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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

プロレス初心者・井上雄彦が、とんでもなく本質的な「プロレス漫画」を描いてしまった(「リアル」13巻、KAMINOGE24号)。

車椅子バスケを描く漫画『リアル』が、13巻は脇役のプロレスラーを主役にした、独立したプロレス漫画として読める」という情報を知った。

REAL 13 (ヤングジャンプコミックス)

REAL 13 (ヤングジャンプコミックス)

リハビリ中のプロレスラー・白鳥が、リングで男を見せる──。

KAMINOGE vol.24

KAMINOGE vol.24

井上雄彦、プロレスと遭遇す。
井上雄彦とプロレス、そのリアルな関係性。

[INTERVIEW]
井上雄彦
人気漫画『リアル』で突如描きはじめたプロレスの世界。

「漫画のストーリーにおいて勝ち負けは相当重要だからこそ、ほぼ事前に勝敗は決めないで描くんです。でも、あらかじめ『勝つ』と決めて描く場合にもまた別の闘いがあって、そこにはもっと高等な“何か"を要求されるんです」

井上雄彦×鈴木みのる
あとから振り返ったとき、あの日からすべてが
変わったと思える、そんな日がある。
(この2人にとって、そんな日はいつだった?)

自分は「リアル」を単行本で読んでいるが、ペースはやや遅い。登場人物の同室のリハビリ仲間にプロレスラーが出てきているのは知っていたが、たぶん自分は12巻までは読んでおらず、多少開いているんじゃないかな。
このリハビリの中で、一口に障碍者といってもさまざまな障害の度合いや、リハビリへの苦労の違いがある(たとえばプロレスラーはいかにごつくても、その巨体自体がふつうのリハビリ動作には弱点となる)…ということが具体的に示され、参考になる。


ただ、13巻を独立したプロレス漫画として読むには、
(1)悪役の大物レスラー、スコーピオン白鳥が脊髄を損傷して下半身付随になっているが、本人の希望でその状態のままプロレスの試合をする、というとんでもない状況になっている。
(2)観戦している車椅子の二人は…↓


・同室の高橋という若者も同じ障碍者。その事故に遭う前は自分を「Aランク」のエリートだという自負心ゆえに、障害を受け入れられない。
 
・もう一人の花咲も障碍者。こちらは以前から劣等感があったことで不思議な障害への諦念があり、そのためもあってリハビリや障害を前提とした体の使い方などが優れている。そして大のプロレスファン、白鳥ファンである

これだけを予備知識としておけば(いや、その知識がなくても)13巻は独立したプロレス漫画として読める。


ただ、世界的人気のスポーツ漫画「スラムダンク」、そして武道の心につながる剣豪漫画バガボンド」を描いた井上雄彦氏といえど…いや、だからこそ…
「格闘技をPRIDEから見始めて、だんだんUWFなどの過去映像をチェックしはじめた」
「今年8月に、初めて新日本プロレスの両国を見た」
(いずれもKAMINOGEのインタビューより)
など、少なくともプロレスを見た期間は本当に短い。それで大丈夫だろうか…という不安はあった。
だが。
やはり天才は天才だった。
とんでもない作品を、描いてしまった。

ここで大前提的な「プロレス」、あるいは「プロレスの語られ方」に関する基礎知識を。

なにしろ井上雄彦ファンで、プロレスのここ十数年のうごきをまったく知らない、という人も想定しなければいけない。そういう人を架空の対象に想定して、これから説明します。
(そのへんは十分知ってるという人は、長いので飛ばしてくれ)


プロレスは、あらかじめ試合の結果を決めている。だから純粋な「スポーツ」ではない。
え、知ってた?
いや、そうかもしれない。
 
・・・・・・プロレスファンは暗黙のうちに深く、非プロレスファンはあからさまな分、表面的に知っていたもろもろのことが、実は21世紀に入ると当事者の生の証言も含めて描かれるようになったのです。
 
いろいろと前段階を語ることはできるが、「世間」に届いた最初の一撃が、当事者である新日本プロレスのレフェリーだったミスター高橋の本。「高橋本以前」と「以後」に分けられる、とも言われる。

流血の魔術 最強の演技 (講談社+α文庫)

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ことしキンドル版が出てら。

これは、その後、世界最大の米国プロレス団体「WWE」が、株式上場や税金上の問題(スポーツ興行と非スポーツ興行で税率が違う)ではっきり<カミングアウト>をしたことでもさらに加速した。


