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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

カソリック枢機卿のこの問いに、何と答える?&宮台真司はこう考える(同性婚問題)

http://webronza.asahi.com/global/2012112000001.html

フランスの閣僚評議会に11月7日、「すべての国民の結婚と養子縁組にかんする法案」が提出された。オランド大統領の31番目の公約で、今までパクス法という連帯民事契約を結ぶことしかできなかった同性カップルを対象に、同性間の結婚、そして、結婚した同性カップルによる孤児、あるいはパートナーの実子を養子縁組みすることを可能にするものである。
 戸籍から「父」、「母」という欄が消え、そのかわり、「両親」と表記されることが提案されている

方向性は正しいと思うが、記入欄から名称を消すというのはどうかな?
自分は市民連帯、シビル・ユニオンに基本的に賛成の立場。それは「人間の営みは多様すぎ、行政は全部のメニューに対応できない。ならば逆に骨子だけを行政は抑えたほうがいい」
と考えるからです。しかし、例えば「父」「母」という名称を消す違和感については・・・下のリンク集にまとめておきます

さて、一方でその反対論について。

 リヨン市大司教バルバラ枢機卿は、「『愛し合っているから』という理由だけで同性間の結婚が認められるならば、多重結婚、近親相姦も可能ということになりかねない」という過激な意見を述べ、大きな反響を巻き起こした。

過激・・・たしかに過激だが、論理的に大きな瑕疵はないんじゃないの?(だからこそ厄介だともいえる)。この「反響」も知りたいものだ。
 
ただ、ほぼ同一のことを考えていた自分(たぶん司教は「だから禁止すべきだ」という議論であって、だとしたら違うが)としては、この問題をカソリックの司教が公に提起した・・・というのにはただの奇矯な極論やマイケル・サンデル風の「おもしろ正義論クイーズ」に留まらない問題設定ではあるようだ(それであっても別に構わないけど)、と、やや意を強くした。
過去に書いた例。
ここに紹介したように、オーストラリアで、ユタ州で、実例もあるんですよ。ああ、東京都の条例だって例に入るのか。

■これをどう近代の法理論(他者危害原則)で裁けるのか
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080410#p3
法哲学的にどう「近親相姦」を否とできるかの理路が分からん。つーか訴えたら違憲判決出たりして
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100428/p5
■「同性婚も個人の自由である。同様に一夫多妻も個人の自由である」と訴訟を起こされたら(ユタ州)。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110730/p7
憲法記念日特集で、リレー形式のシミュレーション小説を書こう。この結末は??
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120503/p5
同性婚(結婚)制試論…愛と家族と「私」と、法と制度と「公」。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120512/p4
■日本の辞書における「結婚」の定義・・・いつ、どの辞書が「男女」の限定をはずすんだろうね。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20121102/p2

宮台真司氏は「近親」間の性愛についてこう考えている(「これが答えだ!」より)

何度か上のブログ記事でも「宮台真司氏もこれについて語っているよ」と紹介しているが、今回は紹介しとくか。

ただ、字をカタカタ打つのが面倒なので写真で済ます。OCRソフトを買いなおすかな、そろそろ・・・

こちらのほうが読みやすい↓
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/g/gryphon/20130706/20130706182710_original.jpg

宮台語録でいちばん印象的に覚えている言葉を記憶で再現すると
「人に迷惑をかけなければ何をしてもいいのか、という人がいます。バカか。何をしてもいいに決まってる」
というのがある。
ある意味典型的な自由主義というか。

なら、上の問題に対してもそのスタンスなのか・・・と思いきや、いま読んで頂いたとおりのスタンスだ。氏の矛盾というより、それだけ大きい問題なのだろう。


ちなみに余談だが、
この次の「Q26」では、カソリック的にはこれも問題っちゃ問題の「結婚届と事実婚」の話題が取り上げられており

制度に守られていない分、絆は強くなる!本当の絆には、結婚届などかえって邪魔だ!

と。
この底本の初出は、1998年のことであった。文章にも「現在、ぼくは小説家・桜井亜美事実婚の関係にあります」と書かれている。当時の実感でもあり、論理的な考察でもあったのだろう。いまはどうかは知らん。