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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

映画「ジャンゴ」を見た感想。一番すごかった悪役は・・・

先日、映画「ジャンゴ」を見てきました。
感想はいろいろあったが、忙しくて1週間ほど経つといろいろ忘れちゃうな。
箇条書き的に書きます。そしてネタバレはちょっと配慮しつつも、あまり基本は気にしない。


・映画館はやはり「タランティーノ節」を期待する観客が多くて、ちょっとしたユーモアにも笑いが生まれるできあがった雰囲気になっていた。
 
・特に受けていたのは中盤の、主人公2人をにわかづくりのKKK団(あまりきちんとした組織でなく、農園主を中心にした素人集団)が「白覆面を被ると、前が見にくいよ!!」と言い出すあのシーンだ。たしかに前から、みんなそう思ってた(笑)。
 
・あの間抜けな馬車の上の、歯医者の看板とかも受けてたな。
 
・あ、あと悪役の農園主の特徴として「彼はフランスかぶれだから『ムッシュ・キャンディ』と呼ばれたがる」とアドバイスを受けた主人公のパートナー、ドイツ人歯医者がお安い御用とフランス語をしゃべりだすと、「いや、彼はフランス語自体はしゃべれないんだ。聞くと機嫌が悪くなる」と言われるシーンは、日本向けシーンか?と思わせるほど受けた。いや日本人ならよく分かるよ(笑)
 


・さて、一番楽しみにしていた・・・てか見に行った理由が、そのタラちゃん監督が「今回、ディカプリオが映画史上に例のない、冷酷非情で個性的な新キャラクターの悪役を演じるぜ!!」という煽りだった。
この前、twitterで偶然見つけたイラストを紹介したけど、自分は物語をさまざまな形で「分類」「系統立てる」(「因数分解」とも読んでいる)ことに興味がある。
もう一回そのイラストを紹介するか。

これまでの世界で、こうやって分類されるほどバリエーションがあるのに、「新キャラはまったく類例がないぜ!」とドヤ顔、というのは一寸興味をひかれるじゃないか。

・・・結果は。まあ「タラちゃんは宣伝上手だった」ということかな(笑)。
いや、普通にディカプリオ個人としては新境地を開く名演技だったし、それなりに個性的で、それなりに印象的な悪役・・・だったとは思う。ハードルを高く上げすぎだから「むむむ・・・」だけど、フラットに見れば評価できた。でも、あそこでハードル上げたから、劇場に一人の客を運ばせたわけでやっぱり正しいんだろう(笑)。


ただ、そんな悪役描写のひとつとして、ディカプリオ演じる白人農園主は「奴隷同士を戦わせてその試合を楽しむ。勝者が敗者にとどめをさすまで納得しない(ハンマーを渡して勝者に敗者を殺せと命じるのだ)」という個性付けがある。
UFCが人気スポーツのひとつで、奴隷格闘技とは根本的に違うとはいえ、まだまだ「格闘技を見るのが好き」がこういうふうな視点で描写される可能性というのはあるのだ。もちろん、そういう人々が存在するか、かつて存在したかといえばいるわけで、さらにフィクションの話である。別に問題があるわけではない。
ただまあ、MMAファンとして居心地は当然悪くなるわな。マンディンゴ(マリ出身の頑健で優秀なな奴隷、から転じて格闘技奴隷、その試合を意味する言葉らしいが、少なくとも日本語ウィキペディアにはまだ項目はない)にはフロントチョークなどMMA的な動きもあったので余計、そういうところを意識した。