しかし…この「高橋本」でも描かれているが、
だとすると「プロレス」はどうなるか。何なのか。
ただのインチキ?まったく無意味?・・・・・そう思わば思え。
だが。
 
……つまり、相手の技を分かった上で受け切り、分かった上で流血し、分かった上で敗北を受け入れるということだ。「技を受ける」、と簡単にいうけど、130キロ近い大男が4メートル近い距離から場外に飛んでくるのを、かわしたくてもかわせない、ということだぞ。んで飛ぶほうも、相手が受けることを前提で飛ぶのだ。相手がびびったり、裏切ってかわしたら大怪我はまぬがれない。


そして、競技としての勝敗の代わりに「どれだけ会場に客を呼んだか」「どれだけ観客を熱狂させたか」が厳しく競われる。そこで高く評価されたものは上に行き、そうでないものは下積みを送る。その人気もヒーロー、善玉(ベビーフェイス)としての人気もあれば、悪玉(ヒール)としての人気もある。
「死ね、やられろ」という罵声を浴びることには、穏やかならぬ気持ちもあれば、それだけ客を盛り上げたのだという誇らしげな気持ちもある。
 
意外な結末や感動的な勝利、後に物語が続く引き分け、裏切りや因縁などのストーリー…業界用語で「ブック」「アングル」と呼ばれる、そんな展開を考える人たちだって日夜、頭を絞っている。


ドキュメンタリーや専門誌のインタビュー、引退したレスラーの自伝でも最近は、こういうことが語られるようになったのです。
その結果として、プロレスの市場規模が日本では1950年代〜90年代より、数字的に小さくなったことは否めない。だが、質的な豊穣さは、そこで増したといってもいいのではないか。
それは、これらの作品に結実している。

劇画 プロレス地獄変

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劇画 プロレス夢十夜

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ビヨンド・ザ・マット [DVD]

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※こんな内容紹介があります↓
http://www.kansenki.net/colum/00/0411colum_hine.html
レスラー [Blu-ray]

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完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

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1985年のクラッシュ・ギャルズ

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「つくりごと」の世界に生きて-プロレス記者という人生

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プロレスメン (ヤンマガKCスペシャル)

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貧乏インディ団体「あかつきプロレス団」の社長、サムソン高木は末期ガン。長年のレスラー生活でボロボロの体ながら、今日も試合を盛り上げる。人生の一発逆転を信じて……。男達の人生曼陀羅! 人生はプロレスだ!!

第1回目が試し読みできます↓
http://grandjump.shueisha.co.jp/original/lockup1/

はてブでも言及されていたが、この「ロックアップ」が一番「リアル」とコンセプトが近く、ある意味最大のライバルでしょうな。同じ雑誌に載ってる(※ではなく系列誌の由。はてブより)わけだし。




このほか、今現在のプロレスは専門誌の記事やノンフィクション、フィクションを含め、こういう前提に沿った作品が増えている(主流とまでは言わない)ということに関しては、こちらのリンクも見てください。

漂えど沈まず - 男の魂に火をつけろ! 〜SF映画ベストテン受付中〜
(id:washburn1975 / @washburn1975)
http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20130715
 
ロックアップ - 男の魂に火をつけろ! 〜SF映画ベストテン受付中〜 http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20131119#

「リアル」の話に再度戻る。


ちょっと解説が長すぎた。上のような前提を置いた上で「リアル」に戻ろう。

簡単に言うと、稀代の悪役レスラー・スコーピオン白鳥は、もはや…ロープにもたれかからないと、二本の足で立てない。
下半身が麻痺してうごかない。
それでもリングに立って、試合をするという。
この時点で、もはや純粋なスポーツではない。
しかしこの時点で、スポーツとは別の…いや敢えていう、スポーツを”超えた”何かのすごさが立ち上がってくる。



かつて、アントニオ猪木もこう評されたプロレスの金言「いいレスラーはホウキを相手にしてもプロレスができる」という言葉が紹介され、まさにその通りの試合が展開される。

輿を子分の選手に担がせて、ふてぶてしい”王様気取り”で入場。(ザ・コブラを思い出したというやつはちょっとアレだ)
タッグマッチで「お前が試合決めろー」とやる気なさそうにパートナーに命じる。
相手の首に鎖を巻きつけ、ぶら下がる。
寝た状態のままで、噛み付き、頭突き、スリーパーホールド。
そして、196センチの長身を誇る子分レスラーに肩車をしてもらい……


