。
http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20090614

それを約半年後、証明したプロ漫画家がいたのよ。

Хаями Расэндзин@RASENJIN
.@masyuuki 腐女子さんはガジェットでなくキャラの関係性に萌えるので、ドラマを考えるうえでのヒントがいっぱいですね。
https://twitter.com/RASENJIN/status/400276041286959104

大砲とスタンプ(3) (モーニング KC)

大砲とスタンプ(3) (モーニング KC)

ゆうき まさみ@masyuuki
@RASENJIN そうそう、そうなんです。更に言うと、実は「腐女子」に限ったってことじゃなくて、女の人はキャラクターの関係性に萌えるひとが多いので、話を聞くだけでとても参考になりますよね。
https://twitter.com/masyuuki/status/400278832839540737

大砲と白暮とスタンプとクロニクルに肯定されちゃ、もはや、ひとつの定説として定着させなきゃしゃああんめい。
「関係性萌え」なんて言葉はいま無いけれど……とつなげようかと思ったが、念のために検索したら項目があったよ!!!!おい!!

http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%96%A2%E4%BF%82%E6%80%A7%E8%90%8C%E3%81%88

関係性萌えとは、キャラクターとキャラクターの関係に対する萌えである。

概要
キャラクター個人に萌えるのではなく、キャラクターとキャラクターの関係に萌えることを関係性萌えと呼ぶ。
キャラAとキャラBがいる場合に、「AはBを、BはAをどのように思っているか」「AとBは社会的にどのような関係にあるか」「AとBの関係を周囲の人間はどう思っているか」などを考えることが萌えの要因となる。
もちろん2人だけの関係に限らず、3人以上の関係や組織・チームの関係も含まれるが、その場合でも1対1の関係が特に注目される。

キャラクター個人の持つ萌え要素や、そのキャラと自分(および、自己投影の対象となる作中キャラクター)との関係で萌えるのは「単体萌え」と呼び、「俺の嫁」はその典型である。
たとえば、ある兄妹の関係に第三者視点から萌えるならば関係性萌えだが、恋愛AVGなどで主人公視点から主人公の妹に萌える場合は単体萌えとなる。

おい!!
日本!!!!
どうにかしろ!!!!
と意味の無いやつあたりをしてしまったが、とにかく予定は狂ったものの、BLという文化の解釈として「本筋のストーリーやメカ、アクションではなく、登場するキャラクター同士の『関係性』に焦点を強く当てた作品への高評価」がBLの基盤となる、のではないかということがあると。
それがなぜ「男性の恋愛」に変換されるのか、ここらへんは誰かに任せるわ。自分の仕事としてはこれを紹介し、中島敦の「弟子」にその連想を及ぼせただけで、でき過ぎであろう。


そういえば上で「キャラクターの関係性を重視する女性の視点はすごく参考になる」と語ったゆうきまさみ氏は、まさにそんな創作の裏舞台を惜しみなく?公開するような作品である、不定期連載?「でぃす×こみ」の第2回をこのまえ発表した。

(のちに単行本に)

あっ、というか漫画の中にはっきり「関係性」という言葉を使っているじゃん。

ひとつのストーリーの骨子を、どういうふうに編集の意見を聞いて、変換させていくか、そのときに二つのキャラクターの「関係性」がどう反映されるか…
そういうところが非常にリアルで、ああ、ゆうきまさみはこういうふうにして「究極超人あ〜る」や「機動警察パトレイバー」「じゃじゃ馬グルーミンUP!」を描いたのか……と、フィクションなのに勝手に感情移入する回でしたよ、第2回は。
最初の回は、やや変化球的(笑)な紹介をしたが

ゆうきまさみの新作漫画は、社会的偏見により正体を隠さざるを得ない表現者の悲劇を描く(笑…だよね?) -
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130503/p4

けど、実際のところ、「とりつくろいもの」のスラップスティックより、秘密の共同執筆作業のなかから、こういう創作論を語る…作品になっていくのだろう。そしてBL的作品をこの秘密の兄妹漫画コンビが描いていることが「関係性」の秘密に迫ってくれればさらに面白い。