ここではおなじみ「kousyoublog」・・・だが、あまりに驚き面白かったので、格闘技ニュースサイトNHBニュースにも投稿した。御意見無用。
http://blog.livedoor.jp/nhbnews/archives/52316075.html
(「格闘技」のテーマ的には大いに拡大解釈ですが、まあそれはそれ。たまには)
http://kousyoublog.jp/?eid=2831
==================・・・様々な王朝文学のイメージから平安時代の貴族というと暴力とは縁のない人々のように思われるが、実は、貴族たちの間では殴る蹴るの暴力がごくごく日常的に行われ、いつどこでだれが殴りあいを始めてもおかしくない殺伐とした時代だった、ということを当時の日記資料から明らかにしたとても面白い一冊。
- 作者: 繁田信一
- 出版社/メーカー: 角川学芸出版
- 発売日: 2008/11/25
- メディア: 文庫
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ほぼ、小野宮右大臣藤原実資の日記「小野宮右大臣日記(小右記)」から採られ・・・(略)・・・その記述内容は抜群の信頼度があるようだ。
望月の欠けたることも〜で知られる最高権力者藤原道長とその一族を始め、天皇、王族、貴族、女房たちや従者たちに至るまで様々な人々による殴打、拉致、監禁、虐待、殺人、強姦、集団でのリンチなど多岐に渡る暴力事件が紹介され・・・
※その一方で、(特に貴族同士の、神聖な場所では)「刀を使っての殺人」はケガレを忌み嫌う宗教的感情もあり、そこで逆に「殴る」にとどめることが求められたとも言われます
「平家物語」にも関連記述がある
http://roudoku-heike.seesaa.net/article/75015851.html素手の殴り合いが平安貴族文化の一部だったかもしれないというのは、イメージを大きく変えそうですね。
まあ、この記事に沿った話でいうと「定性」と「定量」の問題がある。貴族の中にも荒くれ者、特に爛熟と退廃、そして万能意識の末に”ケガレ”意識も薄れたものがいよう。ただ、それがどの程度の割合を占めているのか。
また、貴族といっても、まさに「望月の…」状態で絶対権力を一族が握った藤原全盛期のときの息子は、貴族の名家が互いに出世を狙い、足を引っ張り合うことで「不品行」への相互牽制になっていた時代とまた違うだろう。チャウシェスクの息子ニクや、フセインの息子ウダイのようなものだ。
「サウジアラビアは厳格なイスラム教ワッハーブ派の戒律が支配していた」「サウジ王家は酒好き、女好き、ギャンブル好きが多かった」が現在両立しているように・・
「語るもの」は強し
上で略した部分も含め
ほぼ、小野宮右大臣藤原実資の日記「小野宮右大臣日記(小右記)」から採られているが藤原実資は権力に阿らない公明正大な人柄から「賢人右府」と呼ばれ、平安時代屈指の能臣として知られる人物なので、その記述内容は抜群の信頼度があるようだ。
この人の公正さはまた別にして、何を記述するかの「興味の持ち方」は特に暴力事件が多かったのかもしれない(もともと日記だから、自分の興味有る分野に集中するのは当然だ)。だが、「(※藤原)一族唯一の良識人が嫡男の頼通で、実資に弟たちの悪行の愚痴をこぼしていたらしい」と、ニュースソースは抜群だ(笑)。
そして千年の時間を越えて「公正明大な人柄」で「信頼感のある記録」を残したものが、当時権力と財力をかさにきてやりたい放題だった連中への「筆誅」を加える。
そんな歴史の逆転劇もあるのかもしれない。