まさに、プロレス界でいうところの「プロレス頭」を駆使して、彼は”戦う”。
その相手は入門時からの同期で、一時はタッグチームを組んで大活躍し、その後は会社の命令で善玉と悪玉に別れて大抗争を繰り広げた、最大の盟友にしてライバル。
さきほど描いたように、プロレスはスポーツ競技でもなんでもないので、相手の技をいかにかわせる状態でも、逃げずに受け止める。そして相手にも、かわされないという前提で全力でぶちあたる。


実はこういう工夫というか展開は、実際のプロレスでもまま見受けられる。
それは晩年のジャイアント馬場、それから現在の武藤敬司なんかにも見られるけど、往年の名レスラーはかなりの年齢でも引退せずにファイトする(70代でリングに立つ人まで)から、その年齢と、激戦による体の怪我で、往年の動きが出せないことはままある。
実際、武藤はいま、ひざがあまり曲がらず、本当に障害者手帳を持っているのだ。
 
しかし、そういう選手は「あまり動かないで済む」「力が要らない」技を使うようにしたり、マイクアピールや決めポーズを磨くことで、立派にプロレスを続行する。
猪木の必殺技が「延髄斬り」から「魔性のスリーパー」に、
(1分25秒)
武藤の得意技が、空中で一回転する「ムーンサルトプレス」からとび膝蹴りの「シャイニングウィザード」に、
D
小橋建太の得意技も同じ「ムーンサルトプレス」から「チョップとラリアット」に…

なるというのは、こういう面があったのだ。

 

夢枕獏は最後の馬場vsブッチャーのシングルマッチを「歌舞伎のようだ」と評したが、たしかに歌舞伎も、往年の動きはとても期待できない老大御所を、さまざまにサポートしながら”魅せる”仕組みがあり、その点では似ていよう。


そんなやり取りの果てに、この障害者バスケをメインテーマとした「リアル」で一貫して語られたテーマが、場違いかとも思われたプロレスのエピソードと交錯する。
「強いって、何だ?」


作者自身も「なんかずいぶん長くやっちゃった」「やるうちに自分でノッていった」(KAMINOGE)と語るほど、意外なほどこの物語が長く描かれたゆえんであるのだろう。
「リアル」からもっとも遠く離れたように見える、プロレスこそで描ける「リアル」。

そういえばこの前、「強いって何だ?」をまさにプロレス・格闘技から描き続けた漫画家・板垣恵介のテレビドキュメンタリーを見た人が「板垣氏の仕事場の本棚に井上雄彦があった。井上氏の本棚にもバキがある」といってたっけ。
ああ、これだ。

興津豪乃 ‏@okitsuokitsu
NHKドキュメンタリー 考える人「漫画家 板垣恵介」アトリエにバガボンド全巻!プロフェッショナル井上雄彦で映ったアトリエには刃牙が揃っていたが、言葉にせぬとも意識しリスペクトし合ってる感じが堪らない!
https://twitter.com/okitsuokitsu/status/399950917891407872

つまりプロレスがつくりごとなら、「演劇的すごみ」がある=「ガラスの仮面」と比較されるべきもの。

プロレスがいわゆる「スポーツ」「競技」でないというなら、それは何なのか。
ジャイアント馬場の金言のように「プロレスは、プロレスだ」で終えてもいいのだが、その種の禅問答よりもう少し一般向けの言葉を捜すと…「演劇、俳優と同じカテゴリーで考えてくれ」、というと、世間の普通の人々に伝わるんじゃないかと思う。


どんな芝居も映画も、話のあらすじは決まっていて役割も決まっていて、その「つくりごと」の中で善玉も、大悪役も演じられる。

しかしそんな作り事にも、どうしようもない大根役者のだめな演技もあれば、名優の迫力に満ちた演技もある。通常の人格とは切り離された演技もあれば、その人生を背負った演技もある。

さらにいうと、猪木や前田日明がやったように「決められた演技の枠を超えていきなり仕掛け、相手がそれにアドリブで応じる」こともある。


そして、それを受け止めて人生の糧とする観客も、いる。



構造は基本的に、変わらない。


そして実際の「リアル」のストーリーテリングも、「この舞台にはXXXというアクシデント(ハンデ)がある。それをカバーできなかったら舞台は台無しだ。マヤor亜弓は、持ち前の天才的演技力でどうそれを乗り越えるのか?」という「ガラスの仮面」で何度も語られたエピソードと骨子は非常に似ている。

だから今回の「リアル」13巻のストーリーに手に汗を握ったという漫画ファンは、「ガラスの仮面」を読んでみても同様に楽しめるのではないか、とマジに思う。
その逆は…まあちょっと保証しかねる(笑)。

ガラスの仮面 (第1巻) (白泉社文庫)

ガラスの仮面 (第1巻) (白泉社文庫)

追記。この「リアル プロレス編」の影に、名編集者あり!!

