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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

イスラム批判で知られるオランダの政党指導者、訪米し影響力拡大へ

記事自体がネットに掲載されたりはしてないので、目に付く機会は少ないが、最新号のニューズウィーク日本版に、ヘールト・ウィルダースの記事が載っていた。
http://www.newsweekjapan.jp/magazine/65151.php
Britain ヨーロッパに広がる反イスラムの炎


この見出しじゃわからんな。この記事の骨子は、昨年ウィルダースが反イスラム発言を差別的だと訴えられた裁判において「表現の自由だ」と勝訴となったこと、そしてアメリカにもわたって、自身の反イスラム論の国際的な拡大をもくろんでいるということ…そんな記事であった。

ウィルダース
十数年前、SPA!に「世界の狂犬たち」といって、その国のトップではなく、少数野党、市民団体、反政府団体、宗教団体…などで過激な主張をする人々を紹介する記事があって、「近未来SFやシミュレーション政治小説を書こうという人にはいい材料だろうなあ」と思ったことがあった。
結局、そこに紹介された人々で、その国の頂点に立ったり影響力を振るえた人物はほぼだれもおらず、最大級でロシア自民党ジリノフスキーが多少の勢力を維持している…というぐらいだったが。
しかし、2010年代の「最新版・世界の狂犬たち」を作るなら、すでにオランダで連立与党の一角に入っているウィルダースはそのトップに値するかもしれない。どこかの前知事・現市長は、次の国政選挙次第か(笑)



ウィルダースが厄介なのは、ひとつには

■「僕らは寛容だ、だから非寛容のイスラムは敵だ」について再掲載&関連リンク増補
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110921/p6

という、どこまでが本音でどこまでが建前かはしらねども、少なくとも前面に打ち出したこのロジックをなかなか突き破るのが難しい、ということと、彼らが製作した映画「フィトナ」が脅迫の結果として配信を中止されたり、ウィルダース自身に「死刑宣告」が出るなどしており、”不寛容と憎悪の<被害者>”としても振る舞えるからだろう。
実際「ザ・コーヴ」や「靖国」の日本での上映を廻る騒動と、「フィトナ」は並列させて考えることができる。

http://rotarota.exblog.jp/7628640/

世をにぎわせているショートムービー「フィトナ」を見ました。
 イスラムに対する意見を15分前後にまとめて表明したもので、過激派のテロによる残虐な場面が多く含まれます。もともとテレビ向けにつくったそうですが、各局に放映を拒否され、投稿動画サイトで公開することにしたそうです。
 最初この動画を流した投稿動画サイトLiveLeakは従業員に深刻な脅迫があったとして動画を削除(略)。
……過激派から製作者のオランダ人政治家ワイルダースに死刑宣告がでたというニュースです。動画の中で紹介されているように、以前やはりイスラムに批判的であったテオ・ファン・ゴッホ氏が路上で刺殺されています。
 ところで日本では映画「靖国」が上映できなくなったという話を聞きます(略)

幸か不幸か「フィトナ」の動画があった(※と思ったら、無かった)

http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41317127.html
経由で。
・・・と思ったら、youtubeでは「フィトナ」削除されているよ!!

だがyoutubeには、ウィルダースの関連動画もけっこうある。

うーん、英会話勉強しとけばよかったと思うよ(笑)ウィルダースは英語ネイティブでないので、比較的聴きやすく「トレランス・ソサエティ」「フリー・ソサエティ」「フリーダム・スピーチ」という言葉などが聞こえるが…
この動画の「評価の高いコメント」を機械直訳。

この記者は、偉大な死があるだろう理由の完璧な例です。過激派の偉大な破壊のための触媒である、彼らは、と論じウォン以上、または彼らのイデオロギーは、変更することはできません。彼らはすぐに、認識に直面し、敗北とされている必要があります!最大の我々は最後の百年で知っている過激派、毛沢東ヒトラースターリンポルポト、金ジョン病気百万人は、この記者のような人のタイプは言い訳をすることによって立っている間、これら過激派の手で死亡した、と他の方法を探している!
 
firstlaunch10か月前15
返信
共有削除スパムの報告ユーザーのブロックユーザーのブロックを解除@ vaj99右...コーランからの直接の引用はすべて嘘です。 、ぼんくらを他の誰かを荒し行く。その"聖なる本"には何もして暴力がない場合、それは世界で最も暴力的で抑圧的な宗教だと少し奇妙です。コーランをファック - 私はそれで私のお尻を拭いてください。

オライリー・ファクター」の動画では、一部「フィトナ」から引用されているっぽい

評価の高いコメント
私はより多くの無神論者は、ヘアートロのようだったらいいのに。残念なことに、多くの無神論者は、キリスト教徒をバッシングすべての日を過ごすと、基本的にイスラム教の名において行われているひどいことを無視する。

asd254712年前11
ヘアートロの人種差別はどうですか?あなたpleaesは、その結論に達した方法私たちの残りの部分に説明してもらえますか?


