INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

電王戦、初戦はコンピュータ敗れる。かつて「人間のくず」と呼ばれた開発者の逆襲は・・・

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130323/k10013408431000.html

…初日の23日は、阿部光瑠四段と、去年、コンピューター将棋の世界選手権で5位となった、将棋ソフト「習甦」(しゅうそ)とが対戦しました。
対局は午前10時に始まり、ソフトを開発したプログラマーの竹内章さんがコンピューターの指示どおり打つ攻めの一手を、阿部四段がうまくかわす形で熱戦が繰り広げられました。
終盤は、逆に阿部四段が攻めて、開始からおよそ8時間半が経過した午後6時半すぎ、コンピューターが投了し、阿部四段が勝ち・・・

「習甦がやられたようだな・・・」
「フッ、しょせん奴は・・・」
的なあれを言ってもしょうがない。しかし、このパターン(のパロディ)もなんか定着したねえ・・・。

で、巻き返しを狙う機械帝国だが、以前書いたこれ

■「電王戦」から1年、米長邦雄既に亡し…。その歴史、ドラマを本で振り返ろう
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130114/p2

で、「人間のくず」うんぬんという話がある。
これはちょっと記録に残しておきたいので、正確に紹介した本から引用しなおします。

人間に勝つコンピュータ将棋の作り方

人間に勝つコンピュータ将棋の作り方

コンピュータ将棋の研究がコンピュータチェスに比べて遅れたのは、コンピュータにとって将棋のほうがチェスよりもむずかしいという理由だけではない。欧米ではチェスが知性の象徴として人工知能の「立派な」例題として当初から尊重されていたが、日本では将棋は遊びと見なされて長いあいだにわたって研究の例題として認められなかったのである。筆者も1980年ごろに、ある大学の先生にコンピュータ将棋の研究をしたいといったら「人間のくず」と罵倒された経験がある
(略)
以前は日本の学界ではゲームが毛嫌いされていて、日本で開催される国際会議で外国の研究者がチェスを取り上げようとしたら日本の研究者がそれを拒否したということもあった。将棋を例題として研究できない「日陰」の時代が長く続いた・・・

(同所13-15P、松原仁はこだて未来大学教授)


正直、国際会議のエピソードなんかは”国辱もの”のはなしではあると思うが、コンピュータ将棋研究を「人間のくず」とまで呼んだ昔かたぎのコンピュータ研究者の思想的背景はちょっと察しがつく。
たぶん、この考え方を発展させたというか、こじらせたというか。

【「墨子」より】
http://blogs.yahoo.co.jp/raccoon21jp/38851571.html

公輸子削竹木以為鵲,成而飛之,三日不下,公輸子自以為至巧。子墨子謂公輸子曰:“子之為鵲也,不如匠之為車轄。須臾劉三寸之木,而任五十石之重。故所為功,利於人謂之巧,不利於人謂之拙。”(魯問21)

(現代語訳)
公輸子は竹木を加工して鵲(かささぎ、人工飛行物でしょう)を作った。空を飛び続け三日間降りてこなかった、公輸は自賛したが、子墨子がいった。
「公輸先生の鵲は車のくさびにも及ばない。車作りはあっという間に三寸の木でくさびを作り五十石の重さに耐える。功績とは、実際に役立ってこそ巧みなのであって、役にも立たないものは拙という」。

この話で悪役になっている公輸盤は、墨子の逸話でもっとも有名な「城攻めの模擬戦」の話にも登場しており、酒見賢一墨攻」のプロローグで紹介されたり、鄭問東周英雄伝」にも登場していた(その画像を紹介したかった!)

墨攻 (新潮文庫)

墨攻 (新潮文庫)

東周英雄伝 (3) (講談社漫画文庫)

東周英雄伝 (3) (講談社漫画文庫)

文庫だと3巻収録らしい
あ、ことし1月に再刊行されてる!・・・と思ったらKindle版か。いいことだ


と、「実際に人の役に立ってこそ学問であり、技術である」と言いたかったのでしょうが・・・さてここで、山形浩生ブログの最新記事がちょうどそのテーマにまつわる本を紹介していた。
http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20130322/1363959083
山形氏の、その要約。

有用性なんか気にしないで、好奇心のままに追求したほうが有用性につながるし、さらにそれでも、それによって役立たずな好奇心を正当化するべきではなく、役立たずな好奇心の追求こそが人類の魂の自由のあらわれであり、それはそれ自体として何ら正当化を必要としない

そして、この文章をさらに紹介している。

フレクスナー『役立たずな知識の有用性』
http://cruel.org/other/useless/useless.pdf

さて、「役立たずの宴」たる人間vsコンピュータ将棋はあと4回残っている。

棋士は無くてもいい商売だ。だからプロはファンにとって面白い将棋を指す義務がある」〜升田幸三
http://systemincome.com/8286