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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「吉本隆明の主張は、もう一度日本語に翻訳しないと分からない」(呉智英)

呉智英氏が、1年に2冊本を出すのも久しぶりのような気がするな。ま、片方は対談本か。

知的唯仏論

知的唯仏論


につづいて、

吉本隆明という「共同幻想」

吉本隆明という「共同幻想」

吉本を読んでなくても面白い! 吉本を読んでなくてもよく分かる!

吉本隆明。戦後最大の思想家? 本当だろうか?
「学生反乱の時代」には、多くの熱狂的な読者を獲得し、
少なからぬ言論人や小説家が多大な影響を受けた。

だが、その文章は「正しく」読み取れていたのだろうか。
その思想は「正しく」理解されていたのだろうか。

難解な吉本思想とその特異な読まれ方について、
明快な筆致でずばりと論じ切った、書き下ろし評論!
内容(「BOOK」データベースより)
吉本隆明。戦後最大の思想家?本当だろうか?「学生反乱の時代」には、多くの熱狂的な読者を獲得し、少なからぬ言論人や小説家が多大な影響を受けた。だが、その文章は「正しく」読み取れていたのだろうか。その思想は「正しく」理解されていたのだろうか。難解な吉本思想とその特異な読まれ方について、明快な筆致でずばりと論じ切った書き下ろし評論。

という本が出版された。装丁も内容もすっきり、シンプルな本だ。
主張の骨子は、実をいうと

バカにつける薬 (双葉文庫)

バカにつける薬 (双葉文庫)

収録の一編に、
吉本隆明は神の存在を信じていない神学者だ。だから時々『そもそも神っているんですか』という、どんな神学者でも答えづらい根本を問うから強い」
「だけど『神の存在を信じない神学者』は他の神学者には勝てるが、『そもそも神の存在を信じない無神論者』の前には無力になるだろう」
と書いてあった。
今回の本はそれをどんどん広げて、詳しく述べたもので、また上の話の比喩は神=マルクス主義の話なのだが、「吉本は旧左派知識人がマルクス主義を神とした代わりに『大衆(の原像)』を神にした。大衆を神聖化する『吉本大衆神学』である」てな話もしている(第3章の2のタイトルがずばり「吉本大衆神学の成立」。)


あっと、簡単に述べるつもりでそれなりの量の紹介になってしまったが、本題はこちら。

吉本の文章は「翻訳」しないとわからんだろ、という話

24P-28P

どうやら、吉本隆明という人の文章は、言葉もおかしいし、構文も構成もおかしい。漠然とではあるが、(※大学時代の)私は直感でそう思った。
吉本隆明が「難解」なのも当然と言えば当然である。日本語としておかしいからである。
(略)・・・「マチウ書試論」冒頭の数行をもう一度引用し、学生の原像を織り込んで(※吉本の好んだフレーズ「大衆の原像」への皮肉)リライトしてみよう。

吉本隆明の原文>
マチウ書の作者は、メシヤ・ジェジュをヘブライ聖書のなかのたくさんの予約からつくりあげている。この予約は、もともと予約としてあったわけではなく、作者がヘブライ聖書を予約としてひきしぼることによって、原始キリスト教の象徴的な教祖であるメシヤ・ジュジェの人物をつくりあげたと考えることができる。

<リライト>
新約聖書マタイ伝の作者は、救世主イエス旧約聖書のなかのたくさんの予言からつくりあげている。この予言は、もともと予言としてあったわけではなく、作者が旧約聖書を予言の書として強引に抽出することによって、原始キリスト教の象徴的な教祖である救世主イエスの人物を作り上げたと考えることができる。

このようにすれば、構文も字数もほとんど変わらないまま、難解さは激減する。導入部としては論者の趣旨がつかみにくく、これでも感心できないが、少なくとも端から読者を念頭に置かない文章ではない。こういう当たり前の文章を吉本隆明は書かないのである。

たはは。
そういえば吉本の「弟子」でありつつ、オウム事件などをめぐって痛烈な批判者にもなった小浜逸郎氏は・・・以前書いたかな?朝まで生テレビの年末番組に初出演し、「ことしを振り返ってのキーワード」に「中心性の喪失」と書いたら、一緒に出演したデーブ・スペクター氏が「すいません、日本語でお願いします」と、自分のキャラクターとタイミングを見事にわきまえたジョークでの一撃を(笑)。
さらに別の誰かが「『中心』と『中心性』はどうちがうの?」と質問したところ・・・小浜氏は「じゃあ消しましょう」と「性」の字を塗りつぶした(笑)。こんなおもしろシーンが以前展開されたのでした。


そういえば山本夏彦のことばにも、こういうのがあったっけ。
https://twitter.com/QTbotNATSUHIKO/status/180443374673854466

山本夏彦bot
‏@QTbotNATSUHIKO
(九鬼周造)「“いき”の構造」の私の読後感は、いきを哲学の言葉でいうとこんなに生硬かつ難解になるか、ご苦労ではあるがヤボではあるまいかというに尽きる...いきなんて平談俗語で書くがいいと当時も思ったし今も思っている ─ 山本夏彦『靴下だけはいてあとまる裸』