オライリーについては町山智浩氏のブログ内を検索すると詳しい。
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/searchdiary?word=%A5%AA%A5%E9%A5%A4%A5%EA%A1%BC



Muslim protestors insult Geert Wilders



ウィルダース、「国際自由同盟」をつくり、ドイツ進出も狙ったが…
http://astand.asahi.com/magazine/wrpolitics/2010111000013.html

…彼は(※2010年)7月に「国際自由同盟(International Freedom Alliance)」の組織を表明し、「自由のためにイスラームと戦う」団体や個人のネットワークの構築に乗り出した。今回のドイツ訪問は、ベルリンの州議会議員であるレネ・シュタットケヴィッツの招きによるものである。シュタットケヴィッツメルケルが党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)に属していたが、ウィルダース招聘を問題視した同党の州議会会派から除名され、新党「自由(Die Freiheit)」を設立した。公式な結成は10月29日であったが、ウィルダースのベルリン演説は、事実上この「新党自由」の設立を祝い、同党に国際自由同盟のドイツ支部としての機能を期待するパフォーマンスとなった。「新党自由」は来年9月に行われるベルリン州議会選挙で躍進をねらい、さらには2013年に予定されている連邦議会選挙に進出する予定だという。

さて、ベルリン市議会(ベルリンは市=州扱い)選挙って結果はどうなったのか。
探す。
http://en.wikipedia.org/wiki/Berlin_state_election,_2011
議席獲得は無かった様子…というか、そもそもこの党は本当に立候補したのかな?この選挙は「海賊党議席を獲得」したことでも話題になったね。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110919/erp11091920360004-n1.htm

しかしウィルダースアメリカでは影響力をもたないだろう

なぜか?
彼は無神論者だから。
ウィキペディアの「ウィルダース」
そして無神論者は、アメリカではまったく信用されないから。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/religion/2843837/8160850

それこそ偏見じゃないか!といわれれば、まあそうなんだろうけども。


という、すっきりしないオチ。


補足 今年はピム・フォルタイン暗殺10周年(フォルタイン党創設10周年)

ウィルダースに先立つ人物がいた。

ウィキペディアの「ピム・フォルタイン」

ピム・フォルタイン(Pim Fortuyn, 1948年2月19日 – 2002年5月6日)はオランダのコラムニスト、政治家。ゲイである事を公表していた。(略)

来歴

1948年、北ホラント州のフェルセンにカトリックの家に生まれる。1971年に、そこで社会学の博士号を取得。1991年にはエラスムス大学の特命教授に就任、1995年まで務めた。同性愛者であることを公表していた。ロッテルダムで市議会議員を務めた。政党内で発言を問題視され、2002年2月11日には政党ピム・フォルタイン党(略称LPF。w:Lijst Pim Fortuyn)を設立し、国政に挑戦した。選挙直前の2002年5月6日、動物愛護団体に所属する青年に銃殺された。

イスラム教や移民に対する態度

2002年以降は、オランダ国内で論争を巻き起こす発言を連発した。

イスラム教は時代遅れの宗教だ。イスラム教はゲイやレズビアンを受け入れない」と発言。
移民に対しても「ボートは満杯だ」などと述べた。具体的な移民受け入れ政策に対しては、当時の受け入れ数5000人は急激すぎるため、2000人程度に抑えるべきだと主張。また、移民は今後厳しく規制するが、在来移民については特赦されるべきとも説いた。他方では、アフリカからの移民を側近に控えさせ、移民者への平等を訴えもした。
オランダはアメリカのような国になる必要はない、二級国家で十分であるとも説いた。
オランダが寛容の精神を重視している事をゲイである彼は誇りに思っていたともされる。その為、彼は他の政党からはポピュリストや極右というレッテルを貼られたが、本人も親族もそれを否認している。習合思想の一種と呼ばれる事もある。

政党創設から暗殺まで

2002年2月11日には政党ピム・フォルタイン党(w:Lijst Pim Fortuyn)を設立し、国政に挑戦した。庶民にわかりやすい言葉で解説し、市民が政治に参加して楽しむ方法を教えつつ演説活動を展開した。同年3月ロッテルダム地方選では得票率35%を獲得。しかし国政選挙直前の2002年5月6日、ヒルバーサムの国営テレビ番組出演後、駐車場で動物愛護団体に所属する青年に射殺された。オランダ社会は騒動となり、5月15日を予定していた選挙は延期された。オランダにおける政治的暗殺事件は、1584年のヴィレム1世暗殺事件、17世紀後半のデ・ヴィット兄弟暗殺事件以来であった。

暗殺事件以後

葬儀は国葬級の扱いをうけ、再開された選挙でLPFは18%の得票率を得て、キリスト教民主同盟(CDA)の43議席についで、26議席を獲得した。のちLPFは内紛で分裂するが、ピム・フォルタイン人気は衰えることなく、2004年の世論調査ではオランダ史上もっとも偉大な人物第一位に選ばれた[1]。
犯人の犯行動機は不明である[2]。

ピム・フォルタイン暗殺事件は、さらに2004年11月2日に起こったテオ・ファン・ゴッホ暗殺事件[3]とあわせて、オランダ社会における“寛容性”の原理を揺さぶることとなった[4]。テオ・ファン・ゴッホは映画監督でもあり、ピム・フォルタインのドキュメンタリー映画制作をはじめていたという

どうもこの男のことを調べないと、欧州のイスラム問題は分からないことが多そうだ。
今後の課題としたい。