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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

宗教的寛容を描いた古典戯曲「賢者ナータン」が、翻案されて小説に(岩波書店)

上のエントリの流れで読んでもらってもいい。
昨年

賢者ナータンと子どもたち

賢者ナータンと子どもたち

1192年、第三次十字軍との死闘の末、聖地エルサレムを手に入れたスルタン・サラディンは、ユダヤの商人ナータンに問いかける――「イスラム教、ユダヤ教キリスト教のうち、どれが唯一、真実の宗教か?」と。宗教の違いを乗り越え理性へと至る道、人類愛を説いた、18世紀ドイツの名作戯曲『賢者ナータン』を現代版にリメイク。【中学生から】

という本が出版されたのである。
この本は、そこでナータンが語る「三つの指輪」の話が非常に有名で、私も含めてその話(のみ)を知っている人もいるでしょう。
実に示唆に富む話で、私がよくいう「宗教における『見なしの自由』を擁護する」というのは、これに多くを拠っている。

この寓話の聞き手は、十字軍を撃退したサラディン

OCRでもあればちゃちゃっと紹介できるのだが、持ってないので

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1135611571
を紹介する。

『賢者ナータン』の中で、ナータンが王(イスラム教徒)に語って聞かせる逸話の中に登場します。
ある家に、代々伝わる高価な指輪があり、それを、親から子(家を継ぐ者)へと譲っていくことになっていました。しかし、ある代の当主は、自分の3人の息子の中から1人を選ぶことがどうしてもできませんでした。  そこで、その当主は、まったく同じ指輪をもう二つ造らせ、どれが本物か区別がつかない3つの指輪を、それぞれの息子に譲ってなくなりました。ところが、父が亡くなった後、3人の息子は、自分の指輪こそが本物であり、自分こそが正統な跡継ぎであると主張し、裁判にまでなってしまいました。そこで、裁判官が言うには、本物の指輪を手にしている者は、父の愛情をも受け継ぎ、父が何を子に託したかったのかも伝え受けているはずであるが、3人の振る舞いを見ていると、誰ひとり、父の気持ちを理解しておらず、どの指輪も偽物ではないかと思えてしまう。
(略)
ちなみにこの3人の息子は、ユダヤ教キリスト教イスラム教のたとえでもあり、どの神が本物かを主張してたがいにぶつかり合うのではなく、互いに寛容に相手を受け入れ合うべきであるという主張がなされているのです。
. 回答日時:2010/1/27 12:15:39

本から引用します。

判事はいいました。
私はあなたがたに、裁決ではなく、忠告を与えよう。ものごとをあるがままに受け取りなさい。それぞれが、自分こそ本物の指輪を持っていると信じるのだ。なぜならば、一つのことだけは確かだからだ。つまり、あなた方の父親があなた方を愛していたこと、3人を全員同じように愛していたことは確かだからだ。その愛情に感謝し、各自の指輪が本物であることを証明するように努めなさい。心穏やかに、我慢強く、神さまに気に入られる良き仕事に精を出しなさい。私は千年のちにあなたがたをこの判事席の前に紹介しよう。そのときには、たぶん、この椅子には誰よりも賢明な判事が座っているだろう
(「賢者ナータンと子どもたち」201P)

イイハナシダナー、であるが!!
同時にこれは「何の思想や宗教が正しく、何が間違ってるかなんて法律や裁判の場に持ってって決めるもんじゃないんだよ」という寓話でもあり、それで「自由の敵には自由を与えるな」「たたかう民主主義」論者にはいささか評判が悪かったりもしないでもない。

名作古典の大胆な翻案…の是非

主人公の賢者、つまりサラディンにこの寓話を語るナータンは商人でもあり、またユダヤ人でもあるのだね。そして

サラディンは、捕虜にしたテンプル騎士団のうち、ただひとり青年騎士の命を助けた。そして、その騎士は、ユダヤの商人ナータンの一人娘を炎の中から救い出す。たがいに惹かれあう騎士と少女を、大きな陰謀がのみこんでゆく…。

というロマンスもある。
実はこのテンプル騎士団の青年は、失踪したサラディンの兄の子(甥)の可能性もあったりして、初めは非常に排外的なコンコンチキのキリスト教徒だったのが、ナータンを尊敬し、その娘を愛し始めたことで外の世界に目を向けるようになる。しかし、テンプル騎士団を支配する総代司教は…と、なんかラノベっぽい展開にもなっていく(一応、褒め言葉)。
というかジャンプから出たライトノベルのあれと同時代の話だよね。

ジハード〈1〉猛き十字のアッカ (集英社文庫)

ジハード〈1〉猛き十字のアッカ (集英社文庫)

これ、だいぶ長いシリーズになってるみたいだな…。

2003年からは、一般小説として大幅な改稿がなされて、集英社文庫より全6巻が刊行された。

へーーえ…ちなみに、今ウィキペディアで「作者はプロレスをこよなく愛し、小橋建太がお気に入り」と読んで、好印象を持った。



閑話休題
このストーリーはどこからが翻案者ミリヤム・プレスラーの案で、どこからが元の通りなのかは私には分からない。両方読み比べた人なら判定できるでしょうけどね。

ただ、こういうのを毛嫌いする人も多いけど、やっぱり時世時節に合わせて古い名作を「面白く」するために改定したり、翻案したりは、それが翻案であることをきちんと示し、できれば原案も読める状況であればいいんじゃないだろうか。

訳者あとがきより

作者は、あるインタビューでこう答えています。
「私には娘が三人おりますが、高校で必読書の『賢者ナータン』が宿題になったとき『あんなくだらないおしゃべり!』といって三人とも読もうとしなかったのです。その時から私は危機感を持っていました。このままでは、大切な物語が失われてしまう。どうしても語り継がなければならない、と」

ちょっと思い出したのが、今小林まことがやっている、長谷川伸の股旅物の漫画化でした。

劇画・長谷川 伸シリーズ 沓掛時次郎 (イブニングKC)

劇画・長谷川 伸シリーズ 沓掛時次郎 (イブニングKC)

劇画・長谷川 伸シリーズ 関の弥太ッぺ (イブニングKC)

劇画・長谷川 伸シリーズ 関の弥太ッぺ (イブニングKC)

新しい形式で、みなが食わず嫌いの古典が再度光を放つなら悪くない。

さらに付記

「見なしの自由」理解に役立つ非常に適切な一例であるので、2013年のこの記事にTBを張らせていただく。「ナータン」とはつまり、見なしの自由を語る語り部でもあるのだ。

靖国神社という霊言機関
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20131024/1382626838