さて、本題にもどって・・・ディカプリオの悪役にあまり満足しなかったのは、この人「悪い」かもしれんが「強い」描写が全然なかったからなのだ。基本的に主人公2人組の計略(※こういう計略です。「自分は格闘奴隷を買いたい、破格の金額を出す」と言って、普段は会うのにも難しいディカプリオへの面会にこぎつける。そして救出対象の女奴隷=ジャンゴの妻がドイツ語をしゃべれることを利用し、ドイツ人の自分への接待役として指名。そこで「偶然気に入ったふり」をして、その女性奴隷を「ついでに」2二束三文で買い取った上で、メーン目的の格闘奴隷は高値だけつけて、後日の支払いということにしてバックれる。「猫の皿」計略だ(笑))にはずっと騙されっぱなしで、最後の最後に切れ者の側近に一から十まで教えられてやっと自分が騙されていたことに気づく。最後に撃たれたところだって、まったく不要不急な、余計な挑発をしたために自分の命を落とした・・・ということでしかない。
まあタラ監督も「あいつは何一つ不自由したことがない、何も分からないお坊ちゃんだ」的なことを言っている。


あ、そこから続けて言うけど、そのディカプリオのへタレ悪役っぷりのせいで、主人公パートナーのドイツ人歯医者もなあ・・・。たしかに現金1万数千ドルを払うのは計略外だろうけど、基本的に戦略目標である「ジャンゴの妻の救出」は達成できてたのだ。握手するしない、という体面にこだわり、ジャンゴもジャンゴの妻も危険にさらした上で怒りに任せてディカプリオを殺害・・・じゃあ、ちょっと頭が悪い感じは否めない。
下手したら「自分が戦略で負けたことへの腹いせ」にすら見えてくるし。
 
もちろん、「冷静沈着なあの人が、ついに分別を失った!!それほど彼の感情(愛や怒り)は強いんだ」というかたちの描写はアリですよね。「リングにかけろ」では、「一番クールな剣崎が、世界タイトル戦の直前に、恋人をめぐるストリートでの決闘を優先させる」で読者の感涙をしぼったとも聞く(伝聞です)。
この人も「普段は冷静で礼儀正しいのに相手が進藤ヒカルのときだけムキになる」という形だから、ライバル関係が逆に強調されるというね。

本題に戻って…
今回の場合は「奴隷制への怒りは、あの冷静な男にまで我を忘れさせた」ということになるから映画的にも正しい。
ただ、タランティーノ一流の・・・というか個人的に映画や漫画の物語で一番好きな「超高度な戦略的駆け引き」が、こういう「感情に任せてぜんぶご破算、どっかーん」でオチつけちゃうと、ちょっとがっかり。そういえば前作「イングロリアス・バスターズ」もそうだった面があるなあ。


さて、ようやっと本題。
そんな感じで、ディカプリオの悪役は「悪さ」はともかく「能力」の部分で冴えを見せる描写はなかったのだが・・・それを補うのが、サミュエル・L・ジャクソンが演じた黒人の召使長らしい、スティーヴンという男だ。
ここは非常に政治的に難しい部分もあるだろうとは思う。奴隷解放に大きな役割を実際に果たした「アンクルトム」が、モハメド・アリマルコムXによって最大限の蔑称になったこともある。南部で実際に奴隷制度があるとき、特に「家奴隷」と白人の奴隷主に温かい交流があったかなかったか、白人に忠実な家奴隷がいたかいなかったか、といえば「あった」「いた」のだから。
しかし、それへの善悪の評価は・・・ちょっと難題だよね。
 
まあ、その論争は米国ではもっと盛んに、精緻になっているだろう。


だから古い西部劇はそれなりにみたが、「ルーツ」以来の奴隷制度を描いた作品を見ていない自分としての感想だが、とにかくこの召使長スティーヴンにこそ、底知れぬ人間性の闇の深さや個性を感じた。


おそらく必死の努力と才能、功績を見せてディカプリオ農園で先代、先々代に忠誠を尽くし、黒人奴隷を統括する役目になったスティーヴン。

逃げ出した女奴隷(ジャンゴの妻)を捉えると、自分の権限で残酷なリンチを加える。

主人の「客」としてやってきた2人組の片割れジャンゴが、同じ黒人だが自由人の身分であることに納得できず、ジャンゴを客として扱うことに最後まで抵抗する。

教養はおそらくゼロに近く、言動は実に下品で粗野。粗野で無教養すぎて主人にもタメ口。ただ、えらそうにしたいので意味も分からず主人の口真似をする(そこが主人にとってはかわいらしさ、になるんだろう)。

