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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「ドリトル先生」の新訳が始まった!挿絵はともかく、原文はより忠実に?

少し前に、250近いブクマがついた評判の記事。

■新訳「ドリトル先生アフリカへ行く」新旧を比較してみた
http://d.hatena.ne.jp/Asay/20120721/1342879300
・・・子供の頃に何度も繰り返し読んだ「ドリトル先生」シリーズ。2011年からかわいらしい挿絵つきの新訳が角川つばさ文庫から出版されていると聞き、さっそく読んでみました。挿絵のキャラ描写や訳の新旧を比較してみるとともに、新訳を「子供向け作品としてのドリトル先生シリーズ」としてお勧め・・・

まず、最初にこの問題を片付けておく

(註:リンク先には画像があるのです)
左側に井伏(井伏鱒二)訳、右側に新訳の挿絵を並べてみましょう。

まず、ドリトル先生
 ←井伏訳 新訳→ 

ドリトル先生は、太ったイギリス人紳士として描写されています。懐の広い、ひとの良さそうな人物であることが伺える絵です。

次に、ドリトル先生の妹、サラ。
 ←井伏訳 新訳→ 

( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ

はい、もう一度画像のあるエントリにリンクを張るのでご覧ください。
http://d.hatena.ne.jp/Asay/20120721/1342879300

無理のある美形化は
同じ原哲夫が「徳川家康」を、「花の慶次」→「影武者徳川家康」の際に変更したことが頂点だと思っていたが、今回の変更もK点越えだ。しかも意味があんまりないよな、そこにもあるように兄の動物好きに耐えかねてすぐに家を出るんだから。
まあ、日々これ工夫、なのだよね。プーさんの原作挿絵→ディズニーアニメ絵はいまだに許せんが、まあ現代の日本はこれぐらいのことはオッケー牧場なのでしょう。

実際、記事にもあるが、妹は脇役としても、ドリトル先生の脇を固める六将軍(のちに肉屋や少年も含め、このカウントはいろいろある)の絵の描写はたいへんうまい。ガブガブの描写なんか、ベーコンにしたら旨そうという点では「銀の匙」の豚丼を超えているのではないか

それはそれで。
さて、もひとつ注目したいのは「より原文に忠実だ」と。
わたくし、この記事のタイトルを見て
「はーん、どうせ新訳は『サベツ表現に配慮』したんだろうな。ごくろうさんなこって」
と思いましたよ。
なぜかは、もうみんなわかってるはずだ!(※一部に受けるネタです)
ところがそのへんは
「おことわり」を載せるだけで強行突破しているとおぼしい。たいへん失礼いたしました。
ことに「オランダボウフウ」をはじめとするかつての食べ物訳を、かなり忠実・正確に訳したのだといいます。そのへんはたしかに期待したいところです。

ただ・・・これは、批判できる場所ではないのだが。

本作では、アフリカの奥地の珍しい動物として、双頭のヤギめいた動物が登場します。

挿絵左側のやつです。(※リンク先には絵があります)

井伏鱒二訳で「オシツオサレツ」とされたこの動物、新訳では「ボクコチキミアチ」になりました。
この動物、原文では「Pushmi-Pullyu」(push me, pull you)と呼ばれており、井伏訳ではこれに「押しつ押されつ」と名付け、新訳では「僕こっち、君あっち」としたわけですね。

そうかあ。
これは新訳とある以上、仕方ないのですがね。しかし「プッシュミープルユー」を「オシツオサレツ」としたこの訳は、ある意味「黒い雨」や「山椒魚」以上に井伏鱒二文学の、後世に残る成果だった。とまで思っていたので、これは少々残念・・・いや間違っていないから「残念」というより「寂しい」と言うべきですかね。
「オシツオサレツ」という訳語ひとつにしても著作権は絡むから、やむをえないのか。

そういえば、「ドリトル先生」は石井桃子氏が下訳し、それを井伏が完成させたということだが、これはですな、
太平洋戦争わずか1年前、すでに日中戦争の泥沼に陥っている戦時下日本で・・・

「イブ(井伏鱒二)、すごく面白い童話の原書を見つけたのよ!!」
と、当時珍しいキャリアウーマン・・・どころか、大手出版社文芸春秋を退職し、その退職金で童話専門出版社を作ったという破天荒な若手女社長・石井桃子が、
才能は折り紙つきだが、小説より酒と釣りが好き、という怠惰な文学者のところに飛び込んでいく、と。
小説家はパラパラと原書を読んで
「むう・・・たしかに面白いな」
「でしょ?これは私の会社の出版第一弾に決めたから!!あ、あんたが翻訳ね。じゃあ急いでね!あたしはほかの仕事あるから!」
「べ、別に俺がこの仕事をするとは・・・」
数ヵ月後
「イブ(井伏)、どーして翻訳の仕事が進んでないのよ!このままだと死刑よ!」
「いろいろと難しいんだよ!」
「そー思って、下訳やっといてあげたわよ!!これでも翻訳を完成させられないというなら、10回ぐらい死刑よ!!」
「何をむちゃくちゃな・・・ああ、でもこの下訳があると仕事がはかどるな・・・だけど、この名前は日本語だとこういうふうに置き換えてだな・・・」
「(やっぱりこいつ、ホントは才能あるのよね…)じゃ、じゃあ、さっさとやりなさい!あたしは『プーさん』というのが面白いらしいと聞いたから、丸善で原書を探してくるから!!」

上に書かれた経緯は、3割5分くらいは本当である(笑)。ドリトル先生の妹があんなふうに改変可能なら、戦前のこの、ワガママお嬢様にしてやり手のキャリアウーマンと、怠惰かつ才能豊かな作家の、名作翻訳にまつわる苦労をロマンスも絡めたライトノベル仕立てにしてもいいのではないか(笑)。あ、遺族が怒るか・・・・・・

新訳 ドリトル先生アフリカへ行く (角川つばさ文庫)

新訳 ドリトル先生アフリカへ行く (角川つばさ文庫)

新訳 ドリトル先生航海記 (角川つばさ文庫)

新訳 ドリトル先生航海記 (角川つばさ文庫)

新訳 ドリトル先生の郵便局 (角川つばさ文庫)

新訳 ドリトル先生の郵便局 (角川つばさ文庫)

新訳 ドリトル先生のサーカス (角川つばさ文庫)

新訳 ドリトル先生のサーカス (角川つばさ文庫)

ああ、すべて傑作ばかりだ。
ただ、注意してほしいのは、これは作品発表の時系列には沿っているはずだけど、作品中の時系列とはちと違うこと。
「航海記」で出会う先生にとってのワトソン役、語り部となるスタビンズ少年はいわば「第二期」の登場人物で、現在訳されている作品は航海記を除いてはそれ以前の「一期」であり、少年は当時の物語を動物たちから聞いて書いている、という形式になっている。
アフリカ行きで登場したオウムのポリネシア&バンポ王子も一度別れて「航海記」で再会しているので、一期の「郵便局」「サーカス」には出てこないです。

2008年に日本では作者の著作権が消滅したらしい。

ウィキペディアの「ドリトル先生」より
ふむ、なるほどね・・・やはり権利があるとないでは翻訳の種類も違ってくるか。