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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

自助努力、自力救済を歌った「ヨイトマケの唄」が素晴らしい…(ん?)

セミー・シュルトさんのK-1から数えて5たびの世界制覇劇を見るため、紅白歌合戦は視聴できず。(※ホントはリアルタイムではどっちも見られなかったが)

しかし、70歳を過ぎて初出場を果たした美輪明宏の「ヨイトマケの唄」は大きな反響を呼んだ、とネットで拝見する。
いま、ホットエントリにも数日挙がっているのが

美輪明宏が2012年紅白で唄った『ヨイトマケの唄』と「放送禁止歌」の存在
http://d.hatena.ne.jp/nakakzs/20130101/1357047012

ここからリンクも飛んでいて

■【紅白】美輪明宏、一粒の涙「約束が果たせた」 (オリコン) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130101-00000310-oric-ent
■紅白の美輪明宏の『ヨイトマケの唄』が素晴らしすぎた件 - ゴールデンタイムズ
http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51758844.html


自分は紅白を見られなかったが、この歌自身はテープにダビングして(古い表現だ)何度も聞いていた。昔いたところの図書館に、70年代の人気曲、フォークソングのアンソロジーが多く、そこに収録されていた関係である。
あと、けっこういろんなところでパロディになったり引用されてりしていたからね。
 
だからいい歌であることは十分知っている。
うん、とてもいい歌です。
なにがか?

・自分の子供を養うためには、まず親自身が(肉体的なキツさも厭わず)身を粉にして、自分の命や幸福を削ってでも働くべきだと語りかけている。
 
・少なくとも福祉・行政の支援の話は、物語上には出てこない。それよりも自立・自助こそ第一と語りかけている。
 
・「いじめられたら逃げていい」などと軟弱なことは言わず、「いじめに耐えて学校に行き、授業を受けなさい」と語りかけている。
 
・学校ではまず勉強し、良好な成績をとり、進学して高等教育を受けることこそ社会的勝利だと語りかけている。
 
・そして、最終的には高収入を得られる頭脳労働に就くことが幸せ(のひとつ)だと語りかけている。
 
・技術、テクノロジーの進歩で労働の肉体的つらさが無くなる事は進歩だと語りかけている。

いい歌じゃないか!!

(イメージ映像)

あ、今ちょっとさらに挑発的で、記事の趣旨にも沿った一文を思いついたので追記する。要は
 
橋下徹大阪市長日本維新の会共同代表)やその熱烈な支持者が『ヨイトマケの唄』が大好きで共感していても、全然おかしくないよね!」
 
という話です。(ほんとに好きかどうかは調べてないのでわかりません)


・・・・さて、もちろん、上の箇条書きは戯文のつもりである(※戯文と書けばいいってもんじゃあない。)

しかしだ、
そもそも、一から十まで嘘八百では戯文にもならない。
上の箇条書きは、それなりに唄の歌詞、その情景には、おおまかには即しており桔梗屋さんの、一休さんへの難題」レベルの解釈にはなっているとは思うのだが、どうだろう。


もし、皆さんが「ヨイトマケの唄」に感動した上で、上の枠線で囲んだ桔梗屋さんの書いた箇条書きには「そりゃ違う!」と怒りを覚えるなら、その差異はどこにあるのか
ここで、皆さんも座禅を組んで考えてほしい。
ごく単純ながら、
ひとつの、思考の練りこみ、鍛えるきっかけにはなると思うのでありますが。

ポク、ポク、ポク・・・






自分的な解釈

まあごく平凡な・・・だけどけっこう押さえておかなきゃいけないポイントだと自戒も込めて書くのだが
「Aは立派だ」
という主張は、けして
「Aでないものは立派ではない」
ということではない、ということなのだろうと思う。
この唄の「かあちゃん」が福祉制度の恩恵を受けていたのかどうかは、そもそも歌詞に書かれていないから有る・無いを詰めてもしょうがないけど、仮に生活保護などを受けず、ハードな肉体労働一つで子供を高校、大学まで育てたのなら…
子供がそれを見ていじめを「耐え続けて」「勉学に励み」「ぼくはエンジニア」になったのなら…、
 
それは間違いなく<立派>なのだと。
 
ただそれは、決して必要な福祉を頼ったり、学校でのいじめからとりあえずは身を翻し、勉学に関して回り道をしたり、そことは別の世界に進む・・・といったことが「立派でない」ことではない、と。
ごく単純な・・・だが原則の、論。

作者本人の意識が仮に古風であっても、まあ仕方ないでしょう。

便利なものでウィキペディアの「ヨイトマケの唄」でこの歌の来歴がすべてわかっちゃう。
いまじゃウィキペの世の中で おまけに僕はググレカス

初めて発表したのは1964年(昭和39年)、リサイタルにて歌唱。1965年(昭和40年)、NETテレビ(現在のテレビ朝日)『木島則夫モーニングショー』の「今週の歌」で発表したところ、非常に大きな反響を呼び、放送局には10万通を超える投書があり、異例のアンコール放送となった。この歌がきっかけで、同性愛者であることを公にして以降、低迷していた美輪が、再び脚光を浴びることになった。白のワイシャツに黒の細身のスラックス姿で登場し、戦後の復興期の貧しい少年から、高度成長期にエンジニアへと成長した凛々しい青年を演じた美輪の姿は、多くの視聴者の胸を打った。
シングルレコード発売は1965年7月。レーベルはキングレコード。40万枚を売り上げた[2]。
(略)
歌詞が描く世界観と美輪のパフォーマンスによる評価を裏打ちするのは、楽曲自体が、伊藤久男イヨマンテの夜』(1949年)、織井茂子『黒百合の歌』(1952年)に代表される、低音域のドラムを強調した古関裕而の土俗的オルタナティヴサウンドの系譜に位置することである

当時は…ひょっとしたら、戯文的に書いた上の箇条書き的な意識というのも、やはり、作者・美輪氏本人にはあったのかもしれない。

美輪は「無償の愛、我が命を捨ててでも我が子を守るとか、思いやりが今の時代は希薄になってるから、思い出して欲しい」と呼びかけていた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130101-00000310-oric-ent

良くも悪くも「お上に生活を保護してもらう必要はない」「多少のいじめがあったぐらいで、学校での勉強を休むようではいかん!」という土着的自助精神、というものは現実として、かつてあった。いや「自助」かなあ・・・「世間の目」を意識した、何か
「勇敢な兵隊というのは大抵、前の敵より後ろの軍法会議が怖い兵隊のことだ」という感じの何か。
歌い手が1960年代半ばに、そういう意識で歌をつくっていてもおかしくはない、と思う。
そういう点では、そこで支援を求めることを「恥」とする意識が減ったことって、進歩なんじゃないかと思う。


どーですかね。
もう一度聴く・・・