しかし、ジャンゴと妻の間に交わされる視線、それだけのヒントで「あいつらはこの女が目的でやってきたんだ!」と見抜くのは彼。その人間観察力と地頭の良さといったら・・・。
 
だが、それを黙っていたりすることはなく、すべてを主人に話して2人組の計画をご破算にしてしまう。彼の「立場」からすれば当然なのだが・・・。と同時に、農場の主人は実質的に彼ではないのか? ディカプリオの農園主は操り人形か?とも思わせる。
 
そして、さっき述べた「ドイツ人歯医者の感情が爆発してドッカーン」によって2人組の片割れは死亡、主人も殺される・・・こんな大混乱を利用して、エゴイスティックに振る舞うか・・・というと、結局のりを越えることはない。忠実な召使長として遺族を仕切る。
 
最後に大逆転でジャンゴが大乱戦、銃撃戦に勝利した際も、撃たれながらもあくまでジャンゴをののしり、嘲笑して最期を迎える。

「足の悪さ」に関する挿話は、ちょっと梶原一騎調だったな(笑)

Ifの脚本としてここで「俺も自由が欲しいんだ、これを機会に・・・」とか「たしかに自分は生き残るために他の黒人を踏み台にした。だけど本音では悪いと思っていた。ジャンゴたちにはちょっとだけでも情けを見せよう」みたいな振る舞いがあったら、それも面白かったと思うけど。


俳優サミュエル・L・ジャクソンか・・・自分はたぶんほかの演技も見ていると思うけど、日本人・外国人を含め俳優の覚えが非常に悪いので鮮明な記憶にはない。ただ名前はかすかに聞き覚えはあるし、それより何より生の演技が、表情もふくめて迫力満点!!
上のような個性的なキャラクター、言動を完璧に演じていたし・・・またさっき書いたように、個人的にあまり奴隷制を描いた作品を見ているわけではないので、類型にある人か、ない人かはちょっと分かりかねる。

ただ、俺的判定としては


タランティーノはディカプリオの『ムッシュ・キャンディ』ではなく『サミュエル・L・ジャクソンがこれまでに例のない大悪役、スティーブン召使長を演じるぜ!!』と記者会見で大宣伝するべきだった


と思いました。もちろん映画館に人を呼ぶ、という意味ではディカプリオ押しが正解だが、実際にはそうですよ、黒人召使長スティーブンに注目ですよ・・・というのが自分の感想です。


【参考】

タランティーノ『ジャンゴ』にみる差別の構造を強化する「被差別者」
http://d.hatena.ne.jp/usukeimada/20130304/1362391436

・・・(ディカプリオの)やっている「悪」がショぼいというのもあるが、それ以上に、彼は差別の正当性を「素朴に信じている」だけだからだ。
(略)・・・もっとも巧妙な存在だと思ったのは、サミュエル・L・ジャクソン演じる黒人の老召使いスティーヴンという立場だ。
彼こそが「差別の構造」というものの複雑さを、もっとも体現しているのだ。
ネタバレを恐れつつ書くと、彼は登場して、まずジャンゴの扱いに・・・

ただ類型論でいうと

奴隷の立場から出世し、他の奴隷を管理する”中間管理職”になった人・・・については
拳闘士セスタス、ヴィンランド・サガヒストリエという日本漫画が誇る史劇の精鋭たちがその複雑な立場や人間的深みを描写している。

タラちゃんだから意識するところもあるのだが、日本漫画、やはりハリウッドに負けないよ!!タメを張ってるよ!!とも思いました。

ヴィンランド・サガ(12) (アフタヌーンKC)

ヴィンランド・サガ(12) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)

※すいません、そういう登場人物が何巻に登場したかは、ちょっと調べないとわかりません!あとで探してみますが・・・