ボクの担当編集者が熱狂的なプロレス好きなので、そこからプロレス知識をうまいこと吹き込まれてきてるっていうのもありましたね(笑)。プロレスラーの名言だったりとか、いろんなエピソードだったりとかをチョコチョコチョコチョコと吹き込んでくる。なんせ当時、ボクは総合格闘技しか興味がなかったわけですから。それでやってみて、プロレスってすごく漫画と相性がいいと思いましたね。
KAMINOGE 24号 14P)

この人に東スポプロレス大賞・特別賞を!!

おまけ付記 関連プロレス名言集

http://omasuki.blog122.fc2.com/blog-entry-1357.html
よく耳にするけど、一番嫌いな言葉はフェイクだ。いいか、これは本当にフィジカルだし、ハードなんだ。5フィート上空から300パウンドの男が降ってくる。降ってくるとわかっていたら、痛くないとでも思うのかい? (HHH)

http://www.mikoukai.net/news/event110118.html
町山智浩:「あの、失礼ですけど…『レスラー』はご覧になりました?」
長州力:「ああ、観ましたよ(キッパリ)」
(略)
町山:「あのー、長州さんはよく、プロレスはレストランに例えるならば、キッチンを見せちゃいけないんだよっておっしゃるじゃないですか」
長州:「そうですねえ。まあ、ぼくはもう、古いからですね」
町山:「で、『レスラー』は全部見せちゃってますよねえ」
長州:「そうですね。オープンキッチンみたいなもんですね」
コトブキ:「!!名言また出ましたよ皆さん!」

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120208/p1
上田馬之助は)1996年3月、トラックに追突された。頚椎を負傷し、胸から下が完全にマヒした。感覚の残る両腕を激痛が走り、冷暖房の風が当たっても痛む。…一人の老人から突然ののしられたことがある。
「悪いことばかりしたからそんな風になったんだ」。
上田の奥さん・恵美子さん
夫を本当の悪人と思い込んでいた。昔の人は今より真剣にプロレスを見ていた。裕司さん(馬之助の本名)は内心では喜んでいた気がする

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090606/p1
主人公の総合格闘家が、「MMA(真剣勝負の総合格闘技)ってのは勝利のために、こんな小さい針の穴に糸を通すような努力をするんだ」とか自慢する。
それに対してプロレス団体側の女性いわく。
「なるほど。それならプロレスは、『それ(針の穴の小さな空間)以外のすべてよ!!』」

肉の唄(1) (ヤンマガKCスペシャル)

肉の唄(1) (ヤンマガKCスペシャル)

http://d.hatena.ne.jp/Dersu/20050603#p1
果たしてミルコは小橋さんのチョップを受けるだろうか?」という疑問だ。いや、オレだってこの十数年間ずっとバカみたいに格闘技を見てきたんだ、受けやしないことは判っている。ミルコはチョップを受けない。たぶんよけて、パンチでも打つんじゃないかな。ワンツーとかいってな。
そこで我々に問われてくる、更に深刻極まりない問題とはこうだ。「小橋さんのチョップをよけるミルコは、いったい強いのだろうか?」

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20081113/p4
鈴木みのるが、佐藤光留に)
みのる「そういえば・・・・格闘技の世界から、プロレスに来るお前に一つだけ言っておくことがある。」
佐藤「はい。なんでしょう」
みのる「俺の名前は出すな。」

ぶち
こわしだ!!


実在する、障害者レスラー

「障害があるにもかかわらず」ではなく、「障害すら売りにする」レスラーである。いわゆる小人プロレスもそうなのだが、はてブで言及されていて思い出したザック・ゴーウェン(Zach Gowen)。

ウィキペディアの「ザック・ゴーウェン」

ホウキが相手でも、コレが相手でも…名勝負は生まれる。

それを実際に体現した試合もある(はてブでご教示いただいた)
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【おことわり】
この記事は、ブコメやTBで寄せられた面白い情報、リンク、疑問(への自分なりの回答)などをどんどん取り入れるようにしました。
そのせいで、たとえばそれらの指摘や紹介が、この記事と重複していたりすでに回答されているように見える箇所がありますが、そういう理由のことも多いので参考までに。